第一話 幻想の序曲
まあ、とある昔の話だ。魔法というものが急に消え去った、大戦争があったらしい。
その舞台は俺らの故郷のペイン国の大空市…なぜかここだけ魔法は残っている。
それだけだ、そう、それだけ。
第一話 幻想の序曲
舞い上がる粉塵と、それでも曇りすらしない空。
戻ってきてみると、逆に静かで驚いた。
周りのみんなは眼の前の光景があまりに現実味を帯びていないからか、気が動転しきって何もできず立ち尽くしていた。悲鳴を上げるまでもなく、何か行動を起こすわけでもなく。
どうしてこうなった?と後悔することもなく、俺は次に何をすべきかを考えていた。
そのために、昨日から何があったかをすべて思い返していった。
仲良く4人、孤児院暮らし。
常夜三月と、常夕日暮と、常昼太陽と、夜野光。
孤児院の主は病に倒れ海外へ。
日暮とひかりは齢11、三月と太陽は齢12にして、大人の手を離れ暮らしていた。
なんかそんなことを言ってみたら、今の置かれている自分たちの状況ってはたから見たら相当やばいのでは?とか、軽く思ってみたりする。
まあ実際はお金も置いてってくれてるし、みんな普通に家事もできれば仲も良ければ…正直本当に問題はない。
そんな生活を送っていたのだ。本来は。
「ほらそこ、…まあ三月君なら技術は問題はないかもだけど、魔法は撃たなきゃならないよ」
彼女は佐野明先生。孤児院暮らしを何かと気にかけてくれる人だ。俺の組の担任で、他の先生にはよく美人と言われてるのを見かける。
その時は魔法の実技授業中で、5年生と合同で魔法を撃つ練習をしていた。
「三月また怒られてんのかよ、できるからって慢心しない方がいいぞ」
優しさで、太陽はそう言ってきた。
「慢心って…別に戦うわけでもあるまいし」
「まあそうだけど、結局これって魔力暴走を防ぐためにやってるんだからさ、ちゃんとやんないとダメだぞ」
太陽はそう言いながら炎魔法を何度も撃っている。
「でもひかりちゃんは魔力暴走しないじゃんか」
と、クラスの面倒な女子が言い出した。当の光は、気にかけていないようなそぶりを見せている。
簡単に説明すると光は魔法が撃てない。魔法に最も必要な精神制御ができていないからだと、俺たちは結論づけている。要は、魔法に関しての何らかのトラウマがあるとかなんだろう。本人の口から聞いたことはないが。
そして魔法を撃ったことがない人間は魔力が身体から生産されない。ただ、生まれ持った魔力から一度でも魔法を捻り出せば、魔力が身体から作られるようになる。そのせいで自分の上限以上に魔力を溜め込んでしまうと、魔力が暴発し、甚大な被害を及ぼす。それが魔力暴走だ。
ひかりはまだ魔法を撃ったことがない。だから、魔力暴走は起きないという話だ。当然、聞いてきた女子もそのことは分かっている。どうしたものかと佐野先生も困惑しているし、太陽に至っては炎魔法を撃つ方向が心なしか女子側に傾いている気がする。
そして俺は、ため息を付きながら、うるさかった女子の髪をかするように、氷の刃を放った。
少しだけ、女子の髪が落ちた。
「ちょっと、何すんのよ!?」
その女子は怒りを露わにし、こっちに向かって怒鳴ってきた。
「ちょうどいい練習台だなと思っただけだ。ずいぶんと暇そうにしてたからな」
俺はそう言って、今度は1つだけでなくいくつも、氷を放った。もちろん、女子には当てない。
「三月にぃ、その辺にしときな〜?」
ひかりがこっちに目線すら向けずにそう言ってきた。
いじめた相手側から同情されて腹が立ったのか、今度は女子がひかりに向けて、当たる軌道で炎を放った。
「6年生の方々〜、少々騒がしいですよ」
一緒に授業をしていた5年生側からそう聞こえてきたあと、ひかりの前に結界が張られた。それによって炎は打ち負け、ひかり側には何も起こらずに済んだ。
「三月さあ、何回も言うけど喧嘩なら授業中じゃなくて中休みか昼休みかとかにやってよ。明ちゃん困ってんじゃん、何回目?」
日暮がそう言いながら近づいてきた。
「懲りないあいつが悪いだろ」
「いやまあそうだけどさぁ…」
と、日暮がゆっくりと件の女子の方を向く。すると、佐野先生が真面目な顔をして、女子を叱っていた。
「あちゃー、明ちゃん起こると怖いからな〜。あれは絞られるよ」
日暮は野次馬の表情でそう言った。
「明ねぇは優しいからね。私も特に気にしていないのに。」
ひかりはそう言いながらこっちへやってきた。
「まあそうだな、将来に何ら影響はないし…まあ使えたほうがいいものはあるけど」
魔法はイメージと制御と、あと魔力次第で…まあ変身とかは例外だが、基本なんでもできる。抗うこともできる。だからできるだけ使えたほうが、将来楽になることも多い。身体強化が特に大きいだろうか。瞬間移動は座標管理が難しすぎてどうにもならないが、走るのが早くなるだけで効率はかなり上がる。本当にできるやつは一定時間なら空だって飛べる。
「でもそれでも外の奴らと同じだろ?だから別に問題ない。」
太陽もこっちに来てそういった。
「なんで撃てないのか私自身もわかってないしね。仕方ない仕方ない。」
ひかりは楽観的にそう言って笑った。
「こら、晴れ空組。なんで集まってんの。」
佐野先生がこっちに来てそう言った。晴れ空孤児院だから晴れ空組…安直である。
「あ、明ちゃんごめん」
日暮はそう言ってさっさと五年側へと戻っていった。
「もうこんな時間か…授業はそろそろ終わりだね」
佐野先生はそう言って、グラウンドのみんなに声をかけ、そうしてこの授業は終わった。
この学校のその他の授業は、外だと中学や高校でやるような数学、理科、そして魔法論理、歴史、あとは国語。言語はすべてペイン語といううちの国の言語が便利すぎてそれに統一されてるのでしっかりと勉強しなければならない。
とまあそんな授業も全て過ぎて、放課後となった。
「よし、三月、帰ろうぜ」
太陽はそう言って物をカバンにしまっている。俺は頷いて教室を見渡す。ひかりの姿がない。
「あれ?ひかりは?」
「佐野先生と話してる。」
また魔法のことか?佐野先生もこだわるなあ…
「明日はあいつ誕生日なのにな。災難なことだ」
俺がそう言うと太陽が思い出したような表情で
「そういやそうじゃん!誕生日プレゼントとかなんも用意してないんだけど!」
と立ち上がった。
「俺はもう思いついてるぞ。ひかりは先帰っててとかなんとか言ってたか?」
「あー、言ってた。どうする?先帰るか?」
「そうしよう、どうせならサプライズとかがいいしな」
俺たちは5年生の階に一度下がり、そして日暮を探す。
「あれ、三月に太陽。ひかりちゃんはどうしたの?」
教室にいた日暮が、不思議そうな顔をしてこちらを見てくる。
「佐野先生に呼ばれて今は話してると思う。先帰ってて、だってよ」
俺がそう言うと、日暮が手を叩いて、
「あ、じゃああれじゃん。明日の誕生日パーティーの準備ができる。」
と笑った。
「そうなんだよな。日暮、誕生日プレゼントとか決めてるか?」
太陽がすこし気まずそうな顔をして仲間探しを始めた。
「えっとね、いやー、でもいっつも服とかあげてるからな〜、今年もそうしようかな」
太陽は余計に気まずそうな表情になった。
「あー、太陽は案ないとしても、三月はあるんでしょ?」
「ある。ほら、俺たちの髪飾りあるだろ?」
ここにいる三人はそれぞれ、太陽を模した髪飾りを太陽が、沈む夕日を模した髪飾りを日暮が、そして三日月を模した髪飾りを俺が持っている。しかも、俺たちの髪の色は太陽は空色、日暮は夕焼けの色、そして俺は黒色…まあ時間帯にも対応してよく似合う髪飾りを持っている。
「あるね。」
日暮が軽く頷く。
「んで、その髪飾りってひかりからもらっただろ?何年前かは忘れたけどさ。」
「ああ、なるほどね。でもさ、ひかりちゃんの髪の色って緑じゃん。似合う髪飾りなんてあるかな?」
日暮が少し考え込む。
「いや、それについてはもう決まってるんだ。星の髪飾りを渡そうと思ってる。」
俺は壁にもたれかかってそう言った。
「夜野”光”だからか?その様子だと、結構考え込んだみたいじゃん。疲れてんじゃんか」
太陽は軽く感心しながら言った。
「そりゃ考えるだろ。俺等の名前をつけたのも…まあ日暮は元々そうだったけどさ。でも似通った名前をつけたのはひかりだからな。俺たちが打ち解けたのも、そして俺等の中で一番遠慮してるのも…あいつだ。」
俺たちはひかりに感謝してる。それはみんなの共通の認識のはずだ。
「そうだな。じゃあ明日は盛大に盛り上げよう。」
太陽はそう言って、教室から出た。
「ほら、買いに行くんじゃないのか?」
教室の外から、太陽が手招きした。それについていくように、俺たちも教室をあとにした。
買い物の時は特に何事もなかったので省略する。
そして、あとは光が帰ってきたときに何があったか聞いたくらいだったか…?
まあただ、ひかりは何かを悲しむでもなく、怒るでもなく、ただ一言、
「なにもないよ、ただ…ただ昔の話をしていただけ。」
と答えて、と言って笑っただけだった。
そして今日だ。いつもと同じように登校し、日暮と別れ、教室に行き…いつもと違うのは、ひかりに渡すための髪飾りを袋に包んでポケットに入れておいていたくらい。
そうだ、魔法症とかの授業をしたな。
確か、魔法症は先天性で、よい症状のものが多い。オッドアイとか、魔眼とか。…そういや俺の右目って髪で隠してるからどうなってるかわからないって太陽に言われたな…今更なんだけどな。
んで、魔法病が後天性で、悪い症状のものが多いと。ただし短期なものが多く、簡単には使えないし抗うこともできる。まあ洗脳とか催眠とかがあたるものだな。
そんな勉強をしていた時。これが一時間前だった。
急に警報が鳴り響き、そして先生が急に走って窓を開けて外を見た。
次の言葉が、衝撃的なものだった。
「…!ミサイル…」
教室がざわつくのすら気にも留めずに、佐野先生は一瞬だけ考え込んで、一つ魔法を撃って、俺と太陽の方を見た。
「…太陽、三月。あなた達結界でミサイルを撃ち落としに行ける?」
焦った声をなんとか留めて、むりやり声を出したように見えた。
「いけますけど、先生はどうするんですか?」
太陽はそう言って立ち上がり窓の方に行った。
「あれは推定150…それくらいの量がある。あなた達を信用していないわけではないけれど、日暮に頼んで避難場所を作ってさっさと指示をしないといけない。」
「避難指示優先ってことですね、分かりました。」
太陽はまた頷いた。俺たちは至って冷静だった。なんでかって言うと、ミスったところで結界魔法があれば死にはしないし、非日常感が楽しくすらあったのだと思う。戦ったことなんてないし、事の重大さが、わかっていなかったのだ。
「ミサイルは地上に届く前の空中の何処かで爆発します。距離が遠いから遅くすることしかできなかったけれど、それでも10分は稼ぎました。…結界でミサイルを囲って処理してください。」
佐野先生はそう言った。それを聞いた瞬間太陽は飛んでいった。まあ、妥当な人員配分だろう。
より強固で安定した結界を作れるのは日暮だ。だが、それはもし爆発してしまって、大空市が火の海に包まれた場合のために優先した方がいい。
時間はのこり9分ってとこか。
「いける?三月。」
佐野先生だけでなく光も心配した目でこちらを見てきた。
「余裕だ。」
俺はそう言って空へと飛んだ。
「おお、三月、遅かったじゃねぇか」
上空にて、太陽がそう言ってきた。
風なんて感じてる暇はない、ただ空を飛ぶために精神を制御して、魔法の準備をしていた。
「もう4つは落としたぞ、お前も早くしな」
爆発音が結界を貫通して細く響く。
俺は結界を広めに張り、一気に収縮させた。俺の結界は安定しないが、短時間なら簡単に操作できる。収縮させて、中で潰すなんて造作もないことだ。そして、そのエネルギーを霧散させるために、絶対零度を作り出して原子などが動こうとするエネルギーを奪う。イメージは、すべての粒子の動きが止まるように、だ。本当に一箇所だけなら止めることはできる。
「よし、オーケー。これをあと7回ってとこか…」
「三月、やるじゃん。俺も負けてられねえな」
太陽の方の手口は、絶対零度ではなく電気エネルギーに変質させるというやり方らしい。めっちゃバリバリいってる。
しかし、ミサイルをよく見てみると、書いてある国名が「ペイン」と「サコル」なのがとても気になるところだが…
ペインはどうして自国を攻撃している?そして…どうして北西にあるサコルと北東に伸びた島国のペインが同じ方向からミサイルを飛ばしている?そもそもこの国はミサイルなんか持ってないはずなのに…
考えても仕方ない。俺は迷いを振り切っていくつものミサイルを落としていった。
そして五分が経った。
あと3分くらいか…そしてあれが最後のミサイルだった。
俺は撃ち落とすのを何度も繰り返しながら、佐野先生のやり方について考えていた。俺たちは時間という概念に逆らうイメージができない。時が止まる感覚というものはない。ただ、ジャネーの法則とでも言ったか、人間の感じる時間というものは若ければ若いほど遅いらしい。…思い出すという感覚から魔法を撃ち昔の感覚を引き出して、それを適用させたという話か…ただ、これの注意点といえば…あ!
「まずい!」
俺はとっさに太陽と俺に結界を張った。突如、辺りに輝きが満ちる。なんとか結界でミサイルを覆えないか試したときにはもう遅かった。焦って張った結界は、破け、多少は衝撃は弱まっていたとしても、街の大部分は火の海となってしまった。…俺らの暮らしてきた街は、明く燃え染まった…。
空を飛ぶのをやめ、日暮の張ったであろう結界に向かう。
舞い上がる粉塵と、それでも曇りすらしない空。
戻ってきてみると、逆に静かで驚いた。
周りのみんなは眼の前の光景があまりに現実味を帯びていないからか、気が動転しきって何もできず立ち尽くしていた。悲鳴を上げるまでもなく、何か行動を起こすわけでもなく。
どうしてこうなった?と後悔することもなく、俺は次に何をすべきかを考えていた。
本当ならまっさきに悲しみなどが生まれていたのだろうか。
ひかりは、結界に上半身のみ入っていて、下半身は…焼けただれていた。
悲しんでももう意味はない。
日暮と、太陽の方に目をやる。ふたりとも動けず立ち尽くしている。
「佐野先生…」
そう言いながら振り返る。彼女もまた、立ち尽くしていた。
彼女が撃った時間遅延魔法は、きっと自身のかなり昔の記憶を取ってきたのだろう。昔の感覚から見る世界に今の時間感覚を適用することによって、ミサイルが爆発するまでの時間を捻じ曲げ遅延させた…ということなのだろうか。だが、そもそも彼女がひっぱりだせるのはせいぜい俺等より年を取ったあとの時間感覚だった。そうなると俺等との時間の感覚は違う。俺等のほうが長く認識する。彼女にとっての五分と、俺等にとっての五分が違ったから、ミサイルは爆発してしまった。それだけの話なんだろう。
学校の総人数は100人くらいだったか…そう考えると全員避難はできていたのか…
どうして、光だけが…
そう叫ぶ俺の心は、ポケットから無意識に取り出していた髪飾りを、握りつぶしていた…
第一話 終