ぱーてぃ(2)
どぉぉぉ――ん
轟音。
続く、悲鳴。
「ほぇ?」
「じ、地震……?」
「…………」
揺れの中、ピンクさんは一瞬だけスプーンを止めて、また食事を再開しました。
一方、パープルさんはミニマップを開き、何かを確かめている様子。
……ひとり、椅子を頭の上に抱えていたボクは、そっと下ろして席につきました。
見たところ、パラパラと洞くつの天井から砂埃が散っているだけで、揺れ自体は大したものではなかったようです。
では、何が起きたのか。そして一体、パープルさんはなぜ微笑んでいるのか。
ボクも、『マップ』を開きました。
すると洞くつの入り口付近に、赤い印が四つ。そのうちの一つは、どくろマークが重なっていました。
「さ、山賊――?」
「私もそう思ったが、どうやら別のお客がワナにかかったらしいな」
「ワナ?」
洞くつの入り口付近を埋め尽くしている、見慣れない記号の山。
もしかして、これ全部パープルさんが?
「重要なのは、彼らが何者かということだ。ブルー、『冒険者』とは何だ?」
「えっと……」
赤い印の上に表示されている、『冒険者』という未知の単語。
少なくとも、山賊ほど恐ろしい響きは感じられません。調べれば、話し合いで解決する方法が見つかるかもしれない。
そう思い直し、ボクは画面に問いかけました。
『冒険者……主に人間族で構成された自由組合、冒険者ギルドに所属する者たちの総称。主に治安維持のため、魔獣や山賊などの討伐をなりわいとしている』
音声とともに表示された説明文を見る限り、悪い人たちではないようです。
「この人たち……もしかして、山賊たちを退治しに来たのではないでしょうか?」
「可能性は高いな」
「じゃあ、助けに行かないと」
席を立とうとするボクに、「まぁ待て」とパープルさんが制止します。
「え、でも、このままだとボクたちのせいで、この人たちが……」
「確かに彼らは山賊たちと敵対しているらしい。だからといって、私たちの味方とは限らない。文面によれば、彼らは魔獣退治も行うそうだな?」
「え、えぇ……」
「ブルー。私たちウサギはヒトか? ケモノか?」
「…………」
答えに詰まっている間に、またもや不吉な音と悲鳴がこだましました。
画面を見ればまたひとり、犠牲者が出たようです。
「……チッ……二つも残ったか……」
ろこつに顔をしかめて舌打ちするパープルさん。
その腰にはすでにキノコ銃が差し込まれていました。
……どうやら、彼女の選択肢には初めから『話し合い』という項目が無かったようです。
「おのれ、山賊どもぉ!」
「――待って。何かいる」
「……ふんふふ~ん~らぶり~らぶり~ピンクちゃんは~ぷりんせすぅ~」
洞くつの中心部に姿を見せたふたりの人間が、ひとりテーブルで鼻歌を口ずさみながら、のろのろ食事をしているピンクさんに気付きました。
じりじりと、あたりを警戒しながらピンクさんに近づく人間たち。
ひとりは背の高い男のヒト。山賊の持っていたものより、大きくて長いナイフを抜いています。ピカピカの白い金属の服が、歩くたびにガチャガチャ鳴っています。
もうひとりは女のヒト。こちらは対照的に、やたら大きな帽子から裾の長い服まで、全部暗い色。足が悪いわけでもないのに、なぜか杖をついています。
どちらも研究所では見た人間よりも、『あにめ』で登場する人間に近い格好。
気付けば、マップには『戦士』と『魔道士』と追記されていました。
ということは、やはり『あにめ』に登場する人間のように、何か不思議な力を持っているのでしょうか……?
『……どうした?』
タルの中に隠れているボクに、パープルさんから『チャット』が入りました。
『いえ……マップにはもうひとり居るはずなのですが……』
彼らから少し離れた位置に、『狩人』と表示された赤いマーク。
単にここからよく見えないだけかもしれませんが、とにかくもう一人いるようです。
『……情報提供ありがとう。君は引き続き全体を観察してくれ』
『あの……本当にピンクさん、放っておいて大丈夫なのですか……?』
『まぁ、様子を見よう。たった1羽のウサギに、いきなり切りかかるはずもない』
『……ところで、パープルさんはどちらに隠れているのですか?』
『……な・い・しょ……』
くすくす笑いが聞こえてきます。
まさか……この状況を楽しんでいる……?
「ふんふふふふ~ん~」
「――おい」
そうこうしている内に、人間たちがいよいよピンクさんを取り囲んでいました。
「ほぇ?」
「きさま……ここで何をしている?」
「ピンクちゃんはねぇ、ご飯食べてるのぉ」
「――質問に答える気はないということか?」
大きなナイフがぎらりと光りました。
しかし、その意味はピンクさんには全く伝わっていなかったようです。
「どうしたのぉ? あ、もしかしてお腹すいてるのぉ? じゃあ~半分こ。はい、どーぞ」
「ふざけるなっ!」
差し出したお皿を、『戦士』のヒトが払いのけました。
……中身をぶちまけながら、宙を舞い地面に叩きつけられる……。
ピンクさんは、ぽかんとした顔でしばらくその光景を見つめていました。
戦士のヒトが何を言っても無反応。じわじわと目元を潤ませ……。
「うええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!」
盛大に、泣き出しました。
人間たちがたじろぎ、何か言おうとしても余計に声を大きくするだけ。
彼らの手をすり抜けるように、駆け出してしまいました。
「……何なんだ、あの生き物……子供か?」
「あれが山賊か猛獣にでも見えたの? だとしたら相当なビビリなのね、人魔の扱いも知らないお坊ちゃん」
「……お、おれはただ、仲間のかたきを……」
「とにかく生け捕りにして、情報を吐かせるわよ。キール、そっちに行ったから、絶対に逃がさないで」
「……言われるまでもない」
声がしたかと思えば、何もない空間から唐突に姿を見せた人間が、ピンクさんの足を引っかけ、転ばせました。
間違いありません。『マップ』に表示されていた三人目。『狩人』です。
全身真っ黒の服。顔も黒い頭巾のせいで顔は見えませんが、声の調子からして男のヒトっぽいです。
「静かにしろ……。痛い目に合いたくはないだろ?」
慣れた手つきで縄を取り出し、倒れたピンクさんを押さえつけようと、狩人が一歩踏み込みました。
するといきなり、ズッポリと床が抜けて。
彼は前のめりに倒れてしまいました。
「――――え?」
転んだ当人はもちろん、ピンクさんを除く全員があっけにとられている中。
地面の中から「……よっこらせ」と出てきたパープルさんが、倒れた黒頭巾に向けて、カチリと引き金を鳴らしました。
「受け取れ。痛いのが好きなんだろ?」
乾いた銃声とともに、毒キノコの粉末が男の顔に襲いかかりました。
続く、絶叫。口を大きく開けたところへ、さらにもう一発の銃声……。
昨日、さんざん耳にした叫び、目にした光景ですが……やはり慣れることはできません。ボクは長い耳を押さえ、ぎゅっと目を閉じ、タルの中でがたがた震えていましたが……それでも、『マップ』に表示される『情報』は否応なしに頭の中に入ってきます。
……激しく点滅していた赤い印が今、どくろマークに置き換わりました……。
「……パープルちゃん?」
凍てついた場の空気を感じ取ったのか、ピンクさんがむっくりと起き上がりました。
まだ涙目ではありましたが、すっかり泣きつかれた様子です。
「やれやれ……かわいい顔が台無しだな。ほら、これで拭くといい」
「ぐす……ありがとぉ……」
いや、それさっきの黒頭巾の……。
「……しかし食べ物を粗末にするとは……ひどい人間がいたものだ」
「そうだよぉ。せっかくブルーちゃんがピンクちゃんのために、がんばってくれたのにぃ……あんまりだよぉ……」
「しかしよくよく考えてみれば、彼ら人間は私たちよりずっと大きい。もしかしたら、あれっぽっちでは足りないという意味だったのかもしれない」
「あのヒト、すごいよくばりさんだったのぉ?」
「あぁ。しかもかなりの食いしん坊と見た。私の手持ちのキノコでは満足させれそうにないな」
「じゃあ、ピンクちゃんがお口いっぱいに食べさせたら、もう怒ってこない?」
「……そういうことだ」
パープルさんがこちらを見てニヤリと笑っています。
何が言いたいのか、何がしたいのか……言われなくても分かってしまい、かつ黙って従ってしまう自分が、つくづく嫌になります。
だから、臆病なボクは自分にこう言い訳するのでした。
こうすることが結局は、ボクたちにとって最善なのだ、と……。
「……何なの、あいつ……キール、どうしたの、ねぇ!」
「近づくな。あいつら、何かやばい……」
「やばいって、なによ――?」
「分からんが、とにかく山賊どもをやったのはあいつらだ。気を抜くと次はおれたちの番になるぞ。構えろ!」
「…………!」
残った冒険者の目から油断や驚きの色が消えていました。
どうやら、ピンクさんたちを脅威と見なしたようです。我先にと逃げ出さないあたりが、同じ人間でありながら『山賊』と『冒険者』の違いのひとつなのかもしれません。
ですが、見逃してくれないのなら、なおのことためらってはいけないのでしょう。
彼らが動くより先に、ボクはピンクさんに狙いを伝えました。
「い~~~ぱい食べてねぇ~~~!」
ピンクさんのかけ声とともに、戦士が白目を剥いて倒れました。
「……む?」
魔道士のヒトは無事です。
仲間の口いっぱいに詰め込まれた毒キノコに驚きつつも、何かぶつぶつと唱え始めました。
「……化け物どもめ……」
魔道士のヒトが杖を掲げました。
すると突然、大きな火の玉が杖先から出現したのです……。
「わぁー、なにあれ、すごぉーい!」
ピンクさんが飛び上がって拍手を送りました。
「……確かに。だがものすごく熱そうだ。燃え移ると危ない。ピンク、面白いものを見せてもらったお礼に水をかけてやりたまえ」
「は~い」
「滅びの火よ、業火となり我が敵を全て焼きほろぼ――」
ばしゃーん……。
「…………」
タルいっぱいの水が、魔道士の頭から降り注ぎました。
帽子も服も全部びしょびしょ。
もちろん、炎もすっかり消えてなくなっていました……。
「……なるほど。直接は無理でも、間接的には効くらしい。ならば、ピンクに代わって私が食べさせてあげよう」
……カチリと……パープルさんがキノコ銃を鳴らしました。
ボクが記憶しているのは、魔道士の唱える謎の呪文が、途中から涙混じりに悲鳴に変わったあたりでしょうか。
その後、おふたりにタルから引きずり出されるまで、ボクは夢を見ていました。
ただのウサギだった頃の、白くてふわふわな夢を……。




