なびげーしょん(1)
「マッ、プ……?」
「地図のことだろう」
ボクの横から、パープルさんが覗き込んでいました。
「ど、どど、どういうことですか?」
「君の質問には28通りの回答が与えられる」
「多すぎません?」
「しかし断言できることもある。見たまえ、このピンクの印を」
パープルさんが指差す『マップ』中央の右斜め上。
色んな図形や記号が描かれている中、派手なピンク色のウサギ印がチカチカと移動していました。
「――これ、ピンクさん?」
「おそらく私たちはこれだろう」
本当だ。『マップ』の中央、よく見るとブルーとパープルのウサギ印が重なっている。
「つまり、これがボクたちの現在位置?」
「そしてピンクが向かう先にあるのが、『略奪者の森』というわけだ」
「なるほど……りゃくだつ……?」
自分がどうしてヒトの言葉を話せたり、ヒトの文字を読めたりできるのかはさておき。
その言葉の響きには、とてつもなく不吉な感じがしました。
「どれどれ……『略奪者の森』……かつて魔獣族の縄張りを、人間族が占拠した森。その後、付近を通りかかる人間や魔獣を襲う野盗や山賊が住み着き、今に至る……と、書いてあるな」
「へぇぇ~説明まで付いてるなんて親切ですねぇ……って、言ってる場合ですか! 何ですか、これ!」
野盗とか、山賊とか――よく分かりませんが、ヤバイ場所には違いありません。
「落ち着け。すでにピンクは森の中だが、位置は把握できている」
「そ、そうでした……ではさっそく追いかけ……」
「まぁまぁ。これもいい機会だ。このマップとやらが何なのか、移動がてら調べてみよう」
「え、でも……」
「実は私も『マップ』を持っている」
「え?」
「試しに色々と念じたり、言葉にしたら出てきた。ほら、これだ」
パープルさんの左目のあたり。
よく見ると、半透明の板がメガネのレンズみたいに目の前で浮かんでいる。
顔を寄せて見ると、ボクの『マップ』と良く似た景色が描かれていたけれど……。
「……色々と小さくありません?」
見た目のサイズはもちろん、ボクの地図に比べて範囲がせまく、描写もシンプルな感じがする。
「あぁ。方角と現在位置が分かる程度で、精度と情報量は君のマップの足元にも及ばない。おそらくだが、完全な『マップ』を持っているのは、私たちの中で君だけだろう」
「ど、どうして、そんな……?」
「試したからな。君、私……となると、ピンクも何か特別な『能力』のようなものを持っているはずだ」
特別な、『能力』……?
この『マップ』が?
でも、他に説明がつかないのも事実だ。ボクの言葉一つで、出たり消えたりするこの半透明の板が、現実に存在するものとは思えない。パープルさんが同じ事をしても、ボクの持つ『マップ』ほど大きくて正確なものは作れない。
つまり、これがボクの『能力』……?
そして、ピンクさんやパープルさんにも、何か別の特別な……。
…………試した?
「……パープルさん、今さっき『試した』と……」
ボクの『マップ』をボクだけの『能力』だと言い切ったパープルさん。
裏を返せば、すでに自分だけの『能力』に確信をもっているということでは……。
「今は私よりピンクに注目するべきだろう。『マップ』に動きがあるぞ」
「……ピンクさんの周りに、記号が出ていますね……何でしょう、この赤い印……」
ピンクさんの行き先に、赤い印が五つほど、『∧』の形で並んでいます。
……なぜか、ご飯に釣られてケージの中に閉じこめられた時の光景が思い浮かびました。
「お、名前が出てきた。山賊、山賊、山賊、山賊、山賊……よし、思ったとおり」
「言ってる場合ですか! 早く助けに行かないと……」
「まぁ待て。君独りが出て行ったところで、何が出来る?」
「ボク独りって……パープルさん、見捨てるつもりですか?」
「正面から突撃はしない、という意味だ。実際、飛び出してどうする?」
「そ、それは……」
ボクは研究所で生まれ育った、ごくごく平凡な、ただのウサギでした。
ケンカなんてしたことないし、する必要もなかった毎日。
そんなボクが、見知らぬ場所、見知らぬ人を前に、どう立ち向かえばいいのか?
返す言葉が見つからない以前に、考えたことすらありませんでした……。
ボクに出来ることなんて、何も無いのでは……。
「安心しろ。ピンクは必ず助け出す」
「……パープルさん……(喜)」
「アレにも何か使い道があるはずだ。みすみす渡すつもりはない」
「……パープルさん……(悲)」
「さておき、君のマップに『山賊』が表示されたことで、私のミニマップにも赤い印が出現した。この機能があれば、ピンクも危険を察知できるかもしれない」
「本当ですか? あ、でも、どうやってピンクさんにお伝えしたら……って、何これ?」
ピンクのウサギ印の隣に、新しく『チャット』という文字が出ています……。