第十四話
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なんだ、あの船は。
とてつもなく大きい。大きすぎて、かろうじて船の底部と突き出たマストだけしか見えない。
……はっ!そんなことより美紀は!
辺りを見渡すと、そう遠くない位置に美紀が倒れていた。
「今、行くぞ」
足を捻ったか骨折したかは分からないが、立ち上がることができない。
しょうがないので、這って進む。
「美紀。大丈夫か、美紀!」
美紀の元へ到着した俺は、美紀の肩を叩いたり、揺さぶったりしてみる。
しかし、反応が無い。
かくなる上は、サーニャがやっていたように回復魔法を試してみるしか……。
そう考えていると、ズシッズシッという足音が近づいてくる。
音の鳴る方を向くと、竜がこちらに歩み寄ってきていた。
「……」
助かったと思ったが、どうやらそれは勘違いだったようだ。
早く死ぬか遅く死ぬか、魔王に殺されるか竜に殺されるか、程度の些細な違いだけだった。
俺は竜から妹をかばうように、両腕を広げる。
食うなら、まず俺から食え。
そして出来れば、美紀を見逃してくれ。
「お前が、トーリだな?」
低い、女性の声。
もしかして、この竜が話しているのか?
「ああ、そうだ」
「だ、そうだぞ、サーニャ」
サーニャ?
竜は首を後ろに傾け、彼女の名を呼んだ。
「間に合ったようだね。きみ」
「サーニャ!?」
サーニャが、竜の背中から降りてきた。
「なんで、竜の背中に……」
「それは後だ。今はミキを治療する」
素早く俺の元へやってきたサーニャは、腹に聖剣が突き刺さった状態の美紀を見ながら言う。
「でも、それより魔王が……」
「魔王のことは捨て置いていい。あれが見えるだろう」
サーニャは宙に浮かぶ金属質の船を指さす。
「ああ、見える。でも、それが……」
「魔王は『マナレガリア』の他に、『チキュウ』のような異世界が存在することを知った。そして、お次はあれだ。大きすぎる。おそらく、あれも一つの世界だ」
「一つの世界……」
「そう、『チキュウ』でもなく『マナレガリア』でもない異世界だ。きみたちの様子から考えて、魔王には傷一つ与えられなかったんだろう?」
「そうだ」
いきなり話が変わった。
アレクとサーニャには悪いが、正直に答えるしかない。
「優先順位の問題だよ。きみたちは何でもない、どうでもいい人間とみなされた。それらの始末をするよりも、やってきた未知の世界を蹂躙することの方が、優先されただけだ」
「……そうだったのか」
「まあこれも私の憶測だから、話半分に聞いてくれて構わない。……『ハイ・ヒール・ナロウ』」
サーニャは話を締め括ると、美紀に向かって回復魔法を撃った。
「……これでできることはやった。後は逃げるだけだ」
「え?魔王を倒さないと……」
「美紀が万全の状態にならないと、魔王を倒すなんてことは無理だ。きみも痛感しただろう?」
「確かに、そうだが……」
「それに、魔王の注意は新しい世界に向けられている。今がチャンスということだよ」
「……分かった」
サーニャのおかげで、事態をある程度把握できた。
ここは退いて、全員が回復してから再度挑むという形をとるのだろう。
「それじゃあ、ここから離れよう。ドラゴート、追加で二人乗せても大丈夫かい?」
「無論だ」
「ありがとう。ということで、行くよ」
ドラゴートと呼ばれた竜が頷きを返す。
どういうことだ?
トキシックもそうだったから、話せることは別にいい。
でもなぜ、魔物である竜が俺たちに協力するんだ?
「今は疑問でいっぱいだろうけど、とりあえず乗って?」
美紀を担ぎ上げたサーニャが、竜の背中に乗った。
「……分かった。乗りながら、いろいろと教えてくれ」
サーニャの問いにそう答えると、俺は右手で竜の脚を掴んだ。
※※※
つまらんゴミを処分するのは後回しだ。こんなこと、いつでもできる。
それより、あの船だ。
『マナレガリア』では見たことの無い、また『チキュウ』にも無いであろう大きな船。
あれがゆっくりとだが、こちらに向かってきている。
あのままではこの世界に衝突するだろう。
すると、なにが起こるか。
おそらく、我でも耐えられるかどうか分からないほどの強い衝撃がもたらされ、我々の世界は崩壊する。
我の支配する世界が無くなる。完全に消滅する。
それだけはなんとしてでも避けなければならない。
せっかく融和した新しい世界で、『チキュウ』のゴミどもで遊んでいたのに、いきなりやってきて全てを破壊するなど、到底許されない。
地下へと続く階段の元に辿り着く。
だから、融和させる。
『マナレガリア』のゴミの中ではマシな方のゴミが完成させた、転移魔法陣とやらを使ってな。
階段を下りる。城のゴミどもを皆殺しにしたときに、全ての部屋を周っている。迷うことはない。
面倒なので魔力衝波で道を切り開くことを考えたが、魔法陣が壊れてしまっては本末転倒だ。
だからわざわざ、ゴミどもの作った階段を下っているわけだ。
……ここだ。
入り口を塞ぐ扉を引っこ抜き、適当なところに投げる。
中に入ると、なんの飾り気の無い、ただ石で覆われただけの空間が現れた。
そして床の中央には、魔法陣が描かれている。
「邪魔だ」
対象を確認して発動する方がいい。
部屋の中で魔力衝波を発動し、天井を吹き飛ばした。
一階の床が抜け、青い空が見える。
そして、あの船も。
私は魔法陣の縁に立った。
そしてあの船と、今我たちが生きている世界。二つが混ざり合う光景を頭の中で想像しながら、両腕を前に突き出す。
融和しろ。『マナレガリア』、『チキュウ』と一体化しろ。
そう強く念じる。
そして、ありったけの魔力を込めた。
「やれ」
転移の魔法陣よ、この世界とあの船を融和しろ。
※※※
今、新たな世界『ボットシップ』が『地球』、『マナレガリア』と融和した。