2 私の家
私は、とぼとぼと帰り道を歩いていた。私はいけないことを言ったらしい。空気を察して一応謝ったことでなんとか嫌な雰囲気は見た目上は元に戻ったけど、なんとなくあれから引きずってしまっていた。
だって、仕方ない。私の家ではそれが普通なんだから。お母さんにいつも言われている。
友だちの家に行くのは好き。私の家には無いものがいっぱいあるから。
「ただいま」
ドアを開ける。きちんと靴を揃える。汚くしてちゃいけない。
桃花ちゃんの家と、全然違う私の家。
桃花ちゃんの家は、玄関を入ると靴がぐちゃぐちゃに置かれていた。桃花ちゃんは一人っ子で、お母さんとお父さんとの三人暮らしのはずで。それなのに、何人住んでるんだろうってくらい靴が置かれていた。
靴箱の上には、ずっと前に図工の時間に描いた絵が置いてあった。私だってすごく上手く描けてお気に入りだったときの絵だ。
だけど、私の家にはもうその絵は無い。
その絵どころか、玄関自体に何も無い。
家にいるお母さんの靴が一足。私が脱いだスニーカーが一足。お父さんの靴はまだ帰ってきていないから無い。
靴箱は、無い。だから、その上に置いてあるものなんて無い。
「おかえり」
台所から夕飯の匂いがしている。
「ちゃんと手、洗って。うがいしてね」
「わかってるー」
小学校から帰ったときも言われた。
何も無い家の中を歩く。
廊下。
何も無い。床。
洗面所。
石けん。歯ブラシ。歯磨き粉。コップは無い。うがいは手で水をすくえば充分。
私の部屋。
机。椅子。ランドセル。教科書。透明のプラスチックケース。押し入れの中には着替え。
桃花ちゃんの部屋とは全然違う。
私の机と違って、桃花ちゃんの机には中が見えない引き出しが付いていた。私の机には引き出しなんて付いていない。机の板と脚があるだけ。
桃花ちゃんが持っていたような変身グッズなんて無い。そういうものは一つ買ったら一つ捨てなきゃいけない決まりがある。最近はもう友だちの誰かの家にある物で遊べばいいかと思ってしまっている。大体一人は買ってもらえている子がいるものだから。
私には桃花ちゃんが去年のも大事そうにしていたのが不思議だった。去年の変身グッズなんて、すぐにもういらないものに分類されてしまう。うちにはいるものといらないものを見直す日があるからだ。そこで、いらないものになってしまうとその場で捨てられることが決まってしまう。
そのルールがあるから、私の描いた絵も、工作も、少しの間飾られてすぐになくなってしまう。
もう慣れてるから、いいけど。
だけど、友だちの家と比べると時々さみしいような気持ちになる。
私は、あんまり家に友だちを呼びたくない。低学年の頃とか、もっと小さかったときには気にしていなかった。でも、家に来た友だちに、何も無いって、変だって言われた時から、嫌になった。
お母さんだって、そんなに友だちを連れてこない。時々来るのは何も無い家を褒めてくれるような人たちだ。
すごいすごいって言われるのが、お母さんは好きだ。
すごくキレイ。モデルルームみたい。
そうやってよく言われている。
お母さんは嬉しそうだ。
モデルルームってなんだろうと思って調べた。そうしたら、うちよりも物がたくさんあるところだった。色とか感じとかは似てたけど。
お母さんみたいな人のことをミニマリストって言うらしい。
夕飯に呼ばれるまでに宿題を少しやっておこうと、私は椅子に座った。
そして、ペン立ての中をのぞく。立ててあるのは、必要最低限だけどお気に入りのペンたち。それと……。
「あれ?」
私は思わず声を上げた。
無い。
ペン立ての中にちゃんと入れていたからなくなるわけないのに。間違ってペンを刺したりとかしないように、気を付けていたのに。
ペン立てをひっくり返す。ゴミとかは入ってない。