第五話 失われていたその重み
「大空市にミサイルが放たれる前に、兄を殺しておけばよかった」
そう彼女は嘆き、笑う。
彼女は彼と一体どんな暮らしをしていたのか。
彼女は一体どれだけ、彼に対する愛着があったのか。
きっとそれすら、この世にはもう語られないのだろう。
第五話 失われていたその重み
大空市のミサイルの件も、あとは華奈さんの兄の件も、思い入れも何もないまますぎていってしまった。そう、俺達はただ受け身で、ただ流されるように、結末を受け止めすらせず立ち尽くすだけだった……。
そう思いながら、気の利いた言葉も思い浮かばずただ立ち尽くしていたところ、なんだかだんだんと部屋の外が騒がしくなっているのを感じた。
「これ、まずくないか?」
太陽がいち早くそう言って、暮影を手早くポケットにしまいこんで、ドアの前に移動した。
すると、思った通り、ドンドンと、部屋のドアを蹴る音が聞こえてきた。
「やっぱりか……」
おそらく軍だ。俺たちを処理するか、捕まえるかを目的としているのだろう。
「とりあえず私が時間を稼いでおくね」
と、日暮がドアを塞ぐように結界をはる。
「華奈さん、動けますか?」
太陽がそう問うと、華奈さんは深呼吸をして、おもむろに遺体をソファに座らせた。
「……もう、大丈夫。あなたたちは命に変えても守る。だから、心配しないで」
遺体をしばらく見つめながらそう言ったあと、華奈さんは突然背筋を伸ばし、天井に銃口を向けた。
「そして、それにあたって聞きたいことがある。あなたたち、人は殺したことある?」
「んなこと、あるわけないだろ」
太陽が驚きの表情で否定する。華奈さんはその言葉を聞いて、なんだか悲しげな表情で笑った。
「……理解してちょうだい。逃げるためには、もうこいつらは多少なり消さなきゃならない。軍相手に手加減してられるほど、あなたたちは実戦経験がないもの。」
それを聞いて、俺たち3人は黙り込んだ。その理由は、殺しはさすがに超えてはならないラインだ、そんな感覚が俺達の中で共有されていたからにほかならない。それに、大空市に戻るためにも、人の道を外れた行いはしたくないというのが本音だった。
俺達のそんな心中を知ってか知らずか、彼女は厳かな声音で言った。
「まさか、殺しが超えてはならないラインだとでも言うんじゃないでしょうね」
俺を含めた全員が、その言葉に驚きと冷や汗を走らせる。
まさに、図星だった。
「考えてもみなさい、なぜ人を殺してはならないのか。」
しばらくの沈黙が場を包んだ。華奈さんはやっぱり悲しげな顔持ちで、次のように続けた。
「例え倫理的に考えたとしても、それが通用するのは「和解できる余地がある」だとか、「別の手段がある」として、人を殺すのが最善手とされていない場合だけ。今回は殺さなきゃ多分逃げきれない。よって殺しが最善手となるの。」
……この話はもっともだった。だが、どうしても越えたくないラインはある。でも……
「越えなきゃいけないラインなのか……?」
葛藤まじりの声で俺は言う。人の道どうこうは、本人が生きていなければ無意味な議論なのだ。それもまた事実だから。
「そう。なにより、あなたたちはどうせサコルにも行くでしょう?」
「ああ、情報が更新されなくても行かないわけにはいかないからな」
そう言うと、華奈さんは引き金を引いた。
「ぐぁあああああ!」
叫び声とともに、天井の裏から一人が落下してきた。華奈さんは容赦なく脳を狙って二発目をいれる。そこにあった手さばきも、目つきも、まさに冷徹と言えるものだった。
「ほら、敵地で「人は殺しちゃいけない」なんて言ってたら後ろから刺されて死ぬよ? これから行くんでしょう?」
彼女がただ当たり前のようにそう言ったから、俺は少しだけ体を震わせた。
「……わかったよ。覚悟だけはしておく。」
俺がそう言った瞬間に、敵が窓から突入してきた。ここらへんって相場防弾ガラスとかじゃないのかよ、と心のなかで叫びつつ、俺はドアに背を向け、窓にその注意を割いた。
「マジかよ!?」
太陽はそう言って驚きつつも、臨戦態勢を取った。
「そうだね、三月くんには一つ忠告しておくよ」
華奈さんは何も動揺せず淡々と語る。
「覚悟だけ、考えだけで、行動や結論が結びつかないようなら、ただ無駄死にするだけだよ。平和であろうと、なかろうと……ね。」
つまり、殺れ、ということだろう。
……敵は三人、全員銃持ち。
「手加減なんかしてられない……か。」
ここで、俺はやっと「殺す覚悟」を決めた。空気の流れを整え、氷の礫をそこにセットする。そして、その空気を最高速で閉じた。
圧縮されていく空気の力によって、氷の礫は刹那に舞った。……思ったとおりに、そして残酷なほどに。
その氷の礫が、3人共の兵の頭部に直撃し、その頭蓋骨は砕け、中からは内臓が飛び出ていた。
これが、人を殺す感覚か……何も難しいことはない。ただ、間違いなくそれは一線を越えたものだった。それだけは自分の心にのしかかる。
でも……これで自分と、家族をもう失わないで済むのなら、こんなところではもう迷わない。そう誓おう。
「三月……」
日暮は、心配そうな目でこちらを見ていた。俺は、ただ微笑み返して、みんなに向き直るのみだった。
「さて、これからどうする?」
俺はそう言ってみんなに問う。
「いや、そりゃ逃げるだろ。こんなところにはいられない」
そうやって太陽は言う。
「そりゃ逃げるのはそうだ。だが、どうやって逃げる? ドアの奥には敵がいるし、何よりここからどこへ向かう?」
太陽は黙り込んでしまった……が、日暮が珍しく声をあげた。
「罠でもいい。私はサコルへ向かって、華奈さんのお兄さんと、光姉の敵を取る」
日暮の、その見たこともないような決意の表情に、俺と太陽は少し驚いていた。
「……わかった。俺は日暮に賛同する。三月もそれで構わないだろう?」
太陽はそう言った。
「もちろんだ。じゃあ、ここは強行突破で退散する方針で。……しかし、飛行機の手配とかはどうする? 流石に俺達はそんなに長時間集中して飛んでられないだろう?」
俺がそうやって聞くと、華奈さんが、
「アテならあるよ。旅客機とかではないけど、自家用の旧型なら、ここの倉庫あたりに。私が運転できるから、操縦士についても心配しなくていい。」
と言ってくれた。
「それはありがたい。でも、いいのか? あなたの目的はもう完遂しただろうに」
と、太陽は言った。実際そうだったなと感じ、途端に怪しさがこみ上げてきた。
いや、彼女は信用できる相手だ。疑うのは良くない。
「単純な話。兄亡き今、私も行くアテがないの。それに、結界という得体のしれない防護壁、そして魔法という最高レベルの攻撃手段を持っている君たちについて行ったほうが、私自身も安全だから。そうでしょ?」
なるべく罪悪感を感じさせないようになのか、本人が本当に思っているのか、そこまではわからないが、少なくとも彼女は本気で俺達に着いてくるつもりのようだった。
「……じゃあ、その倉庫を目指す方針で。」
俺はそう言って、ドアの近くにあった地図を取り、
「一旦外出るぞ、ここは危険すぎる」
と言った。しかし、太陽がそれを制止する。
「遮蔽物がない空間に迂闊に出るのは危険だ。俺らが捕らえられたのも、森の中を通らず砂利道を進んだからだろ。」
「……確かにな。先にルートの確認をしておくか。」
そうして、俺は机の上に地図を広げた。
「えーと、……廊下を横断した先か。まあしゃあないか」
俺が使える魔法はいくらでもあるが、特に魔力効率と威力がよいのは炎と氷。……といっても、なかなか魔力なんて枯渇はしないのだが。本題に戻ると、どっちかの魔法を使いたいが、前者だとこっちも危険で、後者だと一度顔を合わせる必要がある分危険……さて、どうしましょうか、と。
「ま、考えるより行動かな、日暮、結界を解除してみんなを守っといてくれ、俺がやる。」
「わかった。……信じるよ」
日暮はそう言って華奈さんたちを囲むように結界を張り、ドア側の結界を解いた。
「開いたぞ、突入!」
そんな言葉とともに、軍はドアを押し開けてきた。事前の探知によると、おおよそ20人程だろうか。
まず間違いなく力では負ける。だからこそ、俺はいつもどおり氷の礫を発した。
「ガキ一人くらい捕らえろ! 発砲してもかまわん!」
おそらく隊長のような立ち位置の人が、そう叫んでいたが、しかしもう遅い。
ドアはそれなりに大きく、一度に三人くらい入れそうなものではあったが、でも残念ながらこの程度の量では供給が間に合ってない。三人ずつだと、まとめて3つ首を差し出しているようなもの。そんな中今更発砲の許可なんか出しても、20人程度5秒もかからないうちに死ぬのだから。
「よし、終わったぞ。」
日暮は、その凄惨な現場から目をそらしながら、結界を解除した。
「それじゃ、動こう。」
太陽の目も、日暮の目も、微妙に引きつって見えたが、仕方ないことだと、そう感じた。
「戦場では、命の価値は軽い。それは、ふたりとも覚えておきなさい。」
華奈さんは、日暮たちに気遣って言った。
……特に何一つ問題なく、倉庫までたどり着いてしまった。そこには、オープンカーのような、そんな感じの飛行機があった。
「何だ……? この静かさ」
あまり軍のことはよく知らないが、少なくとも司令が襲われたとあっては対応せざるを得ないはずだ。なのに何もしてこない……意味がわからないな。
「華奈さん、ほんとにこのままここから逃げ切れる?」
日暮は少し不安そうにそう聞いた。その表情に追い打ちをかけるように、華奈さんは苦笑いを返す。
「……君たち次第かな。私は離陸に集中しなきゃいけないからね。ここは空軍でもなんでもない、ただの陸上部隊基地。空まで追ってくることはないけど、私も航空に慣れてるわけじゃない。」
「わかった。俺達は最大限支援する。」
太陽はそう言って、さっさと後部座席に乗り込んだ。
それに乗じてみんなも乗り込み、華奈さんがエンジンをつける。
「じゃあ、右側は俺が守る。日暮は……エンジンとかに影響しないような結界を張れそうだから、後ろ。んで、三月は左側を守ってくれ。」
「了解。万一前から来たらどうするんだ?」
そう言うと太陽は少しだけ考え込み、
「……右120°、左120°、後ろ120°の振り分けなら死角なしだ、それでいこう。」
と言った。日暮が頷いたので、俺も頷く。
「よし、じゃあ離陸するよ」
彼女はそう言ってエンジンのスロットルを上げる。……多分スロットルだ、多分。
滑走路は、特筆すべき点はなく、状態は素人目ではよくわからない。多分それは、流石に華奈さんも同じだろう。
「飛行機って、なんだかんだ初めて乗るよ」
日暮はそういって肩の力を一旦抜き、そして入れ直す。
それと時を同じくして、飛行機は倉庫を出て、走り始めた。
「離陸までどのくらい?」
俺は思い出したように華奈さんにそう聞いた。
「あー……、自家用のちっちゃい飛行機だから、滑走にそんなに時間はかからないはず。ただ、まず間違いなく、待ち伏せはされてるからねぇ。それをどうさばくか次第じゃないかな」
彼女がそう言った瞬間、どこかで発砲音が聞こえた。
「結界!」
日暮はそう叫んで、全方向に結界を張った。
「さっきの音は3時の方向……もう炎魔法も使えるし、やっちまっていいか。……やらなきゃこっちがやられるなら、もうやるしかないしな。」
太陽は、そう言って魔力をため始めた。
「なあ、三月」
「ん、どうした?」
こっちもこっちで、多少なりの数の敵を対処しながら、返答する。
「前から試したい技があったんだよ、見てな」
そう言って太陽は結界を球状に張り、その中に炎魔法を全力で撃った。ミサイル対処時と大体同じ手法だ。
「……おい、太陽! それだけか? 何も攻撃できてないぞ!」
俺はそうやって叫ぶ。こっちもこっちで手一杯だ、太陽方面なんか気にしていられない。
「待てって……えーと」
そう言って太陽は息を全力で吸い、止めた。……結界を圧縮していっているのか? これは……。
「ここらへんが限界か……?」
彼はそう言って結界を動かし始めた。
「もうなんでもいいから早くしてくれ!!!」
俺の叫びとほぼ同時に、彼の結界は地面に落ちた。そして太陽も魔法を打ち始める。
大量の銃声を処理する以上、手加減なんかしていられない。日暮も、太陽も、必死に戦う。幸い、銃声がしても、スピードの乗った飛行機にはなかなか当てられないのと、装甲がそれなりに硬いのもあって、特に問題はなかったが、そろそろ逃げられないと飛行機は壊されちまうだろう…。
「よし、華奈さん、離陸できますか?」
太陽はそんな話を始めた。
「そろそろ、あと10秒!」
段々と増していく敵の勢いを、俺達はなんとか防ぐ。この場では、本当に命の価値が軽く感じられるほど、太陽も日暮も必死だった。
「……殺すしかない、殺すしかない、手加減なんかしてられない……!」
日暮に至ってはそんなことを自分に言い聞かせながら、魔法を放っている。
どうしてこんな、家族に苦しそうな顔をさせなきゃならないんだろうか。
……ひかり……
左目から、涙がこぼれる。隠れた右目も、心なしか熱くなった。
「飛んだよ!」
華奈さんがそう叫んだ。体が傾き、重力が強くなる。
「一定高度までは窓は開けてたほうがいいよな、後ろとかもあるし。」
俺はそう言って窓に手をかける。
「そうだな。華奈さん、基地からの距離がちょうど5kmくらいになったら言ってくれません?」
太陽が突拍子もなくそういう。
「わかった。なにかやるの?」
「基地の隠滅、つまり俺たちの顔を知ってる人、危険度を知ってる人を消しておく。」
「……覚悟はできてるわけね。」
その華奈さんの言葉に、太陽はため息をして、
「もう、これは戦争だ。甘いこと言ってると、死ぬ。」
太陽はそう言って、もうほぼ治った足を見つめる。
「人は、死んだら終わりなんじゃない。抵抗できなくなったら終わりなんだ。」
……太陽は、なんだか忘れていたものを思い出したような、そんな表情で言っていた。
「5km、なったよ!」
華奈さんが、静かにそういった。
「日暮、風除けに結界張っといてくれ。」
そう言って、太陽は引き締めていた魔力を解き放った。
後ろから、真っ白な輝きと、微かな熱、そして耳が壊れるくらいの爆音が鳴った。
数秒して後ろを見てみると、元々基地があったそこは、跡形もなく消失していた。
「……マジか」
太陽の魔法が、起爆した? ……なるほど
「さっき置いてた結界か。エネルギーを圧縮して、結界を剥がすことで起爆できるようにしたわけだ。」
「そういうこと。……日暮、風除けありがとな」
「あれくらいどうってことないしね。気にしないで。」
彼女はそう言って軽く微笑むが……体は少し震えているし、目は少し腫れている。
「日暮、この戦場を受け入れられるか?」
……我ながら酷な質問だった。返答がどっちであろうと、受け入れろとしか言えない。
「……答えなくてもいい問いを、わざわざしなくていいのに。どうせ、サコルに行けば、また戦場でしょ?」
日暮は、こちらではなく、窓の外を見ながら、ただそうやって呟いた。
少しだけ流れていた俺の涙を拭い、失ったひかりの存在と、そして日常の重みを知る。人は、自分が失う辛さを知っているから、相手を殺そうとしない。そうして殺人を悪とし、罰してきたのだと、今更ながら思い知る。だが、今更だ。
おっとりした姉のような、妹のような。そんな立場で俺たちをまとめてきた、ひかりも、殺し合いをしないための秩序も、もうここにはない。
飛行機は、その失われた存在の重みを物語りながら、ペインの空彼方に消えた。
第五話 終




