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第31話 フリューサル・レステニア

佐野先生を背負ってイタラルにたどり着いた後、俺達はとりあえずぼろぼろの服を着替えるために服屋に入った。服屋の店員がなんだか異常に温かい目でこちらを見てきていた。

「姉弟で亡命ですか?最近は情勢も悪いですしね…」

店員の一人が、そっとそう訪ねてきた。

「亡命?」

「ええ、そうです。ほら、最近魔法っていうものが復活したじゃないですか。それで国内外で異常な問題が起きている影響で、最近は国境という概念が麻痺しているらしいんですよね。」

「国境が麻痺…!?」

佐野先生は、目を見開いて言った。

「いくら魔法が戻ったからって、国境の概念が麻痺するっておかしいでしょう?戦争でも起きてない限りそんなことは起き得ないはず…」

「いえ、魔法によって暴徒が大勢現れたもので、国ごとに防衛力を分散させているままだと、いくつも国が滅ぶとされたらしく…国という概念にとらわれない対応をすることになっているんですよ」

一見合理的には思える。しかし、そんな国の持つ防衛力を減らすような対応をしてしまえば、国民の不安を煽るだけではないのか…?

「まあ、そうはいっても、亡命を受け入れやすくすることと、ある程度の交換条件をつければ他国の兵士を呼べるということくらいしか利点はないんですけどね。国を守るというよりは、人を守るためと言ったほうがいい条約ですね」

「なるほど、国外に親戚がいる場合はそのほうがいいし…。国力があるところを襲おうと思う賊は少ないだろうし。善人と悪人の棲み分けができる…ということかな」

佐野先生はなんだか納得した表情で言った。

「私としては、戦争に進むもんだと思ってたけど…国の頭はそんなに馬鹿じゃないということかな」

少なくとも、この服屋周辺の人たちは平和に生きているように見えた。これが悪手じゃなければいいのだが…


第31話 フリューサル・レステニア


服屋にてめぼしい服を手に入れたあと、俺達は飲食店に入ろうとしていた。と、そこには店の前で店員と揉める、八歳くらいの黒髪の子供がいた。

「だから、俺は20歳くらいは超えてるって!ていうか仮に子供であろうと入店拒否する必要はないだろ!?」

「何回も聞くけどボク?お父さんお母さんはどこにいるのかな?」

店員も子供も折れるつもりは一切見えない。

「あのーすいません、この子、私の弟なんです」

佐野先生が二人の間に割って入る。子供側は、佐野先生を鋭い眼光で睨みつけるが…

「ちょっ、ちょっと。佐野先生。こんな面倒そうなのに関わっていいのか?」

俺は佐野先生にそう耳打ちするも、佐野先生は一切止まる気配を見せない。

「あー…あなたがたの弟、ということですね。はい、わかりました。今度からちゃんと見守っておくんですよ?」

そうして、俺達は窓際の一番日当たりのいい席に案内された。

「で、どうして俺をかばったりしたんだ?」

席につくなり、子供は不機嫌そうに言った。

「理由は特にないよ。強いて言うなら職業柄、かな。私教師だから。」

「ふーん、見た目は18くらいに見えるんだが…それでも教師になれる国があるんだな?」

「まあ、ね。なんせ、私は一応35歳だし。」

子供は驚いた表情をしつつ、そっと不満そうに目を瞑った。

「…とりあえず礼を言っておくよ。俺はフリューサル・レステニア。165歳だ。」

彼がそう言った瞬間、俺は笑いで吹き出しそうになる。ひゃ、165歳って…どう見ても彼は八歳くらいだ。

「うん、そっちの35歳さんはわかっているみたいだね。じゃあ、話してもいいかな。」

「…私は夜野明。35歳さんって呼ぶのはやめてくれる?」

フリューサルと、佐野先生の間に、一瞬の沈黙が流れる。

「あの…フリューサル、「わかっている」とは?」

俺は頭にある疑問を解決するために、とりあえず質問した。

「二十年前に魔法が失われるよりずっとずっと前、ある魔法の研究があったんだよ」

佐野先生が答える。

「その研究とは、「魔法生物」と「不老不死」の研究。その過程で、土着の魔力によって成長が阻害されることで、転じて老化しない人型の魔法生物を作り出すことに成功した。」

フリューサルは、その口角を上げた。

「そのとおり。それが赤子だけの魔法部族、通称「グロリア族」。俺はそのうちの一人だ。」

「で、そのグロリア族が、なんの用?」

「いやなに、人を探しているだけだ。グロリア族には、二百年に一度、「吸魔の青髪」という特性を持った人間が生まれる。俺達は代々それを王族として扱ってきた。だが、20年前、魔法の記憶が失われたときに、王族の象徴たる「吸魔の青髪」の概念が抜け落ちた。黒髪しかいない中で、一人だけ青髪。異端極まりなかったその赤子は部族から迫害されて、追い出された。」

「で、その青髪を探していると?」

佐野先生の表情は、なぜだか怒りに満ちていた。そりゃそうか、実年齢はどうあれ、子供がそのような扱いをされていい気持ちになる教師はいない。

「その表情、知っているのか?」

「ええ、確かに知っている。別に教える気はないけれど。魔法を思い出したからって、手のひらをくるくると回して王を探すなんて、虫がいいのではなくて?」

フリューサルの眉は、見るからに下がった。

「まあ、あなたの言葉はもっともだな…だが、別に俺は王を探しているわけではないんだ。兄を探しているといったほうが正しい。そもそも、王国は崩壊したしね。赤子だけの国が、魔法を忘れて保つはずがない。」

佐野先生は、その言葉にため息をついた。

「兄?グロリア族は、魔力によって自然に生成される。そこに兄弟という概念があるとは思えない。しかも、彼は200歳を超えている。165歳のあなたが、どうしてそのように考えるの?」

「二十年前の戦争の直前で崩御した国王が、内密に育てていたのが俺達なんだよ。サンライズ・レステニアとフリューサル・レステニア。家名だって同じだ。兄弟として慕うのは、当然と言って差し支えないはずだが?」

フリューサルは、お冷のコップのふちをなぞりながら言った。

「残念ながら、彼にはもう家族がいるし、動向も私の知るところではないわ。インデアにいるか、はたまたいないか…」

佐野先生のその言葉に、フリューサルは肩を落とした。

「その言葉には少々悲しみを感じはするけれど…まあ、生きていることがわかっただけ儲けものと思っておこうかな。それに、ぶっちゃけ見つかると思って旅をしていたわけではないしな」

彼はそう言って呼び鈴を押した。店員が気づいて、歩みを寄せる。

「ご注文は?」

「カルボナーラを3つ。」

「ちょ、ちょっと、勝手に注文しないでよ」

マイペースなフリューサルを静止するように、佐野先生は言った。が、レステニアはこう続けた。

「ここの店には来たことがあってね。うまいよ?」

「えっと…カルボナーラ3つでよろしいのですか?」

店員が困った顔でこちらを見る。レステニアは、何も気にもとめず、外の景色を眺め始めている。

「…いい。カルボナーラ3つでよろしく。困らせてごめんなさいね、店員さん」

店員さんは軽く会釈をして、ささっと厨房の方へと戻っていった。佐野先生は、じとっとした目でフリューサルを睨みつける。

「フリューサル、これ、あんたのおごりだからね」

「ん、まあもとよりそのつもりだったさ。兄がインデアにいるかもしれない、そんな情報を得たんだし。情報料のようなもんだと思ってくれればいいよ」

日当たりのいいこの席が、雲が太陽を隠すことによって暗くなる。

「ところでなんだが…見た感じ明…あんたは博識のようだな」

「雑学だけ修めているだけの無能よ。期待には沿えないと思う」

「いや、軽い感想でいい。今の国境の話なんだが…」

佐野先生は険しい顔を少しだけ緩めた。

「まあ、なんだか不安定な政策よね。理想的にことが運べば、悪人と善人の棲み分けが効く策ではあると思う。けどね…」

「そんな感想になるよな…俺としては、悪人を押し付けられる側の国が、善人を匿う側に戦争を仕掛けてもおかしくはないと思っている。悪人ばっかいる国が保つことはない。国外に毒を放つのと同義だからな」

その言葉を放った彼の目は、外にいるある人影を捉えていた。

「!?あいつ、魔力を溜めてる…!」

「十中八九、なにか仕掛ける気だろうな。とはいえ、この国の防衛力も気になるところじゃないか?」

彼はそう言って水を一口のんだ。

「静観する気?」

「そりゃそうだろ。こっちから攻撃しようものなら、賊扱いは間違いない。仕掛けるにもタイミングってものがある。」

彼の顔は、楽観的だった。そこにあるのは絶対の自信。自分は絶対に死ぬことはない、と言わんばかりの。

その瞬間、少し暗かった窓際が光に包まれ、爆発音と風圧がここまで届く。住宅は揺れ、周辺の建物のうち、一部は倒壊した模様だった。

思ったより、周りの反応は冷静だった。

「まったく、最近は減ってきたと思っていたのに…」

「暴れたがりは減らないものだね」

頭を抱えながらも、周りの客たちはそう言って席をたち、店を出始めた。

「ええ?あれ放置すんのかよ?」

俺は驚いて、そう言葉を漏らしてしまった。

「ああ、お客様は最近こちらにいらしたのですね」

店員の一人が、ゆっくりこちらに近づいてきた。

「簡単に言えば、きりがないんですよ。力に対して力を使えば、さらなる増長を呼ぶだけ。だから、静観を決め込んで、土地を一時的に放棄し、警察に任せるというのが一般的になってるんです。」

なるほど、な。しかし…

「今回の敵は結構強そうだぞ?俺は…ああいや、俺達は旅をしているんだが、あのレベルの暴徒はそれこそ100人に1人いたかいなかったかくらいだ」

フリューサルは、そう言った。佐野先生も、俺も頷いた。大空市で一般的といえるレベルの力だった。二十年間のブランクなしで一般的なものを、二十年間のブランク有りの状態で扱う。イタラルが不利なのは、どこからどう見ても明らかに見えた。

「まあそういうわけで、今は無事なこの店も壊される可能性があるってわけだ。なあ、俺が店を守るからよ、さっき注文したパスタ、ただにしてくれないか?」

店員は、心底嫌そうな顔をした。

「あの…話聞いてました?力を市民が相手にするのは、あまり良くないんですが…」

「それは自分に力があると自覚してしまうと、そいつ自身も暴徒になりかねないからの話だろ?大丈夫だ、俺はすでに自分の力を自覚しているし、暴徒になろうとも思っちゃいない。」

彼はそう言ってすぐ、窓を蹴破って外に出た。暴徒はその姿を睨む。

「何だお前、お前もこの魔法の餌食になりたいのか!?」

「お前もって…誰もお前の魔法の餌食になんかなりたくなかったと思うが?」

彼はそう言いつつ、いくつもの石の礫を作り出し、それを強熱して溶解させ、風魔法によって暴徒に向けて放つ。暴徒は理性的にそのヤバさを理解し、風魔法によって押し返そうとする。しかし。

「魔力量で魔法生物に勝てるわけ無いだろ」

暴徒の健闘虚しく、暴徒には無数の溶岩が降り注いだ。皮膚が焼けただれ、喉が焼けたのか悲鳴すら聞こえてこない。

「とまあ、こんな具合だ。…俺達は食事をしにきただけなんだ。パスタ、出してくれるよな」

フリューサルは、そう言って笑った。


「…で、俺の見立てでは、あんたがこの中で一番強いと思うのだが、どうだった、俺の強さは。「吹雪の守護者」佐野明さんや」

パスタをフォークに巻き付けながら、フリューサルは問う。

「吹雪の守護者」…?俺は疑問に思って、佐野先生の顔を覗き込む。

「二十年前の戦争における敵国のコードネームみたいなものでしょう?まさか、あなたたちの国まで参戦していたとは思わなかったけど…」

「そのときの国王が戦争で死んでんだ。ほら、サンライズも俺も内密に育てられていたって話はしただろ?」

佐野先生は理解したのか、パスタを一口だけ口に運んだあと、呟いた。

「…うちの学校の一年生に、ひときわ輝く将来株がいたんだけれど…それくらいには強いかな」

「一年生、か。まあ中学一年生ならまだ…」

「小学一年生よ」

フリューサルは、フォークを皿に落とした。

「マジか…大空市ってそんな強かったんだな…」

フリューサルは腕を組んで、天井を見た。そこには何があるわけでもないのだろう。空を掴む、そんなことでも考えているかのようだった。

「まぁ、大空市は独裁状況に堕ちてる。昔話だと思ってくれていいわ」

佐野先生の言葉に、目を見開く。

「独裁状況…!?校長ってそこまでやったのか?」

「ええ。もう戻ることは不可能と思ってくれて差し支えない。」

そうか、そうか…だが、あそこに戻るべきだと考えていたわけではない。家族を守ることだけに注力できると考えたら、凶報と言えるものではないだろう。

そんな話をよそに、フリューサルはいそいでパスタを平らげて立ち上がった。

「今日は話が聞けてよかったよ。ありがとな」

そそくさと、店を出る支度をするフリューサルに、佐野先生が問いかける。

「どこへ向かうの?インデア?」

「そのつもりだ。まあ、またどこかで会えたら会おうぜ」

彼はそう言い残して立ち去った。

「フリューサルね…話には聞いていたけど」

佐野先生は、その後ろ姿を、鋭い眼光で睨みつけていた…


第31話 終

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