第24話 年相応
目を覚ますと、そこは1ヶ月前に見た天井が広がっていた。
上体を起こすと、右側のテーブルランプの下に、月影が一つ、置いてあった。
そして、書き置きが一つ。
「これについての処遇は任せる。あの勝負はあなたの勝ち。だから、あなたがこれを持ち去ろうと私は追わない。だけど、神影についてこれ以上を望むことは許さない。あとは…出発前の別れの挨拶も好きにしなさい。負けたのだから、あなたには何も望まない。」
と。
第24話 年相応
カーテンを開けてみると、雲がかった満月が、そこには広がっていた。
正直こんなタイミングでここを発つのは少し不安なのだが、暗くていいタイミングだ。
ここからどこを目指すかについては、具体的ではないが大体決めてある。有名で国力も高い…「ブリティア」に向かおうと思う。
イラナルを通って、イタラルを通り、フラニー、ブリティア…と言った経路だ。
地図はあまり覚えていないが、こんな感じだろう。
だから、ここからは結構西の方へ行く。
長い旅路になるだろう。…それこそ、ロディアルを倒すまでの。
挨拶については…アマネには挨拶しておきたい。俺とは意見を違えたが、それでもよくしてくれたことに間違いはない。そんな彼女を無碍にするほど…俺はイかれたやつではないと信じたい。
となると…日暮や太陽なのだが…挨拶するのも今更だろう。別れは告げた。
「よし。」
あまり太陽たちと鉢合わせるのもなんなので、俺は魔力探知をかける。
…極めてでかいのが孤立してる。ありがたいことだ。
そして俺は、その恩人の元へと向かった。
「流石に…気まずいからって魔力探知使ってまで私にだけ会いに来るのは違うんじゃない?」
アマネの部屋に着くと、そう言って苦笑いされた。
「いや、だって…気まずいし」
「理由になってないじゃん」
改めて思う。こうしてみると、アマネは、吸い込まれそうなほど美人だ。
そんな美人と殺し合いしてたとか、笑えるな。
「…で、決断はどうせ、変わってないんでしょ?」
「ああ。また会うとは思うが、あんたとはしてなかった世間話をしとこう…と思って」
「小学生なのに?」
アマネは、そんな笑顔を見せる。
「…世間話って言っても、魔法の命名についての話だ。アンタには結構通用しただろ?あの針。」
「まあ、そうだね…奇襲にはだいぶ向いてるけど…魔力探知に波を作る以上使い手がどこにいるかバレやすそうじゃない?」
「そうなったら俺がやったみたいにどっかに魔力の座標を設定して固定して、そこから魔力を放ってやればいい。相当戦術が幅広くなる。」
「対策は容易だけどね」
まあ、あの程度なら物理結界で防げるのも事実ではあるだろうが…
「まあ、あなたが使う分には名前があってもいいかもね。戦略的なアドバンテージである、子供っていうものを持ってるあなたなら、あの針を名付けして扱うレベルまで活かせるとは思う。…あんま認めたくないけどね。」
アマネはそう言って苦笑いする。
「だが…アマネ、俺とあんたの戦いって、ものすごーく短い時間だったんだぞ?勝負は一瞬で決まるとはよく言ったものだが…今までの戦いの中でも最速と言っていい戦いだった。」
「あれでも手加減したんだけどね…まあ、速いは速かったか。」
「普通はあのスピードについていけないと思うんだ。実際俺も、寝込んだし。…何時間くらい寝てた?」
「何時間も何も…3日位寝てたけど。」
その言葉を聞いて、俺は目を見開く。
「…まあ、無理したしな…」
「で、つまるところ、そんな速度の攻撃なんだから名付けに値するだろってこと?」
「まあ、そうなるな。」
アマネは少し悩むそぶりを見せた。
「まあ、私が認めなかったところで…って感じだよね。自分で言うのもなんだけど、人類最強の私に当てられる攻撃なんだし…」
そう言うとアマネは、紙とペンを俺に手渡した。
「名前、決めてあるの?」
「…いや、今から決める。」
名前…名前ね。奇襲用の技だ。それこそ、さっき見た、真っ黒なところから何かが現れるような…
「あ」
そうだ。思いついた。
俺は、渡された紙に、さらさらと技の名前を書いた。
「お、書けた?どんな名前にしたの?」
アマネは、興味津々の顔で、こちらを見ている。
「この魔法は…《叢雲》と名付けることにした。」
そうして、俺は、初めて魔法に『名付け』を行った。
「…叢雲、ね。いい名前じゃん。」
「だろ」
俺のその自信満々のドヤ顔を見て、彼女は笑った。
「…さて、そんな話もできたし、俺は行くよ」
「まだ話し足りなかったりはしない?」
アマネは、多少ニヤニヤしながら、俺のことを見つめている。
「…悔いがなくなったら、帰って来れなくなるからな」
そう言い残して、俺はその場を後にした。
「…12歳、ねえ…」
アマネの、そんな言葉を背に。
いくら冬といえど、ここは赤道付近だし、俺達が行った雪山みたいな…まあ、標高のある程度高いところでないと雪は降らない。まあ、だからこそ誰も近寄らないし、いい隠れ場所ではあったが…
そんな、なんなら少し暑くすら感じる常夏の道を、俺はひとり走る。
…あの戦いを思い出すと、やっぱり本体は魂になったと見て間違いなさそうだよな。
というのも、俺の体が凍りついた…ところは覚えている。普通の人間そんなことされたら死ぬんだわ。
で、俺は死ななかった。それは、肉体が本体では無くなったから。すごい安直だが否定しようはない。
…あ、そういえば暮影に入ってる空間魔法のこと、アマネに伝え忘れたな。まあ、いいか。
…
…
…はあ…
考えることは多いはずなのだが…正直現人神という概念が強すぎて考える必要がないっていう。
「一人旅って思ったより暇だな…」
ポケットに入れた月影を落としていないか、確認する。普通に落としてなかった。
…まあ、落とすわけないよな。
しかし…ここまでで結構走ったはずなのだが…体が疲れていない。だが、本当に疲れてない、なんてことはまずないはずなのだ。疲れと言う概念がないならば、3日寝込むなんてこともしなかったはずだし。
少し体に気を使うべきだろうか。
…ああクソ、どうしてこの年でそんなこと考えなくちゃならないんだ…
まあ、こんなことを言うと、結局俺が1番現状を受け入れてないみたいになるから言わないが…
少なくとも、俺がアマネから離れると言うのは自分で決めたのだから、その責任は自分で持たないと。
…そんなこと言ったらまた誰かから年相応でないなんて言われちゃうだろうか。
年相応でない、と言う言葉を、旅に出てからすごい回数聞いてきたわけだが…
思い返してみれば、年相応ってなんだろう?となったりもする。
別に、言葉の意味がわからないわけではない。
ただ、…年相応って言ったって、俺らの家族の中では…光くらいか?
とまあ、こんな感じで、参考にしていいか怪しいのしかない。
というのも、あいつなんか隠してそうだし。
孤児院での暮らしを思い返してみると、日暮は両親死んでるのにそれを痩せ我慢してるし、太陽は昔からああだったし、俺も同じだ。
…どうせ暇なんだし、記憶を辿ってみるのもありかもしれないな。
あの孤児院のこと。
昔、俺は孤児院に入った後、しばらくは二人と話せなかったと聞いている。その頃はまだ太陽は孤児院に入っていない。
話せなかったと言うのも、最初の方は暴れに暴れて手に負えなかった、みたいな時期があったらしい。当時のことなんて誰も覚えちゃいないが、1番孤児院のお姉さんと仲の良かった光から聞いている。
んで、それでいざ出てきて…同年代の光と、それに懐いてた日暮、その二人と仲良くなった…らしい。覚えてないものについてはしゃーない。
そうだな、その頃は確か…四歳ぐらいだったって言ってた。それで、五歳位の時に太陽が来た。ここらへんから断片的に覚えている。太陽は、最初人見知りだった。久しぶりに思い返してみれば、もはや…人間不信であったかのようにすら見えた。しかしまあ…仮にも孤児院、基本的には傷の舐め合いをする場所だ。全員が後ろめたいことがあったり、悲しいことがあったりする。これは、施設の性質上仕方のないことだ。だから…人間不信なんざ珍しいことじゃない。いっそ、何も覚えていない俺の方が、施設の中では不安もなく、幸福にいられたのだろうか。…きっとそうだ。
日暮に関しては、思い出したくなくても、思い出してしまうらしい。一歳位にここに来た、というので普通に覚えていないだろう?と、そう思っていたのだが…具体的な瞬間は思い出せないが、それでも、「両親が誰かに殺された」という事実だけは彼女の心を縛り続けた。その結果が茜だ。
太陽は…打ち解けたあとに聞いても教えてくれなかった。まあ、そりゃそうだ。五歳で人間不信に陥るなんてろくなことじゃない。ただ、少なくとも覚えているようではあった。
ちなみに教えてくれなかったという一点に関しては光と同じだ。覚えていないの一点張りではあったが、正直覚えてるんだろうな、とは思っている。
そんな太陽と打ち解けたのは、ある出来事がきっかけだった。孤児院には、いろんなやつがいた。肌の色からまずバラバラだった。二十年前の戦争での戦争孤児も、俺達が五、六歳の頃でも二十歳にいかないのは多かった。というのも、戦争孤児って言ったって、戦時中に捕虜が産んだ子どもだとかは、魔法の記憶や戦争の記憶が消されたせいでまるで「いつのまにか隣にいる赤子」となる。そんなやつらを指すのだ。そんな、
不遇な人間が流れ着くのが晴れ空孤児院だった。これは学校で習った。
そんな中でも、太陽は、特にその髪色を気にしていたようだった。太陽は青髪…まあ、実際珍しくはある。でも、俺は黒髪だが、光は緑、日暮はオレンジだ。だから、その頃の俺にとっては、何を気にしているんだろうか、という心が強くあった。それに、肌の色なら孤児院の外のほとんどの人間と変わらない。黄色人種だ。金髪で白人の16歳とか普通にいたし…人と人の間の違いに対しての差別的感情は誰も持っちゃいなかった。
ただ…理屈より感情だった。それだけだったと気づいたのは、太陽と打ち解けてからしばらくしてからだった。
そんな関係に終止符が打たれたのは、当時名前がなかった俺と太陽がひかりと日暮に集められたときだった。そう、髪飾りと名前が渡されたときである。
…といっても、孤児院からつけられた名前はあった。俺が「ミズキ」、太陽が「アオイ」だったか…太陽の名前は特に安直で、不満そうにして孤児院のお姉さんを困らせていたのを覚えている。
しかし、名字がなければ漢字もあたっていない。俺達の名前は不完全であった。そこで、俺達と日暮に髪飾りを与えて、「常」という漢字で俺達を結んだ。「常昼」「常夕」「常夜」。この名字で。歪といえば歪だが、それでも、「これで、君の青髪は青空を表した髪だから。そう思ったら、きれいでしょ?」という、光の言葉が、太陽の心を融かした。
小学生に上がると、15を超えて魔法学校を卒業し、ほとんどの孤児院のメンバーはいなくなった。というのも、孤児院の近辺には高校がない。…まあ魔法学校の教育が異次元な速度だと言うのはあるが…。それに、本来ならここは故郷ですらなかったはずだ。そんな場所に15年も留まる方がおかしい。それは、みんながいなくなった後に漏らした、孤児院のお姉さんの言葉だ。まるで、自分を言い聞かせるように言っていたのを覚えている。そんな中、残った人もいる。それが、シャルル・テンパー。彼は、バイト勤務などで、孤児院の経営の手助けになるように、なんていう建前を立てて残り続けた。「彼はもう大人だから孤児院は国から金をもらって経営していることくらいわかるはずなのに、そんな事を言ったのだからまあ…気がある子でもいたのだろう」とお姉さんは言っていた。
彼は人当たりがよかった。優しい人で、俺達にも良くしてくれた。外とは違い異次元の速度で進む勉強に関しても、しっかり教えてくれた。そして、お姉さんの言っていた通り、恋人をつくり、俺たちが5年になる頃には結婚して出ていった。
…懐かしいな。思い出してみて良かったかも知れない。
景色は依然として流れ続け、そして記憶は小学校へと移る。
一人になったことを改めて自覚すると、少し寂しいが…些細なことだ。
俺が切り捨てたものを守るために、今は、走り続けるしかない。
…そう、走り続けるしか、ないんだ。
第24話 終




