十七話「お兄様の前世」
場所をお父様の書斎に移し、人払いし、お兄様のお話を聞くことにしました。
お兄様が辱めを受けた話など、家族以外の誰にも聞かせられません。
ですがお兄様のお話は私の予想と全く違っていました。
お兄様は賊にも使用人にも襲われておらず、自殺未遂をした理由は他にあるそうです。
お兄様が自殺未遂までしようとした理由が気がかりですが、お兄様が誰にも汚されておらずホッとしました。
お兄様のお話によると、お兄様には幼い頃から前世の記憶があったそうで。
お兄様は家族に心配をかけないように、前世の記憶があることを秘密にしていたそうです。水くさいですお兄様! お兄様の前世が異世界人でも関係ありません! 現世ではお兄様は私たちの大切な家族なのですから!
お兄様の前世は地球という世界にある日本という平和な国で、お兄様は引きこもりニート?という種族だったそうです。
趣味は絵と乙女ゲーム? ゲームというの
は主人公の選択や行動により、エンディングが変わる小説のようなものだとお兄様が説明してくださいました。
お兄様は前世でも絵が好きで、部屋にこもって絵を描いてらしたとか。お兄様が描かれる精霊や妖精や神々の絵は、前世の絵本で見たイラストを元にされているとか。
なるほど、だから精霊や妖精が見えないのに、その姿を描くことができたのですね。
ここがゲームという創造物の世界なら、精霊や妖精の姿がお兄様が前世で読んだ絵本と同じでも不思議はありません。
お兄様のお話を聞き、数々の謎が解けました。
お兄様は珍しいことを知っておられました。その知識を異世界で得たのなら、私たちが知らないことを知っていたのも納得です。
この世界にはない技法を使って絵が描けたのは、異世界で習得した技法だったから。
お兄様は知らないでしょうが、お兄様の絵を見た先生が「どうやったらこんな独創的な絵が描けるんだ?!」とたいそう驚いておりました。
お兄様には何か秘密があるのではないかと嗅ぎまわっていたので、父はその先生を首にし、どこか遠くへやってしまいました。
そこがどこかは教えてもらえませんでしたが、お父様は「二度と戻って来れない遠いところ」とおっしゃっておりました。
お兄様の絵はほとんど精霊や妖精が持っていってしまったので、公爵家にはあまり残っていないのです。残念です。その代わり精霊の加護は得られました。
お兄様の不思議な知識は絵だけではありません。
井戸の周りを清潔に保つことや、水の濾過方法を教えてくださいました。おかげで水にあたる人間が減りました。
石鹸を作り、外から帰ったら手洗いとうがいをすることを人々に教え、疫病を未然に防いだり。
洗濯板を発明し、洗濯にかかる時間を一時間も短縮されたり。
これらの知識や発明は、ここではない世界からもたらされたもの。
この世界では失われたルーン文字も、お兄様がいた世界にはおまじないとして残っていたのですね。