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魔国歴426年
あれから一年。
相変わらず魔法は使えない。
魔力を操作する練習は常にしているし、何かヒントは無いかと魔法書も読みあさっている。
全然成果は出てないけど。
人の口に戸は立てられないもので、私が呪い子だという噂は貴族の間に広まってしまったらしい。
私はどうでもいいけど、そのせいで父様が悪く思われるのはすっごく嫌だ。
でもいいこともあった。
弟が生まれたことだ。
名前はリーベルト。
最近少し、薄い紫がかった髪が伸びてきてすっごく可愛い。
きっとカッコ良く育つんだろうなー
まぁ、私の可愛さには及ばないだろうけどね!
見たところ魔力量もなかなかあるので、将来はきっと有望なはず。
父様も跡継ぎが出来たと大喜びだ。
ちゃんと普通に魔法が使える子に育ってくれたらいいんだけど。
「さあ、今日も行こうかしら」
最近の日課は魔法騎士団の訓練を眺めることだ。
自分で魔法を発動出来ない以上、実際の魔法を見るにはこれしかない。
とことこと歩いて、魔法訓練所の二階に造られた物見席までやってくる。
そこから訓練所に向かって手を振ると、気がついた団長と手の空いてるものが礼を返してくれた。
もちろん本当は全員が礼をするのが普通なんだけど、いつものことなのと邪魔になりたくないので最低限でいいと言い渡している。
今は個人訓練の時間らしく、各々の課題をこなしている所みたい。
いろいろな魔法が飛び交う所ははまさに圧巻だ。
魔法の名門、アレスフォート家が抱える魔法騎士団は、東の魔物からの防衛の要でありその練度は王国でも随一らしい。
団長は言うに及ばず、一般魔法兵にいたるまで実にスムーズに魔法を扱っている。
ま、流石に父様には及ばないけどね!
しばらく訓練を眺めていたのだが、徐々に悔しさが込み上げてきた。どうして私は魔法が使えないのだろう?
毎日鍛錬もしているし、練度だってなかなかのものだと自分では思っているんだけどな・・・
「お嬢」
ちょっと落ち込んでいたら後ろから声を掛けられた。
大柄で髭を蓄えた偉丈夫、物理騎士団長のヴォルサスだ。
この国には主に魔法で戦う魔法騎士団と、剣や槍などで直接戦う物理騎士団が存在する。
もちろん実戦では共闘するのが常なのだが、合同訓練の時以外は別の訓練所にいるのだ。
魔法が使えない(正確には魔結晶を破壊してしまう)私は、魔法騎士団、特に団長からは冷たい目で見られ一歩引かれて対応されているのが分かる。
が、このヴォルサスはそんな私にも気軽に話しかけてくれる数少ない人間だ。
ちょっと気安すぎる嫌いはあるが。
「お嬢、今日も魔法の見学ですかい?」
「ええ、そうでしてよ」
「よく毎日飽きもせず見てられますねえ」
「飽きることなんてありませんわ。私は魔法は使えないけれど、実際の魔法やその発動プロセスを見るのはすっごく勉強になるもの」
「ふーん、そんなものですかい」
「ええ、私も魔法が使えたらなぁ・・・」
やはり自分が魔法を使えないことを考えるとついつい暗い気持ちになってしまう。
そんな私の様子を察したのか、
「そうだ、お嬢!」
「どうしましたの?」
「たまにはこっちにきて体を動かしてはどうですかい?
運動するといい気分転換になりますぜい」
「運動?物理騎士団で?
私、勉強ばかりで運動なんてまともにしたことはないのですけれど」
「そりゃあいけねえ。健康の為にも体は動かした方がいいですぜ」
「うーーん」
しばし考える。
「ではお願いしようかしら」
「お、やる気になりましたかい。そうと決まれば早速いきましょう!」
そう言うやいなや、私の手を取って立ち上がらせるとどんどん歩き出した。
物理訓練所は魔法訓練所から演習場を挟んで反対側にある建物だ。
ここに来るのは昔父様に案内されたっきりなので、随分久しぶりになる。
近づいてくると、大きな怒声や金属のかち合う音などが聞こえてきた。
魔術師は常に冷静で静かに戦うことが求められるので、こういった音は新鮮だ。
入り口を通りヴォルサスに続いて訓練所に出る。
「おいお前ら!」
ヴォルサスが大声を上げると、皆の動きがピタリと止まりこちらを見る。
「今日はヴィラミニエ様が来て下さったぞ!」
私の姿を見つけ、皆一様に驚き、そして敬礼をした。
「なんと今日は物理騎士団の訓練に参加して下さるそうだ]
「え、え?」
訓練?体を動かすだけじゃあ・・・
私が驚いて目を白黒させていると、兵士の皆様も同じく驚いてざわざわしている。
「まあ落ち着けお前ら。
普段勉強ばかりで不健康なお嬢様に体を動かしていただこうと、無理やり連れてきたってわけだ。
ヴィラ様にいいとを見せるチャンスだぞ!
アレスフォートには魔法騎士団だけじゃないってのを見せつけて差し上げるためにも気張って行けよ!」
「おおお!」
みなが一斉に雄たけびを上げる。
すごい迫力だ。
私が気圧されていると、
「お嬢、その服じゃあ動きにくいんで訓練着に着替えていただけますかい?」
「え、ええ、もちろん構いませんがいつの間に訓練に参加することに・・・」
「レイア!」
「ハッ!」
ヴォルサスの呼びかけに一人の女性が進み出る。
「こいつはレイア。こう見えてうちでもかなりの使い手だ。自己紹介を」
彼女は敬礼すると
「レイア=ヒンベルト。ヒンベルト男爵家の末席に名を連ねるものであります。よろしくお見知りおき下さい」
レイアはすらりとした長身の女性だった。引き締まった体に金の長髪、かなりの美人であるが戦士特融の鋭い目つきをしている。
今は訓練用であろう軽鎧を身に着けていた。
「ヴィラミニエ=アレスフォートですわ、レイラ様。
なんだかよくわからない間に訓練に参加することになってしまったみたいですけれど、本日はよろしくお願いいたしますね」
ふんわりと貴族の礼をとって挨拶をする。
「ヴィラミニエ様、私も男爵家のものとは言えここでは一介の騎士。敬称は不要です。レイアとお呼びいただけると幸いです」
「かしこまりましたわ。ではレイア、私のこともヴィラとお呼びください」
「で、では、ヴィラ様とお呼びさせていただきます、これ以上は勘弁ください」
レイアが恐縮しているので、
「わかりましたわ、レイア」
「じゃあ自己紹介もすんだところで、レイア。お嬢を訓練着に着替えさせてやってくれ」
「ハ、ではヴィラ様こちらに」
レイアに案内され更衣室に向かう。
「うーん、ヴィラ様は歳の割には長身な方ですが、流石に会う服がないと思うので少年兵用の服になってしまいますがよろしいでしょうか?」
「構わなくてよ。突然お邪魔してしまったんですもの、我が儘はいえませんわ」
「まぁ団長に無理やり引っ張られてこられたんですよね?
あの人強引なので・・・申し訳ない」
「ふふふ、構いませんわ。それより私、まともに運動なんてしたことがないので少しワクワクしておりますの」
「なるほど。騎士団の訓練はもちろんきついですが、軽く体を動かすだけでも健康によいですし、気分も晴れるのでたまに運動するのはいいことですよ」
「お手柔らかにお願いしますね」
「もちろんです、万が一体を壊されるようなことがあってはなりませんので」
そうこう話している間に更衣室にたどり着いた。
「では服を用意して参りますので、こちらでお待ちください」
しばらくするとレイアが服を持ってきてくれた。
少年兵用の服は軽くて丈夫な生地で出来ていた。
もちろん着心地はよくない。
ズボンを穿くのは初めてだ。
レイアに手伝ってもらい着ることが出来た。
ドレスに比べれば簡単だ、これなら一人でも着られそう。そしてなにより動きやすい。
濃い紫の髪を後ろで束ね、完成だ。
「これは、なかなかに新鮮ですわね」
そういって微笑むと
「流石にヴィラ様にこの服を着させるのは気が引けるのですが、もしまた運動されるようでしたら、それ用の服を仕立てられた方がよいかと思います」
「そうですわね、機会がありましたら是非」
「では戻りましょう」