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9 居場所がなくて

 帰りの会が終わって、小田君はもう教室を出て行った。私も帰ろうとしていたときだった。


「最近、男の子とばっかり話してて感じ悪いよね」


 私はぎくりと足を止めてしまった。


「ねー。私たちとは話さないくせに」

「私たちとは、趣味が合わないんでしょ?」


 私は振り向けなかった。

 だって、この声は。


「私らの家には来るくせに、自分の家には絶対呼んでくれないし」

「見せたくないものでもあるんじゃないの?」


 くすくすと笑い声まで聞こえてくる。

 だって、こんなことを言われるのは……。

 私以外のことだったら、誰のことだって言うんだろう。

 今振り向いて、誰のこと? なんて聞いたらきっと、さあ? なんて言われるんだろう。そんな気がした。

 私は、下を向いてさっさと教室を出ることにした。

 笑い声が後ろから追いかけてくる気がする。本当に聞こえているのか聞こえていないのか、わからなくなる。

 校舎を出るとやっと笑い声は聞こえなくなる。

 私は早足になっていた。追いつかれたくなかった。

 本当はそんなこと思ってたの?

 いじわるの為に言っただけなの?

 男の子とばっかり話してるっていうのはきっと小田君のことだ。小田君は優しいから心配して話し掛けてくれていただけなのに。

 そんな風に見えてたんだ。

 それともう一つ。

 家のこと。

 私の家には呼べない、と言ったことがある。

 その時は、桃花ちゃんだっていいよって言ってくれたのに。だから、安心して行ってたのに。

 私はいつの間にか走り出していた。



* * *



 家にいたくなくて、私はまたあの家に向かっていた。自分の家じゃないのに変。

 なんにもない私の家じゃなくて、あの場所に行きたい。

 そう思ったら、足が止められなかった。ランドセルを背負ったままで通学路を外れるなんて初めてだ。

 あの家が見えてくる。

 おばあちゃんの家。

 だけど、どうしよう。また来てねとは言われたけど、本当に来てよかったのかな。しかも、ランドセルを背負ったままだ。一度家に帰っていないことがきっとバレてしまう。

 あんなに焦って進めていた足が止まりそうにゆっくりになる。

 この前はおばあちゃんの方から気付いて私を中に入れてくれた。

 今度はチャイムを押して、こんにちはって言えばいいのだろうか。一回会っただけだけど私のこと、ちゃんと覚えているだろうか。本当にまた遊びに行っても大丈夫なんだろうか。

 急に不安になる。

 桃花ちゃんたちだって本当はあんなことを思っていたんだから、おばあちゃんだって本当は来て欲しくないと思っているかもしれない。

 足が止まった。

 帰ろう。そう思った。

 あの家に帰るしかない。友だちも呼べないような。

 歩き出そうとしたときだった。


「あら、あなた」


 隣から声がした。この声は、


「この前、来てくれた子ね。葵衣ちゃん、だったわね。また来てくれたの?」


 この前のおばあちゃんだった。私を見て嬉しそうに微笑んでいた。


「……っ」


 声が出なかった。

 おばあちゃんは迷惑そうな素振りもなく、馬鹿にして笑うでもなく、首を傾げて私を見ている。


「あら? 学校の帰りだったかしら。ランドセル、背負ったままだものね」


 このままでは家に帰される。ついさっき帰ろうと思っていたのに、今はもう帰りたくなかった。


「あの」


 私は思い切って口に出した。


「今から遊びに行ってもいいですか!」




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