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第17話 詐欺師

戦いが始まった。茜は刹那のうちに、暮影を出し、時間停止魔法を放った。同時に、

「『《時止め》は、俺には通用しない』」

とロディアルが言ったことによる影響か、その効果は現れなかったが…

しかし、茜は気にも止めずに、一歩踏み出し、氷弾を3桁ほど生成、すべてをロディアルに向けて放った。俺と太陽もそれに続くように、氷魔法を放つ。

だが、ロディアルが

「『魔法は俺には通用しない』」

と、そう言った瞬間、先程まで楽しそうだった茜から、笑顔が消えた。


第17話 詐欺師


「舐めてるの?」

彼女のその一言で、俺たちの手は止まった。

ロディアルが、口角を少し上げるのが見えた。

「舐めてなんかいない。なぜそう思う?」

「反撃を一切しないから。全然スッキリしない。こちとら鬱憤が溜まってるんだよ、そっちには全力を出してもらわないと」

「はーん、なるほどね」

何故だろうか。奴にさっきまで感じていた厳格さ、畏怖のようなもの。そのようなものが、この一言で消え去り、今まで抱いていたはずが、恐怖故か少し薄れていた、恨みの感情が爆発的に戻ってきた。

「私は、あなたみたいな軽い気持ちで人の人生を台無しにできるやつ、嫌いだよ。」

茜は、ロディアルを睨みながらそう言った。

「俺はお前のこと嫌いじゃないぞ、好きでもないが。残念だったな」

ロディアルはそう言って笑う。

「話が通用しない相手にはイライラするのが当たり前、だからと言って会話しなかったらお前は消える。腹立たしい話だよな、なあ、ロディアルさんよ!」

茜は、ダンと足を踏み鳴らして言った。

「詐欺師にでもなったつもりか?何が『通用しない』、『通用しない』だ。戦意をそうやって削ごうとしても、無駄でしかない」

「別に戦意を削ごうとして言ってるわけじゃないさ。実際、効いていないのだから。」

対するロディアルは、大爆笑である。

茜は当てが外れたような、そんなイライラした顔をして、ロディアルを睨んでいる。

「…気が済んだか?」

一通り笑ったロディアルが、ため息をついた後、そう言った。

俺たちにはもうなす術はない。魔法が効かないのなら…


物理だ。


その言葉が、頭をよぎった瞬間、考えるより前に、俺の右手は魔法によって剣を作り出し、それを握っていた。

激しい怒りによって思いっきり振った。

「おっと…」

ロディアルのそんな声が聞こえた瞬間、やった、そう思った。

意表はつけたのだ。このまま、相手の腕一本でもついでに奪えれば…

しかし、ロディアル目掛けて振った剣は、何もない宙を斬った。そこには、何一つなかったのだ。

「避けた…」

俺がそう、ボソッと言った瞬間に、茜は俺の剣を奪うようにしてとり、ロディアルの方に走った。

しかし、今度はロディアルは俺の方に来た。俺もまた剣を出して振ったが、奴はなんども瞬間移動を繰り返し、モグラ叩きを俺たちにやらせたのだ。途中から太陽も参加していたが、太陽が

「なんて無駄な…!」

と口走った時、ロディアルは消えた。時間にして、30秒程度のモグラ叩きのスコアは、0で終わってしまった。

「もう少し強くなってから、もう一度会いにくるがいい」

どこからともなく、ロディアルの声が聞こえてきた。逃げ切られたのだ。

茜は持っていた剣を、力なく下ろした。


とはいえ、収穫はあった。やつには物理は効く。わざわざ避けたってことは、そういうことだろう。

そして、やつは確かに『摂理神』であった。俺たち、現人神を気に留めないほどには…

ともあれ、戦いを一度終えた。死ぬかと思っていた俺は肩を下ろして落ち着き、2階の食堂のテーブルに腰掛けた。もちろん、二人もそうした。

テーブルは、チナラでは古くから使われている回転卓で、王が使うものというだけあって、結構上等な質感だ。いろんな文様がついていて、机の足には宝石などの装飾がついている。売れば資金になるだろう。が、そこまでする気はない。

俺は、左斜め前に座った太陽と共に、右斜め前に座った茜の方を見る。

姿形はまんま日暮だ。そりゃそうだ、人格が変わってるだけなのだから。ただ、表情がすさまじく違う。日暮なら、俺たちがふと見たらただにこやかに笑う。時と場合によるが、大抵はそんな反応だ。だが、茜は、俺たちに今にも噛みつきそうな目つきで頬を膨らませて、足を組んでいる。イライラしているのか、手を置いている左手の人差し指の爪を立てて、タンタンと机をつついている。

「…居心地が悪い」

茜がそう、口を開いた。

そりゃそうだ。茜と話すのはこれで二度目となる。もし相手が俺たちを旧知としていても、いつも会話するのは日暮の役だ。茜じゃない。

記憶の共有については…しているだろう。ロディアルを少なからず恨んでいる節はあった。

「あなたたちが何も言わないなら、日暮に変わるけど…あたれるような相手もいないしね」

茜はそう言って目を閉じようとした。

「待ってくれ」

声を出したのは太陽だった。

「何?太陽」

太陽は少し考える素振りを見せた。おそらくは、茜に日暮に変われというのは簡単でも、日暮が茜に変わるのは難しいだろうから、聞けることは聞いておきたい、という考えだろう。

「人格が作られるのには相応の理由が必要だろう。茜、お前が生まれた経緯とお前の目的を言って欲しい。あと、どっちが主人格だ?」

太陽はそう言った。聞いてみれば、俺も確かに知りたい…というか、茜から得られる情報なんてそんなものしかないか。

茜は、目を瞑って悩む素振りを見せた。

当然か、家族とはいえ、日暮のプライバシーだ。勝手に言うのも憚られるのだろう。

「…まず、主人格は日暮の方。日暮は、元々打たれ弱い子、それは知っているでしょう?」

「ああ、そうだな。8歳くらい、それこそお前が生まれる前までだ」

俺は、大空市での暮らしを思い出しながら、言った。

「日暮は、本来『失うこと』を極端に恐れ、もう戻れないことに対して凄まじいストレスを感じる。家族を愛するが故、成長に対してすら恐れを感じる。過去を失うからね。寂しいんだよ。それこそ、死んでしまうほどにね。」

茜の言うことは、俺は知らなかった。彼女の抱く心細さはずっと感じていたが、過去を失うのが寂しい、悲しいと言うのはわざわざ俺たちに言うことでもない。そりゃそうか。

「それで、あなたたちの知る通り、9歳の時、溜め込んだストレスが爆発した。日暮自身の考え方なら、発散なんか不可能に近いから、思い切った考えができるように、私を生み出した。」

日暮は、思い切った時は思い切った考え方ができる。でも、基本的には優柔不断だ。

旅の途中はそんな素振りは見せない。俺たちについてきてるだけだから、判断の必要がないのだ。

「彼女は強くない。だから、私が全てのストレスを肩代わりしてる。私の存在は、日暮の体への負担。同時に、日暮の心を支えるもの。私の役割は…ストレスを発散して、日暮を助けること。」

なるほど、だから日暮の立ち直りが早かったのか。で、今はストレスを発散できないとわかったから日暮に戻ろうというわけだ。

「だからまあ…そのうちまた出てくると思う。それまでは、日暮は少し不安定かもしれない。だから、日暮を大事にしてあげて。」

茜はそう言って目を閉じた。

日暮は寝ていると言っていた。目を覚ますのには少しかかるだろう。

別に暗い話じゃなかったし、なんなら未来に繋がる明るい話だったように思う。ロディアルとの対峙で生まれた緊張がほぐれる、ちょうどいい会話だった。ただ、太陽にとっても、俺にとっても、この1時間程度で色々ありすぎた。

なんだろう、なんていえばいいか。

例える必要も、ないか。

だが、この先について考える必要もある…どうしたものか。そうだ、王を探して、日影の存在を吐かせよう。

「太陽、俺は王を探しに行く。」

俺はそう言って、その場から離れようとした、その瞬間だ。

後ろには、王が立っていた。

「…あそこまで狼狽えてしまって、すまなかった。落ち着けと言われてから、しばらくして、やっと落ち着けた。聞こう、お前らは俺を殺しにきたのか?」

王の手は、だいぶ震えている。

「いや、違う。日影さえ回収できれば、それでいい。」

太陽は、椅子に座ったまま、言った。

「日影が、この国にある。そして、お前が所有しているのだろう?」

「あ、ああ…だが、数年前、俺の兄が消えてから、その所在はわからない。兄が、隠したのだ。俺は兄を探しているが…だが、数年見つかっていないのだ、これからも見つからないだろう。」

声も震えている。殺されると、動転したほどだ。

死にたくないと言う気持ちがひしひしと伝わる。

「シュンと、言っていたな」

太陽は、言った。知り合いと、同じ名だ。

「ああ。彼が、この屋敷の地図を持っているはずだ。」

「…シュンさんの、チナラに対する不自然さは、そう言うことか。」

俺は、納得したように呟いた。

彼には、聞こえていないようだ。

だが、俺が何かを言ったと思って、震えが増している。

彼は、座り込んで、俺の靴に頭を擦り付けた。

靴を舐めるように、土下座したのだ。

王という立場にありながら。

12の子供に。

「何か、気の触ることを言ってしまったでしょうか」

そう、彼は言ったのだ。

「お願いします、死にたくないんです。殺さないでください」

「怯えすぎだ、落ち着けと、ロディアルに言われたのに、なぜそこまで怯えるんだ…」

政治は優秀でも、度胸が死ぬほどない、もしくはロディアルに脅されたか…

哀れだ。

「…見てられないな…」

俺は、王から足を奪還して日暮を背負って、走って館の外に出た。

「おい、待てよ」

ついてきた太陽に、そう止められた。

「まだ夜だし、日暮も目が覚めてない!それなのに、ここで外に出るのは危険だ」

「でも、あまりにも居心地が悪い」

「それは…そうだが」

命を守るというのは、当然のことだ。

だが…家族もいないくせに、人殺しのくせに、半狂乱になって土下座して…

そんな奴の目の前に居続けろと言う方が無理な話だ。

「もう、行こう。不思議と、筋肉痛にもならない。身体強化で、走ろう。」

苛立ちか、はたまた、別感情か。いたたまれない気持ちに包まれながら、俺は、俺たちは、この国を飛び出した。


第17話 終

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