第20話 アマネ・シーフォリア
「んん…」
うおお、体が所々痛いな。
俺は目を覚まして、辺りを見渡す。
「…知らない部屋だな…誰か助けてくれたのか?」
その部屋には、ベッドが一つ。それ以外、特筆すべきものもなかった。大量にものが置いてあるわけでもなければ、装飾が一切ないわけでもない。
「そうだ、太陽と日暮は…」
探しに行こうとして、体を起こそうとするタイミングで、腕に何か違和感を感じた。
腕が、ない。右腕がなかった。正確には、肘から下が、だが。
特に痛みもなかったし、包帯なども巻かれていない。
…?どういうことだ?
驚いていると、カチャリと、ドアが開く音がした。
「あれ、起きてたんだ。腕がないのに、喚かないから気づかなかったよ。」
部屋に入ってきた、黒髪の女性は、そう言って話しかけてきた。
第20話 アマネ・シーフォリア
「あの、俺と一緒に、子供2人はいませんでしたか!?」
俺は、焦ってそう言った。
「あー、2人とも大丈夫だよ。君よりひどくない。」
そう聞いて、ほっとした。太陽があんな吹っ飛んでんの、当たり前だが見たことがなかった。
「いやー、大変だったよ?君の容態。あのまま放置してたら刺さった鉄屑のせいで、腕が壊死してた。そうなったら感染症とかも酷いだろうし、先に腕は落としておいたよ。」
彼女はにこやかだ。まるで腕を切り落とした張本人だとは思えない。
「殴りかからないんだね?」
「あなたは、恩人なんでしょう?」
「いやまあ、そうだけど…さ。」
旅に出てから何度も見てきた。そんな顔。
年相応じゃないって言葉、何度だって聞いてきた。
「現人神になってからまだ一月も経ってないのに、随分と精神が強いんだね?」
「えっ」
彼女の言葉に、俺は驚いた。
「なんで、俺が現人神ってこと、知って…」
彼女は、それを聞いた途端に、見せつけるように、左手を輝かせた。
左手を、輝かせたのだ。ありえない。変質の魔法は、この世界に存在しないはずだ。
「これに驚いてるってことは、やっぱり大空市の出身でもあるっぽいね。」
「魔法教養がしっかりしてるからですか?」
俺の答えに、彼女は驚いた表情を見せる。
「そうだよ。二十年前から、教育でしっかりしてるのはあそこだけ。」
二十年前…あれ、彼女はどう見ても17くらいだ。
大空市出身だろうが、それにしてもどうにも、この顔を見た覚えはない。
強いて言えば、どこかしら日暮と似ている、くらいだろうか。
日暮の可愛さが抜けて、綺麗さが目立った結果みたいな顔してる。
「失礼かもしれませんが、御年齢は?」
俺がそう聞くと、彼女は苦笑いした。そりゃそうだ。マジで失礼だもんな。
「年齢より先に、名前じゃないの?普通。…まあ、32だけど。」
32、か。見えないな。いや、まあいいや。とりあえず、名前だ。
「それじゃあ、名前、教えてもらっていいですか?」
「アマネ・シーフォリアだよ。以後よろしく。」
「アマネさん、ですね。えーと、僕は…」
「待って」
名前を言おうとしたタイミングで、俺は、アマネさんに人差し指を指された。
「私、昔に苗字由来でいじめられたことがあってね。以後、人には苗字は聞かないことにしてるんだ。」
まあ、確かにシーフォリアなんていういかにも外国人って感じの苗字だったら、ペインではいじめられかねないか…
「わかりました。僕は、三月です。よろしくお願いします。」
彼女の顔が、一変して、驚きの顔に変わった。
程なくして、元の表情に戻ったが。
「…大丈夫ですか?」
「あーうん。大丈夫。知り合いと同じ名前だったから、少しびっくりしちゃって。でも、その知り合い、もう死んだんだった。」
「それは…なんというか…」
名前をつけたのは光なので、どうにも、なんというべきか…って感じだ。
「さて、何から話そうかな…ああ、そうだ。まずは、私はあなたたちと同じって話かな。」
「同じ…?それは一体」
なんとなく、察しはついている。変質の魔法…「神」なのだろう。
だが、現人神では、変質の魔法は使えない。
つまり、なんらかの…まあ、32歳ってことは、おそらく現象神でもないのだろうが。
「私は、鎮魂の現人神。15歳くらいの時に現人神になった。出身も、大空市であなたたちと同じ。」
予想に反して、彼女は現人神と、そう名乗った。
「現人神…?なら、なんで変質の魔法なんか使えるんです?」
アマネさんは、ちょっと困った表情になった。
「えっと…君、《神格》って単語、知らないの?」
神格…聞いたことがない。いや、どこかで聞いたことあるかもしれんが…思い出せない。
「神様についての正しい文献は戦争の影響で極端に少ないからね、無理もないか。」
アマネさんはそう言って、俺の寝るベッドに腰掛けた。
アマネさんの腰あたりまで伸びた黒髪が、俺の左手にかかる。よく手入れされた髪だ。ここに住まわせてもらえれば、しばらくの拠点は大丈夫そうだが、許可してもらえるだろうか。
「《神格》っていうのは…ああいや、先に現人神ってものの本質を話したほうがいいかな。」
そうして、彼女は話し始めた。
「現人神ってのは、魂の強化であること。これは、流石に知ってるよね。」
「ええ、はい。」
「じゃあ、現人神になる2通りの方法。これは知ってる?」
「え、自分の元となる神に直接強化してもらうことと、あと…」
なんだろうか。…わからん。
「わからないです」
俺の言葉に、天音は微笑む。
「正直だね。いいことだよ。…で、その2通りの方法ってのは、片方は君の話した通り。そして、もう一つが、『通常ではありえないほどの苦痛を経て精神を成長させる』こと。魂ってのは、経験の塊…記憶の塊なんだ。それを強化したかったら、濃い経験をして、精神を強化するしかない。」
「なるほど」
「でも、そうなると、現人神には弱い部分ができてしまう。君の言った方法だと無理やりな強化だからわかりやすいね。苦痛を経る方法だって半ば無理矢理だから、まあ同じさ。どうなるかっていうと、ある一面にだけ特化していたり、全体を膨張させることによって、弱い部分…亀裂だったり、とんでもない凹みができる。それを、私たちは『影』と呼んでいる。」
「影…つまり、俺たちが戦ったのって…」
「そう、現人神の成れの果て。ただ、影ってのは、自分の弱いところだ。そこを埋めるように、強くなることで、弱いところのない完全無欠の存在となる…わかるよね?」
「それが、《神格》ってことですか」
「その通り!」
この話をするアマネさんは、なんだか楽しそうだ。
「神格を得た現人神は、神と同等の立場になる。自分を変質させることも、できるってことだよ。」
やっと、理解した。現人神の立場にして、神の位置に至る。そういう人間が、目の前にいるということを。
「まあ、普通は成し得ないよ。運もあるから。」
「…アマネさんの神格って、一体どんな感じで得たんですか?」
俺がそう聞くと、アマネさんは、俺から少し、顔を逸らした。
「ああ、すいません。聞いちゃいけないことでしたか?」
考えてみれば当然だ。心の弱いところを埋めるように、強くなったのだとしたら、神格を聞くということは弱みを聞くのと同じだ。
「いや…大丈夫。話すよ。」
アマネさんは、そう言ってくれた。
「私の神格は『決別』。昔、恋人だった人との、思い出を手放したことで、私は神格を得た。」
彼女は、正直辛そうではあった。だが、それでも赤の他人に話すくらいなのだ。彼女は、きっと信用できる…のではないだろうか。
馬鹿正直すぎて少し怖いが。
「…さてまあ、現人神になる方法のところまで話を戻すよ。現人神になったら、魂が強くなる。魂ってのは、記憶の塊、情報の塊だ。その上で、魂ってのは強くなるほどに、肉体をあるべき形に保とうとする。つまり何が言いたいかっていうと、ある程度の損傷であれば、魂の力で修復可能だってこと。流石に自力で生き返るまでは行かないけど、腕一本生えてくるなんてのはざらにあるよ。」
え、それってつまり…
なくなった、右腕をじっくり見つめる。
「それ、そのうち生えてくるよ。じゃなきゃ、勝手に取ったりはしないしね。」
彼女は、そう言って笑った。
「いろいろとありがとうございます。そのうち、お返しを…」
「いらないよ。そんな子供が、何を返そうっていうのさ。同郷のよしみで、助けただけだしさ。」
それだけだろうか。
何か、彼女には既視感のようなものを感じる。
何年か前、会ったことがある気がする。
まあ、気のせいだろうけど。
「アマネちゃん、三月、起きた?」
その声が聞こえたから、俺は入り口を向いた。入り口には、ひょこっと顔を出す日暮の姿があった。
「日暮…よかった、無事で。」
「アマネちゃんのお陰でね。」
彼女はそう言って笑う。手合わせで、ストレスは晴れただろうか。せめて、彼女から俺への八つ当たりくらいのものにはなっていてほしいものだ。
しかし、この先どうしようか。
いろいろ教えてもらったわけだが、それとは別に俺たちは探し物をしているのだから、長居するわけにはいかない。当然だ。
ただ…腕が生えるまでは、ここに居座ることになるだろうか。
「あのー、せっかく助けてもらったところ悪いんですけど、俺たちっていつまでいていい感じですか?」
俺が問うと、アマネはきょとんとした顔をした。
「え、べつにいつまでとかの制限ないよ?そろそろ戦争も起きるだろうし、ここにいた方が安全だとは思う。」
戦争…か。思い浮かべてはいたが、やはり、起こってしまうか。
「…まあ、それでも旅立つ理由があるならば止めないけどね。例えば…そう、君たちが持ってたこれらとか」
そう言って、彼女はあるものを取り出した。
日影と、月影。神影の、かけらだった。
「えっ、ちょっ、それ、返してくださいよ」
俺は、驚きながらも、アマネにそう伝えた。
「…いやだ、って言ったらどうするの?」
「えっ…とそれは…」
相手は現人神に対する理解も深ければ、神格も得ている。戦うことになれば、明らかな、格上だ。
「私たちはね、これのせいで人生がめちゃくちゃにされたんだ。今となってはそれでも悪くなかったって言うことができるけど、それは私が決別したからであって、別に当時のことを許しているわけではない。」
アマネは、二十年前の戦争の当事者なのだろう。家族も、友達も、そして恋人も、みんなが不幸な目にあったのなら、許さないのは、ごく自然で、当たり前のことだ。
だけど、それ以上に。俺たちには、そうしなきゃいけない理由がある。
「俺たちの旅の目的は、摂理神ロディアルの討伐。そして、平和な暮らしを取り戻すことです。」
俺の言葉を聞いたアマネが、首を傾げる。
「私は、ここにいつまでも居ていいと言ったんだよ?」
そう言った後、彼女はため息をついた。
「あなたたち、平和を取り戻すとか、大義名分を掲げてます風に言ってるけど、実際やっていることは、全て裏目に出ているじゃんか。それなら、私が守ってあげられるここで平和に暮らした方が、いいと思うよ?」
正論だ、そう思った。
「どうして、そんなこと知ってるんですか?」
「太陽に聞いたんだよ。大丈夫。新聞に載っているのはサコルとチナラの消滅だけだから。でもまあ、これでわかったでしょ?ロディアルを倒そうって言っても、平和は帰ってこない。それこそ、ロディアルの思う壺なんじゃないのかな」
そんなわけない。ロディアルを倒せって言ったのは、アフであって、ロディアルでは…
「アフが、俺たちを騙したってことか…?」
「ん、ああ、あいつは正直ものだから嘘はつかないよ。神としてあるべき誠実さをあいつは持ってる。安心していいよ。」
驚いてばかりだが、アマネはアフとも交流があるらしい。…しかし、それなら…
「じゃあ尚更ロディアルは倒すべきでは…」
「ロディアルがアフごとあなたを誘導してるんでしょ。目的はわからないけど…ろくなことじゃないのは確かでしょ。今まで何人かの神に会ってきたけど、全員ふざけたやつだった。長く生きすぎて気が狂ってる。」
「…それでも…」
それでも考えを変えようとしない俺に、アマネはため息をついた。
「…君たちは、そんなに大空市に思い入れがあるの?いや、あるのか。じゃなきゃ人殺ししないもんね。いいや、わかった。」
そう言って、彼女は立ち上がった。
「腕が生えてから、私と手合わせしましょう?それで、あなたたちが勝ったら、神影を返す。あなたたちが負けたら、ここにいてもらう。そういうことにしよう?」
そうして、俺たちに部の悪い賭けをやらせようとしてきた。
俺はロディアルを倒したい。これは、単純な恨みだ。それは、俺以外の2人も同じはずだ。
俺は平和なところに帰りたい。大空市じゃなくてもいい。
アマネさんが守ってくれると言っても、どうせ限界はあるだろう。
ロディアルなら、それくらい易々と超えてくるはずだ。
この賭けは、乗るしかない。
「…ええ、わかりました。」
そうして俺は、その、最悪の賭けに、乗ってしまったのだった。
第20話 終




