ノーマスクが解禁になった。隣の席の美少女の口に縮れ毛がついてた。
今日からマスクを付けなくても良くなったらしい。
これには色々賛否両論あるみたいだけれど、この数年間漂っていた堅苦しい雰囲気が少しでも無くなって元通りの日常に戻るキッカケになればいいなっと僕は思っている。
けれどマスクを付けないと困る人だっているのだ。
例えばここ数年間【マスクイケメン】だとか【マスク美人】とか言われていた人達は大変だろう。
マスク有りで百点満点の顔立ちになっている彼彼女ら、マスクを外せば当然点数は下がる。もしかしたら下がらない人も中にはいると思うが大半は七十点、それ以下に減点されると僕は予想している。
それを見たマスク無しでも赤点馬鹿不細工共が鬼の首でも取ったかのように批判しSNSで晒し上げ、キモオタ特有のワードセンス満載なネット流行語とかになるんだろうな。
そんな下らないことを考えながら、僕は隣の席の女の子に視線を移した。加賀美 美代子さんが水面に浮かぶ白鳥の様な綺麗な佇まいで黒板の文字をノートに書き写していた。
美代子さんはそこらのマスク美人を一瞬で消し炭にしてしまう程美しい。美人の代名詞、黒髪ロングヘアーでスタイルも抜群。勿論めちゃくちゃ頭が良いし、おまけに大企業のご令嬢という設定モリモリ木曜日なお方なのだ。
そんな彼女がマスク解禁日初日、ノーマスクで登校してきた。マスク有りで百万点を叩き出す彼女の素顔なんて顔面偏差値測定器なんて物があればぶっ壊れて爆発するレベルに違いない。
僕は席替えのくじ引きの神様、毎日占いで僕の運気を上げてくれている冷凍食品のグラタン、そしてソレをお弁当に入れてくれるお母さんに感謝をしながら加賀美さんの素顔を拝んだ。
拝んだのだが……。
「…………」
いや、ついてるよね? 口元についてるの、アレ絶対チンの毛ですよね?
僕は自分の目を疑った。手でゴシゴシしたり目薬さしたりなんかして何度も何度も加賀美さんを見返した。けれどもあの独特のウェーブと艶感は間違いない。男のイチモツを陰で守る毛だったのだ……!
クソ!! ふざけるな!!! 何で容姿端麗、才色兼備、大和撫子な加賀美さんにシコシコした後によく抜け落ちたり皮に絡まってご主人様に痛い思いをさせるどうしようもない馬鹿みたいな毛がついているんだ!!!!
僕の身体はストレスを緩和するために自然と貧乏ゆすりを始める。育ちが悪いだとか色々言われるかもしれないが緊急事態だ、許してほしい。
それに僕よりうんと良家に生まれた加賀美さんが物凄くお下劣な行為を済ませてきた可能性があるのだ。
僕はエロ漫画に関しては造詣が深い。だから分かる。加賀美さんは登校前、もしくは授業直前に何者かの棒を奉仕して来たに違いないと。彼女がノーマスクなのもそう、マスクと唇の間に棒を挿入させたり、マスクで棒を隠してナニしているのかは見えない、音だけで楽しむ見たいな事をやってマスクが汚れたからだ。
なんということだ……! 僕は純愛系、もっと具体的にいえば貴族の坊ちゃんと不愛想だけど本当は坊ちゃんの事が大好きなメイドとかギャル集団がオタク君の家をたまり場にしてイチャイチャが始まったりだとか、傲慢で偉そうなロリババアに飼われて、普段はぞんざいな扱いを受けるんだけどたまに滅茶苦茶甘やかされたりなんかする奴が好きなのに! これじゃあまるでNTRや|BSS《僕が先に好きだったのに》じゃあないか!!!
僕は絶望から両手で顔を覆った。しかし、すぐさま思考を切り替え指の隙間からクラスの男どもを睨みつける。この教室の中にいる加賀美さんから奉公を受けた主人を探すためだ。
まず怪しむべきはサッカー部と野球部、所謂スクールカーストにおいて上位に位置している輩だ。大した実力もない癖に無駄にプライドが高い連中、恐らく部長なんかが加賀美さんに告白しフラれ、その腹いせに集団でアレしたという展開だろうか。もしくはOBがちょっかいだしてとか。因みに余談だが部活物のエロ漫画で卓球部だけは見たことがない。何故だろう? リアルな卓球部女子が不細工なのかな?
次に考えられるのはクラスのキモオタ連中だろうか。彼らはスクールカーストの最下層の住人でキョドったりオドオドしてたりする気持ち悪い奴らだ。
そんな最弱な奴らな癖に、いや、最弱だからこそだろうか。彼らは他人の弱みを握るのが尋常なほど上手い。
例えばカンニング、万引き、パパ活、後はエッチな自撮りを投稿する裏垢など……。加賀美さんが他人に知られたくない事を彼らが知ってそれを脅しの道具として利用しあんなこといいなこんなこといいなってドラ〇もんみたくやってるのかもしれない。許さんぞ!
そして最後は今教壇に立っている先生だ。
先生の手口としてはサッカー部の腹いせやオタクの脅迫など様々は事が当て嵌められるが、僕としては催眠という手法を推したい所存だ。
聖職者としては先述のやり方だとバレた時のデメリットが大きすぎる。そこで用いるのが催眠だ。五円玉でやるクラシックなものからスマホアプリを用いる令和型まで様々な方法があるが『俺に絶対服従しろ。他人に絶対に喋るな』と暗示をかければ行為を見られない限り絶対にバレない。完全犯罪ティーチャー、が僕の名さ……といった具合か。
くぅっ! どいつもこいつも怪しすぎる……! もう疑心暗鬼になりすぎて誰も信じられなくなりそうだ。加賀美さんもクラスの連中も席替えの神様も全員信じられない! もう僕が信じられるのはお母さんだけだ!! うぅ……助けてお母さん!!! ママ!!! ばぶばぶぅーッ!!!! ママーッ!!!!!!!!
「――ねぇ、君。ちょっといいかしら?」
現実があまりにも辛すぎたため赤ちゃん返りを起こしママのお腹の中に帰りたくなった時、凛とした透き通る声が聞こえてきた。その声で我に返ると授業はとっくの間に終わっており、僕の目の前には加賀美さんが縮れ毛を靡かせながら立っていた。
「君、授業中ずっと私のこと見てたでしょう? どうして? 私の顔に何かついてた?」
「いや、ついてるというか何というか……。その、口元」
「…………口元?」
しどろもどろな僕の説明に疑問を抱いた加賀美さんは白魚のような美しい指で口元をなぞる。それに伴って細すぎるひじきみたいな縮れ毛が揺れ動いた。
この後の展開も博識の僕は大体予想がついている。口元についているソレに気が付いた加賀美さんが顔を真っ赤にして慌てて教室から立ち去り、主人もとい竿役の男がニンマリと笑みを浮かべるという展開だろう。きっと次のページをめくれば物凄いアヘアヘな姿な加賀美さんが大ゴマで登場するのだ。
しかし、こんな絶望的な状況下でも唯一の光はある。
それはこの後加賀美さんが頬を赤らめ『…………黙ってくれたらイイコトしてあげるけど、どうする?』と僕にそっと囁くことだ。
僕は加賀美さんが大好きだ。そしてイイコトをしてくれると言うことは加賀美さんも僕のことが大好きなのだ。これで純愛物が成立する! オッズはかなり低いが単勝大穴これに僕の全てを賭けるしかないのだ!!!
さぁ来い! 挿入せ!! イケイケイケイケッ!!!!! アアーッ!!!!!!!!
「ああ、なんだ。コレのことね」
僕の悲痛な願いはどうやら届かなかったらしい。加賀美さんは顔色一つ変えずに縮れ毛を拭き取る、否、抜き取った。
「凄い長いでしょう? このほくろ毛。マスクを付けるようになってから今日まで大切に伸ばしてきたの。君にあげるわ。ノーマスクが解禁になった記念にね」
そう言って加賀美さんは優雅な足取りで教室を後にする。立つ鳥跡を濁さず、されども一枚の白羽を残して。
流行りの病が蔓延して数年。マスク生活を強いられた結果、人間関係は気薄になり、疑心が芽生え、本当の愛なんてのが分からなくなってしまった時代。
しかしそんな中でも変わらないものが一つだけあった。マスクというフィルターをかけても決して色褪せないことがあった。加賀美 美代子という人間はどんな物よりも真直ぐで他の誰よりも美しいということだ。
僕は彼女から貰ったほくろ毛をティッシュで包んで大事に大事にカバンへとしまい込んだ。彼女から貰った贈り物だ。額縁に入れて大切に保管しよう、そう思った。
そして沢山おかずにしよう……。そうとも思ったのだ。