第七話
}第七話{
私たちが高校を出発してから、一週間が経った。
道中遭遇した魔物を殺し、ときには生存者を助けながら、私、アレク、サーニャの三人は王都を目指した。
なぜ、私たちが王都へ向かうのかとずっと疑問だったけど、私たちが高校にいたときにサーニャから教えてもらった。
「なぜなら、魔王が攻めてくるからだね。彼は狡猾だ。勇者召喚の成否はともかく、すぐに自分の住んでいた『マナレガリア』が他の世界と融和したことに気づいただろう。だから、この混乱に乗じて王都を襲い、滅ぼそうと考えるはずだ」
「一つ質問いい?」
私は手を挙げた。
「なんだい?」
「どうして、魔王が直接王都にやってくると思うの?エドみたいな刺客を送ったり、魔物の大群で攻めて来るとかはしないの?」
「それはね、魔王が直接行った方が早いし、確実だからだ。彼は数百年にも渡り人類を虐げ続け、その途中であることに気がついた。部下に任せるよりも自分でやった方が、速く確実に人間どもを殺せるとね。ここまではいいかい?」
「うん」
「そもそも、魔王は魔物を使役したり侍らせたりすることができない。四天王と呼ばれる、特別強くて頭のいい魔物たちは除いてね」
「そうなの?」
「そうさ。だから魔物を引き連れるとしても、せいぜい四天王の四体だけだろう」
「そうなんだ。サーニャ、なんでも知ってるんだね」
「自分で言うのはなんだが、これでも魔王歴史学の権威だからね」
「まおうれきしがく?『マナレガリア』にも学問があるの?」
「もちろんあるよ。話すと長くなるんだけどね。まず、歴史学には魔王歴史学と……」
「いい、いい!ありがとうサーニャ、とっても勉強になったよ!それじゃ!」
頭を使う勉強は苦手だから、必死にサーニャの話をはぐらかしたんだっけな。
過去の会話を思い返しながら歩いていると……。
「おお……!」
ついに、王都の入口に到着した。
なぜ明確に、ここが『入口』だと分かるかというと。
「やっぱり結界が張られているね。融和した世界でもしっかり発動したままだ」
サーニャが目の前の空間に手を伸ばすと、それに呼応するように青白い光が湧き立って弾かれる。
王都の魔法使いが転移魔法と同時に、王都の外周をぐるりと囲むように結界魔法を発動したからだ。
「結界が無力化、または破壊されている可能性に賭けてここまで来たが、参ったな。結界が有効だと、私たちには結界の内側に侵入する術がない」
これは事前に説明されていたので、私に驚きはなかった。
むしろ、落胆の気持ちが大きい。
「それじゃあ、どうしよう?」
「……待ってくれ。打つ手があるかもしれない」
サーニャは手を顎に当てて少し考えると、そう言った。
「もし、もしもだよ」
「なに?」
「もし、融和により王都周囲の空間に地球の空間が割り込んでいたら、その空間の結界は存在しないことになる」
え?なにを言っているの?
「……えっと?」
「つまり、結界に虫食いがあるかもしれないということだ」
な、なるほど。まだそれなら分かりやすい。
「じゃあ、そこを見つければ……」
「まだ生き残りがいたかあっ!」
分かりそうで分からない話に頷くと、突然知らない男の声が聞こえ、私たちは後ろを振り返った。
見ると、弾丸のような速度で、茶色い狼男のような魔物が突っ込んでくるではないか。
「きゃあっ!」
私たちは転がって突進を回避する。私とサーニャは右、アレクは左。
男が結界に激突した。バアアアンッ!という鋭い音が響く。
「敵だね?」
「ああ、そのようだ」
体勢を素早く立て直し、私は聖剣を引き抜いた。アレクとサーニャも各々の武器を構える。
「ぬうううううっ……!」
立ち上がった男がゆっくりと私たちの方を向く。男の眼の焦点が聖剣に合わさった瞬間、カッと見開かれる。
後ろの二本足で立ち、布切れ同然のズボンを履いている。上半身は裸というか、ふさふさの毛皮で覆われていて、狼男のような風体。顔は完全に獣で、鋭い眼光を伴った黄色い目と大きく突き出した黒い鼻と灰色の犬歯が覗く幅広の口が特徴的だ。
「お前、その剣!勇者だな!」
「そうよ!あなたは、四天王!?」
チャンスだ。男はアレクに背を向けている。
私はわざと大声で応え、注意を引くように立ち回る。
「人間の呼び方で言うならそうだな!俺が獣の四天王、ウィールドだ!」
「四天王は人間の呼び方なのに、どうして獣の四天王だなんて名乗っているの!?」
「それはな、もう百年近く四天王をやってて、四天王って名乗っただけで勝手に人間が恐れるからだよ!」
大声でかけ合いをしている間に、一歩、また一歩と剣を構えたままウィールドと名乗った狼男ににじり寄るアレク。
もう少し!時間を稼げれば!
「百年もやってたのね!あなたの前の魔物はどうして四天王をやめたの!?」
「それはな、気に入らなくて魔王様に殺されたからだ!」
今っ!
私がそう思った瞬間、土とコンクリートの入り混じった大地を蹴ってアレクが音もなくウィールドの背中に斬りかかる。
「勇者の視線でバレバレ!匂いでもバレバレ!」
「っ!?」
「こんな小細工、俺に通用すると思ったか!?」
しかし、瞬時に振り向いて腕を振り払うウィールド。
とっさに反応したアレクが、自らの斬撃の軌道を変えて剣で受ける。
「行けっ!先に行け!」
腕の一撃を受け止め、踏ん張りながらアレクが叫ぶ。
「元よりそのつもりだ!行け、勇者!」
なんと、ウィールドも私に先を進むよう言ってきた。
「どういうつもりだ!?なにを企んでいる!」
「魔王様は自らの手で勇者を倒したいと言っていた!だから、俺は道を譲るまでだ!」
魔王が、私と?
でも、三人で戦った方が……。
「……行こう、ミキ」
「サーニャ!?アレクを置いていくつもり!?」
「そうだ」
「どうして!?」
「ウィールドという魔物は、きみだけでなく、私にも道を譲った。そして、魔王は勇者と戦いたいという言葉が真実なら……。王都の中に、他の四天王がいるということに他ならないだろう」
「だったらなおさら……」
「今は一秒でも惜しい。王都の住人も可能な限り救いたい。それにここで三人で戦ったとしても、他の四天王が指をくわえて待っているはずがない。ほぼ間違いなく、ウィールドの加勢に来るだろう。王都の住人も救えず、ここで最悪三対四、もしくは魔王もやってきて三対五になるよりかは、アレクに任せて先に進んだほうがいい」
サーニャはアレクが助かる可能性よりも、多くの人の救助と魔王打倒の可能性が上がる選択をした。
それに、アレクがウィールドに負けると決まったわけじゃない。きっと、勝って私たちに追いつくだろう。
私は、アレクとサーニャを信頼するよ。
「……分かった」
「じゃあ、行こう」
「……うん」
必ずまた会おう。約束だよ、アレク。
私とサーニャはウィールドと戦うアレクを置いて、王都の外周を走った。
※※※
「ぐっ!」
左の袖を肩までたくし上げ、傷口の残る左腕を振って血液を飛ばす。
「「ピギャアアアッ!!」」
頭の二つある蜥蜴のような魔物は血を浴びると、両方の口から奇声を上げる。
「これで、トドメだ!」
体をよじらせ、腕を激しく前後させる。
水を流したホースを縦に振ったときのように、多くの血が前方に跳ねた。
「ピギャアアッ!」「ギャアアアッスッ!!」
魔物は一際大きい絶叫を上げ、足をよろめかせながら倒れた。
「はあ、はあ、はあ……」
俺はその場で肩で息をし、乱れた呼吸を整える。
左腕の傷が開いたままだが、やっぱり痛みがない。出会う魔物のことごとくが俺の血に痛みを感じていたので、やはり『回復の魔法印』のおかげだろう。
俺が自身の血で痛みを覚えないのも、魔法印のおかげか?
しかし、これには他の理由も考えられる。
一つは融和に伴い、何らかの理由で痛みを感じない能力が備わったから。
そしてもう一つは……。
エドの血を浴び、肉を食べたために俺自身が魔物になったから。
いや、二つ目はない。エドと戦う以前から左腕に痛みがなかったからだ。
でも論理だった理由でなく、そういう現象がマナレガリアに存在していたらどうする?
魔物の血を浴び、肉を食べた人は魔物になる。この現象、法則のようなものが実際にあるのなら、俺はもう手遅れだ。
能力が得られると思って、蜘蛛の魔物だけでなく、ここに来るまでに戦った魔物たちの肉を食べてきた。
でも、それでもいい。たとえ魔物になったとしても、俺が俺であることに変わりはない。
大切な人を守れれば、それでいい。
「んあ……」
俺は沈黙した蜥蜴の魔物に近づくと、大きく口を開けて腹にかぶりついた。
ひどい味がするが、肉を咀嚼していく。こんな肉でも、腹は膨れる。
もう魔物になってるなら、いくら食べても手遅れだろう。
王都は、未だ遠い。