第四話 眺望の彼、亡き記憶
最悪の歓迎を受けてから一ヶ月が経った。ありがたいことに、俺達の足が治るまで待つという約束だけ取り付けてもらっていたから、十分な休養は得られた。傷跡は残っているが、だがそれが残っているだけで、痛みはなくなっていた。
とはいえ、作戦をどうするのかなどは、一切聞いていない。
……というか、普通に見たらあんなの謀反以外のなんでもない会話だった。軍部なら、盗聴ぐらいしていてもおかしくないのに、よく彼女は見逃されているなと、そう思った。
そんな事を考えていたら、華奈さんがこちら側に来た。
「今から、作戦を説明するね」
そう、彼女は言った。
第四話 眺望の彼、亡き記憶
初めて華奈さんに出会った日、つまるところは一ヶ月前なわけだが、その日、日暮や太陽も目を覚ました。日暮は目を覚まさなかったほうがよかったのでは? と少し感じてしまうくらいには、痛みに対して苦悶の表情を浮かべていたので、俺は先程の会話で華奈さんに銃を撃たせてしまったことを、少し反省した。
とはいえ、起きてくれて都合が良かったのも事実。俺達が華奈さんの味方をする代わりに、一ヶ月の休息の時間がほしい、という条件をつけ、協力関係を結んだということも当日中に話しておいた。俺が勝手に関係を結んだことについて、反対してくることはなかったけれど、でも多少は不安な顔をしていた。
「本当にその人は信用できそうだったの?」
と日暮は聞いてきたが、
「できるできないじゃなくて、するしかない状況下だった。……まあ、なんだ。相手が嘘ついてたんなら、そのときに考えるよ。責任は取る。」
俺はそうとしか言えなかった。
それから彼女は一週間間隔で面会に来た。
特に面白い会話はしなかったが、情が移るのを誘発するためなのか、少しなり温かい話はしてくれた。故郷の話、そして、兄と慕っていた司令の話。
ただ、あまりにも。今の状況と、彼女が兄に抱くイメージっていうのはかけ離れていた。本来なら、彼は戦いは望まないが、向かってくるのなら火の粉を的確に払い除け、そのすべてを相手に返す……ということをしていたらしい。
だが、今、大空市との争いを生み出そうとしているのは彼だ。……そんな彼を間近で見ていたという彼女の立場にもなってみれば、わざわざ子供に頼ってまで軍の頭を倒そうとするのも、妥当と言えるだろうか。
そうして今日だ。ついに鉄格子から出て、すぐにあったドアから、階段を登っていく。さすがに一ヶ月も動かなかったから、体力が落ちているという感覚がある。
しかし、軍部というから古臭い建物という偏見があったが……
この建物自体は結構新し目の建物だった。思い返してみれば牢屋なのに結構快適に過ごせていたなと、思い返す。
「まあ、国を守るための施設が冷遇されるはずはない、か……」
そして、華奈さんがとあるドアの前で立ち止まり、コンコンとドアを叩いた。
「司令、失礼します。例の子供です。」
彼女は無感情に、そう言った。無感情、というよりは彼女自身の複雑な感情がすべて乗っていて、でもそれを表に出さない震えた声、と言ったほうが正確かもしれない。
「やっとか……入れ。」
そう、部屋の中から聞こえてきた。その声には怒りなどは混ざっていなかったが、確かな重圧を感じるものだった。
華奈さんがドアを開き、中に入ると、そこはまさに書斎とでも言うべき空間が広がっていた。古臭い塗りのデスク、そして応接用に向かい合ったソファ、そこに挟まれるようにしてある低い机、加えて、たくさんの本が収められた本棚。
少し気になったのは、テレビが天井から伸びているところだった。そのテレビには今何もついていない。
ソファには……拍子抜けといえば少しアレだが、普通の青年に見える人が座っていた。青年は前傾になりながら俺達を睨みつけ、しかしその両手は拳銃を磨いていた。
俺には、そのこちらを気にもかけない視線が校長に重なって見えた。こいつが信用に値しないのは、そこからも分かることだった。俺は、ただ眉間にシワを寄せ、校長を睨み返した。
「……かけたまえ、長話になるかもしれん」
「偉そうな口聞きやがって、お前は俺の上司でもなんでもないんだぞ?」
俺はそうやって吐き捨てた。
「ちょっと、三月……そんなこと言ったらだめだよ!」
日暮がそうやって俺をなだめる。しかし、当の司令と呼ばれる青年は、大笑いしていた。
「そうだな。僕は君の上司でもなんでもない。だが……」
彼はそっと、拳銃を握っている右腕を持ち上げる。その銃口は、俺の鼻を狙っていた。
「君の生殺与奪の権は、僕が握っている。」
「んなことはわかってるに決まってるだろ。つまんない返ししやがって。」
俺のそういった言葉に、流石に華奈さんすら焦り始める。
「そんな口聞いて、どういうつもりだ?」
少しは笑っていた彼の顔が、険しくなる。
でも、それだけだ。打たれる方向がわかっているのなら、結界でも張れば済む話なのだから。
俺は表情を険悪なものから嘲るようなものに変え、次のように吐き捨てる。
「俺達が故郷を追われた理由は、なぜミサイルを撃たれたのかを調べてこい、なんていう理不尽極まりないものだった。対等な関係じゃないと、情報なんか得られないだろ?」
「僕とお前が対等になれるとでも?」
すると、太陽が右手に少し魔力を込めた。その右手の熱は、こちらまで届くほどだった。
「別に、三月とお前の1対1じゃないからな。追い詰められてるのはお前だぞ?」
その言葉を聞いて、青年は腕をおろし、自嘲するようにため息を付いた。
「舐められたもんだね……まあ今はそれでもいいよ」
そう言って彼は笑う。どこまでもいけすかないやつ、という印象か。華奈さんから聞いていたこととは似ても似つかない。というか、こんな無駄なことしかしないやつが上に上がれるとは到底思えない。誠実で、忠実であるべきだ。
そうだな、そう考えると本当に彼はおかしくなってしまったのだろう。
「さぁ、この映像でも見てくれ。今中継を映そう。」
彼はそう言って、吊り下がったテレビの電源をつけた。そこに映ったのは、どこか見覚えのある森だった。100程度だろうか。迷彩服を着た勢力が、だんだんと前に進んでいくのが見えた。
「ここ……!」
日暮がなにか気づいた様子で言った。
「そうだ。君たちはよく知っているはずだろう。大空市へと通じる道だ。」
「なんでこんなもんわざわざ俺等に見せるんだよ!?」
太陽が怒鳴りつける。
「なんでって、お前らが神影を持っているからに決まってるだろう?」
この言葉を聞いて、俺達の間に静寂が走る。全員の瞳が、驚き混じりに司令を見つめていた。
「……知ってたのか?」
俺がそう疑問を投げかけると、司令は俺達を小馬鹿にして笑った。
「逆になぜ知らないと思った?」
「気づいてたなら俺達から奪っているはずだと思っていた。」
そう言うと、彼はまた笑いながら立ち上がり、机の引き出しの脇に移動した。
「残念だがな、今俺達が奪ったとしても何の意味もないんだ。神影には適正が必要と聞いている。事実として、俺はお前の持っている「月影」に何の印象も抱かない。」
彼は、そう言いながらテーブルの引き出しを開き、半円状の石を取り出した。
「これも神影の一部、「暮影」だ。だが、これについても俺は何も感じない。だが……」
彼は日暮の方を見た。日暮の表情は、いつもとは微妙に異なっていた。なんだか、少し隠しているような表情だ。睨まれたからか、さらに少し表情を固くした。
「そこの娘。お前はなにか感じ取っているみたいだな」
日暮はハッとした。そしてすぐさま彼を警戒する表情に変わり、
「なぜそれがわかったの?」
と身構えた。
「司令の観察眼を舐めるな。その程度はわかる。」
……しかし、それにしても、だ。
「それなら目的は俺達だけに聞こえるが……言っとくけど故郷を人質に取られたところで俺らは応じないぞ」
俺はそうやって彼に伝えた。だが、彼奴は気にしてすら居ない。
「なあに、人質になんてするものか」
「は? じゃあ、どうして今更大空市に攻め込むんだよ」
「簡単だ。失われた魔法が、そこには残っているんだろう? ならそれに触れにさえすれば、何人かは神影に適性を示すかもしれない。お前らに適正があったようにな。」
ふざけやがって……そう思う心と、このまま行けば開放されるかもしれないという心が、同時に俺の中に浮かんでいた。
実際、たとえ故郷が滅びたとしても、神影を持つ権利さえ手放せれば、俺達は生き延びれる……
しかし、日暮の表情を見て気付いた。故郷を犠牲にするのは……だが、今更になって軍は止められないだろう。
「お前を殺せば、軍は止まるか?」
俺はそう言った。
「止まらない。止まらないよ。三月くん。」
華奈さんが、俺の右肩に手を載せて首を振る。そうだった、あいつの裏にはおそらく……
「うわぁあああ!?」
テレビから不意に、そのような叫び声が聞こえてきた。注目がテレビに向いていなかった俺達は、体をはねさせた。
「な、何だ!?」
司令もが驚き、焦っている。テレビに注目すると、これは……氷?
「……なんで一ヶ月もこっちに来なかったのかはわからないけど……しかし、ずいぶんと舐められたものね。」
そう言って画面の中の彼女は銃を手に取る。
「実物を見たのは20年ぶりかな。こんな鉛玉が詰まっただけのなまくらで私が倒せると思わないほうがいい。」
画面の中に写っていたのは……彼女は……!
「佐野……先生!?」
その発言は、司令と華奈さんだけが理解できなかった。
そう、彼女は教師なのだ。教師が、軍人を赤子の手をひねるように打ち倒す光景。それが、あまりに現実離れしていたのか。ただ、二人はその映像を見つめるのみだった。
「此処から先にいかれると、プライバシーに関わるからね……気は進まないけど、」
そう言って彼女は魔力を貯める。氷と土の入り混じった粉塵、そして木の葉が舞い上がった。
「二十年ぶりの実戦、軽く楽にしてやるからかかってきな」
佐野先生が手招きする右手を中心として、あたりに吹雪が満ちる。天候を変えたのか……
「あ、あれが魔法……実物は初めて見る」
司令の注意が完全にテレビに向く。……今だ!
「日暮!」
「わかった!」
日暮が司令の腕をめがけ結界をかける。腕さえ封じてしまえば銃も撃てない!
「な、何を……腕が動かん……」
司令は困惑している。テレビからは佐野先生が変えた天候を利用し、風を軽く操作するだけでどんどん人を傷つけていく映像が垂れ流されていた。
「これで形勢逆転だな。」
────華奈さんが組んだ作戦は、今なら彼は細かな矛盾に気付けない、ということを利用した策だった。
その根拠として、彼女は司令の不審な行動の理由を俺達に明かした。例えば、俺達をここに呼ぶ理由は、精神的苦痛を与えるため。一ヶ月待つ理由は、今は大空市は警戒状態だろうから。こんな具合だ。
しかし、この策は、前者であれば「俺達に苦痛を与える必要はない」、後者であれば「復興が進んだ1ヶ月後のほうが攻め込むのは危険である」といった矛盾点が存在する。
そしてこれらは、時間稼ぎのために、そして、戦うチャンスを作るために、華奈さんが司令に吹き込んだものだった。
名将は、そんな簡単な思考すらできないまでに落ちぶれていた、そういうことだ。
「……ねえ、兄さん」
華奈さんがふと、司令をそう呼んだ。
「あなたは、サコルで別人とすり替わったように馬鹿になったけれど……一体何があったの? 何が目的なの?」
華奈さんが泣きそうな瞳と、ただただ優しい声音でそう問うと、司令は、
「……潮時か、洗脳魔法は精度が悪いな」
と、狂ったような表情で言った。その表情は、明らかに俺達の神経を逆撫でするものだった。
「別人とすり替わった……? ああ、正解だ! その通りだとも! この体はサコルの軍司令である私が洗脳して操り人形にしてやった!」
その叫びは部屋中を響く。だが、華奈さんはその言葉を噛み砕くのに必死なようだった。受け付けたくない言葉を、嘘だと思っていたかった、最悪の現実を、今ここに突きつけられたのだから、当然だった。
「…しかし、いくら魔法でも頭の良さなどは複製できなかったみたいだな。役立たずな体だ。」
司令だったものは、続けてそう言った。その途端に、華奈さんが激昂した。しかし、その怒りはただただ静かで、ただただ哀しいものに見えた。
「そんな場合も想定できないぼんくらな脳だから追い詰められてるんでしょ。」
彼女は、静かにそう言っただけだったから。
「いいや? 想定はしてたさ。できなかったならできなかったなりに、サコルへ誘導すること……それが「私」の目的だった。」
彼はそう言った。実際、この問題を解決するためにはサコルに向かうしかない。本当にこれが目的だったのだとするならば、相手のほうが、一枚上手だったと認めざるを得ないのだろう。
どうあれ、俺はただ、下唇を軽く噛むだけだった。
「……聞きたいんだけど、その体に元々入っていた人格はもとに戻るの?」
日暮が静寂を切って、そう言った。だが、それも虚しく、
「戻らない。戻しようがない。これは神から授けられた神の魔法だ。制御方法なんてわからない。」
と、司令は言った。その瞬間に、華奈さんはうつむいて、弾倉に弾を込める。
ふとテレビモニターを見ると、雪に埋もれた死体の山と、そこに佇む佐野先生の姿があった。
「……ははは」
華奈さんは少し、いやだいぶ狂ったように、笑い声を上げた。そうして、銃口を司令に突きつけ、引き金を引いた。
司令は恐れることも慄くこともしなかった。ただ、華奈さんが今まで俺達に話してくれていた通りの優しい微笑みを見せ、その障害を閉じた。
「……引き金は思い出でこんなに重くなるのに、人は思い出があってもこんなに軽々と壊される。」
彼女はそれだけを呟いて、涙をこぼした。
彼女は、日暮の結界に囚われた体をゆっくりと抱きしめる。日暮は、結界を解除した。
そして、揺れる頭蓋からこぼれる血が、彼女の肩を紅黒く染め上げるのを、俺達はただ見つめる。
「君たちの家族が死んだって言ってたっけ。」
俺達からは背中しか見えなかったが、悲痛な声音が、ただただ全てを物語っていた。
そう。これが現実なのだ。家族が死んだという、俺達と彼女に共通する現実。そして、彼女はただただ一心に、それを受け止めなくてはならなかった。
彼女にとっての司令の死は、俺達にとってのひかりの死のように、あらゆることがごちゃまぜだったせいでまともに受け止められず、それでいて楔として足を引く。そんな生易しいものではなかったのだ。
俺は、改めてこの現実と……そして俺の持つ、ひかりの死への感情の異常性を自覚して、息を呑んだ。
「ごめんね、最初からこうすればよかった話だったのに。本当に、ごめんなさい」
ほそぼそとした震えた声で、しきりに俺達に謝り続けるその背中からは、よりいっそうの哀しみが受け取れた。
そんな中、俺達はただ立ち尽くすしか出来なかった。
第四話 終
【記録】ペインの軍司令の手記
・1998/09/23
幼馴染で妹のように扱ってきた華奈が親をなくし、路頭に迷っている。先日までの[ ]でみんな疲弊してしまっていて、華奈なんかをかまっている余裕はないようだった。
気の毒に思う気持ち、というとなんだか上から目線で嫌なのだが……しかし、俺はそのような思いを抱いている。なんとかして救えないだろうか。
・1998/09/25
親を説得できて、なんとか華奈を妹に迎えることが出来た。だが、これからが大事だ。路頭に迷ううちに、誰彼構わず不信感を持ってしまったこともあったのではないだろうか。僕はそう思っている。
だから、ここが居場所だと、彼女に思ってもらえるように。彼女を大事にしていきたいと思っている。
・1999/09/25
妹を迎えて一年。妹は無事に7歳、自分も15となった。お祝いなどを行い、妹についてはとても楽しそうであった。ここは、妹の居場所になれているのだろうか。
いや、彼女の表情を見ればそれはわかりきったことだ。疑うのも、きっと失礼だろう。
・2015/6/22
勝手に条約を結んだことに対する結論が出た。功績として扱ってくれるそうだ。
……しかし、このごろは平和である。妹の親が死んだ17年前何があったかなんて、誰も覚えていない。俺も、覚えていない……
だが俺の、妹の居場所を守りたいという気持ちだけは、ずっと消えることはない。これからも、頑張っていきたい。
・2018/03/05
最近サコルの様子がおかしいと聞く。重要人物の不審死、軍部の巨大化によって、世界はあの国に恐怖している。不可侵条約を早いうちに結ぶべきだろうか……
しかし、そうなったときアムルとの同盟はどうなるか……
今になって数年前のことを後悔しそうになる。アレは成功だったが、成功ゆえの重圧がいま自分を襲っていると感じるのだ。しかし、後悔したところで事態は好転しない。サコルへ行く計画を建てよう。
……記録はここで途切れている。




