第十三話
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前方を睨みながら、扉を閉めて質問する。
「お前が、魔王だな?」
「そうだ」
部屋の中央にいる黒い大男、魔王から、凄まじいプレッシャーを感じる。
思わず逃げ出したくなるほどの、強い殺気。
「俺は桃理。お前を倒しに来た」
「名前などどうでもいい。すぐに死ぬのだからな」
その直後。
衝撃波のような、目に見えない何かに、体が吹き飛ばされる。
「がっ!」
俺は壁に衝突し、ずるずると床にへたれこむ。
左腕が擦れ、壁に血が塗られる。
なんなんだ、今のは?
「その肌、その血は……。そうか、お前がトキシックを倒したのだな。そしてやつの血を啜り、肉を食らった」
トキシックって、もしかしてエドのことか?
それに、俺がこんな体になった理由をすぐに導き出すとは。相当賢いのだろう。
「そうだ。やつの肉は美味かったぞ」
「挑発のつもりか?だとしたら、ずいぶんと愉快な思考をしているのだな」
衝撃が飛んでくる。
「がああっ!」
壁に押さえつけられ、体の節々が悲鳴を上げる。
「のこのこと我の前に現れるとは、もはや死にに来たと同義だ」
それでもいい。
お前を倒せるのなら、死んでもいい。
俺は左足を立て、すくと立ち上がる。
「勇者ですらこの程度なのだから、なんの能力も持たないお前は、ゴミ以下だ」
それでもいい。
お前の息の根を止められるなら、ゴミ以下でもいい。
美紀のところへ歩く。
「そいつは直に死ぬ。死に目に会えたのは幸運だったな」
「………」
魔王が戯言を吐いた。
俺はそれを無視して、美紀の傍に着くと、腹に突き刺さっている聖剣を……。
あれ、握れない。
握ろうとしても、手が見当違いの方向に向かってしまい、触れることすらできない。
「聖剣は、勇者にしか扱えない」
そうなのか。
俺が勇者じゃないから。
「だから、お前はゴミ以下なんだ」
勇者じゃないから、美紀を救えない?
「最も、人類の希望などと持て囃されている勇者がゴミなのだから、それも仕方ないだろう」
勇者が、美紀が、ゴミ?
「勇者が、美紀が、ゴミ?」
「ああ、なにを当然のことを訊く?そこで無様な姿をしているものが、ゴミでないのならなんだという?」
無様な姿?
「無様な姿?」
「見て分からないのか?勇者はなにもできず、なにも為せず、今まさに死のうとしている。これがゴミにふさわしい末路だ」
ゴミにふさわしい末路?
「ゴミにふさわしい末路?」
「そうだ。そしてお前も同じ運命を辿ることになる」
魔王から衝撃が放たれる。
俺は美紀の近くの壁に激突した。
「美紀は、ゴミじゃない……」
壁を支えにして立ち上がる。
「ゴミだ」
「美紀は、無様な姿なんてしていない……」
正面の魔王を睨む。
「しているではないか。それともお前は嗜虐……」
「美紀にふさわしい末路は……お前に勝つという結果だ!」
魔王の言葉を遮り、一歩踏み出しながら左腕を振った。
黒い血が魔王に向かって飛び散る。
「不潔だ。ゴミ以下が」
衝撃。
強い力が血を全て弾き飛ばした。
それだけに飽き足らず、俺は再び押し戻され、壁にぶつかった。
「浴びたとしても何の害もないが、精神的に良くない。ゴミ以下の血に触れるなど」
「はあ……はあっ………はあっ……」
血が当たらない。そして毒が効かない。
肩で息をしながら、俺は頭の中で思考を巡らす。
だったら、どうすればいい?どうすれば、魔王を倒せる?
聖剣は持てない。美紀は意識を失っている。魔王は全力を出していない。
……ダメだ。勝てる策が無い。
「元々倒せる訳がないのだから、人間は大人しく殺されるべきだ。お前も、そう思うだろう?」
「………」
勇者しか聖剣を使えないというのは、魔王の嘘かもしれない。
もう一度、聖剣を握ることに挑戦するか?
いや、これはダメだ。真実だった場合、魔王に隙を与えるだけになる。
それとも、美紀を起こして、一緒に戦うか?
……これもダメだ。さっき俺の血を弾いた衝撃が当たっても、美紀が目を覚ますことはなかった。俺が呼びかけただけでは起きないだろう。
「最後に、言いたいことはあるか?」
「……」
考えろ、考えろ考えろ!
どうすれば、目の前の魔王を倒せる?
……そうだ。今魔王は俺を殺そうとしている。おそらくは衝撃波を用いて。
「どうせやるなら最大出力で、俺を殺してくれ」
なら、それを利用する。
衝撃が広範囲に広がることを利用する。
俺を殺すための衝撃波で、美紀の意識を覚醒させる!
「いいだろう。塵も残さないくらいの強さでお前を殺す」
「さあ、一思いにやってくれ」
俺が言い終わった次の瞬間。
ものすごい圧迫感が全身を襲った。
肉が、血が、内臓が、俺を置き去りにして後ろへと駆け抜けるような感覚。
瞬間、壁に叩きつけられる。
それでも俺を襲う力は留まることを知らず、壁を突き破ってエントランスホールまで吹き飛ばされる。
一拍遅れて部屋の壁が吹き飛ぶ。瓦礫と共に美紀と聖剣がこちらに飛んでくる。
ゴロゴロと絨毯の上を転がりながら、スピードが徐々に収まっていく。
こう、周りのことを捉えられているということは、俺はまだ生きているのか?
「……かはああっ!……があああっ!……はあっ、はあっ……」
血が、どす黒い血が体から湧き出る。
俺は上体だけを起こして、部屋のあった方向を見つめる。
「どうも、威力が出ないな。『チキュウ』とやらと融和したことが原因か?」
濛々と立ち込める砂煙の中から、魔王が出てくる。
よく分からないが、俺を殺すほどの衝撃波が出せないらしい。
「う……うーん……」
近くで声がする。
美紀が起きた!
「がっ……はああっ!……」
「美紀、大丈夫か?」
俺は手を突きながら這って移動し、美紀の元に行く。
「あ…にき……?…」
「ああそうだ、お前の兄貴だぞ!」
大声を出して、美紀の意識をつなぎとめる。
「助けに………来てく…れたんだね……」
「ああ、美紀と一緒に、魔王を倒しに来たんだ」
『美紀と一緒に』を強調する。悪いことが起きないように。
「あり…がとう……。でも…もう……」
「そんなこと言うな!俺が、俺だけで魔王を倒すから、死ぬな!美紀!」
声を張り上げて美紀に言葉を投げる。
「最後に…兄貴と会えて……良かった…」
「美紀?……美紀!?…みきいいいいいっ!」
美紀がまた気を失った。
気を失っただけだ。
まだ生きている。
美紀は絶対に。
生きている。
「さて、別れも済んだな?」
魔王が、すぐ傍まで来ていた。
「……ああ」
今度こそおしまいだ。万策尽きた。
俺は魔王を見据えたまま、その時を待った。
「死ね」
美紀、俺もそっちに行くからな。
目をつぶる。
衝撃波が放たれる瞬間。
ゴオオオオ、と轟音が鳴り響いた。
「邪魔だ」
衝撃波で吹き飛ばされる。
だが、さっきのものよりか弱い力だ。
俺は吹っ飛びながらも目を開ける。
俺と美紀は、竜が眠っていた城の入口まで飛ばされていた。
急いで城の方を向く。
魔王が連続して衝撃波を放ち、城の壁と天井が崩壊したところだった。
大小さまざまな瓦礫が魔王に降り注ぐ。
魔王はなにがしたいんだ?
でも、これでやつにダメージが入っていれば……。
砂煙が晴れた。
城の壁と天井の大部分が壊れ、上を見れば突き抜けるような青空が広がっている。
そして、瓦礫の上には無傷の魔王が立っていた。
ダメか。
俺たちが敵うはずがなかった。抗うことなど無意味だった。
でも、精一杯のことはやった。
それに、美紀と一緒に死ねるなら、向こうでも美紀が寂しがらずに……。
ふと、太陽が陰った。黒い影が周囲を埋め尽くす。
なにかが日の光を妨げている。
未だゴオオオオ、という音が鳴り続けている。
魔王の方を見る。やつは空の一点を見上げていた。
つられてそちらを見る。
そこには………。
全体が金属と錆びで覆われた、巨大な船が浮いていた。