6 お招き
人の家に行って、あんまりきょろきょろするのは失礼だってお母さんに言われたことがある。落ち着いていなさいって。お母さんは家を出た後で、汚かったとか文句を言うんだけど。
私は全然落ち着いてなんかいられなくて、通された部屋を見回してしまう。ここはリビングだ。あの部屋ならいいなと思ったけど、あれはきっと書斎でお客さんを通すような場所じゃない。
だけど、今いるリビングもすごかった。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
椅子に座っている私の前にあるテーブルに、台所から戻ってきたおばあちゃんがティーカップを置いてくれる。ふんわりと紅茶のいい香りが鼻をくすぐった。そして、自分の分も置くとおばあちゃんも私に向かうように腰掛けた。
心臓がどきどきいって落ち着かない。
なんとなくのぞいていただけなのに、家の中にお邪魔することになってお茶まで出されてしまっている。中も見てみたいと思っていたのが叶ってしまった。
だけど、これって知らない人について行っちゃいけない、という約束をやぶっているのかな。でも、目の前のおばあちゃんは悪い人には見えない。いい人そうに見える人ほど本当は悪い人なんだとお母さんは言っていた。
「冷めないうちにどうぞ」
そう言って、おばあちゃんは自分の紅茶に口を付ける。毒とかは入っていないみたいだ。
私もえいっと口を付ける。
「あ、おいしい」
「よかった」
おばあちゃんがさっきと同じようににこりと笑う。もちろんシワもあって、歳だなとは思うんだけど、なんだかとっても綺麗だった。おばあちゃんだけど美人ってあるんだ。
紅茶も美味しかった。いつも紅茶なんて飲んだことがないから飲めるかなと思ったんだけど、ほんわりとリンゴの香りがしてちょっと甘い。肩の力が抜ける感じがして、私はほっと息を吐いた。
「ごめんなさいね。急にお招きしちゃって。びっくりしちゃったかしら」
「い、いえ」
お招き。
なんていい響きだろう。
友だちの家に行くときも遊びに行くとは言うけど、お招き、なんて言葉使ったことがない。
素敵なお客様になった気分だ。物語の中に入ったような。
お招き頂いてありがとうございます。
そんな風に言っている主人公がいた。言葉にしてみたい。でも、恥ずかしくて言葉に出せなかった。
ただ、黙って紅茶を飲んでしまう。
「それにしても嬉しかったわ。お庭が素敵だなんて」
うふふ、とおばあちゃんが笑う。
「本当にそう思って! ずっと気になってたんです」
思わず食いついてしまって恥ずかしくなる。だけど、おばあちゃんはなんだか嬉しそうだった。
「お庭は私の好きにしてるんだけどね。褒めてもらえることなんてあんまりなくって。だって、めちゃくちゃでしょう? だから、嬉しかったのよ。好きな物を置いていたらああなってしまったのだけれどね」
ふふ、とおばあちゃんが笑う。
ちょっとびっくりした。
こんなおばあちゃんでも人から褒められるのって嬉しいんだ。
お母さんも人から何もないって言われると喜んでるけど、あれはちょっと違う気がしてた。
「この部屋もすごく素敵です!」
私は思い切って口に出してみた。あんまりじろじろ見て言うことは悪いかと思っていたけど、喜ばれるなら別だ。
「あらあらあら」
「ドライフラワーとか、色々小物とか、あの、魔女の家みたいでかっこいいです! あと、テーブルクロスとか、すごく可愛いし」
「……魔女」
パッと浮かんだことを呟いてしまう。だけど、おばあちゃんは気を悪くした様子も無くふふっと笑っていた。
「ああ、魔女。そうねえ、あなたからはそう見えちゃうのね。私は、こういう部屋が好きなのよ。海外の家みたいでしょ?」
「あ」
言われて見ればそうだった。外から見た時も洋館みたいだなって思ったんだった。