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第22話 1ヶ月

漫画で読んで、一度は考える、「世界の理想」というものが誰しもある。きっとそうなのだと思うけれど、俺にはそんなタイミングはなかった。

…総じて俺には、知らないことがまだまだ多すぎる。

暮影の空間魔法も、わかる前に仲違いしたし、アフの時は話は合わせたけど、神が何種類いるのかとか知らないし。

…自業自得、か。

そういうことにした方がやりやすい。心持ちとしても。


第22話 1ヶ月


俺は戦場から離れたところで、日暮と違って、別に気持ちの整理がついたわけではなかった。

それどころか、「何か足りない」、そんな感覚にすら襲われるようになった。

…つまるところ、俺の心は戦場に置き去りだということだ。

俺は、戦場にいなきゃいけない。

この一方的な恨みが晴らされるまでは、俺は…

「よし。」

2週間ぶりに部屋の外に出る。右腕は…まだ完全には生え切っていないが、そろそろ運動しないと身体強化魔法に頼りきりになる。ちょっとそれは困るかもしれない。

「あれ、出てきたんだ。おはよう。二人とも、リビングにいるよ」

アマネはそう言ってリビングの方を指差す。

…今思い返しても、あいつらの言う通りだ。

俺のエゴでここまで連れてきてしまった。それが事実。

だが…俺抜きで、楽しそうな声が聞こえてくる。

…じゃあ、この旅の意味も何か、あったのかな、そう思う。

「行くか…」

俺はリビングに入った。

「お、三月。頭は冷えたか?」

「ああ、おかげさまで。」

俺は、二人が隣り合って座ってる椅子の、向かいの椅子に座った。俺は一度深呼吸をした。

「…お前ら、俺がいなくても大丈夫だろ?」

俺が第一にそれを問うと、二人は戸惑いを見せた…が、しばらくして、太陽が、

「まあ…全くの無問題だが」

と言った。

「即答だな…」

少しだけ、傷つく。が、好都合だ。

「じゃあ、2週間後、お別れだな。」

俺は、そう、太陽達に告げた。ガタッという音を立てて太陽が立ち上がる。

「はぁ!?お前、頭冷やしたんじゃなかったのか!?」

…予想通りの返答だった。

「…すまない。でも、俺は…こう決めた。相手は摂理神なのに、ここが安全という保証はないだろ?まさか、アマネの方が強いというんだったら、それは…まあ随分と面白い冗談だな。」

二人の顔が険しくなる。

「だから、俺が神影を完成させて、摂理神を倒しに行く。」

「でも、暮影は日暮に依存してるんだぞ?それはどうする気だ?」

「神影を全て集めたら戻ってくるさ。」

太陽は、心底「呆れた」とでも言いたげな顔で、こちらを見ている。

「神影がロディアルに通用するという保証は?」

「アフが俺等にロディアルを任せたってところからだ。あいつも神の法に背いて接触してきてるんだ。…信用していいと思う。」

「アマネに、勝てると思ってるのか?」

「思ってない。」

「はぁ?」

太陽は不満そうな、そして奇妙なものを見る目をしながら椅子に座った。

日暮の方に目をやる。彼女は気まずそうに目をそらした。

「…?日暮からは何かないのか?」

「…私は、三月には死んでほしくないけどさ。私はもうそんなこと言える立場じゃないからさ。だからもう、何も言わない…」

なるほどな…止める気にもならないってのはそういうことか。考えすぎたな…

「それで、三月は、行くんでしょ?」

少しだけ寂しそうな顔で、日暮は言った。俺は強い決意をもって、

「ああ。」

とだけ言った。

「でもどうやって行くんだよ?アマネに勝てる算段はないんだろう?」

太陽が、まだ呆れた表情をしている。

「仮にだが…仮に俺がここを出ていったところで、アマネは俺を追うだろうか?」

「…!」

太陽が驚きの表情を見せた。納得した様子でもある。

「はぁ…それじゃあ俺も止めねえよ、好きにしろ。」

太陽はそういったあと、俺の方に来て、拳を俺の胸に当てた。

「だが、絶対に死ぬなよ。必ず、帰ってこい。」

その声も手も、心なしか震えているように見えたのはたぶん俺の錯覚だろう。…そうであってほしい。

腕が生えるまでは、少なくともここに居座る。それは変わらないということを太陽たちに伝えた後、俺はその場を去った。


俺は、近くを流れる小川を見に、少し歩いた。

これを見つけたのは、アマネに連れられて雪山に行く途中だった。

あのタイミングまでは、家族仲は悪くなかったと思うんだがな…

絆は完全になくなったわけじゃなくて、ただ太陽たちが意気地なしだったから…と言って仕舞えば自分自身を正当化できる。けど、ここが安全である保証がないように、この先進んだとて安全である保証はない。それなら、まあ太陽たちのように、かりそめの安全を信じて安心して眠れるここの方が、楽だってのは…わかる。

俺…常夜三月という人間は、他人と昔からずれている。

痛みにもある程度強くて、心も強くて、そして…

人を傷つけることに何も嫌悪がなくて。

それどころか、何だか、人を傷つける方法をとても多く思いつく。知っている。

「はぁ…」

今更心が痛むとか、そんなことはまずないのだが…

でも、今までの選択のせいで、ただ俺が日暮や太陽とズレていたせいで、二人を傷つけて、バラバラになってしまうって考えると、どうしても笑ってはいられなかった。

「右腕が、生えたら、か。」

俺は後少しで指も生えてきそうな腕を見て、思う。

もしアマネが追ってきたら?と。

月影だけを回収して、ここから出るくらいなら難しくない。ただ、追われるとなると…

太陽たちの前ではさも絶対に追われないという前提があるように話したが、もちろんそんな前提どこにもない。

増してや、月影を持ち出すつもりなのだ。

月影も旅の途中で三つ集まる可能性が高いからこそ、持っていきたい….という理由で。

置いて行った方が、安全ではあるのだろうが。

そんなことを考えていると、足音が聞こえてきた。

「…久しぶりに部屋から出たのに、家族同士で言い争いなんて…随分と薄情なんじゃない?」

アマネが、後ろからそう話しかけてきた。その声音は、太陽たちと同じ…多少呆れた声色だった。

「アマネ…一体何しにここへ?」

「やだなあ、そう警戒しないでよ。ただ私は、2週間も君がいなかった間、二人がどれだけ心配してたかを伝えようとしただけなんだ。」

「心配…ね。」

されてることくらい、わかってた。でもそんなことを言われたところで、俺の考えは…

「何回も「具合悪いのかな」とか、「やっぱこの状態でも食べた方がいいんじゃないのか」なんて、そんなこと。」

…!

「やっぱり、君たち、家族だね。そして、子供だ。何も知らない。」

「何も知らないわけじゃ…」

「失うことのつらさだけ知ってても、大人にはなれないよ。わかるでしょ?」

彼女はそう言って笑う。

「私も、家族を失ったのは君たちくらいの頃だよ。年齢、32って言ったでしょ?だから、二十年前は君たちくらいだ。

辛かったんだよ〜?小6の頃はいじめられてて、それで、戦争が始まる前にやっと友達できた〜って思ったら、目の前で友達が死んだりする世界。私はそこを生き抜いた。家族も失って、故郷にも帰れない。あなたたちより苦しんだはずなのに、それでも大人にはなれなかった。」

…そうか、アマネから感じていた謎の威圧感…

「まさか、お前の放つ特有の緊張感が…「大人の証」とでも言うんじゃないだろうな?」

「んなわけない。大人ってのはね、恨み…愛…何でもいい。人から感情を向けられて、それを本当の意味で自覚できた時、なれるものだと思っている。」

「なるほど…?」

「だからね、正直今のあなたたちは、現実逃避してるクソガキにしか見えてないわけだけどね。」

「クソガキって…」

「でも、なんとなくわかるよ。あなたは、そのうち大人になる。…おかしいね。まだ君たちは12なのに。」

大人…か。なってもならなくても、俺にとってはどうでもいい、そうは思うのだが…

「…あと2週間だね。しばらくは、家族の時間を大切にしたらどう?」

「嫌だよ。俺は出ていくが、あいつらは残る。もう俺の見送りは終わったんだ。」

「あっそ。…ただまぁ…しっかりとした時間を一緒に生きていた証拠ほど、心を救うものはないと思うけどね。」

アマネは、そんなことを言って、その場から去った。


「一緒に生きていた証拠、か。」

多少なりの運動を終え、俺は帰宅して、ベッドに寝転がっていた。

「そんなこと、言われたってなぁ…」

ひかりが死んだときも、俺は何も感じなかったんだぞ?

それなのにあいつらが思う命どうこうが、俺に理解できるわけがないだろ…

それにもう、お互い違う道を進むと決めたんだから。

いつか道がまた同じになるまでは、俺は…

そう。死んででも、生き残ってやる。


視点:常昼太陽

窓の外を眺めたら、きれいな半月が見えるような、そんな夜。俺は、三月について考えていた。

…あいつは、本当に行くのだろうか?

まあ行くとしても引き止める理由はない。そもそも、孤児院で集まっただけの仲ではあった。好みもバラバラであれば、生きてきた歴史も…違う。

本物の家族だって、そうなんだ。18にもなれば、大学にでも行って、ばらばらになっていく。それは、人間が群れをなして生活する必然性が、技術によって失われた現代においては、あまりにも当たり前のことだ。

「なあ…明さん、あんたならこんなときどうしてた?」

日暮の言う通り、俺達には寂しがる資格もない…俺達が他人のことを勘定にいれるなら、だが。

今だけ、わがままになるのもありなのかもしれない。世間から見たら俺は12歳で小学六年生なのだから。

「どうして一人でも行こうとするかな…」

あいつにとっては、俺達と一緒にいるほうが大事なのだと思っていたが…そうではなかったらしい。

あいつの真意は、俺には図れやしない…

思い出せ。ひかりが死んだとき、あいつはそこまでショックは受けていなかった。それは俺も日暮もそうで、日暮は茜に任せていたから軽減されただけ、そして俺は、…まあそういうこともあるかって簡単に受け入れられただけだ。…殺されかけた経験でもないと、こうはならないと思うが…

そして、三月は…本当になんで、簡単に受け入れられたんだ?

昔からあいつは、なんとなく落ち着いてて、そして強いやつだった。

薄い氷じゃない。ずっとずっと深い器を持っているような…そんな感じがする。

俺は、あいつのことをまだ深く知らない。…だが、もう遅い、だろうな。

別れはもう済んだ。あいつは俺らと会話することはもうないだろう。

あいつが帰ってきたら、そのときは…。

今度こそ、あいつの中身を知ろう。そして、俺についても…話そう。きっと…話せるから。


視点:常夜三月

一月…それは随分と長い時間だった。俺は今、アマネの眼の前にいる。彼女は机に向かって、なにかを書き留めているように見える。

「それは、何してるんだ?」

「影の発生のデータを出してるんだよ。ここ最近、一気に増えてる。…戦争が起きるうえでの犠牲が原因でで、人が苦しんだって可能性もあるにはあるけど、それにしては…あまりにも分布が適当すぎる。」

「分布って…一体どうやって調べてるんだ?」

「アフが来て教えてくれる。彼としては、私みたいな影を倒せる存在は稀有だし、私としては分布が知れて一石二鳥というか…」

「なるほどな。」

大方、教えてもらったら光にでもなって飛んでいって…みたいなところか。確かに、アフとしてはありがたい存在だろうな…

「どうして、アフはあんたじゃなく俺等に託したんだろうな…」

「私に神影を集める気がないからでしょ。…で、右手の調子は大丈夫?」

「ああ、最高だ。」

俺の右手は、ついにもとに戻った。それどころか、前よりも強く感じる。筋繊維の修復みたいなあれだろうか。身体強化を用いた訓練もあって、体の使い方はこの数日でより深く理解できた気がする。

「それは何より…で、考えは変わってない、みたいだね。」

「当たり前だろ。そして…ここであんたともしばらくお別れになるからな。一つ聞きたい事があるのだが…」

「いいよ。で、何が聞きたいの?」

「神の種類って、どうなってる?」

「現人神、現象神、摂理神、空間神、創始神…といった5種類。まあ、名前のとおりだし分かりやすいでしょ。」

アマネは、さっきから俺の方を向こうとすらしない。

「…ありがとう。なあ、なんでさっきからこっちを向こうとしないんだ?」

「情けをかけないため。…安心して、殺しはしないから。」

…一月前、感じたような、あの恐ろしい緊張感を、今ここで感じた。

「ほら、外に出ましょう。…話は、終わったんでしょう?」

「あ、ああ…」

やっぱり、分の悪い賭けだ。乗らなくて、正解だった。

戦場へ歩く俺は、そんなことを、思っていた。


第22話 終

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