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第三話 ペイン

 俺達は駅から出立して、電車にしばらく揺られていた。窓の外を見ても、なにせ秘匿されている都市なだけあって、トンネルの闇か、あるいは森の木々のみがそこに映るだけだった。だが、これはまだ良い方だった。駅に乗り込んでからしばらくは、熱風の影響か、山火事が起きているようなところもざらだった。

 無人電車というのもあって、レールが無事とは思えないような景観が広がるたびに、俺は背筋を冷やしていた。ありがたいことに、レールはどこも無事だったようだが。


 孤児院の昔出ていった面々も、この電車に乗り込んだのだと思えば、少し感慨深い場所でもあるのだろうが。しかし、俺にはこの旅路は彼らのような華々しい門出じゃないことをわかっていた。


 レールは、列車の後ろの方向に、どんどんと伸びていった。



第三話 ペイン



 終点である大空市外駅と名の付いた駅についたところで、列車は止まった。そこで俺は感じ取った。走行中の電車の轟音にかき消されていた騒がしい気配を。

 無人電車だし、それにこの駅は山奥にあるはずだ。であるのに、やけに人の声が聞こえるような気がした。


 これは少し、まずいかもしれない。


 とはいえどここから軽はずみに逃げようものなら、見つかってお陀仏になる可能性が高い。まずは相手がどれくらいいるかの把握を最優先としたい。

 しかし、探知系統の魔法なんて今まで使ったことがない。使えるとしても精度はガタガタだろう。日暮は……泣きつかれて寝ているし、太陽も疲れ切って目を瞑っている。


「やるしかないか……」


 そうして俺はかなり少ない魔力を放ち、その流れを追う中で違和感を感じる位置をすべて頭に入れた。


 これだけ見るとおそらく敵は数十人程度……包囲はされてるが、倒すくらいなら簡単だろう。でも、対人戦は初めてだし、相手をできるだけ傷つけず、波風を立たせないようにすることを考えたら厳しさはより一層増す……


「こんなとこにこのタイミングでわざわざ来てるってことは、和解の申し出なんかじゃないんだろうな……」


 そう感じてはいたが、とはいえ相手と交戦すれば色々なことが滞る。仕方なく従った目的である、海外に行くことについてにも支障は出るだろうし、何より「もし帰れたとしても」の可能性がなくなるのは避けたい。

 もし俺が人殺しとなってしまえば、当然ながら俺は周りから受け入れられなくなるだろう。あるいは、大空市へのさらなる報復を生むかもしれない。どうあれ、死人は出すべきではないんだ。


「でも、やるしかないか」


 敵は停止している電車を前に、何も行動を起こしていない。上に確認でもとっているのだろうか。とすると、確認が取れれば動きを見せる。先手を取れるのは今しかない。


 俺はその直感に従い、軽い下準備をしてから窓ガラスを破って外に出た。


「何だ!?」


 そう、右のやつが反応した。ほぼ同時に、包囲していた他五人も気づいた。

 まず、包囲していた敵は出て右に二人、左に一人、列車を挟んで3人という配置だ。


 多い方を優先すべき、というような優先順位をつけて戦うべき状況ではあるのだろう。しかし、俺は魔法には自信がある。


 俺はとりあえず左右同時に弾を放った。弾というのは、拳大ほどの大きな氷の塊だ。魔法の力を使えば、結構な飛距離と速度を出せる。それを操作して、あいつらの背中や首にぶち当てる。

 しかし、もちろん直接狙ってしまえば簡単に避けられることは想像がついた。そこで、俺は魔力で弾の軌道を変えてやることにした。


 彼らの顔は、最初こそ「あいつ、どこに撃ってるんだ」と笑う気持ちと、魔法を初めて見た驚きとに満ちた顔であった。そんな奴らだ。当然、魔力で軌道を曲げ、背中を狙ったのは予想外だったようで、あっさりと気絶していってくれた。流石に脊椎損傷とかになるまでの速さにはしてないはずだから大丈夫だろう。ここらへんの力加減を学ぶ機会なんてなかったし、少しは不安だが。


 一応、息を確かめる。よかった、ちゃんと生きているようだ。


 その間に二人、列車の反対側から車内を通ってこっちに来た。そして、日暮と太陽のところにも、一人が待機していた。人質に取ろうとしているのだろうか?

 だがもちろん、俺は無策で飛び出した訳じゃ無い。日暮たちには結界をかけてある。日暮ほどの強度は保てないがミサイルには耐えられる強度だ。並の人間じゃ壊すことはできない。


 何の懸念もなく、俺は似たような手法で三人に対処した。


 さて、倒れた奴らの方を観察してみると、予想通り軍隊のようだ。迷彩服を着て、銃を持っている。銃ならこの先も簡単に対処可能だ。同じくらいの速度を撃ってくる子ならいたし。だが、どうしても「対処可能」に過ぎないところはある。絶対とは言い切れない。


 だが、そんなことを考えていても埒は明かない。


 俺はとりあえず周りを見渡した。秘匿された駅なだけあって、工事の手も入っていないのだろう。駅のホームも妙に古くさければ、その外も森の中だ。この包囲では、駅の外に出ることまではできるだろうが、森から出れるかどうかは微妙なところだろう……。


「でも、結局立ち止まっていたらどうしようもないのか……」


 もう一度魔力を軽く放つ。違和感の位置は全体的に駅ホーム側にかなり移動している。

 結界の難点はその結界自体にかなりの意識を割かなければいけないことだ。ゆえに、大乱闘にまで発展すると日暮や太陽を守り切ることができないだろう。だがこのままだと乱闘に発展することは明確だった。


 一応自分も結界の中に入って耐久戦はできるが、その状態で相手が応戦してくれるわけがない。こっちが消耗するのを待たれるだけだ。軍とかならなおさらそういったことには長けているはずだし……


「さっさと起こしてしまうしかないか……」


 そうして俺は電車内に入り、結界を解除して二人をゆすった。


「ん……三月? どうしたの」


 まずは日暮を起こして、状況を説明する。


「囲まれてる。さっさと逃げたい」


 俺がそう言うと日暮は、


「囲まれてる……って、え? 何? なんで……」


と言いながらも、ちょうど自身の右下に見えた迷彩服を着て倒れている人を見て、


「神影目当てってこと? だとしてもなんでここが……」


とつぶやいて動揺していた。


「わからないけど、一人も逃さないという意思表示なんだろう。神影目当てってわけじゃない可能性もまだ残ってる。大空市が恨みを買っている可能性だって否定できないから……皆殺しも頷ける話にはなるな。」


 俺がこの言葉を放ったとき、真っ先に浮かんだのは二十年前の戦争と、校長の顔だった。校長の性格の悪さなら恨みも買っていそうだし。


 なぜ二十年前の戦争が浮かんだのかといえば、二十年前の戦争の終結点がここだったからだ。戦争終結を機に、ここにだけ魔法が残ったのも、それが関係していると言われている。つまるところ、最後の戦場、もっとも抵抗の激しかった場所……いくらでも言い換えられるが、とにかく、大空市で散った命はけして少なくないという話だ。そういう事を考えれば、恨みを買っている理由なんていくらでも邪推し放題だ。


 しかし、今の目的には相手の動機は関係ない。俺達はただ逃げるだけだ。


「ほら、お前も起きろ。囲まれてる。逃げるぞ」


 太陽の方もゆすり、そう声をかけた。


「囲まれてる? 俺が寝てる間にそんなことになってたのか?」


 太陽はすぐに目を覚ましてそう言った。


「ああ。訳は知らんが。駅を囲むようにして人がいる……はずだ。」

「はずってなんだよ、見てきた訳じゃないのか?」

「魔力を軽く放って流れを追ったんだ。まあ要は簡単な探知魔法……だけど、思いつきでやったやつだから精度は不明なんだ。」


 それを聞いた太陽は少し驚いていた。


「よく思いつくな、そんなの。」

「相手がどこにいるかを知りたいならっていう発想の根幹さえあれば意外と思いつくもんだよ。魔法っていうツールもあるしな。」


 そんな話を聞いていた日暮は、


「で、今の敵の配置ってどうなってるの?」


と聞いてきた。そういや長々と話している場合ではないんだった。


「全員、駅のホームに向かって近づいてきてる。もし全員と戦闘することになったらお前らを守りきれないと思ったから起こしたわけだ。」


 太陽と日暮はそれを聞いて、顔を少し険しくした。


「つーわけで、逃げるぞ。こっからの戦闘は各々の判断でよろしく。目標は森の外で、相手は銃を持ってる。注意して進もう。」


 俺はそう言って先陣を切った。


 適度なタイミングで探知を行い、何度も位置を確認しつつ、適切かつ素早く敵を処理する。幸い、相手は、「俺たちが子供であること」、「魔法という不可思議な存在を初めて見ること」の2つもあって、なかなか思考が銃口をこちらに向けるまで進むことは少ない。


 駅の外までは障害物が多く、敵だってこちらを発見しにくいからか、処理する人数は少なくて済んだ。だが、森に出るとそうはいかない。しかも走りにくい砂利道。これは……きついな。

 俺らは全力で走っていたが故に、少し息切れし始めていた。大人たちのいう「子供体力」とやらも、こんな時には大したことはないってのが、身にしみてわかる。


「お前ら、大丈夫か!?」


 太陽が息を切らしながらそう言った。俺はすぐ


「大丈夫だ」


と返せたが、事実息切れしていて少しきつい。


 そんな中、日暮からの返答が一向に帰ってこない。俺達は後ろを振り向いて日暮の姿を探した。


「……!」


 そこには完全に息切れしきってトボトボと歩いている日暮と、銃口を確かに向ける兵士が1人。

 それに俺は気付き、「日暮!伏せろ!」と声を上げると同時に結界を張ろうとした。が、それとほぼ同時に銃声は耳に届いた。間に合う道理は……なかった。


「……ァアアアアァァァ!」


 日暮は撃たれた左足を押さえるように丸み込み、もう動けなさそうであった。

 そして、今の俺たちの注意は、もちろん日暮に向いていた。それ故に、今度は後ろから銃声が響いた。


「ぐ……ぁあ……」


 右足に激痛が走る。銃弾は体を貫通したわけではなく、軽くかすめた……いや、この場合「えぐった」と表現する方が正しいだろうか。そういった状態だった。この状況でまともに「逃げよう」と考えられるわけもなく、気づけば背中から鈍い音がし、意識は暗闇に沈んでいた。


 覚えているのは、


「いくら魔法が強くても、痛みに弱ければただのガキ同然だな」


と嘲り笑う声だけだった……



───────────────



 目を覚ますと、すぐに撃たれた右足に痛みが走った。


「痛っ……」


 そして顔を上げると、目の前には鉄格子が見え、少し見回すと太陽と日暮もちゃんと隣にいた。

 日暮も太陽もかなり疲労しているのか、今は完全に眠っている。


 おそるおそる右足を見てみると、傷口には手当てがされていて、立とうとしてみる分には意外と立てるほどには回復していた。俺は壁に背中を付け、ため息ながらにするすると腰を下ろす。


「……まあ、流石に治安のいい国なだけはあるのか……」


 特に犯罪を犯したわけでもないのに……いや正当防衛は行ったが……こんな始末になっていることには、少し怒りや一種の感情のようなものはあった。しかし、その前にまず「なぜ生かされているか」とかの方が気になる。


 そうして、ふと俺は右ポケットに入れていた神影が気になり、すぐにそこを叩く。大丈夫だ、石のようなものはまだ入っていた。一応取り出して確認してみても、神影はまだ俺たちの手にあった。


 日暮や太陽が起きるまで動けはしないが、どう動くかは考えておける。俺はそう考えて、しばらく鉄格子をどうしてやろうか考えた。


 まずそのためには魔法でできることについて考える。当然、治癒魔法などは存在しない。そのため、足が治せる魔法はない。逃げようにも、日暮たちが立てなかったら無理だ。少なくとも今動くことはできない。

 そして、歩けるほどに回復できなかったとしたら、逃げられないということになるだろう。一応、2人とも手当はされているから大丈夫だとは思うが……


 次。鉄格子についてとれる対策だ。

 結界を用いるやり方は不可能に等しい。俺や太陽の力では、結界そのものの攻撃性能は活かすことができない。

 対して日暮ならば結界でも十分戦えるのだろうが、今の状況で動けるか、色々と心配なことがあって任せるのは避けたい。

 ただ、普通に魔法を使えば鉄格子は吹き飛ばせる。……派手になってしまって、逃げに転じられたものではないが。


 今はどうすべきなんて選択している場合ではないのかもしれないし、そうでないのかもしれない。それすらもわからない。


 そうして考えうずくまっていると、鉄格子の外からコツコツと、革靴の音が聞こえてきた。


「あれ、起きたんだ。よかった。」


 そこには、簡単な軍服を着た女性がいた。心配そうな顔をしていたから、もしかしたら味方かもしれない。


「……あんたは?」


 俺は心底警戒した眼でそう言った。そうすると彼女はギョッとして一歩引き、


「そんな警戒しないでほしいな、私はあなたたちに一つ、協力を持ちかけにきたの。」


 協力?

 ……俺たちができる協力、それはつまり魔法目的での持ちかけに決まっている。


「魔法を使って、お前は何がしたいんだ?」

「話が早くて助かるよ。まあ、お友達もまだ起きないみたいだし、まずはことの発端から説明するね。」


そうして彼女は説明を始めた。


「まずは私が10歳に満たないくらい……ちょうど20年前に、私は親を亡くして路頭に迷ってた。そこで、それよりも前から仲良くしてくれていた、兄のような人が、わたしを家族にしてくれた。

 それが今の、うちの軍の頭。彼は軍の頭になってから熱心に外交をしていた。戦いを嫌うからこそ、武器を持たずに大国と条約を結びに行ったこともあった。国には無断でね。ただそれが功を奏したこともあった。……まあ今はこの話はいらないかな。

 必要なのは、ここ2ヶ月。彼はサコルと条約を結びに行った。そこから様子がおかしくなって、急に「大空市」と「神影」に熱心になった。」


 そこで俺は驚いた。


「やっぱり神影が目的だったのか……!?」

「そう。彼は急に軍を動かして、サコルと協力し、大空市にミサイルを大量に放った……彼は愛国心でここまで成り上がったはずなのに、こんなことをするのはおかしい。洗脳か何かだと、私は踏んでいる。」


 彼女は真剣な顔でそう言っていた。


「で、結論として俺には何をさせたいんだ?」

「彼を救いたい。」


 彼女の目には、ただ決意だけがあった。兄への思いがあった。少なくとも俺にはそう見えた。


「ごめんね、長々と話しちゃって。」


 彼女はそう言って笑った。だが、心は笑っていない。家族が害されて気が気でなくなるのは、当然だろう。


「まあ大体想像はつくが……もし断ったらどうなる?」


 俺がふとそういった瞬間に、彼女は拳銃を天井に向けて、放った。その轟音と、久しぶりに見るその速度を見て、少し身震いする。俺は、諦め混じりのため息をついた。


「断ったら、殺す。利用価値がないもの。」

「……まあそうだな。軍だしな。」


 俺の冷静な言葉に彼女は驚いて、


「怖くないの?」


と訪ねてきた。俺は吐き捨てるように、


「俺たちは今まで平和な環境で生きてきた。それこそ、死なんてものは身近には存在しないような……ね」


と言った。現実味がない。死ぬも生きるも。そんな生死の垣根になんて立ったこともない。そんな場で恐れなど、生まれはしない。


「そっか。……ふと思ったから聞くけど、大空市へのミサイルで、誰か死んだの?」


 俺の言葉の奥に、何かを読み取ったのだろうか。彼女はそうやって聞いてきた。


「死んだよ。俺たちの家族が。……でも、大空市の誰一人として、心から悲しんだり、辛そうな顔をしてるやつはいなかった。感情が通り抜けたりでもしたんだろうけどね。こっちにいる日暮ですら、行動できるだけの気力は残ってた。」


 彼女には、この状況に頭を抱える義理はないはずだった。だが、それでも彼女は、少し落ち込んだ表情で、右手の指先を額に当てていた。


「……まあそれ以上は深くは聞かないでおくよ。で? 協力してくれるのかい?」


 彼女は声音を急に明るくして、そう言い放った。


「死なないことがメリットなら、その条件を受けるしかないんだろう?」


 そう言うと彼女はにやっと笑って、


「受けてくれるようで何より。私は華奈。よろしく。」


 彼女が手を出してきたので俺はそれを握り返し、


「俺は三月。よろしく。」


と言った。


「そう、三月。ようこそ、ペインへ。」


 こうして俺は、大空市から出て初めて、最悪な形で、国に歓迎されたのだった。



第三話 終

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