第12話 神様の遊び心
結界の上で、認識阻害をかけたうえで俺達は進んでいた。
あれから結構して、そうだな、15時間は経っただろうか。目的地としていた補給地が見えてきた。シュンからは、2日はかかると言われていたので、正直想定外だった。
ただ、結界の上でぼーっとしているだけなのは、運転してくれている日暮には申し訳ないが、正直暇である。高度も低空飛行だから、感覚で言えば…昔に、孤児院のお姉さんが運転している車に乗せてもらったことが何回かあった。あれに近い。信号がないのがより快適である、くらいだろうか。
「日暮、15時間近く運転してるけど、眠くならないのか?」
俺がそう言っても、返事がない。
「おっ…と?」
第12話 神様の遊び心
「おーい、日暮ー、起きてー…」
時速60キロほどで移動している結界の上で、俺は日暮に対して起きろと呼びかける。
日暮が寝ていても動き続ける仕組みは結構単純なのだ。結界を維持する点と点を、同じ速度で動かすだけ。だから、日暮の結界維持の練度ならば特に意識せずとも可能なのだろう。
「そんで、なんでお前も寝てんだ、太陽。」
そう言って俺は二人の顔にペチペチとビンタをする。
「いった!」
日暮がそう言って飛び起きる。太陽もその声を聞いて、目を覚ました。
「あ、まずい…」
日暮は、起きたその瞬間に状況を理解し、言葉を漏らした。
「なんとかして寝落ちる前に目的の都市たどり着きたいね。」
日暮はそう言ってスピードを上げようと試みる。が…
「この前最高時速60キロとか言ってなかったっけ」
太陽が眠い目をこすりながらそう言う。
「そこなんだよね…結界の強度がいくら足りていようが、結界の原理のせいで60を超えると私の感覚じゃ引きちぎれやすくなりすぎる…」
日暮の言う結界の原理とは、結界の定義からくるものだ。
一つ、結界は最低でも点が3つ存在しなければ成り立たない。平面や空間として成り立つ必要がある。
それ故に、結界を扱うときはその点を意識しなくてはならない。脆ければ脆いほど、点と点との距離を意識し続けないと、結界は裂けてしまう。
一つ、結界の根源は空間の分断であるから、その副産物としてエネルギーの分断を示す。
これを応用して作られた結界は3つ。
1、反射結界
特定のレベルを超えるエネルギーを検知した瞬間にエネルギーに対する結界密度が上昇、それにより、特定以下の力でならば、結界の中に入り込むことができる。これは、大空市で日暮が対ミサイル用に使用したものだ。
2、エネルギー結界
全エネルギーの、内外における分断を示す結界。中に入ろうとしてもそこに向かう力学的エネルギーがベクトル量からスカラー量に変換され、力学的エネルギーとして機能しなくなるから、入ることはできない。おそらく、日暮の得た時間停止魔法はこれの応用だろう。この結界は最も強固で、かつ使いやすい。が、変換されたスカラー量は、なにかに変換しないと発散できない。電気エネルギーに変換したり、熱エネルギーに変換したり…俺と太陽がミサイルに使ったのはこれである。
3、物理結界
触れるし、乗ったら垂直抗力を示す。ただ、光は通すから、要は超硬いガラスみたいなものだ。最も使いやすいのはこれだが、残念なことに最も脆いのもこれである。今俺達が乗っているのはこれ。
そういうわけで、日暮が少しでも結界を決定する点をずらしてしまうと、脆い物理結界はすぐに崩壊する。
物体として結界を存在させれば点がずれることはなくなるのだが、そうなると今度は風魔法の制御になってより難易度が上がる。
そういう理由で、日暮は時速60キロまでしかスピードを出せないのだ。
「…まあ、もう街は見えてるわけだし、あと10分もすればつくだろ。無理させてゴメンな、日暮。」
俺は日暮にそう言って、頭をさっと撫でる。
「別に、この兄弟で、もう一度家に帰るためだし。」
日暮は、ほほえみながらそう言った。
10分経ち、俺達はラーシャでは初めての街にたどり着いた。結界から降り、ゆっくりと歩く。
「やっぱり、ペインと風景はあんま変わらないな。」
俺はそう感想を述べた。
「で、どうする?一旦今日はホテルに泊まって、明日買い物にするか?」
振り向いてそう言うと、太陽は、
「それしかないんじゃないか?そもそも今、夜10時くらいだろ?そんな中で服屋が開いてるとは思えない。」
と言ってあたりを見回す。
「多分この国なら安い宿でもけっこう上等な場所になるだろ。ほら、あそこなんてどうだ?」
太陽はそんなノリで宿を即決した。
ロビーで受付を済ませ、5階にある部屋に向かう。
宿に入って見ると、まあほんとによくあるホテルだった。ペインではおそらくこの値段の三倍はしただろうから、そう考えると相当安上がりな宿だ。
「晩ご飯は…まあいらないでしょ?ふたりとも。」
部屋についたとき、日暮はそう言った。実際、俺達はお腹が減っているどうこうより、疲れのほうが強かった。
「…そうだな、飯は明日にして一旦寝よう。」
太陽はそう言って、さっとベッドに入り込んで眠った。
「俺も寝るわ。」
俺もそう言ってベッドに潜り込んだ。
そうして、今日が終わった。
眠りにつくまでの時間、過去のことについて少し振り返る。
ロディアルの目的…今俺の中で最も知りたいが、最も謎なことである。
サコルで会ったあの龍…もちろんロディアルが用意したものだというのは想像に難くないし、そう考えたら屋上でのあの結界も説明できる。しかしそう考えると、ますます理由がわからなくなってくる。
例えば人を殺したいからとかいう理由だと仮定するならば、あの龍を全世界に放てばいいだけの話だから、矛盾が生じる。
また、もし人間を観察して楽しみたいという話なら、成立はするが…神は人間に干渉することはあまりよくないと、アフは言っていたはずだ。そう考えると、やつのしていることはただリスクを無駄に払うだけの行動…有り得ない話だ。長年存在していた神がそんなことをするはずがない。
俺達がこの理由を知るのは、いつになるのだろうか…そんな事を考えて、俺は眠りについた。
「ん…外が騒がしいな」
警察の鳴らす爆音のサイレンが、五階にまで届いてうるさく鳴り響いている。
日暮は疲れからか、まだ寝ていて、太陽も布団に深く潜りすぎていて音が聞こえていないのかまだ寝ている。
俺はカーテンをさっと開ける。
「なんだ…これ…!」
そこに見えた惨状は、三体の龍が火を吹き、尾を振り、爪で裂き、様々な建物を破壊している姿だった。警察の持っている拳銃ではびくともしていない。どうやら、俺は起きるのが結構遅かったようで、ラーシャ軍などもそこに出軍していた。
…が、ロケットランチャーやら戦車やらマシンガンやら…様々な兵器をもってしてもその龍たちはびくともしていない。
「ふざけやがって!」
ここまで届く声量で、軍の一人がそう叫んだ。その瞬間、彼は龍によって上半身を食われ、下半身がぱたりと倒れる。
この前のあの龍より動きが機敏だ…俺でも倒せるか怪しい…
弱点は知っている。内部に魔法を放り込めば簡単に倒せる。
が、魔法をこんな場所で使ってしまえば、俺達のアドバンテージの寿命が縮む…!
助けないのか、と、頭の中で一瞬だけ愚問が浮かぶが、助けたところでもうサコルでさんざん殺してる。心が晴れるとかそういう感情は、生まれるわけがない。
悲鳴が立て続けに上がる。彼らも気の毒なものだ。立場がある以上そう簡単に逃げ出すことが叶わない。
「クソッ…!クソッ…!俺にはまだ家族がい…」
叫び終わる間もなく、また一人、今度は爪で裂かれて殺された。
今度は一人、逃げ出そうとする。無駄だ、追いつかれて殺された。
市街地の人間は、ようやく事の重大さを理解して、野次馬をやめて逃げ出す人も出てきた。
まあその大半は食われていっているが…
龍のうち一匹が行方をくらますも、残った二体によってまた一人、また一人と食い殺されていく。アドバンテージの関係上、俺は、ただそれを眺めることしかできない。
「そう、お前みたいな命知らずが来ない限りはな。」
俺が振り向いてそう言った先には、廊下からドアまでを破壊し、こちらへ顔をのぞかせた、さっき居なくなっていた龍だった。
龍が爪をふろうとすると同時に、俺はエネルギー結界を龍と俺達の間に張った。龍は、弾かれもせず通れもしないその感覚に驚いている。
その驚きの合間に、俺はその力を電気エネルギーに変換して、龍の爪から流す。
「グォオオオ!」
音エネルギーをすべて変換しきらずに少しだけ通した音が、それだった。変換しきらなければ、音を小さく流すことができる。相手に効いているかどうかの判断にも有効だ。
よし、効いている。俺はこの隙に、日暮と太陽を叩き起こす。
「おい!日暮!太陽!敵襲だ!」
「んん…んぇ!?」
日暮は起きた瞬間のこの情景に驚いている。太陽は、「クッソ…まだ眠いのに」とだけ言って、臨戦態勢を取った。
(ちょうどいいや、今口開いてるし!)
日暮は一瞬そう考え、時間停止魔法を使った。
「日暮ナイス!」
俺はエネルギー結界を解除し、太陽にアイコンタクトをとった。
「オーケー、トドメは任せろ」
太陽は走りながら物理結界を張り、龍の口元に向かった。そして、その口の眼の前で驚くほど一瞬で高密度の熱エネルギーを持った炎球を作り出し、龍の中に放り込んだ。その瞬間に、日暮は時間停止を解除した。
その瞬間。
「《サンライトフレア》!」
太陽はそう叫んで、炎球を爆発させた。龍は焼け落ちるとか、粉々に砕けちるどころか、ドロドロに溶けて消滅した。
「…うーん、まだ融解までしかいかないか…」
太陽がぼそっとそう呟く。
「で、残りの二体は…どうする?」
俺はそう言いながら、窓から見える二体を指さした。その場に居たはずの警官も軍隊も、ひとり残らず死亡している。
「倒しちゃっていいんじゃないか?もう放置しておく理由もないだろ」
太陽はさらっとそう言って、飛び降り、龍との戦いを始めた。
「…俺達も行くか。」
「うん。」
俺はまず飛び降りると同時に、空中で風魔法を起こして軌道を変え、猛スピードで龍の爪に向かった。幸い、龍は太陽が二体同時に相手している。やっていることは、ヘイトを引き付けて、それを物理結界で防御しているだけだが…
そういうわけで、龍の位置関係がとても近い位置にあるのだ。俺は、その間を通り抜ける瞬間に、雷を竜の爪めがけて落とした。そしてそれとほぼ同時に、風による緩衝材を作って、着地した。
「グガ、ガァ…」
龍が痛みによって叫ぶ。
「うるっさ…」
俺はその叫び声に耐えられずとっさに耳を塞いだ。
雷に打ち付けられた龍の爪は焼け折れ、そして電気ショックによって龍の口は開いた。
そうなったらもうさっきと同じだ。日暮が時間停止を撃って、太陽が魔法を撃つだけ。
「《サンライトフレア》!」
この声と同時に、また龍が溶けて消えた。
「ふう…しかし、日暮の時間停止魔法、相当強いな。」
太陽が地べたにゆっくりと腰掛けながら言った。
「確かにそうだが…お前のサンライトフレア、それもいつ開発したんだよ?」
俺は素直な疑問からそう言った。
「ペインから離れるときに使った置き爆弾と同じだよ。開発自体は大空市にいたころだ。実践してなかっただけ。」
太陽はそう答えた。なるほどな…
「ねぇ、魔法の話もいいけどさ、結局ご飯も服もどうしようもなくなっちゃったよ?」
日暮がそういった瞬間、俺は現状を思い出した。あたりに充満する血の匂いと焼け焦げた匂いを嗅いで、俺は少し吐きそうになった。
「大丈夫か!?」
太陽も、顔が真っ青だったが、俺を心配してくれた。よく見たら、日暮も。
「…殺すことには慣れてきたけど、こういった血の匂いには、まだ慣れないな…」
俺はそう言って乾いた笑いをした。
「で、結局備品についてなんだが…これはもう主のいない店から盗んでしまえばいいんじゃないか?」
太陽がそう言った。俺も正直同意だ。
「日暮も、それでいいか?」
一番この中で倫理があるのは日暮だと認識している。日暮がどう思うか…
「いいよ。そうでもしないと、私達が死んじゃう。」
日暮がそう言ったことに、俺達はかなり驚いた。
「…日暮が良いなら、それで。よし、それじゃあ崩れたところから拾っちゃおう。」
太陽はそう言ってさっさと動き出した。
食料は太陽に任せて、俺等は服を揃えることにした。服屋の建物部分はかろうじて生き残っていたので、そこ中に入って、服を見て回った。
「これとかいいんじゃない?」
とか日暮と話しているうちに、怪しい人影を感じていた。
「…なあ、日暮、気づいたか?」
「気づいてるよ、いるね。」
俺はその怪しい存在が気になって仕方がなかった。
「日暮、すまん一旦待っててくれ。」
「わかった…けど何かあったらすぐ呼んでね。」
俺はさっさとその場から離れ、人影の気配の方に向かった。
「ん、おお。三月、どうしたんだそんなに焦って。」
その怪しい人影は、そんなことを言った。よく見てみると、そいつは…
「アフ?どうしてこんなところに…」
「俺が俺自身のどこにいようと勝手だろう?それに、あの惨状。見たろ、龍、お前らも。てか倒したろ。」
アフはいつになく真剣な顔でそう言った。
「ああ、それがどうかしたか?」
「どうかしたかもなにも、俺の上に存在する命たちが脅かされてるんだよ。ロディアルの遊び心のせいで。そんな中で、いてもたってもいられなくなって…」
なるほどな…
「まあ、そういうわけだから。ありがとな。」
アフはほほえみながらそう言った。
「ところで太陽は?いないみたいだけど」
「あいつは食料探しに行ってる。こっから暫くチナラに向かうからさ。」
と、俺が言うとアフはキョトンとして、
「…?現人神になったんだから、お前らにはもう食事の必要はないぞ?」
と言った。
「え?そうだったのか?」
「うん。食べたけりゃ別に食べていいけど、食欲わかなくなってるはずだ。」
言われてみれば、確かに、いまお腹は減っていない…
「あとは…ああそうだ、暮影、手に入れただろ?」
「ああ、日暮が手に入れた。時間停止魔法は特に重宝してる。」
「おお、それは良かった。でも、あれには空間魔法もあるから、探してみるといい。」
アフはそれだけ言って、忙しいからと、帰っていった…
「…空間魔法ね…」
俺達は別に何ら苦戦しない龍でも、今の魔法が使えない人たちにとっては会ったら即死レベルなのだと知ったことで、俺は魔法というアドバンテージがどれほど大きなものなのかを知った。これから先に向かうにつれて、敵は強くなっていく。そのことに、俺はささいな恐怖と、すこしの喜びを感じていた…
第12話 終




