第二話 孤立
「…全員、確認できました。」
すべての学年が整列し、点呼が完了した。
「ねえ、佐野先生、ひかりの避難が間に合わなかったのはどうしてかわかる?」
俺はひと仕事終えた佐野先生に駆け寄りそう聞いた。
「…実は、一年の子が…」
佐野先生が指さした先には、頭を打って寝込んでいる女の子の姿があった。
「彼女はギリギリ避難が間に合わなさそうで、ひかりはその子を抱きかかえて走ってたの。爆発音が聞こえた瞬間にひかりは彼女をかばって…」
最期までひかりらしい…あいつは昔からずっと他人を優先するやつだ。だから…
笑って送ってやるのが筋なのか、恨みを晴らすのが筋なのか、それすら俺にはよくわからなかった。
第二話 孤立
「三月くん、ひかりさんのことは…残念だったね」
後ろから、この学校の校長が話しかけてきた。
「残念だったね、か。そうだね。随分と上からじゃないか?」
そう言って俺は校長を睨みつけた。
「ああ、そんなに気を立てないでくれ。自分だって動揺しているんだ。」
彼は足を一歩引いて言った。
「動揺している…ね、どう見てもそうは見えないけど」
実際彼は若さに似合わないほどに落ち着いている。彼より歳を取っているであろう教員ですらまともに会話できないほど怯えているというのに。佐野先生については、落ち着いた態度を取っているようで、だけど誰でもわかるほど顔色は悪くなっていた。
「冗談はよしてくれ、気が参っているのは本当なんだ。」
彼はそう言って苦笑いした。
「…んで、わざわざ話しかけに来たってことは、何か用があったんでしょ?」
「ああ、そうだな。」
校長は顎に手を当てて話し始めた。さっと日暮たちの方を見るが、まだ放心状態である。そりゃそうだ、家族が死んだんだから。
「おっと、もしかして彼らも呼んだ方がいいかい?」
「やめてくださいよ、あいつらは気が滅入っててまともに話は聞けないと思う。」
「じゃあどうして君はまともに話が聞けているんだい?」
校長は少し疑問を浮かべながら言った。
「そんなん…知らないですよ、ほんとなら俺もあいつらみたいに悲しんで、放心して、苦しんでいるはずなのに。」
叫びたい気持ちもあったが、ここで校長に叫んだところでどうにもならないことなんて分かりきっていた。ならできるだけ迷惑をかけないように、まあ、手には力は入ったけれど。
「ふぅん、まあいい。本題に入ろう。君、ミサイルになんか国名とか、書いてあるの見えなかったか?」
空を飛んでいたときの情景を思い出してはっとする。
「サコルとペインの名前があった。だけど、飛んできた方角は全部同じだったし、サコル側だったから、おそらくミサイルを撃ってきたのはサコルだと思う。」
校長もそれを聞いて、なるほど、とでも言いたげに目を瞑った。
「ミサイルを撃ってきた理由はわかってるんだ。まあ、おそらくといったところだが…」
そう言って彼はポケットから一つ、月の形をした石を取り出した。
「これは20年前にここで起きた戦争を終結させたと言われる伝説の兵器、神影の一部なんだ。」
彼はその神影を俺に手渡した。
「どうだ?魔力を感じるだろう」
実際、そのただの石のようなものには、確かに、高密度な魔力が宿っていた。
「…これ、やけに俺に馴染む魔力だな…」
俺はそうボソっとつぶやいた。
「そうか?…たしか文献には、神影を用いるのにも適した性格だったりがあるらしい。もしかしたら君がそうなのかもしれないな。」
「適した性格ですか。まあいいや、一旦返します。」
俺は神影を返そうとした。だが彼は受け取らなかった。
「どうして受け取らないんです?」
「いや、実は君にあげようと思っていたんだ。教員の中ではこれを使える人はいない。適したらあげよう程度の気持ちでいたんだが、ほんとに適してしまったのでな。だから、君にあげよう。」
彼はそう言った。だが、いまだ本題が出てきていないのは、なんとなくわかっていた。
「で…本題は?」
俺はそう言いながらポケットに神影をしまった。
「話が早くて助かるよ。君に頼みたいのは、サコルへと渡航し、情報を得ることだ。」
「サコルへの渡航…?」
ふざけるんじゃない。そもそも海外なんて言ったこともなければ行きたいとも思わない。その時、ふと神影を渡されたのを思い出す。
「ああ、なるほど。捨て駒ってことですか?」
「いや、そんなつもりじゃない。本来なら今も円滑な国際関係が続いていて、仲の良い世界のはずなのに、急にミサイルなんかが飛んでくるってことは何か理由があるはずだと思うんだ。それを調べてきてほしいだけ…」
「ふざけんじゃねえ!」
俺は校長の言葉を遮って全力で怒鳴ると同時に、氷の刃もいくつか出し、全てを校長に向けた。
「お前まるで簡単なことのように言ってるけど相手はこっちを一人殺してきてんだぞ?しかも一発だけでもうん億とかかるであろうミサイルを150発近くも撃ってきてる。ってことは、本気で俺たちを殺しにかかってるってことだ。それなのに情報を得ようとできるわけねえだろ!十中八九死ぬことくらいてめぇのちっせぇ脳でもわかるだろうが!」
校長は黙り込んでいる。ただ、別に気にしている様子でもない。都合のいいクソ野郎だ。
「お前はどうせ、俺に神影の適正がなくても神影を渡してきてただろ?大空市からヘイトをそらすことはできるだろうしな。お前、そんなことして…人として終わってるぞ」
そう言って俺は校長を睨みつけた。校長は少し笑って、
「家族が死んでも特に気に留めてない君も大概だろう?それに、適役は君たちなんだよ。晴れ空組。君たちには君たち3人しか家族はいない。そしてその無事は確認されている。だが、ここにいる学生は家族が生きているかの確認もできていない。第一、君たちなら命をかけるほどじゃないだろう?魔法があるし、十分生き延びられるはずだ。」
確かに、被害を最小限に留めるのならその判断は的確だ。人の意思を無視していること以外は…ちょっと待て
「おい、日暮と太陽もか?俺だけじゃないのかよ」
「そうだ。さすがに一人じゃ行動できないだろうし、君たち家族は共にいたほうがいいだろう」
「…まあ百歩譲って囮になるのは許容するとしよう。でも、日暮や太陽については精神が回復するまで待ってほしい。」
本当なら囮になることも許容したくはないが、神影を渡して見逃してもらえるならそれで生き延びられるはずだ。
何より、俺たちは相手に危害を与えてはいないのだから。
「そうか、それもそうだな。考えておくとしよう。」
校長はそう言ってその場を去った。絶対に、あれは俺の要望を考慮していない。最悪の展開を辿ったかもしれない…
俺は一度日暮たちの元に戻り、現状を説明しようとした。
「なあ、2人とも。」
俺の声音も決して元気ではなかった。が、それよりももっともっと、か細い声音で日暮は、
「なに…」
と答えた。もうこんなのは心の中ででも笑うしかなかった。
「さっき俺は海外に行けと校長に指示された。ミサイルを打たれた理由を探ってこいと…」
太陽は、俺と同じくらいの声音に落ち着いていたが、やはりそれに驚いて,
「無理に決まってるだろ?冗談だよな」
と言った。
「俺もそう思ってるし、無理だと言った。曰く、俺たちには残している家族はいない。だが、ここにいる他の学生には家族がいる。それの無事を確認しなくちゃならないし、その間にまたミサイルでも撃たれようものなら壊滅すると、そういう話のようだった。」
何より良くないことは、この部分に関しては十分正しいと判断できてしまうことだった。正当性が変に存在するせいで、囮になることまでは許容してもいいかもしれないという気分になる。
「ふざけてるな…俺等のこと、考えてすらいない」
太陽からは怒りすら感じない。呆れて何も言えない様子だった。
「そして、渡されたものがある。ミサイルが打たれた理由かもしれないと。」
そうして、俺はポケットから神影を取り出した。
「なるほどな、ほんとに囮にする気なんだな。」
太陽はそう言っていた。察したみたいだった。日暮は、未だ何も反応しない。
「日暮、大丈夫か?」
俺がそう声をかけると、
「大丈夫なわけない。それは三月だって同じじゃないの?」
と、帰ってきた。当然のことだった。
「そうだな、大丈夫じゃない。」
ただ、このままだとどうしようもない…どうすれば良いのだろうか。
そんなことを考えながら、他の奴らがいる方をそっと見る。早い人は家族が学校に合流してきている人もいた。
「家族、か…」
もう一度、家族が1人いなくなってしまったことを思い返す。ひかりは、もう戻らないのだと。
うつむく頭を必死に支え、上に押し上げる。
もしかしたら、もっと悪い状況に進んでいくことも考えられるのだ、ここで止まってはいられない。
そう決意したのもつかの間、急に校長が集合をかけだした。察しはつく。最悪の展開だ。
「皆さんに聞いていただきたいことがあります」
ざわめく生徒たちをよそに、校長は話を続けた。
「今回ミサイルを放ったのはおそらく「サコル」と「ペイン」であると、ミサイルを落としてくれた三月くんから話を伺いました。なので、調査を三月くん、またその家族である太陽くん、日暮さんに頼みたいと思います。」
日暮はもう呆れきって言葉も出ていない様子だった。太陽も、同じだ。ここからどんなルートを辿ろうと、抵抗しようと、俺らの故郷である大空市は帰ってこないと分かってしまった。
「異論がある人はいるかもしれませんが、ですが彼らは強い。調査には十分な実力を持っているはずなんです。なので、彼らに期待して、どうぞ拍手で送ってあげてください。では、3人とも、こちらへ来なさい。」
何も上手くないのに、でも愚かな民衆は付き従う。例えば俺が抵抗したとしたら、それは校長に対する攻撃を意味する。嫌であるという精神の主張を行っても、俺が一つミサイルを見逃したからという理由や、あとは…光が生前噂されてた、「夜野家」の存在が問題となる。夜野家はもともと結構な家柄だったのに、俺たちが3歳…まあ日暮は2歳か?の頃に魔力暴走が発生し大規模な火災となった家だと聞いている。ただ、ひかりは魔力暴走なんて起き得ない。…でも
「2人とも、俺らの意思より、今は市民の意思らしい。」
そう、一般論がそうなってしまっているなら、俺らは抵抗しようがないんだ。
「分かった。」
日暮はそう言ってさっさと立ち上がった。太陽もそれを見て立ち上がる。
「それではこの3人が調査のメンバーです。拍手で見送りなさい。」
市民の拍手が、俺たちの人間に対する不信感に拍車をかける。仕方ない。それはわかっていても、庇う人が1人としていないことから現実を知る。
そうして俺らは、学校を後にして、駅に向かった。向かうしかなかった。
見送りとして、佐野先生がついてきてくれた。見送りの途中で、佐野先生はこうなってしまったことを悔いていた。
「私が抵抗できれば、と思ったけれど。でも抵抗しないほうがいいと思って…」
彼女はそう言って言い訳のような言葉を述べた。まあ、そう考えてたことが紛れもない真実であることはすぐに分かったけど。そして、その思考プロセスとしては、
「あなた、神影をもらったのでしょう?それが理由ならば、それが知られるまではあなたたちが襲われることはない。ねえ、あなたたちは大空市に愛想つかしたでしょ?」
「まあ、そうですね。あんな人たちしかいないんだったら…」
「なら、いっそ大空市を捨て駒…囮にとるの。安心して、私が限界まで大空市を…あなたに神影が渡った事実を守るから。」
そう、彼女は笑って電車に乗り込む俺たちを見送った。
電車の中は穏やかで、やっと落ち着ける空間だった。
だからこそ、日暮は疲れ切ったその瞼を下ろして、その間から涙をこぼし始めた。
「光姉…」
そう彼女は呟いて泣いていた。
俺たちはすでに、家族を失い、故郷を失い、信用できる大人という概念すら失ったということをもう一度自覚させられる。泣くことはしないとしても、俺たちのこの先の行く末にもう一度、失ったものを取り戻せる日が来るのだろうかと、そう思った。
そんな感情をのせて、列車は走り出した…
第二話 終