Episode.7 退職社畜の別視点/壱
【NPC.アリス】
あたしの名はアリスっていうの!
本当の名前はアリス・ローリルっていうんだけどお母さんがお客さんには名前しか言っちゃだめって言われてるからいつもアリスって名乗ってるの。
あたしの家はポーション屋さんをやってるの。
小っちゃいお店だけどそこそこお客さんは来るし、いつも裏道の陰から見てる人もいるし、将来はバンゼンってやつね。
今日は、お客さんが三人来て、回復のやつを三つと、麻痺は売れなくて毒のやつを二つ、売ったの。合計で三五〇〇〇メニーね。
あたしったら計算もできちゃうの。商店街の人たちからしょーらいゆーぼーって言われたの。…たまに計算間違えちゃうけど。
「ポーション屋さんやってまーす!回復と麻痺と毒のやつありまーす!」
ちゃんとお仕事をこなさなきゃけないけど、楽しいからダイジョブ!
声出ししてお客さんを寄せるの。
これをすると皮鎧着たお兄さんやお姉さんのお客さんがよく来るの。
じょーれんのお客さんはショシンシャって言ってた。
お母さんに聞いたら初めて始めた人らしいけど、なんの初心者か分からない。
「回復するポーションと麻痺と毒ありまーす!」
声を張り上げると、遠くに居たお兄さんと目が合った。
優しそうな顔で黒い髪で男の人なのに髪が長くて後ろで縛ってる。近所の道具屋さんのお姉さんみたい。
お兄さんはにこにこしながら近づいて来る。
「やあ、こんにちわ」
「お兄さん、こんにちわ!」
挨拶は元気にってお母さんが言ってた。
見たこと無い珍しい服を着ているお兄さん。優しそうだけど、お兄さんはなんか変な感じがした。なんというか空っぽというか、道に捨てられたお犬さんみたいな感じがする。
お客さんに変わりはないからちゃんと接するけどね。
「HP回復系のポーションが欲しいんだけどあるかな?予算は五万メニー」
「五万メニー、かー。う~ん…」
お客さんの要望には応えなきゃいけないけどいきなり言われると困っちゃうし、ポーションにも種類があるから…わかんないや。
「あっ!お母さんに聞けばいっか!」
こんなときはお母さんに聞きに行けばいいんだ。
お兄さんを連れてお店の中に入る。お兄さんには中で待って貰ってお母さんに聞きに行く。
「お母さん」
「ん?どうしたの、アリス」
「あのお客さんが回復のポーションが欲しいんだって。予算は五万メニーだって」
お店の中を見ているお兄さんを指さす。
「もう、そろそろ商品の値段と場所を覚えなさい」
「だって多すぎて覚えきれないんだもん」
「仕方ないわね」
お母さんはお兄さんのとこに向かう。
あたしもついて行かないといけないの。あたしのお客さんだもの。
「うちの娘が失礼しました」
お母さんがお辞儀をする。
「私の名はリンダと申します。これをアリスと言います」
「むー!これじゃないもん!」
あたしの名前はアリスだもん。「これ」じゃないもん。
「あのー…?」
お兄さんは一瞬遅れて自己紹介をする。
ふーん。お兄さん、名前バツっていうんだ。面白い名前なのね。
名前もわかったし、あたしはお客さん集めないといけなから呼び込みをしないと。
あたしはお母さんにお兄さんを任せてお店を出る。
また、お客さんを集めないといけないから。あたしは看板娘?ってやつだから。
「ポーション屋さんでーす!」
お客さんを呼ばないと。
お兄さんみたいな優しいお客さんが来るといいな。
「いい感じのおにゃのこじゃーん!」
「マジだな」
鎧を着た人たちがあたしの方を向いて手を振ってる。
でも、この人たちはさっきのお兄さんと違って嫌な感じがした。
男の人はあたしに手を伸ばす。怖い!
「やっ!」
手を振り払っちゃった。
お客さんだったらどうしよう。お母さんに怒られちゃう。
「なにすんだよー。お嬢ちゃん」
「生意気だな。この子供」
「ま、所詮NPCだしな」
お母さんに頼ろうとしたら怖い人たちに腕を掴まれる。
痛い!痛い!
「いや!やめて!」
「このっ!クソがッ」
あたしの腕を掴んで連れてこうとする男の人。腕が痛い!
「すみません!」
お母さんが来る。
良かったぁ。これで助かる…?
「あんだよって美人さんはっけーん!」
「おっ、いい感じじゃーん」
嫌な感じがした
お母さん逃げてっ。ダメっ、声が出ない!
怖い人たちはお母さんを掴む。
「お母さんを放せ!」
「んだよ、このガキ。お前はもういいよ」
目の前に『銀色』のなにかがある。なに?
「おいおい、嘘だろ」
思わず目を瞑っちゃう。
お兄さんの声が聞こえた。周りはきゃーきゃーしてるけどお兄さんの声だけちゃんと聞こえた。
でも、『銀色』はもうあたしの頭のところに―――キィィィィン。
「ぬあ!?」
「なんだなんだ?」
綺麗な音に目を開けるとあたしの目の前でお兄さんが、怖い人とは違う“銀色”で『銀色』を受け止めてた。
「餓鬼共、いい加減にしろ」
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「餓鬼共、いい加減にしろ」
速攻で抜刀。大太刀の先端で剣を受け止める。
ハタチもいかない餓鬼が子供を殺そうとする。許されるだろうか?いや、そもそも許される許されないの話ではない。
「あ?んだよおっさん」
チャラ男共の見た目は十六ぐらいから十八ぐらいだろうか。
装備が上等なことからかなりやり込んでいる上手いプレイヤーだとわかる。
なのに子供を殺そうとしている。要するに屑だ。
どの世界にも屑はいるもんだ。元上司の顔が思い浮かんだ。
NPCだとか電子情報だとかAIだとか思ってるか知らないが子供が殺されるのを黙って見過ごす俺じゃない。
「おっさんじゃなくて、お兄さんと呼んで欲しいんだがお前等には言われたくないな」
「は?なんの話だよおっさん。調子ノってんじゃねえぞ」
「そうだぞ。リーグがだれか分かってんのか?プロゲーマーチームに誘われた男だぞ」
取り巻きが何か言う。プロだかなんだか知らんよ。屑には変わりないからな。
「だからどうした。ゲームが少し上手いからってイキってる餓鬼共なんぞしらん」
「はぁ!?野郎!」
取り巻きが長剣を抜いた。
遅過ぎる。余りに遅すぎる。
威嚇するように向かっていた大太刀を翻し、長剣を弾く。金属がこすれる高音。
「それだけか?終わりならこっちの番だが?」
「ジジイがふざけてんじゃねえぞ!?やれるもんならやって―――」
やってみろと言ってんのに構える気も無い。そっちこそやる気あんのか?
何度も練習した動きで納刀する。同時に距離感をスキルの間合いで測って一歩後ろに下がる。あ。思ったよりも滑らかな納刀。左手は鞘に添えて、横に向けて固定している。
瞬間、手にインパクトで抜刀。
俊敏力に委任したのでステータス的に62で速度二倍、ダメージは二倍で更に合計50%上昇も加わる。
案山子で何回も練習した抜刀の軌跡は手に取るように分かり、剣線が取り巻きの首をスライドさせた。
「ほぶぇ?」
トんだ首は空中で数回転しながら間抜けな声を出して、地面に落ちた。
間も無くポリゴン粒子になって消える。
「は。あ、え?な、なにが起きた…?」
糞餓鬼は混乱している。
悲鳴を上げていた観客も唖然としている。
野次という名の観客の中には武装している者もいることからプレイヤーもいることが分かる。子供が殺されそうになってるのにお前等は何をしていた?
餓鬼は未だに混乱中、焦点が合っていない。プロに誘われたにしては反応が遅い。本当に高レベルのプレイヤーなのか?
そりゃあ、いきなり知り合いの首が落ちたら驚くけどな、喧嘩を売ったのはそっち側だ。
「大人を舐めるなよ。クソガキ」




