もう一度のために
「ここは・・・? そうか、私は負けたんだったな」
「目覚めましたか?」
「オレリアか。まさか私が負けるとは思わなかったが・・・新たなる目標が出来たな」
「そうですか。ですが、あなたの新たなる目標は叶うことは無いかもしれませんよ」
「どういうことだ?」
「彼女は貴方に勝ち勝者となりました。ですが、勝者に浴びせられたのは称賛ではなく罵声でした。わずか14歳の少女にその現実を受け止めて立ち直れというのは酷というものです。その結果、会場から即立ち去りました。勝者のいない表彰式はあまりにも歪でしたね」
「そのようなことが」
「貴方が気に病むことはありません。勝者を称えることが出来なかった観客が悪いのです」
「・・・皆、私が勝つことを望んでいた。その落胆などのやりようのない感情の先が少女に向いたということか。彼女について調べてくれ」
「そう言うと思って既に資料を用意してあります」
「仕事が速過ぎて恐ろしくなるな」
立花 翼。日本の学校に通う中学2年生。マジックアーツは小学校3年生の時に興味を持って近所のスクールに通うことになる。だが、あまりにも突出した才能からスクールの講師がとある人物へ推薦する。
その人物の元で力を伸ばし、14歳になった同時に開催される四大大会の一つであるガイアへと参戦することとなる。
「まるで漫画の世界だな」
「私も同じ感想を持ちました。格闘技と魔法の融合である以上、才能という部分は確かにあります。ですが、9歳から初めて5年という短い期間で四大大会を勝ち上がるという異常なこと。
才能もあったでしょうが、それよりも気になるのは―――」
「才能を伸ばし、頂点へと導いた人物か」
「マジックアーツの歴史は他のスポーツに比べて浅いです。それゆえに誰かを教え、導くことの難しさは尋常ではありません」
「分かっている。私でも日々の鍛錬は正しいのかどうかも疑問視する時があるからな。・・・会ってみるか、その人物に」
「分かりました。ですが、まずは体をしっかりと休めて下さい」
「君には敵わないな」
アリスとオレリアの関係は選手とマネージャーだけに収まらない。幼馴染だからこそ本人が気付かないところまで気を回すことが出来るからこそオレリアはアリスを支えることが出来るのだ。
「翼! 学校に遅れるわよ!」
「分かってるー! もう出るから大丈夫!」
制服を慌てて着て、朝食を一気に食して家を出る。平凡な日常の光景。ただいつものように学校へと通うだけの日常に幸せを感じる。
「翼~今日も遅刻?」
「うっさい! あんたは魔法で一気に行けるからいいわよね!」
「翼も魔法使えばいいのに頑なに使わないよね。何で?」
「・・・使いたくない事情があるのよ」
「そんなもんかな。あ、私も急がなきゃ。それじゃまたね~!」
「茜の卑怯者~!!」
クラスメイトである茜は魔法で一気に速度を上げて学校まで向かう。翼は茜の背中を見ながら全速力で走る。マジックアーツが普及した現代において魔法は日常生活の一部となっており、魔法を使用して生活するのは当たり前になっている。
「はぁ・・・はぁ・・・何とか間に合った」
「いいえ遅刻ですよ。立花 翼さん」
「ししょ―――先生。1分猶予があったはずです」
「1分なんて猶予に入りません。はぁ、次からはもっと余裕をもって通学しなさい」
「分かりました。失礼します」
校門前に立っていた教師に呼び止められて説教され、反省しながら教室へと向かう。その後姿を見ながら教師は笑みを浮かべる。
「あの子も変わったわね」
「失礼します」
「? どなたですか?」
「私はアリス=スカーレットのマネージャーをしているオレリアと申します」
「これはご丁寧に・・・え!? あの女帝のマネージャー!?」
「はい。その女帝のマネージャーです」
「こんなところで立ち話もなんですしこちらへどうぞ」
「わざわざありがとうございます」
オレリアを連れて職員室へと向かう。突然の来訪だったが、授業もあって他の教師はほとんどいない。職員室に唯一いた教頭が気付いて何があったのか聞く。
「これは朱里先生どうしました? もう授業が始まっている時間だと思うのですが。それにそちらの方は?」
「あー・・・えーっと・・・教頭先生。私もあまりのことに驚いているのですが、あの女帝であるアリス=スカーレットのマネージャーさんです」
「は?」
「アリス=スカーレットのマネージャーをしているオレリアと言います」
「こ、こ、これは我が校にわざわざ来ていただきありがとうございます! 校長に話を通してきます!」
教頭は急いで奥の校長室へと走っていく。事情を説明した同時ぐらいに校長がすっ飛んできた。
「こちらへどうぞ!」
校長室へと案内されるオレリアだったが、校長の案内を断って朱里へと向き直る。
「すいませんが、私が今回来た目的は彼女です」
「え? 朱里先生が?」
「はい。ですので、彼女をお借りしてもよろしいでしょうか」
「ええ! もちろん!」
まさか過ぎる展開に朱里は驚き固まってしまっていた。
「朱里さん行きますよ」
「わ、分かりました。では、失礼します」
何とか現状を把握することが出来た朱里はそのままオレリアへと付いていく。これから何が起こるのか不安で押しつぶされそうになる。
「緊張しないで下さい。何も悪いことはしませんので。ただ、アリスが貴方に会いたがっているのです」
「女帝が? どうして私に・・・」
「分かっているはずです。貴方がなぜアリスに呼ばれたのか」
車で移動すること1時間。アリスが休暇を取っている別荘へと到着した。あまりにも広大な敷地に朱里は一つの街があるのかと錯覚してしまった。
「さぁ、こちらです」
「ありがとうございます」
オレリアに案内され円盤の上へと乗る。オレリアが呪文を詠唱すると同時に円盤が動き始める。移動式の魔道具である。魔力によって動く魔道具は世界の生活を大きく変えた。
その一つである移動式魔道具―――スカイコア。スカイコアに乗って目的の部屋へと到着する。
「よく来てくれました霧島 朱里さん。そんな入り口で立ってないで中に入って下さい」
「し、失礼します」
「ふふふ・・・そんな緊張しないで欲しいんだが」
「すいません! ですが、世界的に有名な女帝を目の前にして緊張しない方が無理です」
「ふぅむ。その女帝を倒した選手を育成した人なのに恐縮する理由が分からないな」
「な、何のことでしょうか・・・」
「オレリア」
「はい。こちらをどうぞ」
アリスの指示でオレリアはタブレット端末に似た物を朱里へと差し出す。画面のみがあるSFの映画などで見るような物を手に取り、情報を見て驚愕する。
「・・・情報収集能力はトップクラスですか」
「まさかトップシークレットレベルに秘匿されているとは思わなかった。記憶操作、記録操作、情報操作などなど。本来なら禁止とされている魔法をふんだんに使用して自身の情報を隠していた。
だが、私たちの手からは逃れられない」
「はぁ・・・それで、私に何を聞きたいんです?」
「友好的な話し合いは互いが歩みを進める最初の一歩だ。いい歩み寄りです」
諦めたように朱里はアリスへと向きなおす。自分が行った魔法の全てを見破られたのなら言い逃れなんて出来ない。
「マジックアーツが出来たのは魔法が発見されてから100年以上も経過してから。その歴史は浅く、確立したトレーニングなどはいまだに模索中。それなのにわずか14歳の少女を四大大会で勝つにまで導いた。その理論を知りたい」
「・・・普通なら簡単にそんなことを教えるはずがないって一蹴して終わりのことを聞きますか?」
「私は立花 翼に勝ちたい。そのためならなんだってする」
「本気の目ですね。・・・私が翼にしたことなんてほとんどありません。女帝が考えているような画期的なトレーニングだとか何か特別なことをしたなんて事は一切ありません」
「ではどうやってあそこまで強くなったのだ!」
「楽しむことを教えました」
「楽しむこと?」
「はい。翼は生まれつき体が弱く、激しい運動が出来ないほどでした。そこで出会ったのがマジックアーツ。魔法を補助として体を動かすことの喜びを知った彼女は心の底から楽しんでいました。
常に笑顔で厳しいトレーニングに挑んでいましたよ。辛くないの? と聞いても返ってくる答えはいつも楽しい!でした。
そうして翼は気付いたら同年代に負けなしの存在となっていたのです」
「そんなことで強くなれるはずがない・・・」
「いいえ。女帝も気付いているはずです。翼と戦って負けた。それはとても悔しいことでした。ですが、こうも感じたはず。なんて楽しい試合だったんだろう、ずっと続いて欲しいと。
そして、試合が終わった後に自身の成長を感じ取ったはずです。今まで以上の成長を」
「・・・確かにな。今まで忘れてた感情だった。また戦いたいものだな」
「その希望は叶わないでしょうね」
「勝者への罵詈雑言か」
「はい。挑戦者の勝利は罵詈雑言が付きまといます。ですが、14歳の女の子には耐えられません。それを言葉で言っても心の傷は恐らく治ることないでしょう」
「私が意識を失っていなければそんなことにはならなかったのだが。・・・一つ頼みごとを聞いて欲しい」
「私にですか?」
「ああ。貴方にしか頼めないことだ」
「何でしょう?」
「私と立花 翼の戦いの場を設けて欲しい」
「それは叶わないとさっきも―――」
「1対1の戦いなら違うはずだ」
「1対1?」
「そうだ。私が場所は用意する。そこに立花 翼を連れてきて欲しい。日時は1か月後の正午」
「それでも翼は戦わないと思います」
「戦うさ」
「なぜそんなことが言えるんです? 何も確証は無いのに」
「貴方が言っていたじゃないか。立花 翼はマジックアーツを心から楽しんでいると。なら、私と戦う。私との戦いで笑顔を浮かべながら戦った相手だ。そう簡単に辞めるなんて出来ない」
そう言うアリスの顔は自身に満ち溢れていた。その様子を見て朱里も覚悟を決める。悲しみで涙をこぼした翼をもう見たくないと思っていた。けど違う。朱里は自身が翼の勝利によって罵詈雑言を浴びせさせることを恐れていたのだ。
翼自身の気持ちも聞かずに勝手に決めつけてしまっていた。だからこそ、アリスの申し出を受けた。笑顔でマジックアーツを楽しんでいた翼の姿を思い浮かべて。