冒険者編2
冒険者編 2
一年前
「お父様! 魔物ですわ!」
領都襲撃の報を受け、王都から急いで戻ってきたヴィルムヘルド。
帰り着いたときには騎士団により魔物は撃退されていたが、当然色々と後始末がある。
報告を受け指示を出す。
ようやく一息ついたときには夜中になっていたのだが、そこに娘の襲来であった。
「こんな時間にどうしたヴィラ。
私も流石に今はヘトヘトなんだが・・・」
「だから、魔物ですわお父様!」
「魔物の襲撃のことなら知っているよ。
なにせその後処理に追われていたのだからね」
「そうではありませんわ。
魔法ですの!
魔物が魔法を使いましたの!」
これにはお父様も驚き興味をしめした。
「魔物が魔法?
レッドドラルコンがブレスを吐いたという報告はあったが・・・」
ちなみにワイバーン(仮)はドラルコンという種族だったらしい。
「そうですの!
そのブレスが魔法だったのですわ!」
「ブレスが魔法?
私も今までなんどかブレスを吐く魔物とは戦ったことがあるが、ブレスはブレスだと思うのだが?」
それが魔法王国でも常識である。
「でも私は確かに見ました。
ドラルコンは口から火球を吐いたように見えましたが、開けた口の先で炎が出来る瞬間確かに魔力が集中しているのを感じました。
あれは絶対に魔法です!」
「ふむ・・・
たしかにヴィラの魔力を感じる才は突出しているとは思っていた。
しかし、見たとはどういうことかな?」
「あ・・・」
お父様の顔がちょっと怖い。
「確かヴィラは自室にこもっていたとの報告を受けていたはずだが?」
これはダメなやつだ・・・
「ご、ごめんなさいお父様。
ど、どうしても気になって・・・
見に行ってしまいましたわ」
しこたま怒られたのは言うまでも無い。
「で、だ。
ブレスが魔法というのは確かなのかな?」
「はい、間違いないと思います。
それどころか、ドラルコンは魔法で飛んでいたかも知れません」
さらにお父様は驚く。
「魔物があの巨体をどうやって浮かしているかというのは、長年謎とされていたがそれも魔法というのかね?」
「はい、どのような魔法かは分かりませんが、翼から常に魔力が放たれていたので何らかの魔法だと思いますわ」
「なんと・・・
もしもそれが証明できたら学会で革命が起こるぞ・・・」
しばしお父様は呆然とした後、
「で、ヴィラはどうしたいのだ?
何か頼みがあってきたのだろう?」
どうやらお父様にはお見通しのようだ。
「私、魔物の研究がしたいですわ。
魔結晶で魔法が使えない私が魔法へ近づくにはこれしかないと思います。
その為にも騎士団の討伐について行く許可を頂きたいのです」
お父様は顎に手を当て、
「なるほど理屈は分かった。
だがダメだ、許可は出来ない」
「ど、どうしてですの!?
魔法の道を追求するのは、アレスフォート家の家訓。
たとえ危険を冒してでも、この道しかないのなら進む覚悟ですわ!」
私は叫んだ。
「ヴィラの気持ちは分かる。
やりたいことも理解した。
そして、ヴィラは物理騎士団の面々に負けぬほどの腕前を身につけていることも聞いている。
しかしな、そういうことではないのだよ」
お父様は諭すように語りかけてきた。
「騎士団は王国を守るのが務め。
我が領の騎士団はその中でも特に魔物からの防衛を担っている。
確かに騎士団の討伐に参加すれば魔物と戦うことは出来る。
しかし基本的には防衛こそが本領であり、その為の討伐だ。
つまり、よほどの危機が迫っていない限り魔物の領域、それもブレスを使うような魔物がでる奥地に乗り込むようなことはしないのだ。
そして危険な魔物と接敵したならば、国の安全を守るため速やかに討伐しなければならない。
研究なんて命知らずなことは出来ないのだよ」
確かに納得できる理由ではある。
「で、ですが私はどうしても・・・」
「まあ聞きなさいヴィラ」
お父様が言葉を遮る。
「確かに騎士団では自由に魔物を研究することは出来ない。
ただし、魔物と戦うのは騎士団だけではない」
お父様の言葉にはっとする。
「冒険者・・・
それもハンターですわね」
「その通りだ、ヴィラ。
ハンターは依頼で動くこともあるが、基本的には自分の為に魔物と戦う。
名誉や金の為にな。
なら魔物を研究するという目的のためにハンターをやってもいいということだ。
ただし・・・
騎士団の様に集団戦術で戦えない、しかも魔物の領域に自ら踏み込む必要があるハンターは騎士団とは比にならないほど危険だ。
一応パーティーという小グループを組んで行動することが多いが、それでも死者の割合は比べものにならないくらい多い。
侯爵家の、それもまだ子供のヴィラがなるようなものではない。
ヴィラほどの魔力を感じる才があるなら、錬金術士や魔道具の研究者になる道もあるのだよ?」
お父様は言う。
だが私の答えは決まっていた。
「私はハンターになります」
「まあ、ヴィラならそう言うと思ったよ。
しかしヴィラ。
確かにアレスフォート家のものは魔道の道を究めんとするのが家訓だ。
しかし、それ以前にウィルム魔法王国の大貴族なのだ。
つまり、貴族としての義務は果たさなければならない。
これは絶対だ」
「承知しておりますわ、お父様。
ですのでお願いがありますの。
貴族の女として必要な淑女の教育、そして勉学。
その時間を詰め込めるだけ詰め込んで頂きたいのです。
私、全力をもって勉強しますわ。
そしてそれを終えた暁には、貴族が通う義務がある王都高等貴族学校入学までの間、私はハンターとして生きたいと思います。
お父様、どうかヴィラミニエの我が侭をお許し下さい」
私は頭を下げ懇願した。
「ヴィラがそれを理解してくれているならよい。
それこそ許可しないと勝手に出て行ってしまいそうだしな」
と、お父様が笑った。
「あとは夜会やお茶会などの貴族同士の交流ですが、私は病弱かつ魔法が使えないことで精神を病んでしまって、伏せっているということにして欲しいのです。
そして調子のいいときは魔法の本を読んだり錬金術の研究などに取り憑かれていると。
そういう噂を流して頂きたいのです」
「病気一つしたことがないヴィラが病気がちとは、なかなかに笑える噂になりそうだ」
お父様は悪い笑みを浮かべた。
「しかしいくつか条件がある。
まずは身分を偽ること。
そもそもいくら冒険者といえど、今のヴィラの年齢でなることはできないだろう。
よって、偽の名前と戸籍を用意する。
なあにその辺りは私に任せておけ。
あとは基本的には援助も出来ないし、街で独力で生活する必要がある」
「当然ですわね」
「あとは貴族学校でボロが出ないよう、実際にある程度は錬金等も嗜んでくれ」
「もちろんですわ」
「定期的に・・・は冒険者なら難しくとも、できる限り報告もすること」
「はい」
「あと一つ。
絶対に死ぬな」
「分かりました」
それから半年。
寝る間も惜しんで勉強し、淑女の教育と貴族学園高等部に入るまでの勉強を終えた。
戦う為の訓練も欠かさなかったので、冗談抜きで寝る間なんてなかった。
そのおかげか何なのか、数日睡眠をとらなかった位では平気な体になってしまった。
そして旅立ちの日。
私の出立を知るのは、ほんの一握りの人間に限られる。
まず私の家族。
専属のメイドと護衛。
そして物理騎士団のヴォルサスとレイア。
あとは連絡役とその他数人だけだ。
「ヴィラ、今からお前は平民のエメリーだ。
年齢は十二。
ギリギリ冒険者として組合に登録できる歳だ。
ヴィラは身長も高いし、戸籍もあるからバレないだろう」
「有り難うございますわ、お父様」
「はは、その喋り方はなんとか変えなさい。
育ちの良さが出てしまっているよ」
「が、頑張ります・・・」
「そしてこれは支度金と餞別だ」
そういってお父様は一振の鞘に入ったナイフを差し出した。
剣の柄には魔結晶がはまっている。
「お父様、これは?
私、魔結晶は扱えないのですが・・・」
「これは魔道具だよ。
通常魔法戦士は身につけた魔結晶で強化魔法を使い戦う。
だがヴィラには使えない。
ほら、この魔結晶の台座を外してごらん」
受け取ったナイフの魔結晶がはまった柄頭を魔力を流さないように慎重に外す。
すると中には魔石が入っていた。
「これは柄の中に入れた魔石を動力にして魔結晶が魔法を発動するようになっている。
もちろん魔石は補充する必要があるし、身体強化などの調整が難しい魔法は使えない。
掛かっている魔法は、強度アップ、血糊が付かないようにする洗浄、そして刀身の再生だ。
再生はかなり魔石を消耗するから、定期的に魔石を補充するのを忘れないように」
三つもの効果が掛かった魔道具の武器は超高級品だ。
おそらく王都でも指折りの魔道具師の作だろう。
「有り難うございます。お父様」
父はウィンクすると、
「バレないようにするんだぞ。
平民が持てるような武器じゃないからな。
一応見た目的には強化魔法用の魔結晶がはめてあるナイフに見えるようにはしている」
「分かりました」
「では名残惜しいが、達者でな。
魔法の導きが其方にあらんことを」
「きっと魔法を使えるようになって帰ってきます!」
こうして私はエメリーとして城を出ることになった。
人目に付かないよう真夜中のことである。
見送りはお父様とお母様のみ。
弟は部屋で寝ている。
「行って参ります」
私は夜の帳へ踏み出した。