第16話 茜
街の時も思ったことだが、日暮は俺たちの手を止めるような弱音を一切吐かない人だった。
いや、それは語弊があるな。
日暮は、弱音を吐くことはあっても、俺たちに必ずついてきて、そしてそのときにはけろっとした表情で笑うのだ。だから、あそこまで疲れているところから、今は隣で笑っている。
少なくとも、日暮が9歳の時までは、俺たちはそれを不気味だと思っていた。
第16話 茜
「日暮、本当に行けるのか?さっきだいぶ参ってたけど」
「いけるよ、大丈夫。」
そう言って日暮は笑う。
旅の中で出会った人たち…この世界の人間を実際に見て回ると、何かおかしい。俺が、旅をしてきて思ったことはまず第一にそれだ。
だって、まずペインでは、明らかに華菜さんが自由に動けすぎていた。あれはまあ彼女の地位と、彼女の兄の信用が地に落ちていたことの二つが合わさったことが原因だった。ならばわかる。
サコルでは、サコルの司令官がおかしかった。軍部に人がいなかったのも、彼が設置した罠のせいだ。
味方にそんなことは普通しない。だが、彼はロディアルの狂信者とすればまあ納得はする。
そして、この国だ。クーデターも起こさず、ましてや銃撃戦を野次馬する始末。
総じて共通しているところは、一つが俺たちにとって都合が良すぎると言うこと。俺たちは面白い具合にいい人と出会って、悪い奴をぶちのめしてるだけ。
二つが、倫理に欠けると言うことだ。
人の死をなんとも思っていない…そんな節がある人が大勢いる。
理由はなんとなくわかる。二十年前の戦争のせいだろう。記憶がなくても、考え方は残るものだ。
そんなのだから、日暮はストレスを感じざるを得ない。俺だって、感じてないわけではないのだから。
俺たちは、館の扉を開いて中に入る。重い扉だった。古びた金具がきいきいと音を立てていた。
しかし、不穏な静寂だ。いつ撃たれるかなんてわからないな。
俺は、一歩足を踏み出す。撃たれなかったので安心して左右を見る。軍はいない。
絶対王政は公ではないと、彼は言っていた。察するに、軍部側がこの屋敷にこれ以上護衛をつけることを嫌がったのだろう。当然だ、本来の目的である護衛もさせられずに死地に送られる。最悪の場所だ、ここは。
しかし、そう思ったら随分と動きが早いのだな、ここの軍部は。たった5日でその判断をし、王に逆らうとは。優秀なのだろう。
「なあ、こんなに誰もいないことあるか?」
太陽がそう言って見回す。俺もおかしいと思う。いくらなんでも、こんなに人がいないわけがない。
リュウの話によれば、ここは政治のために重要な施設のはずだ。王しかいないなんてことはまずないだろう。
「いっそ叫んでみようか…」
一瞬そう思ったし口に出したが、太陽に見るからに心配そうな目つきで見られたので踏みとどまった。何を言っているんだ、俺は。
なんにせよ、こっから取れる行動は虱潰しに部屋を見ていくことだけだ。王が我が物顔で玉座にいるとは思えない。
館の外観を思い出す。確か中世の屋敷風で、チナラの文化には明らかに似合わない形をしていた。3階建てで部屋数も多いし、きっと探そうと思えば相当面倒になるだろうが…
だがまあそれが最善の方法か。
「館の部屋、虱潰しに見ていく感じでいいか?」
俺は二人に確認を取る。まあ断らないだろう。
予想通り、二人は頷いて、俺たちの捜索が始まった。
そして、一時間ほどがたった。いろいろな部屋があった。一階には大書斎、図書室、資料室…二階には、食堂、個室、あと…寝室。全ての部屋が無駄に広くて、それら全て回るのはあまりにも時間がかかった。
しかし、このタイミングで、頭にある可能性が浮かんだ。
「俺ら、騙されたか?」
明らかに、ここは政治向きの場所じゃない。
円卓のある会議室でもあればまだわかる。ペインの議院みたいな感じのものがあればもっとわかりやすい。
だが、そんなものが何一つ見当たらないどころか、これはただ、人が住むための場所だというのが、見て取れてしまった。
「そうだな…どう考えても人が住む場所だ。会議室も見当たらない。どうしてこんな場所があるんだか」
チナラの首都から少し離れた場所にあるのだ。今思えば、そんな場所に政治拠点を置くわけがない。
そして、リュウもロディアルの存在を知っている以上、俺をけしかけたら自分も消されるとか、そんなことは普通に思っていたかもしれない。
俺たちと一緒にいることで、死ぬ可能性が生まれる。それ以上、このタイミングで逃げるのがベストだと、考えたのだろう…
いや、よく考えろ。やつは政治拠点とは一言も言っていない。「王の居城」と言ったのだ。
それに、リュウは嘘はついていなかったはずだ。
人の気持ちがわかる、そんな自負が俺にはある。
「…まだ三階を見ていない。とりあえず、行こう」
「わかった」
日暮はすぐに頷いて、階段を登り始める。
「…太陽?」
太陽は俺に、館に入る前と同じ…本当にこれでいいのかという目で俺を見つめた。
「言いにくいしもう手遅れだが…リュウを追って吐かせた方が早いんじゃないか?ここまできて三階にいるなんてこともないだろう、この静かさなんだし…」
太陽の言うことはもっともだし、俺もそう頭にはよぎった。
だが、だからこそ俺の答えは決まっている。
「王の居城とは言ってても、ここが政治関係の場所とも、王がいるとも言ってなかったはずだ。どのみち、日影を回収するのが俺たちの目的だ。誰も防衛していない今ならばちょうどいいじゃないか。日影を見つけ出して回収しよう」
もちろん、どうせ本人が持っているんだろうな、と言う思いもある。だが、この先戦うのはロディアルになるかもしれないのだから、わざわざ政治の場所に送られて敵をたくさん相手にするより、ここで王を待って寝首をかく方が簡単だ。
「…まあ、確かにな。」
太陽はそう言って、三階に登った。俺もそれを追う。
2時間がたった。
日影は、おそらく厳重に保管されているだろう。そうなると、隠し部屋なんてのも思いつくものだが…
全ての部屋を回っても、この家の地図は見つからなかった。太陽を説得して向かった資料室でも、だ。
ちなみに、3階にあったのは、居間、あと空き部屋が数部屋…太陽は俺のことをやっぱりそうだったじゃないかと、不満そうな目で見ていたのを覚えている。
ふと、空を見る。とっくに夕暮れだ。
そういえば、この家には電気がない。それもあって、今更ながら本当に人が住んでいるのか、という気持ちになってきた。
そのことを太陽に相談できるわけもないので、日暮に聞いてみると、
「間違いなく人は住んでるよ。こんなに綺麗に整備されてるわけがない。」
とのこと。確かにそうだ。安心した。
もうそろ夜だ。俺たちは、3階で息を潜める。居間のところだ。
電気がないのなら、さすがにそろそろ帰ってくるだろう。
思った通り、かちゃり、と音が鳴った。コツコツと、足音もなる。
その音は、一人分…だな。護衛もいないのか?いや、家の見張りもつけないのなら、そりゃあそうか。
その音は、だんだんとこちらへ近づいてくる。街に散々落ちていた、ビニール袋と同じ音と共に。
夕暮れ時、朱に染まる老人が、ドアを開けて居間に入って、すぐさま袋を落とし、固まる。袋の中身は、食材だ。
「な、ななななんだお前ら…!殺しに来たのか?嫌だ、死にたくない、死にたくない!」
第一声がそれだった。彼はドアを開けたまま絶叫し、走り出した。だが、体中の震えのせいか、その足はおぼつかず、すぐに転んで、立ちあがろうと奮闘している。
俺たちは唖然としていた。王といえば、厳格なイメージがあるのは、俺だけではなく、日暮も太陽もそうだろう。
実際に見たものが、こんな足腰ガクガクのジジイだったら、そりゃ唖然としたりもする。
「お前が、この国の王か?」
俺がそう話しかけた瞬間、日が完全に落ちた。俺はどうせ殺すからいいかと思いながら、炎魔法を手のひらに出して、灯りをつける。よく顔を見ると、ずいぶんと痩せこけていて、どうにも王には見えない。
「ロディアル…いないのか?シュン…どうして俺たちをおいて出て行った?誰か、いないのか?助けてくれ…!」
俺の言葉にも答えず、彼はそう言った。
ロディアルの名を出した…つまり、彼が奴の手先であることはわかった。
「シュン…?」
その日暮の言葉に、なぜか、老人が反応する。しかし、怯え切っていて何も声を出さない。
「なんか、言えよ…」
太陽が、老人を睨みながらそう言った。
「…そいつをあまり刺激しない方がいい。無駄に怯えている、哀れな王だ。」
聞いたことない、重い声音が、後ろで響く。俺たちは、その声を聞いて、振り向こうとした。太陽も、日暮も同じだ。
「お前らは『俺が去るまで振り向けない』。」
後ろの声がそう言った瞬間、俺は気づいた。
今何をしようとしていた?自分にできないことをするなんて、自分らしくもない。
「その男は、お前らが日影を狙っていると言ってやった瞬間に、半狂乱になって兵士を送り込みまくった。バカな王だ。」
王。やはりこいつがそうなのか。では、後ろにいるこいつは…
「ロディアル様…!私に仇なすこいつらを倒してください!」
ロディアル、その言葉を耳にした瞬間に、俺たちは顔を見合わせた。
こいつが、そうなのか…?
残念ながら振り向けないので俺たちはその顔を見ることができないが、でも、後ろにいるのはどうやら摂理神ロディアルであるらしい。
怒りが込み上げる。振り返ることができたなら、俺は一瞬で奴に魔法を放っているだろう。
「…ざけんなよ」
日暮が、唐突に立ち上がる。
「何が『振り向けない』だ。指図すんな、わたしたちを誰だと思ってる。」
そんな物言いをする日暮を見て、太陽が何か思い出したような表情をする。俺も、この日暮の表情と物言いには、既視感があった。
日暮は昔から明らかに立ち直るのが早い。それは、そもそも傷つかない俺と太陽とは違い、明確に立ち直っているのだ。
彼女の両親は、死んでいる。そのことに対する悲しみを、彼女は何度も俺たちに伝えてきていた。
だが、俺にはそれがよくわからなかった。太陽も、どうしたらいいかわからない表情をしていたし、同じだろう。
あの頃の日暮にまともに対応できていたのは、光だけだった。孤児院のお姉さんには頼ろうとしていなかったし。
それが、日暮が8歳くらいの時のことだ。
しかし、それ以降は、俺たちの同意が得られなかった影響か、その悲しみを俺たちには言わなくなった。当時は、ひかりにでも言っていたのだろう、もしくは、孤児院のお姉さんにでも、なぐさめてもらっていたのだろう、そう楽観視していた。
そして、日暮が9歳になって半年が経った頃だろうか。
日暮の態度が、急に荒々しくなった。
「おはよう」も、「ありがとう」も、ろくに言わない。
学校の魔法実技で本気を出して相手を怪我させては、怒られてもふんぞり返って相手が悪いと威張り散らかす始末。
そうだな、一言で言い表すならば、傲慢、だろうか。自分の非を認めず、してもらえることを当たり前だと思っている。
孤児院のお姉さんからは、「これくらいが年相応ってもの。本音で過ごすようになってくれたと思えば、逆にありがたいけど」なんて言われていた。
だが、だが。
そこから一月後くらいには、元に戻っていた。
二重人格だろう、俺たちはそう結論づけた。そして、その荒々しい方の人格を、
『茜』
と名付けたのだ。
「なんだ、気づいたか、つまらん。」
日暮の方を見る。すると、彼女はロディアルをしっかりと見つめていた。
振り返ったのだ。
「私は崇高な存在だからね。あなたなんかの能力は通用しない。摂理神だかなんだか知らないけど、消えてもらう」
俺も、真似して振り向いた。振り向ける。
「…逆らうか、お前に用はないのだが…」
ロディアルが、困ったような表情でこちらを見る。
「なあ、チナラの王よ。落ち着け。」
「今は私の話を聞けよ!」
日暮が、そう言ってつっかかる。
「…日暮だったか。そう睨むのをやめろ。俺は戦う気はない。」
「私は日暮じゃない。日暮は今は寝てる。」
ロディアルを逃すわけにはいかない。その一心で、精一杯睨みつける。
視界の隅ギリギリに、チナラの王を映しながら。
「そうか、では、貴様、名をなんという?」
「私は、茜。私のストレスが全て晴れるまで、あなたには相手してもらうよ!せいぜい死なないようにね!」
茜は、そう宣言した。俺は同時に臨戦体制を取る。
視界から逃した王の、逃げる音を聞きながら。
ロディアルは心底めんどくさそうに、頭をかく。
「そうか、まあ…いいだろう。」
この瞬間に、戦いの火蓋は切られた。
俺たちの、最後の戦いだ。
第16話 終




