どっちが悪い? 後編
夜の11時45分、とうとう私は摘んできた白い花を片手に青い花瓶に言われた通りに半分水を張った。
花に視線を落としながらトミーが言っていた言葉を思い出した。
『嫌いな彼女を思い出しながら・・・』
一年の終わりごろから急に強の周りに芳江は現れるようになった。それから強の様子もおかしくなり、携帯がたまに繋がらなくなったり、私の靴が突然隠されて下校できなくなったりした。、。
ちょうど同じ頃から私の友人達の様子も変わり始め、いつも仲良しだった佳代、美和そして真理子は私に内緒で交換ノートを作って回したりしていた。
内容はもちろん私の悪口。
ものすごく仲が良かっただけに私は相当傷ついた。今でも彼女達がどうしてこんなことをしたのか分からない。
そんな事を考えていると、私の芳江に対する怒りはどんどん高まり、12時5分前には声に出しながら花をちぎり始めた。
「あいつのせいで・・・あいつなんか・・・。私にしたこと以上に苦しみを味わえばいい。」
洩れる声と同時に涙も溢れ出し、自然に花瓶の中に私の涙が零れ落ちた。
ポタン・・・
すると花瓶に張っていた水が一瞬光ったように見えた。
私はもう一度花瓶の中を覗いたが何も変わった様子はない。少し泣いたせいで心の靄も晴れたような気がして、そのままベットに入った。
明日、久しぶりに学校に行かなければならない。そう思うと憂鬱で仕方がないが、私はそんな憂鬱をよそに静かに眠りについた。
朝起きて久しぶりに学校の制服を着て朝食を取りにリビングに行った。
きっと母は驚くだろうと思ったが、なんと母はいつも通りという感じで朝食を用意し「早くしなさい。」と小言までもらした。
3ヶ月も学校に行っていなかった娘が自分から起きて学校に行こうとしているのに、母は全く驚いた様子はない。そのまま家を出て学校に向かうと道の途中で佳代に会った。
気まづそうに横を通り過ぎようと顔を下に向けながら歩いていると、佳代の方から話しかけてきた。
「おはよう。綾。まだ眠すぎ。」
びっくりした。佳代はまるで毎日私に会っているかのように普通に話しかけてきたのだ。全く私達の間に喧嘩なんかなかった感じだ。
すると佳代が私の驚いた顔を見て笑いながら言った。
「あはは。何見つめてんの?私ってそんなにカワイイ??あはは。」
佳代の前と変わらない様子にふっと胸に突っかかっていたものがすとんと音を立てて落ちたような気がした。
そして佳代と一緒にクラスに向かうと待っていたのは強だった。
「綾!おはよう。」
私はまるで前に戻っていたかのようだった。強が私に笑顔を向けながら挨拶をしきたのだ。
私は強の顔をまじまじと見ながら近づいていくと、強はまた笑って言った。
「おい、どうしたんだよ。俺の顔ってそんなにかっこいい?あはは。」
「今日なんかおかしいのよ、この子。」
佳代も同時に笑った。
そのあと美和と真理子もやってきて私の変わった様子を見て笑いだした。
夢のようだ。私の大好きな人と大好きな友達達がまた私の傍にいる。トミーの言っていた通り全てが前と同じようになっていたのだ。
しかし、ひとつだけを除いて。
ガララと静かに教室のドアが開くとそこには一人暗そうな女が入ってきた。なんとそれはあの派手だった芳江だった。
そして芳江が入ってきた瞬間、さっきまで笑いに満ちていたクラスがしんと静まり返った。
芳江はそのままゆっくり教室に入り強の傍の自分の席にまでたどり着いたとき、足が机の角にもつれぐらりと体制を崩して強に寄りかかった。すると強はまるで汚ない物を振り払うかのように芳江の体を払っていった。
「いてーな。何なんだよ。お前。」
信じられない光景だった。
芳江は強に払われて勢い余って床に手をついた。そしていつもはばっちりと化粧をしていたが素っぴんで肌もボロボロだ。
「ごめん・・・なさい。」
芳江は小さな声で強に謝った。
その時私ははっと我に返った。全て私と芳江の立場が逆転しているのだ。
私も突然集団無視が始まり、私の机には死んだ人のように花の刺さった花瓶を置かれたり、制服や靴はもちろんいろいろな私の私物がなくなり焼却炉で燃やされたり、時にはお金まで盗まれていた。
ヒドイ時は私に石を投げてきた男子までいた。
しかも強がもしその場にいたとしても、強は助けるどころか見て見ぬフリをする始末で私のことはまるで透明人間かなにかのように扱った。
「強・・・あんた、あのとき・・・。」
怒りがこみ上げてきて強を見たが強は何も分からないような顔を私に向けていった。
「どうした?綾。」
前と同じ優しい声で私を振り向いた。そして私はやっぱり強をまた失ないたくない。そう思って言いかけた言葉を飲み込んだ。
それから毎日のように学校に通ったが強は変わらず優しい私の彼氏で、他の友達も1年のときと同じく仲良しで一つ違うと言えば芳江がぼろぼろに皆にいじめられていることだった。
しかし不思議なことに芳江はどんなに皆にみじめにいじめられても学校を一日も休むことはなかった。
私の場合も頑張って2ヶ月ほど通ったが毎日のようにいじめにあったので、すぐに登校拒否になった。しかし芳江は1ヶ月経っても2ヶ月経っても変わらず通い続けた。
しかし私の心は今の現状に満足するどころか毎日学校に通うたびに、何かぽかりと穴があいたような気持ちになっていった。
そして3ヶ月ほど経ったときの放課後だった。佳代が突然私と他の3人そして強を呼び出してこういう提案をしてきた。
”恐い男子に頼んで芳江をレイプさせないか”という何とも残酷な提案だった。
「佳代、あんた何言ってるの?!」
私はその提案を聞いた瞬間立ち上がって佳代に訴えたが、私を抜いた他の皆は何とも喜んだ声を上げて佳代に賛成し出したのだった。
まるで目の前にいる4人が悪魔のように見えた。そして一つの疑問が私に浮かんだのだ。
もしかして私をいじめた主催者は芳江ではなくて、この4人だったのではないか?
「どうしたの?綾。恐い顔して。」
佳代が何食わぬ顔で私を見た。
「綾は優しいからな。」
ポンと強が私の肩をたたいた。
私は突然その教室から飛び出し学校の廊下を走り出した。そして今まで私に起こっていたいじめの出来事を事細かに思い出した。
そうだ。
確かに芳江が始めに強に手を出したが、浮気を選んだのは強本人だ。そしてその後芳江が佳代達に近づいて私を抜いて仲良くなったが、もしかしたら佳代達が芳江に私をいじめないかと提案したのではないか。
私の携帯に嫌がらせメールが来始めたのだって私の携帯のアドレスを知っている人だし、家にまで頼んでいない物が届いたりしたのも私の家を知っている人だ。
そして私の嫌いな虫が机いっぱいにいれられてたのだって、私の好きなアイドルの顔の切り抜きと私の顔の切り抜きを貼り付けて嫌らしい張り紙を作って教室に張ったのだって私のことを知ってる人達しかいない。
芳江はそこまで私のことは知らなかったはずだ。
そう思うと私は一つの点と点が一本の線に繋がったような気がした。
私は家まで走り部屋に入り床にぺたりと腰をつけた。
あいつらだ。
私は両手で口を抑えてガタガタと震えだした。
そしてそのときふとトミーの言葉が頭をよぎった。
『もしあなたがこれは望んだことではないと思ったならば、全ては今の通りに戻ります。
その時は花瓶を割りなさい。全てが夢のだったかのように消えてなくなるわ。』
私は堂々と机に置いてある花瓶に目をやった。
花瓶を見ていると芳江の顔や強の顔、そして佳代達の顔が次々と思い浮かんだ。
全てが夢だったかのように・・・。
確かにこの数ヶ月昔に戻ったようだった。皆で笑いあい、強とも前と同じく仲良しでいれた。
私は私が皆にやられていたことや芳江に今やっていることを思い返しながら、花瓶に手をかけた。
「そうだ。私が間違ってた。
浮気したのは強。私をいじめたのは私の友達達だったんだ。」
そして私はゆっくり花瓶を机から離し、床へ落とした。
パリーン
次の日、学校に行と全てが前と同じようになっていた。
私は変わらずいじめられっ子で友達は皆で無視をし、私の机は変わらず汚ない落書きだらけだった。
しかし私の心は違った。強や佳代達の姿を見てもかわいそうに思えて、5人が私に嫌な態度をとっても何とも感じなくなっていたのだ。
そしてそれから私は転校を決めた。
芳江は強と大喧嘩したらしく二人はその後3ヶ月以内に別れた。
その後のうわさで聞いたことだが、なんと強は私と付き合っているときから芳江に私の悪口をいい、しかも私には芳江から告白してきたと言っていたが強から言い寄ってきたのだとわかった。
そして今回も他の女の子に私の時と同じことをして芳江に振られたらしい。
佳代達はというと、芳江の名前を使って私に嫌がらせをしていたことが芳江にばれ、今は逆に周りから無視をされているらしい。
私はというと今は他校に移り新しい友達もでき、そして今テニス部にも入学し先輩の一人といい感じになっていた。
あの時私が花瓶を割っていなければ私は今でもあの学校で女王様として君臨していただろう。だけど、そんなことをしたいわけじゃない。
私は普通の生活がしたかっただけだ。そして今やっと私は手に入れたんだ。
そして魔女達はというと、花瓶が音を立てて割れたと同時に同時に暗い闇の中にひっそりとたたずむ魔女の家にも笑い声が響いた。
「くくく、トミーは失敗しちゃったみたいね。」
長女メリーが水晶を前にしていった。
「あらあら残念。あの娘は思った以上に優しい子だったね。くく。」
そして3人の魔女達は今夜も晩餐を楽しみ、明日もまた迷える子羊たちを待ちわびているのだった。