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}融和する世界たち{  作者: LostAngel
第一章:人魔闘争世界『マナレガリア』
3/15

第三話

 }第三話{


 何十分、いや何時間かかっただろうか。


 意識を取り戻した俺は、そっと目を開けた。


 少し陰った、見慣れた白い天井。


 そしてこの、どこか落ち着く匂いは……。


 もしかして、教室か?


「あ……」


 思わず、かすれたうめき声が出てしまう。


 やはり、俺は高校の教室に寝っ転がっているようだ。


 俺と美紀が、昨日まで通っていた高校の教室の中に。


「兄貴!良かった!!」


 傍らには美紀がいた。跪いて俺の顔を見ている。


「良かった!」


「何とか間に合ったようだね」


「これも神様のおかげです!」


 誰だ?


 俺と美紀以外に、誰かいるのか?


 俺は揺らぐ視界の中、聞き慣れない三つの声がした方に視線を向ける。


 気を失う直前、家の前で見た男女二人と、もう一人、知らない女性が少し離れたところにいた。


「なんで、高校に……?」


「それはね、兄貴を助けてくれる神官さんを探しに、学校まで来たんだよ!」


 俺たちがここにいる理由を美紀に訊くと、意外な答えが返ってきた。


 しんかん?


 神官、でいいのか?


 多分、俺の腕を治療をしてくれた人でいいんだよな?


 ちらと左肩に目をやるが、包帯でぐるぐる巻きにされていてよく分からない。


 焼けるようなあの痛みも、施術により引いたのか、未だに麻痺しているのかも判然としない。


 だが、俺がこうして意識を取り戻せたということは、治療が成功したんだろう。


「そうか……ありがとう…美紀」


「…ううん、当然のことだよ」


 俺は美紀の目を見て感謝の言葉を述べた。


 世話になった。

 

 感謝してもしきれないくらいだ。


「お加減はいかがですか?」


「はい……大丈夫です。あなたが……神官、の方ですか?」


「はい!フォリア・マーブルと言います!」


 片腕で起き上がり、やっとの思いで質問すると、フォリアさんはこちらに近づきながら答えてくれた。


「無事、神に導かれ、窮地の中にいたあなたを救うことが出来ました!」


 神、か。


 そうかもしれないな。


「なあ、フォリア……ちょっといいか?」


「ダメです、アレク!……まだ、あなたに話していないことがあります!」


 彼女はアレクと呼ばれた男の方を向いてきっぱりと断ると、再びこちらを向いて大声を出した。


 あまり実感はないが、彼女は俺の主治医みたいなもの。


 左腕について、何かあるのか? 


「あなたの胸には、『回復の魔法印』が刻まれています!私が着けました!」


「え……えっと。なんですか、それは?」


 ドンッと胸を叩いたフォリアさんは誇らしげだが、意味が分からない。


 『かいふくのまほういん』。


 『回復の魔法印』だよな。


 そこは、神の奇跡、とかじゃないんだな。


「説明しましょう。『回復の魔法印』は、徐々にあなたの左腕を癒し、やがて元通りにしてくれます!分かりましたか!?」


「え……いや、それだけですか?」


「はい!あなたはそれを理解していればいいんです!分かりましたか!?」


「は、はい」


「それは良かった!」


 なかなか押しが強い。


 まあ、意味の分からない話をされても理解できないだろうから、これでいいのかもな。


 俺が渋々頷くと、にっこりと笑ったフォリアさん。


 元通りにしてくれるってことは、腕が生えてくるってことか?


 そんなことにわかには信じられないが、俺を助けてくれた人が嘘を言うはずがない。


「なあ……」


「もう大丈夫です!」


 俺が話を続けようとするも、フォリアさんは笑顔のままズイと移動し、壁際まで下がってしまった。


 そして、そのスペースに入り込むようにして、アレクと呼ばれた男ともう一人の女性がやってくる。


「アレクサンダー・パウンドだ。アレクと呼んでくれ」


「サーニャ・シフォンだ。魔法使いをしている」


「魔法……使い…?」

 

 そうか。

 

 この人たちの格好、そしてあの化け物。


 もしかしたらと思ったが、もしかするのか?


 それとも、俺はまだ夢の中にいるのか?


「そう、魔法、使いだ。君たちから見ると、私たちは魔法のある世界、『マナレガリア』から来た異世界人、ということになる」


「そう、なんですか」


 死に体の俺を救うという、奇跡の所業を成した神官がいるんだ。


 異世界がありました、と言われても、今さら驚きはしない。


「ほう、君は驚かないんだね?……まあいい。時間がないから、手短に話すよ」


「助かります」


「敬語は要らないよ」


「分かった」


 サーニャと名乗った女性は、かなり若く見えるが、妙に落ち着いている。


 話しやすくて助かるから、俺としては文句はないが。


「端的に言うと、君の住んでいた世界『チキュウ』と、私たちが住んでいた世界『マナレガリア』は、融和してしまったんだ」


「ゆうわ……?」


「混ざり合って良くなるという意味だ」


 異世界人なのに、俺の知らない日本語を持ち出してくるとは……。


 って、待てよ?


 どうして、異世界人が日本語を話しているんだ?


「どうして…日本語を……?」


「これも仮説の域を出ないが、世界と同時に言語も融和したんだろう。私には、君が『マナレガリア』の言葉を話しているように聞こえている」


 ?


 俺の頭が悪いのか?


 全く意味が分からない。


「この現象は実に興味深いが、話の本筋からずれてしまうから、やめにしよう。とにかく、『チキュウ』と『マナレガリア』は一つになったんだ。今までの『チキュウ』とは別世界になったと考えていい。でも、出来上がったこの世界は、部分的に地球でもあるんだ」


「ああ…続けてくれ」


 それは何となく分かる。


 要は、この新しい世界は『地球』でもあり、『マナレガリア』でもある。


 そして、そのどちらでもないとも言える。そういうことだろう。


「呑み込みが早いね。それじゃあ、次はなぜ融和が起こったのか、についての説明だ。申し訳ないのだが、これは『マナレガリア』側の責任だ」


 だろうな。


 大方、この世界の勇者を呼ぶはずが、地球ごと転移させてしまった、とかだろう。


「王家に仕える魔法使いたちが転移魔法陣で勇者を召喚しようとしたんだ。それで何故か、召喚される勇者の住む、『チキュウ』との融和を引き起こしてしまった」

 

「やっぱり……そうか……」


 ありえない話だが、実際に起こっている。


 魔法は知らないが、『マナレガリア』という世界ではありえる話なんだろう。


「本当に優秀だね、君は。さて、ここが一番大事なところなん………」


 サーニャの説明の途中。


 突如、パリーンッと、教室の窓ガラスが割れた。


 それと同時に、外から人が飛び込んできた。


「だ……が…」


 驚きでサーニャの口が止まる。


 他の皆も固まっている。


 その間に、ゴロゴロと床を転がった乱入者がすっくと立ち上がる。


「………」


 普通の男にも見えるが、顔色がすこぶる悪い。


 土気色というやつだ。


 そして、全身を黒のローブで包んでおり、右手にはナイフが握られている。


 人型のモンスターとかクリーチャーとか、そういった類の化け物でいいんだろうか?


「ユウシャアアアアアアッッ!!」


 男は俺たちの方を睨みながら、しゃがれた叫び声を上げた。


 ゆうしゃ。


 勇者。


 ここに勇者がいるのか?


 ひょっとすると俺か!?


 いや、それはないな。


 もっと可能性の高い人物がいる。


「サーニャは兄貴をお願い!」


 ああ、やはりそうか。


 右手に、あの剣を握りしめ、前に躍り出た美紀。


 お前が、勇者なんだな。


「シネエエエエエッ!!」


 奇怪な絶叫を上げながら、ナイフで自らの手のひらを傷つけた謎の男。


 傷口からは、どす黒い血が染み出てきた。


 この男、やはり人間じゃない!


「エド!?」


 襲撃者の顔が良く見えるようになった。

 

 フォリアが大声で驚く。


 えど。


 エド。


 多分、エドワードやエドモンドの略称か?


 彼女は、この男を知っているのか?


「ソノナデ、ヨブナアアアアアッッ!!」


 何か、彼にとっての地雷を踏み抜いてしまったのか。


 男は一際大きい声量で声を荒げると、血の滴る左手をフォリアに向かって振るった。

 

 俺は助けられなかった。体がピクリとも動かない。


 アレクも一歩遅かった。離れたところにいたのが災いした。


 サーニャも美紀も、位置的に無理だ。 


「きゃああっ!」


 結果、フォリアさんは男の血をもろに浴びてしまった。


 この男。なぜ、こんな回りくどい攻撃をする?


 その血に、何かあるのか?


「やめろっ!」


 美紀が制止の声を上げ、瞬時に距離を詰めると、不格好に剣を斬り払う。


 だが、男には当たらない。


 しなやかに斬撃をよけた後、もう一度左手を払おうとする。


 まずい!


 美紀にも血を浴びせるつもりだ!


「っいた!……はっ!つう!」


 俺はグルンとうつぶせになってから右腕だけで起き上がるも、間に合わない。


 美紀をかばうには、間に合わない。


 だから、男と美紀の間に飛び込んだのは、俺ではなかった。


「やめ、てええっ」


 フォリアさん、だった。


 顔を真っ赤に腫らしながら、再度加わった痛みにのたうち回る彼女。 


「もう、やめ、てええっ!エド、やめてええぇぇぇ!」


 何度もうわごとを呟き、男に訴える彼女。


「ヨブナ!ソノナデッ!ヨブナアアアアッ!」


 そして、勇者の美紀など忘れて、倒れたフォリアに向けて何度も左手を払う男。


「フォリア…。死んじゃうの……?」 


 美紀が錯乱状態に陥っている。


 トラウマだ。


 昔、俺たちの家で飼っていた犬が亡くなって以来、美紀は生き物の死を過敏に恐れるようになった。


「フォリアを傷つけるな!」


「やめろ、アレク!」


 アレクが剣を振りかぶるも、サーニャの制止の声に動きを止める。


「どうしてっ!」


「おそらく、この男の血は毒だ!フォリアが浴びたのを見ただろう」


「だけどっ!」


「ミキを遠ざけてくれ!魔法を使う」


「それだとっ!」


「それしかっ!……今は、それしかない」


「分かった……」


 少し、アレクとサーニャが言い合いになった後。


 震える美紀の両腕を持ち、男から場所に連れていくアレク。


 魔法。


 どんなものかは知らないが、アレクの様子からして、今使うことがためらわれる技なんだろう。


 それに、美紀を遠ざけた。


 これらを考えると、サーニャは。


 彼女は、フォリアさんを巻き添えに魔法を使おうとしているのか!?


「や…め……て…」


 もう、フォリアさんの息は絶え絶えだ。


 どうせ助からないだろう。見捨ててもよくないか?


 いや、よくない。


 彼女は、俺の命の恩人だ。


 俺が、俺が助ける。


「サーニャ、こっちはオッケーだ!」


 俺は膝を突いて立ち上がった。


 美紀も避難できたし、魔法で倒してもらおうじゃないか。


 駄目だ。そんなことさせない。サーニャを人殺しなんかにさせない。


 一歩、よろめきながら足を踏み出す。


「分かった。………『ハイ・フレア・……」


 安全な場所で、魔法が炸裂するのを観賞しようぜ!


 黙れ!


 甘美な囁きを振り払いながら、二歩、三歩と、徐々に勢いをつけて前に走る。


「やめろ、サーニャ!」


「きみっ!?」


 肺が裂けるほどの大声を出し、サーニャの脇を通り過ぎる。


 そのまま、男に向かって突進する。


「ヨブナアアアッッ!ソノナヲヨブナアアアアッッッ!!」


 男は、まだフォリアさんをいたぶっていた。


 やめろよ。


 お前を思って叫ぶ人を、傷つけるのをやめろ。


「うおおおおおおっ!」


「ソノナッッ!?」


 かけ声を上げ、右肩を前に出して男にタックルする。


 俺が男の上に覆い被さる形になった。


「うおっ!」


「ヨブナアアッ!ソノナヲッッ!!」


 俺を突き飛ばし、再びフォリアの方へ向かおうとする男。


 やめろよ。


 お前に人を殺してほしくないから、進んで自らの身を犠牲にした人を、汚すのをやめろ。


「やめ、ろ……」


 俺は右手で男の足首を掴む。


 それでも前に進もうとした男は、前に転ぶ。


 さらに、俺は這って男の背に覆い被さる。


「ナラ、オマエカラシネ」


「がっ!」


 男は、急に正気を取り戻した。


 俺はものすごい力で投げ飛ばされた。


 勢いで壁を突き破り、無様に廊下を転がる。 


「オマエカラシネ!オマエカラシネ!オマエカラシネ!……」


 男はダメ押しとばかりに、這いつくばる俺に向かって幾度となく血を浴びせてくる。


 こんなの。


 ぜんっぜん、痛くないな。


 俺は右腕を突いて立ち上がる。


「オマエカラシネ!オマエカラシネ!………ドウシテ、ヘイキデイラレル!?」


 さあ?


 『回復の魔法印』の効果なのか、痛みに脳が麻痺しているからなのかは、俺には分からない。


 でも、お前を倒すのには好都合だ。


「うらあああああああっ!!」


「オレのチヲクラッテ、グアアアッ!」


 俺はもう一度突進し、男を転倒させる。


 そして片腕を頼りに、男の上に馬乗りになる。


「うらっ!…うぉらっ!…うぉらあっ!………」


 さらに、男の顔を殴る。


 殴る。


 何度も。


「…おらあっ!…おらあっ!…おらあっ!…おああっ!………」


 何度も何度も。


「…おああっ!…おああっ!…ふぉらあっ!…ほぱあっ!………」

 

 何度も何度も何度も。


「…ごなあっ!…おああっ!…おあああっ!…おあらあっ!………」

 

 何度も何度も何度も何度も。


「…ごああっ!…おあらあっ!………あ?」


 何度も何度も何度もなんど……。


 あれ。


 血に触れすぎたのか、右腕がばかになってしまった。


 脳が指令を出しても、ピクリとも動かない。


「………オマエカラ……シ……ネ」


 駄目だ。


 何発殴っても、この男は反省しないようだ。


 だったら、こうするまでだ。


「……お、あああああああっっ!!」


 俺は前に倒れ込むと、口を大きく開け、男の首筋に深くかぶりついた。

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