第十話 暮影
「この石、暮影、だよな…」
まあありえない話ではない。アフが狙ってここに飛ばしたと考えれば、いっそ自然ですらある。
「なあ、ロディアルとやらと戦うとして、この先神影を集めて行くべきだと思うか?」
太陽がふとそんなことを言った。
「…まあ集めるべきではあるんじゃないか?今のところ目に見えた変化は特にないし、こんな状況なのに神と敵対して勝てるわけがない」
俺はそう言って暮影を拾い上げ、持っていた他2つの暮影とあわせて3つであることを確認した。
「神影っていくつのパーツに分かれたんだっけ?」
「どうだったかな…聞いたことあるよう…な…」
そう太陽が言った途端、暮影が少しずつ震えだした…
第十話 暮影
「え?なにこれ、神影が震えだした…?」
日暮がおそるおそる覗き込む。そして、日暮がそっと手を伸ばそうとした瞬間に、暮影の振動はより一層強くなっていく。震えの増す暮影に、光が灯るのが見えた頃、なんだか日暮にもほわっと光が見えたような気がした。そんな日暮は、なんだかぼーっとしているように見える。
「…日暮?」
返答がない。…神影は得体の知れないものだ、もし日暮になにかあったら…そんな言葉がふっと脳裏によぎり、気づけば俺は日暮の方に手を伸ばしていた。
「なあ太陽。日暮、大丈夫だと思うか?」
俺は太陽にそう問う。
「…なんとも言えないが、ただ、有害ではないだろう。何かあったら、日暮が無理やり突き破ってくれる。日暮はそういうやつだ。」
日暮のことを信用しきっている太陽は、そんなことを言った。俺は太陽の言葉に頷いたあと、もう一度日暮の方を向いた。…より一層、輝きが強まっていっているように見える。
そんな彼女を眺めていると、地面の砂をこすりながら歩く、足音が聞こえてきた。
「なんという美しさだ…」
後ろからは、そう聞こえた。俺達はすぐさま振り返り、
「誰だ!」
と叫んだ。そこには腰を曲げた老人が不思議そうな顔で立っていた。
「…?ずいぶんと警戒されてるようだね。」
と老人は言う。
「警戒もするだろ、こんなよくわからない場所なんだから…」
俺がそう言うと、彼は疑問の表情を浮かべた。
「…ここらへんは結構住宅街の近くなんだが…まあいいか。」
住宅街の近く!ありがたい情報だ…
「なるほど、そうだったのか…いや、それはそれとして、お前の目的は何だ?」
太陽が睨みつけながら言った。
「目的も何も、ちょうどここらを歩いていたら、君たちが目に入ってね。人が光るなんて、普通はありえない。神か何かかと、見させてもらってたんだ。」
神か何か、か…まあ、鋭いといえば鋭いな。別に、神になったという自覚はないから、どうと思うこともないけど…
「で…なんでこの子は光ってるんだい?」
老人は、そう問う。俺は少し申し訳無さを感じて数秒止まる。…暮影に限らず神影の存在というのは本来隠されているものだ。それなのに、こんなところでこんな謎の老人に話してしまってはどうなるかわからない。
だが…
「教えるのも良いですが…」
俺はそう言って老人の方を向いた。
「ああ、交換条件が欲しいのか?いいだろう、払ってやる。何がいいんだ?」
「話が早い!では、本題です。私たちは今の所国を転々としてるので、今日の寝床も怪しいんですよ。路銀はあるにしろこの先何年旅するかもわからない。だから、率直に言えば泊めてくださいってことです。」
俺は先ほどよりかはいくらか真面目な表情だった。この状態の日暮を安置する場所が必要だから…
「ん、君達は国を転々としているのか?どういう経路を今まで辿ってきた?その返答によっては、その要望には沿えない。」
老人が顎に手を当てて軽く聞くようなノリで聞いてきたことではあったが、目はあきらかに私怨が入っていそうな…そんな感覚があった。どこの国かはわからないが、ここで嘘をつくのはリスクが高い。
「ペイン、サコル、ラーシャの順に国を移動しました。」
俺はただそれだけを言った。老人の顔が柔らかいものにかわったのが見えた。
「なるほど…それならいいんだ。よし、泊めて欲しいという願いは解決させた。話してもらおうか。」
老人なのに衰えていないように見える知的好奇心が、その顔を輝かせている。
「僕たちは神影という兵器について調べ、それらを集めています。…で、そのうちの暮影が3つ集まり、そして今…ああなってるというわけです。」
「なるほど…暮影、か。似た名前の日影なら聞いたことがあるが…」
…日影、か。ならば月、暮ときて日ということか?確かにありうる話だ、名前的にも。
「日影…ですか。」
「そうだ、日影。私の故郷にあったが…それも5年も前の話だ。それに、あったと言っても一つ。もしそれのように三つ集めなければ反応を示さないのなら、他二つの情報はまたどこかから仕入れなくてはならない」
「でも、一つはあるんでしょう?それがどこにあるか、教えてくれませんか?」
老人は途端に顔を暗くして、俯いた。その時、途端に暮影の輝きが強くなるのを感じた。
「…あー、一旦あとでにしましょう。」
俺はそう言って後ろを振り向き、日暮の方を見た。
「神影についての説明を、アフがほぼしてないってのも今更ながら引っかかるよな…」
ここで、日暮の光からなぜかひび割れたような音が鳴った。
「…!?何の音だ!?」
太陽が特に驚き、じっくりと日暮を見つめる。
「目が潰れそうだ!」
あまりの眩しさに、太陽がそんな言葉を漏らす。
視線の先には、何もないはずの場所にあったひび割れた痕、そこから差し込む莫大な光だった。
こんな演出…自然界ではまずありえないから、多分アフがつけたんだろうが…
「いうて20分とかの時間ではあるが…なんて無駄な時間を過ごしてるんだろう、魔力を物理的なものに変換するのなんて1秒もかからないだろうに。」
俺はそう言って愚痴をこぼす。すると、老人は驚いて、
「魔力…君たちも知っているのか!?」
なんてことを言った。
「え、逆にあなたも知ってるんですか!?」
俺はそう言って反応を示した。
「ああ、いや…あまり話したくない話というのも、人には存在する。理解してくれ。」
直球に、彼はそう言って、この場を少し離れた場所に座った。
この間にも、ひび割れはもっともっと大きくなっていき、ついには全体にヒビが入った。
「そろそろ、出てこれるんじゃないか…?」
太陽が希望を述べる中、今度は脈動がなる。
「趣味で作ったものって言ってたもんな、このぐらいの演出はするか…」
人智を超えた存在が作ったものでありながら、あんなフランクな神が作ったと頭の片隅にあるだけで、いまさらながら不安がなくなってきたように思う。
「20年前に神影を実際に扱っている人がいる以上、扱う人側にはデメリットはないはず…じゃなきゃアフから説明が入るはずだし。」
そう自分に言い聞かせるように、太陽は言う。
一方、老人はただそれを眺めているだけだった。
そこから2分程度たったころ、輝く破片がポロポロと落ち始めた。
「…やっとか、長かったな」
俺はそう言って、そっと光から離れた。
「ある神影の繰り手は、何の言葉も残さずに消えた。ただ一つ、この世界への愛だけを捨て置いて。」
光の中から、ふとそんな言葉が聞こえてきた。一切知らない、でも、妙に聞き覚えのある…
「ある神影の繰り手は、何の記録も残さずに消えた。ただ一つ、神影という価値を残して。」
段々声が日暮の声に重なる。
「神影を繰るならば、同じ道筋をたどる覚悟が必要だ。…それはたとえ、ただ一部分であっても…」
瞬間、抑えられていた光が弾けるように辺りを照らした。
「うあっ!」
目が潰れるほどの光に対して咄嗟に目を瞑る。
目が開けれるようになったころには、そこには杖…おそらくは暮影を持った日暮がいた。
「お待たせ。」
日暮の持つ青い柄の先には、太陽のような輝きを持った球と、それに接するように回る三日月のようなものがついていて、いかにも、「この世のものではない」という感想が似合う、そんなものだった。
「お待たせ、ってことは…この時間、意識はあったのか?」
俺はそう日暮に聞く。
「うん、意識あったよ。この…暮影についての情報が頭の中に入り込んでくる感じで、すごい気持ち悪かったけど…あ、そうだ。見てよ!」
日暮はそう言って、暮影を持ち上げて、そこら辺の石を魔法で飛ばした。もちろん、飛んだあとは重力によって下に落ちていく。
「それで、ここでこう!」
日暮がそう叫びながら、杖を振ると同時に、その石は停止した。
「ほら、すごくない?時間停止魔法!」
日暮はにっこりこちらを見ながら言った。
「すげえな…速度を遅くするとか、そういうのは佐野先生がやってたけど、時間停止は初めて見るんじゃないか?なあ、太陽。」
「ああ、そうだな…。暮影を入手することのメリットがこんな形であったなんて。」
俺も太陽も反応はそれなりに薄かったが、それは呆気にとられていたからである。後ろに居た老人なんかは、
「魔、魔法…。なんなんだ、常識が覆る…。」
なんて、そうとう疲弊したかのような発言をしていた。太陽が、そんな彼を見かねて介抱に入る。
「しかし、さっきの声…神影を操るならどうとか言ってたけど、アレは何だったんだ?…日暮、分かるか?」
俺はそう言って日暮に聞いてみる。日暮は途端に顔を暗くして、口を開く。
「神影の元の繰り手…その情報が流れてきたの。と言っても、あまりにも一瞬すぎてどうにもよくわかりはしなかったけど、でも…彼は、歴史の渦のどこかに呑まれる覚悟を決めたことを話していた。」
日暮は、その後表情を戻して、杖を見つめながら、
「この力は、すべての常識を捻じ曲げる力なんだよ。だから、私はこの杖を…暮影を、きっと、丁重に扱わなくちゃいけない。」
と笑った。俺もその暮影を見て、
「もし、俺が暮影を持ったらどうなるんだ?ちょっと、持たせてみてくれないか?」
と、提案してみた。
「ああ、確かに気になるね。はい、これ。」
そう言って日暮は快く、暮影を俺に手渡してくれた。そして、俺はそれを手に取ろうとする。が、日暮の手を離れたその瞬間に、腕へのありえないほどの重量がかかったのがわかった。咄嗟に俺は手を離し、暮影は地面に落ちた。
「ちょっ…三月、何してんの!?」
日暮がそんなふうに声を荒げる。俺は慌てて、
「お前から暮影を受け取った瞬間、とんでもない重さを感じて…早く手を離さないと腕が取れると思ったから、すぐに離したんだ。」
と、弁明をした。
「ふうん…確かに、神影には適性があるっての、何回か話題に出てたもんね。そっか、そもそも持てないって形で適正の左右が出るんだ…」
日暮は納得した顔をしながら、暮影を拾い上げた。そして、
「さて、とりあえずしばらくは使わないだろうし、私は暮影、一旦しまっとくね」
と言って暮影を無数の光の粒に変えた。
「ちょ、なんだそれ!」
俺が驚いてると、
「暮影の扱い方として流れ込んできたやり方。物を光の粒に変えたあと、それを自分自身に吸収させるの。」
と、日暮は言って、光の粒をそっと全身から取り込み始めた。
「こうやったら、暮影はいつでも出せるし、便利だからね。」
「なるほどな、他の荷物とかにも応用できそうだし、今度なんかで試してみるとするか…」
魂理論から察しは着いてるが、変質型の魔法なんてのも、ほぼ存在しないから、おそらくは無理だろう。が…随分とロマンがあるなあと、そう思った。
少し気になって、太陽の方を見てみると、のんびりと老人と話している姿が見えた。
「よし、そろそろ、彼の提供してくれる家にでも行くとするか…」
俺はそう言って、日暮の手を引く。
まさかこの判断が、避けるべきこととも思わずに…
第十話 終




