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魔国歴426年 6
カンカンカンカン!
鐘の音が大音量で鳴り響く。
私は飛び起きた。
窓から外を見ると空が白んできている。
どうやら夜明けの時間らしい。
コンコンとドアがノックされる。
ノックされたということはそこまで差し迫った事態では無いということかな?
なんて悠長なことを考えている。
「どうぞ」
と返事をすると入ってきたのは護衛の兵士だ。
「なんの騒ぎでして?」
「魔物の襲撃です」
魔物の襲撃・・・
魔物の住み処からの防衛を務めるアレスフォート領において魔物自体は珍しいものでは無い。
しかし、その分魔物討伐が主体の騎士団や冒険者の中でもハンターと呼ばれる魔物退治専門の強者がゴロゴロいて、普段からまめに魔物を減らしているため警鐘が鳴らされるようなことは滅多にない。
「街まで来ているのかしら?」
「いえ、まだ遠見からの報告だけですが、どうやらこちらに向かってきているようです。
話によると、大空の者、翼竜ではないかとのこと」
「翼竜!」
私は驚いた。
竜種は基本的には縄張り意識が強い種族で、街までやって来ることは滅多に無い。
しかし、空を自由に飛び下手をしたらブレスと呼ばれる遠距離からの攻撃手段を持っている竜種は、間違いなく脅威だ。
私が生まれてからも竜種が街の近くまで来たというのは聞いたことが無い。
「数は?」
「一匹との報告が入っています」
「今、お父様は王都ですわよね?」
「は、左様でございます」
アレスフォート家当主であるお父様はこの街最強の魔術師だ。
その実力は魔法騎士団長の数段上を行く。
「騎士団は?」
「既に展開を始めています。
おそらく襲来には間に合うはずです」
「危険は?」
「おそらく街の外壁で食い止められるとは思われますが、大空の者なので絶対はありません。
わざわざこの城まで来るとは思えませんが、避難なさいますか?」
私は一瞬だけ逡巡し、
「いいえ、この部屋で待機します。
あなたは念のため部屋の前で待機を願いますわ」
「かしこまりました。
何かあったらすぐにお声かけ下さい」
そう言って部屋を出て行く。
ハッキリ言って不謹慎だがワクワクしていた。
アレスフォート領は王国の中でも一二を争う危険地帯と言われているが、基本的に街まで魔物がやって来ることは無い。
そもそも私は城の敷地から外にすら出たことが無いのだ。
これはチャンスなのではないか??
そういった思いが膨らんでくる。
なにせ「魔」物である。
体内に強力な魔力を持つモンスター。
そして私は魔法に目がない。
(見たい・・・)
危険なのは百も承知だが、翼竜一匹でどうにかなるほど、この街の防衛は弱くない。
窓を静かに開け、バルコニーへ出る。
街の方角を見渡すと騎士団が外壁へ急いでいるのが分かる。
ちなみに私は目が良く夜目も利く。
これも魔力の影響ではないかと考えているのだが今はいい。
勿論城を守る兵は残っているが、意識は空へ向いている。
これはチャンスだ。
急いで部屋に戻って着替える。
流石にドレスという訳にはいかない、訓練に使っている服にしよう。
これに一着だけあったフード付きの外套を羽織る。
再びバルコニーに戻った私は敷地内の様子を慎重に窺う。
ちなみにこの部屋は城の三階だが、自信はあった。
(今!)
人の目が完全にないことを見計らい一気に庭に飛び降りた。
なるべく音を殺して着地。
ここのところ騎士団で体の使い方を練習していたのが幸いした。
警護の兵に見つからないように気をつけながら全力で街の方へ掛ける。
しかし、城門を通るわけには行かない。
どうするか・・・
一か八かだ。
城門から見えない角度にある城壁に全力で飛びついた。
もちろん高さが足りない。
一度壁を無理矢理蹴って真上に飛び上がる。
しかしまだだ。
正直怖いがやってみるしか無い。
壁に向かって全力で抜き手を放つ!
バキッ!
壁に穴が開き手が引っかかる。
(やった!)
思わず声が出そうになるのを必死で我慢。
そのまま腕の力で飛び上がりまた穴を空けて取り付く。
何度かそれを繰り返し城壁の上に出た。
何度か音を立ててしまっているので急がなければいけない。
城壁の周りには掘がある。
が、ここで躊躇していては見つかってしまう。
私は全力で跳んだ!
・・・あっさり堀は越えられた。
しかし喜んでいる暇は無い。
当たり前だが大通りは使えない。
そして裏路地を通れるほどの土地勘も無い。
となると・・・
上!
そうと決めたら即実行。
手近な屋根に跳び上がる。
(城壁に比べたらわけないわね)
そして人に見つからないように通りから陰になる屋根を身を低くして走り、街の外壁近くまで辿りついた。