第23話 1048576
二人とろくな会話も交わさずに、さらに2週間がすぎた。どうせ戻ってくるのだから、戻ってきた時にでも話せばいい。そう思っていた。
…さて。平和である時、そこには自分のしてきたことを正当化できるほどの殺伐さがない。
それ故に、平和でない時の方が、自分には向いているように思う。
人には、そうなるきっかけもなく性格が形成されることも、ないことはないだろう。なぜかわからないけど美味しく感じないものがあるのと同じように。
だからきっと、この状況に感じる恐れも、理由がないものに違いない。
そう思う俺の目の前には、アマネが、立っていた。
第23話 1048576
「さて…覚悟は良いかな」
日暮と手合わせした鉄屑の山…その中央の空き地。
時間的には…あまりにも早い、くらいだ。太陽はまだしっかりとは出ていなくて、赤い光が、風にたなびくアマネの髪を照らしている。
「覚悟って…何の覚悟だよ」
「わかるでしょ?一歩間違えたら死ぬ。それは、変わっていない現実なんだから。」
その声には、冷ややかさが感じられる。
「…俺はさ、あんたのことがあまり良くわからないんだ。なんか、俺達に対して遠慮しているのかって言うとそうではないだろうけど…なんかぎこちなかった。唐突に魔法についての話をしたかと思えば脅してきたりやらそれを謝りやら…なあ、お前は結局俺達とどうありたいんだ?」
アマネは、黙り込んだ。そして、顔を上げて、
「さあね」
と、笑ったと同時に、姿を消した。風の音を、立てて。
「ぐがっ!」
何だ?何が起きた?
腹…痛、う、か
「…カハッ」
床に血が吐き出される。俺は、呼吸もままならないような痛みの中、うずくまった。
膝…か?
俺の内臓は今おそらくぐちゃぐちゃだ。
「…悪いけど、言ったよね。戦いにおいての序盤は奇襲とかも含まれる。」
首筋にヒヤリとした金属の感触が伝わる。
「ぇも…おまぇは…カハッ…ぉぇお…こぉ…うっ…こぉはなぃ」
うまく言葉が出ない。
でもお前は俺を殺さない、そう言ったつもりだった。
これが勝つための鍵なんだ。
「それも君を騙していたとしたら?」
途端に冷や汗が走る。
今の状況、動こうにも…こんな腹の痛みを我慢できるほど俺は強くない。
「…私が思うに、あなたのそれは明らかに生き急いでるだけだと思う。それに、こんなことをする位だ。家族も、そんなに大事じゃないんでしょ?」
「…ぁ?」
家族は大事だ。だからこそ、ここに置いて行ってでも危険因子を排除しに行こうとしているんだ。それをなぜ…わからない!
「家族が死んだ時、あなたは何も思わなかった…なら、なぜあなたは家族を大事にする?利用するためじゃないの?」
「…!」
ひかりが死んだ時、思ったことは、この三人全員のメンタルが心配になったってぐらいだったのを…思い出す。
「今だってあなたは…」
違う、と自信を持って否定したかった。だけど、…否定できない。クソッ…
「今だってあなたは、家族を置いて一人で行って、それで家族を守ろうとしてる自分に酔ってるだけじゃないの?」
俺の中で、何かが切れた音がした。何か一つ、抵抗したかった。
「うぁああああああ!」
首を結界で守り、アマネの刃を押し返す。
「なっ!」
完全に、ここからは意地だ。ぐるぐると回る意識と、腹の痛みに耐える。
ああ、世界が歪んで見える。
「…意地か…そんなに罵られたのが嫌?あなたが家族を大事にしていないのは事実なのに?」
「そんなこと…ない。」
現人神としての回復速度は、俺の想定より早かった。もう痛みがある程度引いて、喋れる。
「そんなことない…根拠は?」
「俺は家族を守るために戦うんだ。そのためなら俺は…」
「死んでもいいって?いや、違うか…」
違うってなんだよ…俺は、そのつもりでいたのに。
「…あなたは、刹那を生きすぎてる。もう少し、未来に目を向けた生き方をしたらどう?」
「…未来」
未来に何があるっていうんだ。戦争が起こって、人が死んで、きっと俺らも…殺されるだけだ。
それを避けるためには…そんな未来を作ろうとしてるロディアルを…殺さなくちゃならない。そうじゃないのか?
「あなたは、ロディアルに勝てるの?」
黙り込む。
可能か不可能かなんて、神影を手にしなけりゃわからない。…そう思っていた。
「神影に期待しすぎなんだよ、あなたは。私にとってのそれは、戦争を終結させただけのものに過ぎない。そんなもので、神を超えられるわけがない。増してや、摂理神より弱い現象神が作ったものなんだよ?これでも、勝てると言える?」
…痛かった。俺が今まで、それを知りながらあえて目を伏せてきた部分だったから。だが…
「…そんなに引き止めたい理由が、何かあるのか?」
俺がそう言うと、アマネは、また空を見上げた。
さっきみたいな攻撃が来るかもと思い、俺は身構える。
「わからない?私は彼らとこの1ヶ月間深く関わったの。あなたが一人で生きようとしてる間にね。そのうちに、情が湧くでしょ?あなた相手以上に。逆に、あなたに対しての情なんて一切と言っていいほど、ない。それなら…「ここにいて欲しい」っていう彼らの願いを叶えたい。」
「なるほどな…お互い、あいつらを想ってやってるってことだ。」
人の感情ってのは、容易には動かせない。それは、お互いに知っていることだ。
それなら、やることは…一つ。
「あなたのそれは自分がかわいいだけだと思うけどね。」
アマネがそう言って右のポケットからあるものを出した。あれは…鈴のついたリボンか?なんか…どっちかっていうと鐘みたいな形状の鈴だけど。
「最近はつけてなかったんだけど…やっぱりこれがないと私は私じゃないからね」
そう言って彼女は自分自身の左の前髪に、その髪飾りをリボン結びした。
俺はその話を聞いている間に、脳と目に対しての身体強化をかける。
もしかしたら死ぬかもしれないが…俺はある予想をしている。
これは、暮影の《時止め》を俺が剥がせたのとかなり関係が近い話なのだが…
もし予想が当たったなら別に、脳が焼けるくらいなら…生き延びれる筈だ。
「さて、始めますか」
アマネは、そう言った。
瞬間、アマネはとんでもない速度でこちらに膝をむけ、突進してきた。
その速度は、強化した俺の脳と目によって、十分に捉えきれていた。
俺は、足から風を起こし、地面にある土を巻き上げ、同時に空へと飛ぶ。
そこからの移動に関してはヴェールでも出せばなんとかなる。
…そう思っていたのだが…
げぇ…まあ、着いてくるよなぁ…
アマネは、同じような風を起こして、俺を追ってきた。
まったく、肉弾戦は得意じゃないっていうのに!
ただ…今度こそわかったことがある。
こいつは絶対に俺を殺さないということだ。
じゃなきゃ戦術をワンパターンにするはずがない。
それに、俺の予想は全ての現人神に通ずるもの…アマネが知らない道理はない。
俺の予想は…
『現人神の本体は脳ではなくもはや魂にあり、《時止め》は魂を束縛するもの』という予想だ。人の魂や自分自身の魂に変化などを与えることはできなくても、魔力によって覆うことで霧散を抑えるなどができるという情報は、「魂がこれ以上の変化はできないように抑える」という芸当に対する「でき無さそう」という印象を取り払うには十分だ。
そして、この予想が正しければ、時止めの最中に考えることができたのも…まあ納得はいく。ふわりと覆うだけの魔力に、思考すら制限するような強制力はないはずだから。
まあつまり何が言いたいかっていうと…肉体が死んでも、魂は死なないってことだ。それなら再生作用によって、体も元に戻る。
もしこの情報を知っているとすれば、俺がこのような無茶な戦法に頼ってまでアマネの攻撃を対策しようとすることも、アマネなら推測できるはずだ。
そんな考えが及ばないほど、アマネは弱くない。
もし、アマネが俺を殺す気ならば、俺の予想は間違いで、死ぬってことになるが…
だからこれは、ある種の賭けだ。
俺は、下から飛んでくるアマネの膝に対し、《ヴェール》を落とす。
《ヴェール》は、強い。大空市でも、教育課程に取り入れられる必修の魔法だ。
アマネの言うことを信じるならば、数少ない名前付きの魔法なのだ。俺らで言うならば…《サンライトフレア》や、小結界《刺突の波紋》と同等の。
「残念!」
アマネは、そんなことを言って、笑う。
「私はその魔法を作った人と手合わせしたことがあるの。その弱点は知ってる!」
そして彼女はヴェールに魔力を流し込み、割いた。
「マジかよ…」
あんな遠距離からエネルギー結界を割くなんて…
「ふっ…ひひひ」
やばすぎて笑えてくる。
ヴェールは通用しない…ってことはわかった。
俺は、体制を変えて、頭の方を下向きにした。そして、足の先に物理結界を出して、踏み込む。
もちろん全身に身体強化をかけてある。ヴェールで移動しようものならまあ…吹っ飛ぶのがオチだろう。ってことにさっき気づいた。危なかった。
そして俺は右手に剣を出して握らせ、それを左手で支える。
アマネは依然としてその速度を緩めていない。このまま行けば…斬れる。
「ああああああああ!」
風圧で体勢がブレる…ながらも俺は精一杯体勢を保ち、アマネに向けて剣を振りかぶる。
「甘い」
右から左に振りかぶったその剣は、アマネの右手にあったチャクラムによって防がれた。
まずい、このままじゃまた膝が俺に入る…
その危機感に対して、凄まじい頭痛と共に、俺は右手に全体重をかけて体を逸らすという芸当を見せた。
避けれた…がこのままじゃ落ちるな。
いや、落ちるフリをして最後に土をかき回して隠れよう。
脳の強化によって時間は拡張されている。アマネをどうやって倒すか…考えよう。
まず情報の確認。
アマネは、俺を殺さないために手を緩めている。
これは弱点。
それによってワンパターンな攻撃ばかりをしてくるみたいなのに関しては…流石にもう期待できないか。
だが、おそらくは…わかりやすい攻撃ばかりをしてくるだろう。直線を描く攻撃に1番強いのは…地雷のような魔法だろうか。
せっかく剣技を鍛えてきたのだから、それで戦いたい気持ちもある。が、アマネにはまあ…通用しないだろう。
強い相手には、相応の戦い方をしなくてはならない。当然だ。
地雷…地雷ね。
アマネには流石に魔力が見えているだろうから、下手にやろうものなら直ぐに気付かれて解除されるだろう…
俺は、そこから、魔力探知を始めた。
とりあえず地に落ちて、俺は、土を巻き上げて、走りながらそこら中に「あるもの」を仕掛けた。
そんな時に、急にあたりがまばゆい光で覆われた。
「うわっまぶし!」
目をつむり、身をかがめる。
「見っけ」
上から、そんな言葉が聞こえた。…これは、アマネに前から感じていた…威圧感か?
いや、違う。アマネの威圧感は…おそらくただの演出…こんな戦場でやるわけがない。
!?
体が動かない…!
アマネは、風で緩衝材をつくることもなく、極めて美しく着地した。
「わかったでしょ?」
口を動かそうにも、微妙にしか動かなくて会話はできない。
「あなたは私には勝てない。それくらい。」
だが…魔力はきっと届く。一瞬が勝負だ。
気付かれないように…
「あなたたちは、きっと私に守られていたほうがいい。」
少しずつ…
「だから…あきら──。」
言葉を止めたアマネの両腕には、太い針が刺さっていた。
「…え?」
動揺したな…!よし!
俺はその隙をついて右手を無理やり動かし、束縛を解く。
「よし…!」
俺は足を大きく踏み込み、後ろへ下がる。
「へぇ…頭いいね。」
俺の仕掛けた「あるもの」。それは、極力まで魔力を減らし、あとから魔力を注ぐことで起動する針だった。
これならば、起動位置はバレないし、対象は一つに定められるし、魔力をずっと放ち、その魔力に波を作っておけば、いつ起動するか、そもそも起動することすらバレない。
ここがチャンス…か。
アマネの教えには逆らうことになるが…ここでひとつ大魔法でも撃ってみようか…
いやだめだ。溜める時間でまずやられる。
針は…まあ一回しか通用しないか…。誘導できるならまた変わるだろうが、動きが単純なままの保証も、俺が裏を突いたせいでなくなった。
取り敢えず退くか…いや、…
この感覚…考えて思いついたものに一瞬で蓋がされる感覚…
「終わってるな…」
口角が上がる。アマネが本気を出したら、俺は死ぬ。そして、もしかしたら本気を引き出してしまったかもしれないという恐怖。
何も解決策が浮かばない。しかたなく一発…《サンライトフレア》の真似事でも、してみることにした。
さっきの拘束技が来たら負け、来なければ…そのままドデカく一発が入れられる。
俺は、土埃をまた起こして、自分と同じくらいの大きさの岩に魔力をある程度込めて、そこに、結界の球と炎のエネルギーを出して、その場を離れた。
遠距離からでも座標設定さえしっかりしていればいい。魔力は、持てる魔力の殆どをその場に置いてきた。
これがダミーとなる。俺は物陰に隠れて、息を潜めつつも、置いてきた魔力を炎に変換して閉じ込める。
「はぁ…また土埃?小賢しいね。いい加減、これで終わりにしない?」
アマネの声は、ダミーの方に移動している。…ビンゴだ。
「《消影の閃光》」
あたり一面がまたも輝き、土埃が晴れる。さっきの拘束技だろうか…だが、これでわかった。光にさえ当たらなければ、拘束されることはない。
よし。
「…えぇ…」
アマネは、ダミーの岩人形を見て、そんな声を漏らしている。ここだ。
「《サンライトフレア》!」
俺はそう叫んで、結界を消した。はずだが、一向に起爆しない。
「流石にわかるに決まってるでしょ?」
!?
後ろから、声…
俺は、後ろを振り向く。…アマネだ。
「12歳だったら普通こんなに戦えないでしょ…びっくりした。いい戦いだった。でも、これで終わり。」
起爆するはずだった場所をもう一度見る。…結界、無いな…
「あれは私がエネルギー結界で処理した。よくやるやり方でしょ?」
クソ、殆ど魔力を使ってやったダミー作戦なのに…
「でももう、遊びは終わり。ほら。帰るよ。」
そうして、アマネは肩に手を置いた。
俺は、不甲斐なさと、恐怖と、怒りと、疲れと、願望と…その全ての感情によって、体を跳ねさせた。
「《消影の──」
ふざけるな。
俺は、アマネを睨みつける。
ここまでの「戦い」は、決して「遊び」なんかじゃない。
決して子供のじゃれあいなんかじゃない。
思い知らせてやる…絶対に!
俺は、肩以外をエネルギー結界で覆った。
「──閃光》」
俺は、エネルギー結界を掴み、それを盾にしつつ鉄屑の山の裏に隠れた。
アマネは、光っている。こちらの方などまともには見えない。
元々意地の戦いなのだ。最後まで意地で戦ってやる。
俺は、光が止む前に、針をそこらじゅうにばら撒く。
そして、光が止んだその瞬間に、俺は、鉄屑山の下から、風を巻き起こして、山を取り払った。
これで、一定の時間、鉄屑が光を防いでくれるから
、閃光は弱まる。対してこちらの針に関してはさっき、2本しか起動していない。
「俺の…勝ちだ…!」
俺は、周りに魔力を放つ。アマネはそれによって起動した針を全て振り解く…が、俺が突進する隙は与えた。
そんな大きな隙をついて俺はアマネを斬ろうとしたが、それでもアマネは俺の剣を防いだ。
しかしまだだ…遠くに残った針の第2波がある…
俺とじゃれあってる間に、お前は貫かれるんだ…!
俺がそう思って、口角をあげてしまった瞬間、アマネの目の色が変わって、俺たちが元いた方向…すなわち、針が飛んできている方を向いた。
そして、アマネは俺とのじゃれあいをやめ、五歩ほどステップで引いて、俺の全ての攻撃を避け切った。
アマネは、お前が越えようとしているものは、これよりもっと上だ、と言わんとする目で、俺を睨みつける。
「…遊びだ、なんて言って悪かったよ。私からしたらあなたは子供だと思っていた。だけど…」
アマネは、ここで一つ、深呼吸をして、五線譜のようなものを手から次々に出した。
「あなたは、紛れもなく「現人神」で、今この場においてはどうしようもなく「私の敵」だった。」
五線譜の次は、手から次々に音符が浮かぶ。それが五線譜に触れた瞬間、どうしようもなく眠気が煽られた。
まずい、そう思った。俺は耳を素早く結界で塞ぐ。
「意思の違えるもの、相容れないもの。でも、敬意を払わなくてはならないもの。君は、そうなんだ、だから…私の誇りを以って、この「戦い」を終わらせる。」
アマネは何か言っているが、全く聞こえない。
そんな俺をよそに、七色に変わる五線譜をただ組み立てていく。
対抗したかったが、魔力があまり残っていない。これじゃアマネを倒すことなんてできない。
…終わりだ。
「『積層』『+20』」
五線譜が、またも追加された。色は相変わらず確定せず、不気味だ。
「『属性付与』『無音郷』」
…色が決まった。…白、だな。
何が来るのか。恐怖が煽られる。どんどんアマネの周りに冷気、魔力が集まっていく…ように見える。
そして、アマネは、口を開いた。
「…そして新たなる始まりを、「鎮魂の現人神」の名にかけて、今ここに、奏でる。」
奏始《幻想の序曲》『無音郷+20』────。
瞬間、五線譜の全てから、莫大な量の光の帯が、生じた。
その帯は、全てを凍らせながら、進む。
俺が、最後に見たのはそんな光景だけだ。抵抗しようと結界を張ったものの、それは一瞬にして破られた。
俺の、負けだ…
そうして、俺の視界は、一瞬で凍りついた。
ただ一つ、最後に見えた、アマネの「iioaiao」と言った、唇の動きを最後にして。
第23話 終




