誰もが羨む結婚 後編
魔女の館での奇妙な体験から私の足取りは重く先ほどの魔女キャサリンの言葉が頭を走馬灯のように駆け巡らせた。
正直占いとか、そう言うのはいい事しか信用しないし、しかも実際魔女が本当にいるとも思えない。だけどキャサリンは不思議なタロットを操り、私の名前はおろか元彼、会社のことなど事細かに当てたのは確かだ。
『彼はあなたと付き合って1年後からもう一人彼女がいるから。
しかもその彼女はあなたも知ってる人よ。』
キャサリンの言葉が思い出される。まさか元彼が二股をしていたなんて考えられないし、しかも私の友達と・・・
『友達のHさんには大分騙されているようだから、もう縁を切った方がいいわ。
Hさんの部屋に行けば分かると思うけど、卒業アルバムの最後のページを見れば全てが明らかになるわ。』
H・・・はるこ!春子なの!?
私は歩く足を止め、飛び上がるように一人の名前を思い出した。“春子”
春子とは私とも元彼、強とも高校からの同級生で、強と付き合うときも春子の手助けがあったからこそ、卒業後に再会し恋人同士になれたのだ。
そんな恋のキューピットがまさか。
私は半信半疑のまま、そしてキャサリンが言っていた事は本当なのか確かめたくバックに入っていた携帯を取り出した。
頭は混乱で、強と春子と私が一緒に遊んでいたときの図が思い浮かべられながら春子へと電話をかけた。
トゥルル トゥルル
呼び出し音が私の心臓を高ぶらせ、出てほしい様な出て欲しくないようなそんな気持ちにさえなった。しかし5回程なり終えた後、いつもの春子が電話に出た。
「もしもし?あき?どした?」
何も変わらないいつもの春子。
「あのさ、春子さ。今日って実家にいる?」
春子は実家暮らしで、仕事も実家から通っている。その為、私たちが通っていた高校からはそれほど遠くなかった。
「うん、もう仕事終わって今家に向かってるとこ。どしたの?」
「いや、久々に会いたいなぁって。」
「えぇ?!あははは。変なの。
じゃあ家で待ってるね〜。」
まさか、まさか、そんなはず。
正直怖い。まさか本当に卒業アルバムを見たら全てが分かってしまうのかもしれない。
でももしかしたら違うHかも。いやいや他にHがつく友達が思い当たらない。
そんないろいろな気持ちのまま、車を走らせ春子の家へと到着した。
実際、春子とは大親友という訳ではなく、私の大親友の京子がクラスの人気者で私はその京子繋がりで春子を知った。
見た目も派手ではなく、どちらかと言うとどこに行くにも京子にくっついていたし、一番仲のいい私には嫉妬しているんではないか、と思ったこともあった。
しかし高校を卒業し、春子と再会。そして強と付き合ってから春子とも仲良くなった。
「あき〜、入って入って〜。」
いつもの女っぽい声が玄関に響いた。
もしキャサリンの言っていた事が本当だとしたら、とんでもない裏切り者だ。
そう思うと目の前にいる春子が憎らしく見えてきた。
「春子、卒業アルバムある?」
「え?何?どうしたの?
なんか、あき恐いんだけど。」
私は笑顔が作らないまま真顔で春子を見た。
春子は何かを察したように私を部屋まで案内し始め、本棚の奥の奥にある卒業アルバムを取り出すと私に手渡し、ベットの端に腰をおろした。
私は無言のままアルバムの最後のページをめくった。
春子は何かを悟ったのか、覚悟を決めたのか、一瞬立ち上がるそぶりを見せたがまた正座をする形で座り込んだ。
最後のページにはキャサリンの言ったことが本当だったと証明する一文が殴り書きされていた。
“卒業してもずっと好きだから 強”
部屋はしんと静まり返り私はアルバムの最後のページに目を置いたまま言葉にした。
「何、これ?」
春子は黙ったまま私を見た。
「強と付き合ってたの?」
沈黙を破るように春子に問いかけると、春子は鼻をすすりながら泣き出し声を押し殺して泣き始めた。
「自分の元彼を紹介したの?」
「・・・ごめん・・・。」
小さく春子は言った。アルバムから目が離せないままキャサリンの言葉をもう一度思い出した。
『彼はあなたと付き合って1年後からもう一人彼女がいるから。』
そして私はゆっくりと視線を下を向きながら泣いている春子に向け、意を決してたずねた。
「本当の事言って春子。
私と付き合ってから強と二股とかしてた?」
春子は私の質問にびくっと体を一瞬固まらせ、両手で顔を覆ってまた泣き出した。
「・・ご・・ごめんなさ・・い・・。」
これで十分だ。
私は黙ったままアルバムをベットの上に置き春子の家を後にした。頭の中は強との思い出や、春子が私に強を紹介したときの事、そして3人で行った居酒屋。一度私が春子に会社の男の子を紹介しWデートもしたことさえあったが、あの時既に二股されていたのかと思うと腹が立って仕方がなかった。
キャサリンの占いが当たることが証明された今、次に脳裏に映ったのは後輩だ。
後輩の綾はとても人なつっこい子で見た目は今風の子という感じで茶髪にお化粧も毎日ばっちりしてくる。
それでも嫌な印象は全くなく、真剣に私に告白してきた後輩、勇気の事が好きなんだと今の今まで信じていた。しかし、キャサリンの占いが当たると分かった今はもう彼女すら信用できない。
じゃあこれから綾に電話をして確かめるか、いやでも会社が一緒で何かトラブルがあったらやりづらくなる。足早に歩いていた足を止め、はっとまたキャサリンの言葉を思い出した。
『今月の終わり、そうね月末の土曜日の夜ね。
可愛がっている後輩とあなたの家の近くにあるバーに行きなさい。
すると一人の男性があなたに声をかけてくるわ。
後輩の子は悔しがって本性を見せるわよ。』
そうだ、土曜日の夜に綾を誘ってバーに行けばおのずと綾の本性が現れるはず。
私はまるでキャサリンの信者のように今は心底信用し、綾に電話をかけた。
この日は私の人生の中で一番疲れた日だったに違いない。停めていた車の中に戻ると私は頭をハンドルにもたげて泣いた。子供のように、強を別れた時以上に声を出して泣いた。
そして土曜日の夜、仕事中も頭はキャサリンの言葉でいっぱいで、綾が話しかけにくるとじっと顔を覗いては、実はこの子の本性は違うんだ、と思って仕方なかった。
久々に飲みに行くともなって綾は大はしゃぎで仕事を片付け家の近くの昔からあるダーツバーに向かった。
店内は照明がいくつも並び若者に人気なお洒落なバーだ。ガラステーブルと皮でできた椅子が連なり、真ん中にはビリヤード台、そして端っこにはダーツが3台並べてあった。
「なんだか久しぶりですね!あやさんと飲みに行くの!」
隣ではしゃぐ綾を横目に私たちはバーテンのいるカウンターに座った。
心ここにあらず、といった状態だろうか、私は目の前で楽しそうに話す綾をずっと見ながら嘘の笑いを作り、今か今かと占いの男性を待った。
1時間程たったころだろうか、お酒もちょうどよく進みバーテンが私たちの元に近づいてきた。
「お客様、あちらのお客様からです。」
「え?」
まるで昔の古いドラマのように私の目の前には赤いカクテルが置かれ、綾も私もバーテンのさすほうに目をやるとそこには誰もが目移りするような一人のスーツ姿の男性が端の席に座りにこっと微笑んだ。
「え!?何これ!?ドラマ!?」
私以上に興奮している綾。
しかし私はキャサリンの占いの通りだと冷静にこの状況を捉えていたが、男性が私の方へと近づいてくると私の胸も大きく高鳴った。
「邪魔してすみません。あなたと話してみたくて。」
まるで俳優のように整っている顔立ちは占いの通りにしては上出来すぎて私の頬は赤く染まった。綾は興奮したように一緒に飲みましょう!と大はしゃぎに何故だかカウンターにこの男性を挟んで3人が座っている状態になった。
綾もこの男性に釘付けのようだ。私の前にも関わらず、声のトーンを上げ男性にボディタッチをはじめた。
これがキャサリンの言っていたことか。
私はそう感じながら男性と話す綾を観察していると、突然トイレに行きたくなって席をたった。
そしてトイレから戻ると、今度は綾がトイレに行きたいといい男性と二人になった。
「あなたも彼女と同じ会社なんですか?」
「あ、はい。」
整った顔立ちで見つめられると、それだけで好きになりそうだ。
彼はにこっと笑い続けた。
「あなたには婚約者がいるんですね。残念だな。」
私はまた目を大きく見開いて彼を見た。
「え?どういう事ですか?」
「彼女が今言っていたんですよ。
もう結婚するって。その男性がうらやましいな。」
「私・・・彼氏と別れたばかりで、婚約者なんていませんよ。」
「え?」
私と男性がまばたきもしないまま状況が飲み込めずお互いを見つめ合った。
そして後ろをゆっくり振り向くと青ざめたように綾が立っていた。きっと私たちの話を聞いたのだろう、第一声は
「はぁ!?嘘つかないでよ!」
と男性に食ってかかり始めた。
すると魔女のお導きなのだろうか、綾がちょうど男性に喧嘩をし始めようとした時だったバーのドアが開きスーツ姿の男性が数名入ってきた。そしてその中の一人がこっちに気づくと私たちに向かってこう言った。
「あれ、綾?おまえ何してるの?」
その彼を見たときの綾の顔は今も忘れない。まるで何か爆弾でも落ちたかのよにに化粧でばっちりの目を大きく開いて、体は硬直した。
これで全てがキャサリンの言った通りになったのだ。
Hの頭文字の友達は元彼と二股をし、慕っていた後輩はとんでもない嘘つきで、そしてバーで出会った男性は誰がどう見ても羨ましがる男だった。
この日の出来事の後は綾は他の部署へと異動届を提出し、私はこの男性・陽一と順調に付き合い始めた。
陽一は本当に容姿端麗で仕事もでき誰もが羨む彼氏だ。
しかし付き合って3ヶ月程経った頃だろうか、私は陽一に一つの疑問を抱くようになった。
何をしていても、彼は笑っていて怒ることもなければ一緒に悲しむこともない。まるでロボットのように会えば素敵な食事に記念日にはバラの花束が贈られ、彼の部屋はモデルハウスのように綺麗。料理も上手で優しくて、正直全てがパーフェクトだ。
今までの私だったら彼のことをもっと気に掛けて一緒に楽しもうとしたのかもしれない。だけど陽一に対しての私は違った。
私は陽一を皆に自慢したくてデートの度に友達に紹介し、会社でも毎日のように陽一の自慢話をし、そして親には結婚の話すらほのめかし始めた。
私は天狗になっていた事に全く気づかず、仕事はおろそかになり毎日考えることは陽一のことだけ、周りの人との約束も全てキャンセルし休みの日は全て陽一と過ごした。
“こんな完璧な人と結婚したら、皆に自慢できる”
それだけが私の心の中心となってしまったのだ。
そんなある日のことだった。
この日は付き合って4ヶ月目の記念日の日、定時5時になる前に私は仕事をサボりトイレで念入りに化粧を始めると同じ部署の後輩達が3人入ってきた。
仕事をサボっていると思われたら大変だと思い一つのトイレの中にこっそりひそんでいると、女の子達の中の一人が話始めた。
「今日もあの人の自慢話すごかったね。」
化粧をしている手を止め聞き耳を立てて見ると他の後輩も次々と言い出した。
「陽一さんと付き合う前は仕事もすっごいできてて、プライベートも飲みに連れてってくれたりしてたのにね。」
「話は全部男の話。なんか詰まんないよね。」
「結婚適齢期だから仕方ないんじゃない。あはは」
「しかも仕事のミスが多すぎて部署変えられるって噂だよ!」
私は耳を疑った。
そして今までだったらこの子達には腹は立つが全ては私がまいた種だ。仕事をきちんとしていない事にも気づけたし、陽一だけの生活になっていたことも確かだ。
しかしこのときの私は何かにとり憑かれていたように、声を殺して笑い出した。
不思議だが彼女たちが私に嫉妬してるんだと思ったら笑いが止まらなかった。
私は声を押し殺せずにだんだんと大きく笑うとそのままドアを開け、後輩達は私が中にいることに気づいて顔が除々に青ざめた。
「あははは。ごめんね〜なんだか嫌な思いさせちゃってたのね。
陰口はいいけど、私のように素敵な人が見つかれば私の気持ちが分かるわよ!
あははは。」
不思議だ。
彼女達が惨めに思えて仕方がなかった。私は声を大きく笑いながらトイレを後にした。
そしてこの夜、私と陽一は4ヶ月の記念日を迎える。
いつものようにスーツを着こなし、誰もが羨むような素敵な彼氏。素敵な車を会社の前に停めバラの花束を持って私を待っていてくれるパーフェクトな人。
「まき、今日も綺麗だよ。」
この一言で女はもっと美しくなれることを陽一はちゃんと知っている。
こんな素敵な人、誰が失うものですか。
会社をなくしても、友達をなくしても、全てをなくしても彼だけは私のものにしたい。
正直この時の私は恋に溺れ、結婚願望に溺れ自分を失っていたのだ。
そして私達は予約した高級レストランに向かい、一輪のバラが刺さった花瓶が置いてある白いテーブルに腰をかけた。店内はJAZZの生演奏で、陽一は手馴れたようにワインをテイストし、極上な時間を二人で過ごした。
陽一はずっと私を見つめた。一度も怒らず、一度も文句も言わず、全て都合を私に合わせ、私のやりたいことをやってくれ、私のほしい物全てを与えてくれる。
陽一の顔をじっと見返すと、なんだかふとキャサリンのことを思い出した。
『それがあなたの“望み”ね。』
そうだ。私の“望み”は誰もが羨む結婚だ。陽一は完璧な人で、望み通り誰もが羨む結婚になるに違いない。しかし、何故だろう。陽一の顔をまじまじと見ると、なんだか不思議な気持ちになってきた。
陽一は笑顔を絶やさず私を見つめる。
「陽一、あなた私といて楽い?」
「楽しいよ。」
「陽一、あなた私といて幸せ?」
「幸せだよ。」
「陽一、これから何がしたい?」
「あきにしたいことするよ。」
「陽一、将来私とどうしたいの?」
「あきのしたい通りに僕はするよ。」
私の質問に全て“yes”とだけ答える男。
強と付き合っているときは喧嘩もあったし、最終的には裏切られていたけど心の底から楽しかったし、喧嘩をすればする程大好きが増えていった。
「陽一、私のこと好き?」
「好きだよ。」
「愛してる?」
「愛してるよ。」
どんどん私の中で空しさがあふれ出した。目の前にいる男は完璧だ。誰もがきっと恋に落ちるし、誰もが私に嫉妬をする。だけど彼はまるでロボットのようで、なんていうんだろう人間味がないとでも言おうか、私もちゃんと陽一を見ていなかったのかもしれない。ちゃんと顔を見て話をしていなかったのかもしれない。
この人・・・人間?
ずっと笑顔の陽一を見ているとそんな気にもなった。そして店内がピアノ音楽へと変わったときだった。陽一はポケットから小さな箱を取り出して私の目の前に差し出した。
「それって・・・」
すると陽一は顔色一つ変えずに箱を開けると、そこには何カラットだろうか大きなダイヤのついた指輪が光り輝いていたのだ。
「あき、結婚してください。」
夢にまでみたプロポーズ、そして完璧な彼氏に大きなダイヤ。高級レストランにすばらしい夜景。全てが完璧、まるでシナリオのように私の幸せの台本はクライマックスを迎えたようだった。しかし私の口から出た言葉は
「陽一、私と本当に結婚したい?」
だった。
意を決してプロポーズした男性のとってこの言葉は傷つく言葉だと思う。しかし私は聞いた。すると陽一は同じ笑顔のまま
「したいよ。」
とだけ言った。
うれしいはずなのに、彼の笑顔をじっと見ていると頭の中に会社のみんなのこと、仲の良かった女友達のこと、告白してくれた後輩、そして強。
みんなの顔が思い出された。
あんなにしたかった結婚。誰もが羨む男性。全てが私の“望み”通りにも関わらず、私の脳裏には会社で仕事をしないで上司に怒られればあざ笑い、陰口を言われれば嫉妬だと見下し、友達の約束は時間の無駄だと思い断り、友達に何かを言われても何も気にしなくなっていた。
この目の前の人と結婚すれば私は幸せになれるの?
それが私のしたかったことなの?
そうだ。私は彼と一度もお腹の底から笑い合ったことがない。
感動を共有したことも、心から幸せだとも感じたことがなかったと思う。
そう思い始めたら私の口から出た言葉はまさかの
「ごめんなさい。私達は合わないと思う。」
だった。
すると陽一はまだ笑顔のまま
「分かったよ。」
とだけ言った。
「それだけ? それだけしか言わないの?」
私は陽一に食って掛かってみると、陽一はまだ顔色一つ変えず言った。
「あきがしたくなかったら、しなくていいんだ。」
私は緊張の糸がぷちんと切れたように私は高級レストランの中で陽一に大声で言った。
「どうしてずっと笑ってるの!?
断られて辛くないの!?
なんで全て私の言うとおりにするの!?
あなたには感情がないの!?」
私の声はレストラン中に響いたが陽一は顔は変えずにもう一度にこっと笑い黙った。
その笑顔は今までの優しい笑顔を違い、にやっとした笑いを浮かべた。
「だってそれがあきの“望み”でしょ?」
背中に悪寒が走った。
目の前に笑顔を一つ崩さず座っている完璧な男性の口から出た言葉はキャサリンが私に言った言葉そのものだった。
「陽一、あなた・・・誰なの?」
背中に一筋の汗がたれた。
「だって、あきが言ったじゃないか。
誰もが羨む結婚がしたいって。」
私は音を立てて椅子で後ずさりした。
「私、私そんな事陽一に言ったことないわよ。」
レストランにはゆったりとしたJAZZがかかり、周りはお金持ち達が晩餐を楽しんでいる最中、私はまるで異次元にいるように目の前に笑う男に恐怖を感じていた。
「誰から聞いたの!?
あなたキャサリンの回し者なの!?」
まるでドラマのように、バックミュージックはかの有名な恐怖の番組のエンディングのように私は冷や汗を感じた。
すると陽一は小さくため息をついてテーブルの上にあった領収書にサインをすると、もう一度私を見てにこっと笑い席を立った。
私は恐怖と奇妙さを混ぜ合わせたような感覚に陥りながら、ちょうど陽一の背中が見えなくなった時点ではっと我に返り後を追った。
急いでレストランの入り口まで行くと、ついさっき出て行ったはずの陽一の姿はどこにも見当たらなかった。
車を停めていた場所に陽一の車もなく、レストランの入り口まで続く石畳の廊下には私が一人ぽつんとたたずんでいた。
そのまま力が抜けたように私はこの状況が飲み込めないまま腰を地面に落とした。
「あ〜ぁ。この子、“望み”を果たさなかったみたいね。」
ここは古い暗い魔女のの家。
三人の美しい魔女達は暗い大きなリビングで、大きな机を三人で囲み晩餐を楽しんでいた最中の事、キャサリンの右手にはめていた指輪が静かな食卓の中、音を立てて割れた。
「あら、じゃあ今回のお代は頂けないわね。ふふふ。」
真っ黒な髪を背中まで垂らし、真っ青な瞳でキャサリンを見つめる妹、トミー。
「残念だけど、仕方ないわね。くくく。」
そして魔女達はまたゆっくりと食事を続けた。
後に木本あきは会社に貢献し、女性で課長にまでのし上がり後輩にも好かれ始めたと言う。
そしてその2年後には取引先の男性と出会い、結婚。
現在はマンションを購入し、妊娠2ヶ月となっていた。
さて、もし木本あきがあの夜、陽一のプロポーズに答えていたら一体どんな未来が待っていたのだろうか。そしてキャサリンが言った“お代”とはどんな報酬だったのだろうか。
今日も街から外れた同じ場所に3人の美しい魔女達が迷えるあなたをお待ちしています。
どの魔女に当たるかは神と魔女のみぞ知る。
今度はあなたの番かも知れませんよ。