第30話 想定外のディスアドバンテージ
昨夜は久しぶりに泣いてしまった。戦いの中で無意識に涙腺を固くしてしまっていたのかわからないが、前なら…ほんの2ヶ月前なら、日暮が苦しそうな顔をしていただけで泣いてしまっていたはずだった。久しぶりに泣けて何と言うかスッキリした気もする。
精神の成長…と言ってしまえばそれまでなのかも知れないが、俺にはどうにもそう楽観視できなかった。成長することで家族を大事にできなくなるなら、成長なんてしないほうがマシなのは分かりきったことだった。
知っている。成長しなければいけないことは。また、成長することが摂理であることは。
避けようがないことだからこそ、今俺は、全力で拒絶しようと思えるのだ。
第30話 想定外のディスアドバンテージ
目が覚めた後はまた北上して、随分と長いこと歩いてきた気がする。…正直佐野先生の足は遅い。じれったさがこの道中には散在した。
「俺が背負って走った方が圧倒的に速い」
そう俺が言い放つのに、時間はかからなかった。
「…いや、流石にちょっと…」
佐野先生が言い放ったその顔は、明らかに暗かった。
「なんでだよ、合理的だろ?」
「いや、合理的とかじゃなくて…その…そう、仮にも経産婦が小学生に背負われる絵面とか、想像したらちょっと…ね」
ん?経産婦…
「子供がいたって話、本当だったんだな」
俺は、そう言わずにはいられなかった。本人もそう言っていたし、タチの悪い冗談だと思っていたが…
「あれ、そんな大昔にした話、覚えてたんだ。」
「たまたま、インデアから来る道中で思い出してさ。」
「そう…まあ、隠してもしょうがないか」
彼女は立ち止まって、俺に振り返って言った。
「夜野…あなたは夜野の話を知っている?」
夜野…夜野というと、ひかりの姓だ。元々結構な家柄で、でも魔力暴走により没落した家…の筈だが
「ひかりの苗字と同じってことくらいしか、パッとは思いつかない」
「まあ、そんなものだよね…」
佐野先生は少し息を整えてから、続きを話した。
「夜野家は、過去それはそれは栄華を極めた家だった。魔滅聖戦…はあなたは知らないか。まあそういう戦いの場において、相応の戦いをした、魔法の名家。それが夜野家。」
魔滅聖戦…というと、おそらくラーシャで見た龍みたいなのが昔はいっぱいいたが、それを滅ぼしたみたいな話だろうか。
「だが…9年前、夜野は突然没落した。そう、魔力暴走によって。」
これも知った話だ。おかげでひかりに濡れ衣が着せられ続けててこっちはたまったもんじゃなかった。
「…そして、その魔力暴走を起こしたのは、大人ではなく子供だった。大空市において、ここまでが、周知の事実となっていた。」
「…子供が!?」
そんなの、ひかり以外にありえない…ひかりが魔法を使えない理由も、きっとそれが原因なのだろうか、いや、しかし…
「で、ここからはあまり公にはなっていないことなのだけれど、そこからは我が子を抱えた母親のみが逃げ延びた。母親は孤児院に子供を預け、そして教師に対してより一層真剣に生きることを決めた…」
また佐野先生が深呼吸をする。
「私の本当の名前は、夜野明。夜野家に嫁入りした、最後の女。そして…」
夜野…佐野先生が夜野?ってことは…
「あーなるほど、ひかりを毎日のように放課後呼び出していたのは親子団欒ってわけ?」
「え?」
俺の言葉がまるで的外れかのように、佐野先生は疑問がとことん詰まった声を漏らした。
「あのね、ひかりは…」
刹那、俺たちの目の前に風の刃が通った。魔法だ。
「一旦中断みたいだな。今更だけど、何で追手がこっちきてるんだ?」
「さぁ…?またロディアルが唆したんじゃないの?」
ともかく、刃を飛ばしてきた方に敵がいるのは間違いない。俺は《叢雲》を十個生成し、ばらまいた。そして、それと同時に索敵を開始した。
「それは?」
佐野先生が、ばら撒いた叢雲を見て言う。
「《叢雲》って魔法。まあ見てればわかるよ」
索敵に引っかかったのは15人…武装をしているかどうかが肝心だが…
「わざわざ魔法で仕掛けてきてるってことは…本格的に魔法での戦闘にすり替わってるっぽいね」
佐野先生はそう言って魔力を右手にこめる。
佐野先生の言う通りならば、今まで危惧していた魔法のアドバンテージの消失が、今目の前で起こっているというわけだ。相手はどんな実力か…佐野先生の言う通りならば、たいして強くはないはずだが…
「でも15人ともまだ距離が遠い…狙って魔法を当てられる奴はいないはずだ」
森だし、視界は開けちゃいない。一定まで近付いてきたところを叢雲で一突きすれば、勝てるはずだ。
そう思っていたのに反して、15の人影の方向から、木の倒れるような随分と嫌な音が聞こえてきた。
「まじか…ロディアルめ、なんかしてくれやがったか?」
俺たちはとりあえず結界をはり、魔法から身を守った。だが、その中で、佐野先生の表情は余裕のないものに変わっていた。
「今の魔法は技量でもなんでもない、単純な力押しでしかない。だから撃った本人は魔力切れになるんだけど…相手は15人だし、それが作戦っぽいね」
佐野先生の嫌な推測は見事にも的中していた。魔法がこちらに届いた瞬間、その衝撃波の後ろに隠れる様にしてこちらに近づいてきていた大男が、姿を現し、結界にしがみついた。
「お前が報告にあった常夜三月だな?ロディアル様から聞いてるぜ?国滅ぼしの大罪人だってな!」
大男はそう叫びながら、俺の結界を引き剥がした。まずい、そう思って、索敵の魔力の波を強める。
「《叢雲》」
「がぁあ!?」
大男には10本の針が、それぞれ腕、足、胸に突き刺さった。
俺は一歩引いて、叢雲を解除する。大男は血を大量に流し、息絶えた。
「まさか物理結界がこうも一瞬で剥がされるなんて…」
佐野先生は他の追手に向けて氷の刃を放ちつつ呟いた。
物理結界は確かに構造が簡単ではある。しかし、こんな1ヶ月で出来る芸当ではないはずだ。
「どうやら、私の想定外の事態が起きているみたい」
そう語る佐野先生の頬に、冷や汗が落ちる。視線の先には、結界を張って耐え抜く敵の姿が見えた。
くそ、初っ端からセンスがいいやつに当たったのか!?
「お前らの目的はなんだ!?そして、お前らのその力はなんなんだ!」
怒り混じりで、無意識にそう叫んでいた。相手は答えない。戦闘音だけが響く戦場の哀しき静寂が、しばらくその場に流れた。
ふと、追手の1人の口が開いた。
「ロディアルって奴が国と取引したんだよ。魔法の使い方を軍に教えてやるってなぁ!」
そいつは、勢いよく足を踏み込んだ。黒い雷が、その追手の足からこちらに向けて放たれた。それくらいなら結界でどうとでもなる。しかし…
「ロディアルが…そうか」
俺たちは魔法のアドバンテージを過信していたのかもしれない。1ヶ月程度の修練でも、成すべきことが分かっていれば記憶を頼りにいくらでも強くなれる。ロディアルはそれすら見透かして…
「なんて面倒な奴だ…!」
佐野先生の攻撃も虚しく、追手はジリジリと距離を詰めてくる。
結界魔法だって、普通に魔力消費は多いはずなのに、こいつらは何も躊躇せずに使ってくる。集団戦の旨みをとことんと活かしてきている…!
「あなた達は戦うのが上手い。でも、それだけ」
佐野先生は、そんな一言を放った。俺はそれで、少し冷静になる。
よくよく考えたら俺は世界最強と戦ったのだった。こんなやつに苦戦する道理はない。未知の危険に晒されたからって動揺しすぎるのも考えものだなと、少し思った。
俺は剣を構えるために一歩踏み込んだ。しかし、その瞬間に、地面がぬかるんだ。相手の一人が、水魔法を使ったのだ。
「隙あり!」
追手の1人の痩せた男が、そう叫んで俺に剣を振った。俺は焦って、体制を崩しながらもなんとか剣で受け止めた。
「くそっ…!」
体制が悪い、剣が重たい…が、それなら身体強化をすれば…!
俺は身体強化を全身に行い、その剣を弾き返す。そして、残りの全員を一息で斬ろうとした。だが、最後の1人でその目論見は塞がれた。剣が受け流されたのだ。
「うーん、あなたはペインの出だと聞いていたので、剣技を使うならば剣道を何かしら納めているのだろうと思ったのですが」
男は言った。
その男は、異様に速かった。常識的に考えて、現人神が肉体を顧みず行った身体強化による一撃を防げるわけはない。
「…あなた、死ぬつもり?」
佐野先生は、男を睨みつけながらそう言った。
「いいえ、そういうわけではないですよ。ただ、ここ一ヶ月を全て、脳の処理を追い付かせるためだけに使ったに過ぎません。人間慣れれば出来るものですよ」
そこにあるのは、至極純粋な「狂気」だった。科学でしかものを考えない世界に、魔法が放り投げられれば、普通の人間は目立つ炎魔法などに飛びつく。それは俺から見てもわかることだった。それを得る機会を1ヶ月投げ捨て、負荷の大きい身体強化に捧げる。なぜこの男は、わざわざ身体強化を苦しんでまで修めたのだろうか。
「両親の都合で今はここにいるんですが、僕とあなた方は同郷でしてね。故郷にいるときは、剣道を修めていました。でもね、ある時その枠外の戦い方をする道場破りが現れて…あの時の興奮がどうにも忘れられない!」
男は一瞬のうちに踏み込んで、こちらに剣戟を浴びせる。
「ふむ…!あなたはずいぶんと力押しな戦い方をしますね!速さと力という絶対的な要素…だがしかし「技」がない!」
「そりゃそうだろ!俺は魔法以外ろくに修めてない!」
俺はそう言って氷の刃を空中に展開し、男に向けて放つ。しかしその氷の刃は俺との打ち合いのついでと言わんばかりにどんどんと叩き落とされる。
おかしい、そう思った。
いくらアマネが手加減していたからと言って、それと渡り合った現人神がただの人間に手こずるものか?と。
俺は《叢雲》をあたりに25個ほどばら撒きつつ、考えた。
今の打ち合いでは、佐野先生の介入を許さないほどには、脳と身体をほぼ限界まで身体強化している。現に頭は痛むし、身体も軋む。これ以上強化すれば頭痛に耐えられず動きが鈍ると確信できるほどだ。でもそれを無視すれば、別にここは限界ではないことは事実だった。アマネとの戦いでも、実際そこまでの力を出していたような気もする。つまりあれは火事場の馬鹿力であって、本来の力ではなかったと言うことだろう。だが、現人神の真価がそこにあることに、ふと気がつく。…相手はなんか現人神でもないのにやってるけど
「考え事は戦いの最中でするものではありませんよ」
より一層強い力で、剣が叩きつけられた。踏み込んで耐える足が、土を削って滑っていく。
「結構流しやすいように打ったつもりなんですけどね、これも「受け」ますか」
「俺は剣技は別に修めてないんだって!」
しかし、これでは…
剣は仮にも魔力温存のためという建前で使っているのに、魔法を全力で撃った方が早いと思えてしまう。
「《叢雲》!」
「ぐっ…あ」
男には、25の針全てが突き刺さった。
俺はほっと息をついて、身体強化を解除する。
「随分手こずっちゃったね」
佐野先生が、冷や汗を拭いつつそう言った。
「身体強化は脳への負荷が大きいし、筋肉への負荷も大きい。痛みでまともに使えないのが、通説のはずだし、あなた達の戦いを観察するために使った上でもやはりそう思うのだけど…」
叢雲によって磔にされた男の髪をくしゃりと握り、佐野先生はその顔をじっくり見た。
「なるほど…魔法病だね。痛覚が消去されてる。長生きはしなかっただろうね」
「魔法病…ってことはやっぱロディアルがやったと考えるのが自然か?」
佐野先生はそれに頷いた後、こちらに振り返った。
「身体強化をこんな風に使うなんて、思いつかなかった。こんなの人殺しみたいなものだし、普通の人間はまず間違いなくやらない。ロディアルがやったと見ていいと思う。」
「…そうか」
俺は、叢雲を解除した。死体から血が吹き出る。
「追手が来る前にさっさと逃げた方がいいよな」
「そうね。ほら」
佐野先生は、両手をぐっと広げた。すこし首を傾げたところ、佐野先生はため息をついて言った。
「連れて行ってくれるんでしょ?」
「…わかった」
今回の戦いには、あまりにも想定外が多かった。一ヶ月の間に、人々は思ってた数倍以上に力を磨いていた。それに、それだけでない。ロディアルが撒いた事件の種も、そう少なくはなさそうだ。
そして、今回は《叢雲》のおかげで倒せたが、いずれもしそれが通用しない敵が出てきた時、俺は何もできずに負けてしまうだろう。そんなことを考えてしまう。
身体強化が現人神の特権だと言うことにあぐらをかいていたのは事実だった。「技がない」、そんなありきたりな事実が、俺の胸を締め付ける。
俺は、魔法という下駄を履いていただけの弱者なのだと、そう思えてしまってならないのだった。
佐野先生を背負った足は、イタラルへと向かう。イタラルの料理は美味だと言うのは有名な話だから、魚を食っている時に想像して、楽しみにしていたのだが…
楽しむ余裕が持てるかどうか、今の俺にはわからなかった。
第30話 終




