第十二話
}第十二話{
城の中を進んでいく。
一歩、また一歩と。
私が魔王なら、どこで勇者を待つ?
私なら………。
玉座。
そこでふんぞり返っていると思う。
「この奥に、いる……」
強烈な気配が、奥の部屋から発せられている。
豪華な意匠の施された扉の前に立つ。
扉は不自然なほど綺麗で、今は閉まっている。
私が魔王に気付いたのなら、魔王もこちらの存在を認識しているだろう。
でも、動かない。微動だにしない。
「来い…ってことだよね…」
取っ手に手をかけ、ゆっくりと開ける。
隙間から中の様子を観察する。
広い部屋だ。家のリビングの何倍も広い。
扉が半分ほど開いた。
目を滑らせ、限られた視界の中でできる限り情報を得る。
黒い男が、玉座らしきものに腰かけている。
顔は……黒い。身に纏っている服のようなものと色が一緒で、それくらいしか分からない。
でも、こちらを見ているというのは分かる。
邪悪な殺意が、私にまとわりついているからだ。
扉を開け切る。中に一歩、足を踏み入れる。
魔王が動いた。
……いや、深く座り直しただけ。
「私が勇者だっ!」
「それは知っている。聖剣の近づく気配で分かる」
低く、重い声が発せられる。
「………」
口を結び、魔王に対面するように部屋の中央まで歩く。
依然として、魔王は椅子に座ったままだ。よく見ると、アームレストに肘を突いて頬杖をついている。
「お前を…倒しに……」
お前を倒す、殺すことを伝えようとした。
「弱い」
そう呟いただけだった。
「きゃあああっ!」
強い衝撃が体を覆った。
「がはっ……!」
吹き飛ばされた私は、扉に背中を打ち付ける。そのはずみで息がこぼれる。
「これが人類の希望、勇者。弱すぎる。我が、こんな奴にどうこうされる魔物風情と侮られているのが、我慢ならん」
魔王は頬杖をやめない。
私はその程度の存在だというの?
跪きながら魔王の顔を睨む。
先ほどは、認識できない衝撃のようなものに吹っ飛ばされた。
それはなに?これも魔法なの?
立ち上がって、剣を構える。
「今のがなんなのか見当もつかず、攻めあぐねている。そうだろう?」
見透かされている。心の中を覗かれている。
じゃあ、嘘を付いても意味がない。
「そうよ……いったいどんなからくりがあるの?」
「すぐ種明かしするのはつまらん。もう一度、その身で受けてみろ」
言い終わるや否や、再び衝撃が襲ってくる。
「ぐっ………!」
膝を曲げ、重心を低くしてこれに備える。
一回目の衝撃は、力が一瞬だけ体に加わって吹き飛ばされたように思えた。
だから、衝撃が来る瞬間だけ耐えれば、吹き飛ばされずにいられる!
「……はあっ……はあっ………」
「二回目で耐えるか。最も、これの正体に気付かず、ただ学習しただけの結果だがな」
魔王が話す。
これの正体。
なに?なにが衝撃を生んでるの?
「……ヒントをちょうだい」
「魔王が人に手心を加えろと言うか!……あまりに無様だ」
三度目の衝撃。
体が吹き飛ばされ、一回目と同じように背中をぶつける。
「ぐううっ!」
「だが、いいだろう。どうせ死ぬのだから、何に殺されたのかくらいは知っておくべきだろう」
遊んでいる。
魔王は私をいたぶって、遊んでいる。
「我らが住んでいた世界、『マナレガリア』には魔法がある。お前たちの世界には無かったものだ。だから気づけないのであろう」
よく口が回る。
でも、チャンスだ。時間が経ってアレクとサーニャが来てくれれば、この状況を打破できるかもしれない。
「魔法の他に、『マナレガリア』にあって『チキュウ』には無かったもの。それがヒントだ」
さあ考えろと言わんばかりに、四回目の衝撃がやってくる。
「きゃああっ!」
立ち上がりかけていた私の体は、またも扉に激突した。
「………」
立ち上がりながら、頭を働かせる。
なに?
『マナレガリア』と地球。違うのは魔法の有無だけじゃないの?
思い出せ、思い出せ!
「制限時間を設けよう。時間内に答えられなければ、今すぐ殺す」
でも何を思い出せばいい?どの記憶を回想したらいい?
「十」
こんな世界になってから、何を得た?何を体験した?
「九」
まず初めに私は、兄貴に助けられて魔物から逃げた後に、その魔物を聖剣で倒した。
「八」
その後アレクとサーニャが来て、魔法で兄貴の肩を焼いて、私が勇者ってことを教えてもらった。
「七」
その次に……その次に私は、サーニャに聞いた。私は回復魔法を使えるの、って。
「六」
そしたら彼女は……なんて答えた?
「五」
確か、あれは確か……。
「四」
『ねえ、私は回復魔法ってやつを使える?』
『空気中には魔力が漂っているから、できないとは言わないけど……』
『空気中には魔力が漂っているから』。
「分かったわ」
「三点……言ってみろ」
「『マナレガリア』には魔力が存在している。いや、魔力が漂っている。お前はそれを利用して、衝撃を放っている。…違う?」
「正解だ。よく気付いたじゃないか」
合っていたようだ。時間も稼げたし、魔王のご機嫌取りも……。
「じゃあ、死ね」
今までのものとは比べ物にならないくらいの衝撃が、顔を、首を、胸を、腹を、腕を、脚を、強く圧迫する。
ものすごい勢いで扉に衝突した。
扉は、私の体を受け止めきれずに壊れ、私は広間に投げ出された。
「……っ……っ…っ………」
首に大きな負荷がかかって息ができない。
両手を当て、気道の確保に努める。
「…っ………っはあっ……はあっ……はあっ」
何とか呼吸が回復した。
これで、またたたかえ……。
「何をしている。勇者が剣を手放すとは、呆れたものだ」
何度吹き飛ばされても聖剣を掴んで離さなかったが、今、首に手を当てるために一度手放してしまった。
そんな失敗を叱責するかの如く、もう一度衝撃が来る。
「があああっ!」
広間の壁に激突する。体中が悲鳴を上げる。
痛い。どこかの骨が折れてるかも。
魔力を使った衝撃、壁にぶつかる衝撃。
この二つの衝撃が、私をじわじわと痛めつけている。
「聖剣の無い勇者など、ただのゴミだ。ただ不快なだけの存在」
いつの間にか、魔王が立っていた。先ほどまでいた部屋入り口近くに佇んでいる。
聖剣は部屋の中央。私と魔王を結ぶ直線距離の、ほぼ真ん中だ。
あそこへ行かないと。行って、聖剣を握って、魔王を倒さないと。
「視線が聖剣に釘付けだな。そんなに欲しいなら、くれてやろう」
瞬間。
聖剣が跳ねた。
「え……?」
ひとりでに跳ねた。刃を上、柄を下にするようにして、刀身が踊る。
切っ先があらゆる方向へとさまよう。
そして、刃が私の方を向いた瞬間。
「がっ………!」
気が付いたら、腹から柄が生えていた。
申し訳程度に着ていた革鎧をいとも簡単に突破した聖剣が、私の体を貫通した。
飛んできた勢いが凄まじく、鍔が腹に衝突してもなお、体が後ろへと引っ張られる。
刃が壁と衝突し、ギンッと小さな音を立てた。
「無様だな。だが、それがお似合いだ」
私は聖剣によって、広間の壁に縫い付けられた。
「がはあっっ!」
私は喀血した。せり上がってきた血が、どんどん口から溢れ出る。
「やはりダメだ。弱すぎる。話にならん」
魔王がすたすたと歩み寄ってくる。
私も、そう思っていた。勇者として魔王の前に立ったとき、すぐに思い知らされた。
でも、気づかないふりをしていた。
自分は勝てる!……そう自分に思い込ませていた。
「まだ……まだ………たた…かえる……」
「ほう?その体で、どうやって?」
魔王は広間の中央で足を止めた。
「私は……勇者…だから…戦わないと……」
「その格好でそんなことがいえるなんて、随分と滑稽だな」
魔王は私を蔑み、貶し、嘲笑う。
そう、これでいい。
少しでも時間を稼ぐ。
こちらが有利になるように………。
「ああああああっ!?」
痛い、腹が痛い。
「ようやく、痛みに気付いたか」
「ああああああああああっ!」
内臓が傷つけられ、押しつぶされたときの痛み。
経験したことの無い痛みが、私の思考を破壊する。
「あああああああああああああああっ!」
「しかしやかましいな。殺すか」
痛い!
痛い、痛い、痛い!
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い!
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!
誰か、助けて………。
これまでの旅を思い出す。これが走馬灯ってやつなの?
剣の修業をつけてくれた、アレク。
世界の知識を教えてくれた、サーニャ。
そして、魔物から私を守ってくれた……。
「死ね」
私の大好きな……。
「待てっ!」
「あまりにも弱すぎて気づかなかった。誰だ?」
「俺は桃理。勇者、美紀の……」
兄貴。
「妹だ」