第五話
}第五話{
高校に着いてしばらくしてから、エドと呼ばれる人のような魔物が襲撃してきたが、桃理くんたちがその男を返り討ちにしてくれた。
高校には私のような一般人が多く避難していたので、彼らに命を救われたと言っていい。感謝してもしきれない。
私、向井はそう考えながら、また一つ、校門の手前に土嚢を積み上げた。
異世界、『マナレガリア』と言うんだったか、の人たちも続々と高校に集まっている。
彼ら曰く、訳が分からないまま世界がこんなになったので、とりあえず大きな建物にやってきた、とのことだった。
私はサーニャさんという魔法使いの方に経緯を伝えられていたので、それを話した。
『マナレガリア』の人たち、縮めてマナ人たちは始め半信半疑だったが、彼女の名前を出すと信じてくれた。
サーニャさんは有名人なのか?
それを訊こうにも、もう彼女はここには居ない。アレクくん、美紀ちゃんと共に旅立ってしまった。
だが、私はここに残る選択をした。というか、その選択肢しかなかった。
「向井さん。兄貴を、頼みます」
美紀ちゃんには桃理くんの看病を頼まれた。
任せてくれ。
彼女にはこの学校の構造を教えてもらった。
「神官の人が来たら、彼を診せてやってほしい」
サーニャさんには『マナレガリア』の住人の職業のことや、一般とされる常識を教えてもらった。
どうやら桃理くんはある神官の人に、傷が徐々に治っていく紋章みたいなものを刻んでもらったそうだ。
その神官の人は残念ながら亡くなってしまったが、紋章はまだ有効らしい。
正直、私にはちんぷんかんぷんだ。彼女の説明の半分も分からなかった。
だが、この世界で生きていく上では理解しないといけない。話を聞きながら取ったメモがあるから、後で読みなおそう。
「分かってるかもしれないが、魔物と出会ったら戦おうとはせず、逃げてくれ」
アレクくんからは長物の簡単な使い方や、魔物の恐ろしさを教わった。
桃理くんが大怪我を負った、あの狼のような動物が魔物らしい。
その魔物を倒した美紀ちゃんは例外のような存在で、基本的に地球人は魔物に勝てない。
逃げて生き延びてくれ。そう言われた。
「美紀ちゃん、サーニャさん、アレクくん、どうか生きて帰ってきてくれ」
「もちろんです」
「そのつもりだよ」
「ああ、絶対に魔王を倒して帰ってくるよ」
三人は校門をくぐり、王都と呼ばれるところを目指して出発した。
※※※
「皆さん、ありがとうございます!これで校門は大丈夫だと思います!」
沢山の土嚢が積まれた校門の前。そこに私たち地球人が並んでいる。
私は大勢の人の前に立ち、声を張り上げた。
なぜか、私が地球人の代表ということになった。率先してマナ人とコミュニケーションしていたからだろうか?
今日は彼らのまとめ役として皆に指示を出しながら、土嚢を積み上げる作業をしていた。
「それじゃあ校舎に戻って、それぞれ作業に当たってください。以上です」
「はい!」という気前良い返事とともに、皆が校庭を横切って校舎に向かう。
もう日が暮れる。
校舎周辺のパトロールは、マナ人たちにお願いしてある。私たちは『内』の仕事だ。
夕食を作ったり、筋トレをしたり、『マナレガリア』のことを教えてもらったりと、屋内でできる色々なことに取りかかる。
「桃理くんは、まだ目を覚まさないですか……」
「そうですね。一日中眠ったきりです」
途中三階の保健室に寄り、先生に桃理くんの様子を伺う。
彼女はここの保険医で、融和が起こった朝には出勤中だった。辺りの様子がおかしいので、急いで学校に向かったことで難を逃れた。
彼女には傷病者の治療を一任している。今のところ、神官はまだ一人もやってきていない。
「では、引き続きお願いします。失礼しました」
保健室を後にし、階段を昇って四階に上がる。
空を飛ぶ魔物もいるらしいので、屋上は封鎖してある。
そのため、私たちは最上階の四階で学校周囲の警戒に当たっている。我々地球人の仕事だ。
「失礼……、異常はないかい?」
「お疲れ様です、向井さん。大丈夫です」
「お疲れ様です、今日も私たちのためにありがとうございます」
彼女たちはここの生徒で、異変の日は朝練で体育館に居たため、幸運にも今日まで生きている。
「それはよかった。後でもう一度双眼鏡を探してみるよ。…それじゃあ、失礼」
各階に倉庫代わりの部屋がいくつかあって、未だ全部を確認しきれていない。
その後は、四階の各教室を周って、警戒班に様子を尋ねる。
よし……、今日も大丈夫みたいだ。
私は階段に向かい、二階まで下りた。
三階には小さい子や高齢者、軽傷者などの戦えない人たちが住んでもらい、彼らには彼らでもできる作業をお願いしている。家庭科室があるので、食事の準備もこの階でしている。
二階は半分くらいの教室が、ある程度動ける私のような地球人とマナ人たちが暮らすスペースだ。もう半分は筋トレをしたり、知識、技術を教えてもらったりする教室として使っている。
私は居住用に使っている部屋の一つの前で立ち止まり、ドアを開けて中に入る。
出入り口にバリケードを張るために使ったので、ほとんどの教室は机と椅子がない。ここもそうだ。
そのまま窓辺まで歩いて行って、自分用のスペースに腰を下ろす。
割り当てた一畳くらいのスペースに、申し訳程度の布と毛布を敷いて寝床にしている。
私はその上に腰を下ろすと、枕元に置いてあるノートを手に取る。
これには、サーニャさんから教わったことが書かれている。
集中して、じっくり読むぞ。
「敵襲です!」
なんて意気込んだら、さっき様子を見に行った四階の女子生徒の一人が、ドアを勢い良く開けながら叫ぶ。
その場にいた全員が険しい顔つきになる。寝ていた者も本を読んでいた者も、一斉に立ち上がる。
「裏門を飛び越えて敷地内に入ってきました!パトロールのマナ人さんたちが戦っています!」
私たちは『マナレガリア』の人を縮めて、『マナ人』と呼んでいる。
まあそれは置いといて、こうなった場合私たちにできることといえば、最悪の事態を食い止めることくらいだ。
最悪の事態とは、学校内に魔物が入ってきて、私たちが全滅すること。
それだけは、なんとしてでも防がなければならない。
「バリケード班は封鎖をお願いします!救助班は念のため階段の下で待機を!」
「「「はい!」」」
こっちは校庭側の教室。事態を確認するため裏門側の教室に向かいながら、私は指示を出した。
バリケード班には裏門に近い側の、一階と二階をつなぐ階段を封鎖してもらう。 救助班は反対側の階段を降りたところでマナ人と合流し、生存者がいた場合に救助に向かえるよう準備してもらう。
そして私は、状況を把握したらどちらかの班に加わる予定だ。
向かいの教室に入ると、窓にへばりついて裏門のある左下を見下ろす。
日も傾き、暗くて見えづらいが、剣士と魔法使いのペアが黄色いジャッカルみたいな魔物と相対している。
サポートが必要な負傷者は見当たらない。そして魔物は裏門を飛び越えるほど、機動性に優れている。
これは、バリケード班に行ったほうが良いか?
もう少し様子を伺う。
「『ハイ・フレア・ナロウ』!」
剣士が魔物を引きつけている間に、魔法使いが叫んだ。
業火に包まれる魔物。
魔法は強い。まともに当たれば魔物を一撃で倒せるくらいに。
あれで勝負ありだった。魔物は高い声でいななくと、その場に倒れた。
校舎内に侵入した魔物と戦うスペースを確保するため、一階はほとんどのものを片付け、なにもない空間にしている。
本来一階にあった保健室のものも、ベッド含め全部三階の一室に移した。置いてあるのは、パトロールのマナ人用の数脚の椅子くらいだ。
とにかくこれで、危機は去ったようだ。
階段に向かってバリケード班に伝えに行き、反対側の階段から下に降りて救助班のところに行く。
「もう大丈夫です」
階段下にいる救助班を撤退させ、その場にいたマナ人に首尾を訊く。
「他に注意することはあるか?」
マナ人たちは敬語を使われることがむず痒いらしく、砕けた言葉遣いで話すようにしている。
「ないぜ、ムカイ!キースとハリスがやってくれたんだろうよ!」
先ほど戦闘していた二人のことだ。
「ほら、ハリスが戻ってきたしよ!」
「……げろ!……逃げろ!もう一体来た!キースが死んだ!」
「……二階に戻れえっ!」
「分かった!」
ハリスという魔法使いは無事を報告しに来たんじゃない。
新たな魔物の襲来を知らせてきたのだ。
緊急事態だ。
一番近くの教室のドアを開け放ち、今起こったことを知らせる。
「緊急事態です!救助班も一緒になって、バリケードを張ってください!」
私の声を皮切りに、中の人たちが一斉に動き出す。
私は入り口から離れて、隣の教室にも情報を伝える。
二階の全員に状況を共有し終えると、次は三階に上がる。
「緊急事態です!窓から離れて、廊下側の壁に一列になってください!」
一つ一つの教室に危険を知らせていく。
居住者には慌てないように、言われた通りに行動してもらう。
全部の教室に伝え終えると、今度は息を切らせながら四階に上がる。
「緊急事態です!窓から離れて、廊下側の壁にいてください!」
人がいる全ての教室に伝えて周る。
無線が在ればこんなことをしなくてよいのだが、残念ながら高校の備蓄に無線機はなかった。
それが終わると、二階へ降りて、バリケードを張る手伝いをする。
マナ人の肩には申し訳ないのだが、バリケードは人も通れないくらいガチガチに封鎖する。
彼らとの話し合いの結果、向こうがそうしてくれと言ってきた。
「……これで終了です」
数分後。バリケードを張り終えた。
あとは、戦えるマナ人たちに全てを託す。
彼らが無事魔物を倒せれば、警戒態勢を解いてこの世界の普段の日常に戻る。
彼らが全滅したら……、私たちは終わりだ。
アレクくんには悪いが、もしバリケードが破られれば、私がこの身を盾にする。
私たちの中には、未来ある子供や若者が相当数いる。
そして、三階で眠ったままの桃理くん。
彼らを死なせはしない!絶対に!
固唾を飲んでバリケードを凝視すること、十分くらいだろうか。
「おーい!倒したぞ、もう安全だ!」
さっき私が話しかけた、マナ人の青年が大きな声で叫ぶ声がする。
「分かった!今封鎖を解除する」
その声を聞き、私たちは安堵した。
いそいそと机と椅子を片づけ始める。
「なにもなくてよかったです」
話しかけてくれたのは、この学校の教師だった男性だ。
彼は仕事で朝早く学校に来ていたため、九死に一生を得た。
「本当ですね」
苦笑を返すも、手は止めない。
やがてすべての机と椅子を片付け終えると、私は一階に降りて状況を訊きに行く。
「キースと、レラが殺られちまった……」
先ほどの青年が俯きながら応えてくれる。
「申し訳ない。私たちも戦えれば……」
「なに言ってんだ。俺たちはお前らチキュウ人に感謝してるんだぜ。旨い飯食わせてもらったり、ボードゲーム?を教えてもらったりな」
「ああ、だけど……」
「だから戦闘は、俺たちマナ人の仕事だ。ムカイ、自分の仕事でもねえことにしょぼくれんな!」
彼に励ましてもらう。
そ、そうだな。
警戒して逃げ、マナ人に戦ってもらう。不甲斐ないが、これが俺たち地球人のできる最善手だ。
ちなみに、マナ人たちも出身地があるだろうに、なぜか自分たちのことを『マナ人』呼びしている。
気を遣って、私たちの分かる言葉で話しているのかもしれない。
「ありがとう。そう言ってくれるとこれからもやっていけるよ」
「頼んだぜ!チキュウ人代表!」
肩をバンッと叩かれる。
元気を注入してもらったみたいで、パワーがみなぎってくる。
「よし、片付けに移ろう!損壊はどれくらいだ?」
「おう!あそこの教室とあっちの……」
美紀ちゃん。
桃理くんは必ず、守り抜く。
サーニャさん、アレクくん。
必ず、この魔物のはびこる世界で生き抜く。
だから必ず、帰ってきてくれ。
両世界人の安住の地を、ここに作って待ってるから。




