第28話 旅の歯車
「三月…三月!起きて」
…ん?何だ?
「本当はもう少し寝かせてあげたかったけど…あんな大群相手にしてられない、早く逃げなくちゃ!」
うるさいなあ。もう少し寝かせてくれよ。
誰だろう…お姉さんかな。それとも、ひかりか?
ひかりだとしたら…どうしてやろうかな。俺の安眠を阻害した罪は重ーい!とでも言ってやろうか。まあ、なんにせよ、まだ眠い。まだ、起きたくない。
そもそも、なんで俺が起きなきゃならないんだよ。俺はただ家族の為を思ってずっと行動してきて、そしてついていけないって切り捨てられて…どうして、どうして俺が悪者みたいになってたんだろう。
「ほら、三月、起きて!」
諦めることは、勇気が必要なのはわかってる。でもそれは勇敢とはまた違うことだ。俺は…俺はロディアルを…
「太陽と日暮を守りたいなら、早く起きなさい」
佐野先生の声が、なぜか耳に届いた気がした。
第28話 旅の歯車
「あれ、ここは…」
目を覚ますと、まず全身に痛みを感じた。…気絶してたのか。
孤児院のことまで思い出して、なんだか長い夢を見ていたような気がする。どうして、俺はここまで来なくてはならなくなったのだろうか。つくづく己の運命を笑いたくなってしまう。
あたりを見回すと、まずここにいるはずのない人が目に入った。
「佐野、先生…?」
どうしてここに、という前に、佐野先生は俺の肩を掴んで囁いた。
「ごめんなさい。説明は長くなるけど、とにかく今は逃げなくちゃ」
佐野先生はそう言ってすぐ俺を脇に抱えてこのよく分からない建物から外に出た。
「ちょっ、あんたら、俺たちを見捨てる気かよ!」
どうやら軍人のような、戦闘服を着た男がそう叫んだ。
「悪いけど、私たちの目的は紛争に参加することじゃない。紛争に参加したら目をつけられてまともに動けなくなるでしょう?だから無理。」
「この…薄情者」
そういう彼の顔は笑っていた。
「そんな顔出来るくらい余裕があるならきっと大丈夫、目の前にいる嫌いな奴らをぶっ飛ばしてやりなさい」
「あんた、悪魔だよ…」
そう言ってその男は走り出して行った。
「さて、三月。私たちはここからさっさと離脱する。詳細は逃げながら話すよ。」
佐野先生は車に乗り込みながら言った。
「だけど車なんて格好の的じゃないか、まずいんじゃないか?」
「なに、現人神の力でどうとでもなるでしょ?」
…!なんで、現人神のこと知って…
「それじゃ逃げるよ!」
そう言って佐野先生は、アクセルを踏んだ。
道中、俺は佐野先生に状況を聞いた。
ここは紛争地帯で、もといた建物は紛争から逃げた人たちのアジト。俺らが逃げる理由は、紛争に参加したらこの先の動きに問題が出るから。…まあ、このあたりは俺も同意だ。無駄に戦争に巻き込まれて足止めされるのは嫌だし、魔法のアドバンテージが消滅するに足る時間はもう経ってしまった以上、この先簡単に魔法が通用するとは思えない。生きて帰れるかもわからないということだ。
「んで、それはわかったところで…なんで佐野先生は俺が現人神だってことに気付いたんだ?」
「あなたを見つけた時…3日前くらいだけど、腕とか足とか吹っ飛んでたんだよ。でも、よくよく観察したらその腕がだんだんと伸びていることがわかった。」
「ってことはあのアジトにいた人たち…」
「いや、それはぼかした。三月が現人神である、なんて具体的なことを言っても仕方ないし、ただ人間辞めた、とだけ言っておいた」
「人間やめたって…間違っちゃないけどさ」
しかし、だとすると不思議だ。佐野先生とアジトの人たちは出会って三日しか経っていないことに加えて、その接触は佐野先生の脅しのようなもの。さっきの軽口の叩き合いは一体…
「まあ、その人外を匿うことのお礼という体で、私があいつらに魔法の使い方を教えたんだ。そのおかげで今や彼らは私たちにとって優秀な覆い布になってるんだから別に悪いことじゃないよ。」
むしろ、人外であるとしてくれたのはより良かったかもしれない。現人神と言ってしまえば、その存在が人の形をしていることはわかってしまう。だが、人外と言ってしまえばそれが特定される道理はないはずだ。
「ところで、魔法の使い方を教えたって言ってたけど、そんなんで紛争で生き残れるのか?魔法が使えるのは相手だって同じことだろう?」
「ああ、やっぱりあなたたちはそれを理解してなかったんだね。ちょうどいいや、ちょっと考えてみなさい。今まで二十年間も魔法を使わなかったボンクラどもが、思い出した程度で急に使えるようになると思う?」
「それは、そうだけど…」
「そうだね、あなたたちは多分、猶予が一ヶ月だとでも考えていたんでしょう?」
「そうだ。魔法が完全に思い出されて、使えるようになる段階まで…」
「そう、でもそれはあくまで「使える」だけ。殺しの道具に使うのとはワケが違う。わかるでしょう?」
ということは、佐野先生もそのくらいで見積もっていたのだろうか。
「で、肝心な「殺しの道具になるまでどれくらいかかるか」というところなのだけれど、少なくとも一年はかかると考えていい。よほどセンスがいいやつでないと、魔法で殺しなんかできたものではない。警戒するに越したことはないけどね。少なくとも、私達が慎重になった時点で負けることはない。」
「…なるほど」
佐野先生が言う通りだ。俺は今現人神なわけだし、これでも六年は魔法を打つことに特化した訓練を受けてきている。そう考えたら、魔法のアドバンテージなど、まだまだ消えないのかもしれない…!
「とは言っても、センスがいいやつがいた時点でこの話は終わってしまう。私を上回る使い手なんて大空市にもほぼいないけれど、でも世界には70億ほどの人間がいる。もう一度言うけど、警戒するに越したことはない。」
佐野先生が言っていることは、紛れもなく真実だろう。またロディアルが介入してきたりしても、状況は危ういことになる。警戒は必要だ。
「ところで、なんであなたの隣に太陽も日暮もいないの?まさか彼らが死ぬことはないと思っているけど、少し気になる。」
佐野先生がふと、そう話を切り出した。
「…彼らはいまインデアにいる。アマネという、《神格》を得た現人神に保護されているはずだ。」
俺がそう言うと、佐野先生の顔つきはずいぶんと神妙になった。
「なるほど。天音が…なら安心と言いたいところだけど。てかアイツインデアなんかに住んでたのか…」
「もしかして知り合い?」
そうだ、よくよく考えたらアマネはどうやら昔の大空市と因縁があるようだったし、二十年前の戦争にも参加していたと言っていたはずだ。
「知り合いも何も…二十年前の戦争さえなければあいつは私の義妹になるはずだった人なんだ。ただ、あいつは、天音は、恋仲だった義弟を大空市において逃げたんだよ。」
「!?そんなことがあったのか!?」
「二十年前の戦争が始まって四ヶ月が経った頃だったかな、だけど確かなことだよ。あの時の義弟の悲しみ様は覚えている。」
アマネが昔そんな裏切りを、本当にしていたのだとすれば、太陽や日暮が危ないか…?ロディアルがもしあそこを訪れたとすれば、きっとアマネはロディアルに太陽たちを売るだろう。考えたくはないが…
「いや、でもあいつはシーフォリアなんていう海外の苗字だったんだし、戦争が悪化したからただ帰ったという可能性も…」
「え?」
それを聞いた途端、佐野先生が顔を疑問で埋め尽くした。
「いや、私が言っているのは…いや、なんでもない。一つ聞くけど、そいつの髪の色は何色だった?」
「え?普通に黒髪だったけど」
「あ、そう。じゃあごめんなさい。私はあなたのいうアマネとは違う天音の話をしていたみたい。」
なんだそりゃ、見事なすれ違いじゃないか。
「しかし、アマネ・シーフォリアね。私の知り合いにはそんなのいなかった。まああの頃は関わり合いも狭かったし。関わり合いの広くなった戦後のときにはもう、あなたの言う通り国に帰っていたのかもね」
…少し、佐野先生の言うあまねが気になる。よくよく考えれば、俺達は完全にアマネを信用しきっていたけれど、あまねの話を聞くに、人はたとえ恋仲であろうと我が身かわいさに裏切ることができる、ということだ。だとすれば、やはり…
「俺、あいつの言うこと聞かなくてよかったなあ…」
佐野先生は、すこしため息をついた。
「あなた、そんなこと言ってるけど、ちゃんと二人にはまともな挨拶してきたんでしょうね?」
「ちゃんと別れはした、はずだよ。」
「そう、なら別に気にしないけど。太陽も日暮も、あなたの家族以外の何者でもないんだから、心配かけるのはよしなさいよ」
…また、俺が悪者みたいに…
「俺だってあいつらと一緒に行きたかったさ、だがあいつらがついていけないって言ったんだ。…静観するのは簡単だ、ずっとそこにとどまっているだけでいい。だが俺達は当事者だ!静観していたらいつの間にか死ぬかもしれない、そんな状況でとどまっていられるわけがないだろう!?」
「それでも、心配は心配でしょう。実際、あなたを瓦礫の山から掘り出したときは、気が気じゃなかった。」
「俺は二人を助けるためにあそこから出たんだ。心配するくらいなら、一緒についてきてくれりゃあよかったじゃないか。でも二人はそうしなかった!それで心配かけるなと言われても困る」
「…あなた達三人を行かせてしまった私が愚かだったみたいだね。そうするしかなかったとはいえ、無責任なことをした。」
「急に何言って…」
「あなた、現人神になったから、とか、大空市で一番強いから、とか、なんでもいい。なにか、傲慢になってしまうような思い違いをしているんじゃないの?」
「…は?」
「人間は神にとって矮小な存在ってこと。どこかの旅の途中で聞いていないの?神影を落としたのはロディアルだってこと。」
…佐野先生、そんなことまで知っていたのか
「私は一応あなたたちの手伝いに来たつもり。あなたがロディアルと対峙しようというなら私もそれを手伝う。そのつもりでいる。だけどね、二人を助けられるという確信もないのに、二人を助けると豪語して二人に責任を押し付けるのは、強引以外の何物でもない。そんなあなたの態度を改めさせてからじゃないと、私はあなたを助ける気にはならない。」
「あんたまで俺を悪者にするつもりか?」
「あなたの味方になるつもりだけど?」
味方?バカ言え、ここまで俺を罵っておいて…
「あなたは自分の力のほどもよくわかっていないくせして、でも二人を助けたいというエゴで動いた。二人の反対も押し切って。それなのに二人に文句は言えないでしょう?ただあなたは自分の決定が正しいと信じて振る舞っていればいい。ただし、恨み言はなし、というだけ。」
「身の程知らずって言いたいのか?」
「そう。」
「…母親でもないくせに、大層な心配だな。」
俺がそう言うと、佐野先生は唇を噛み締めた。
「身の程知らずなのは真実でしょう?」
「…そう、だな」
佐野先生があの話を振ってきた理由は、この先油断なく旅を進めるためだ、というのはさすがの俺もわかる。だが、どうしてあんな言い方をしてきたのかが、どうにもつかめない。あんな変な話し方する人だったっけ、佐野先生って。敵対したいわけでもなく、むしろ友好関係を結んで協力しようという話なのに、どうしてあんなに俺の逆鱗にべたべた触れてきたのかがよくわからなかった。
とはいえ、それは彼女自身も少し疑問に思ったのか、どうしてこんなに動揺しているのかわからない、そんなことを俺に話してくれた。…知るかよ
だが、彼女自身に悪気はなかった。それが知れただけで、俺としては収穫だ。
「なあ、先生」
「何?」
「俺は、あんたのこと、家族とはいかないまでも親戚くらいの親しさだと勝手に思ってるから。」
俺がそう言うと、彼女はなんだか、寂しそうに笑った。
第28話 終




