Episode.13 退職社畜のチート化現象
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あらかた一掃が終わったはずだ。
ホイール・ドッグの討伐数が四十を超えた辺りで出現が止まった。恐らくだが出現数に限界があるか、制限時間付きの怪物大量発生区間だったのだろう。
一旦、モンスターの出現は止まっているが、何が起きるかわからないから警戒し続けている。
「今の内に回復とか準備とかもろもろしとけよ」
バイクに乗車して、すぐに発進出来るようにしているのはライダー。
わかってると一言。とは言ってもダメージ受けてないから大丈夫だがな。バイクに乗って敵を惹き付けてたライダーはダメージを受けたのだろう。…惹き付けてたのか、轢き付けてたのか分からないが。
くだらないことを考えていると不意に空間が騒めく。
「な、なんだ?」
「エリア移動か、ボスの出現だろ」
「そうか。でもなんか違くないか」
球体状のエリアの壁に亀裂が走ってパカッて割れる。頂点から割れたエリアは平面上に広がり、ポリゴン体になって消える。
そこには、半球型の壁に鉄棘が生えたエリアだった。
このダンジョン棘、好き過ぎだろ。
「相棒っ、何か来るぞ!」
注意に視線をエリア中央に集める。
気付いたら中央に針の生えたボールの様な塊がある。
塊は蠢いて、姿を変える。
針の間から顔を覗かせたのはネズミ顔のモンスター。聞いただけでは可愛く感じるかもしれないが、見た目は赤眼で脚が合計六本あって顔面、皺だらけのハリネズミだ。どうやったら可愛いく見える?
「Kyuuuugaaaaaaaaa!!」
「るっせぇ?!」
轟々しい雄叫びと共に、ハリネズミの頭上にHPバーが五本現れてその下に『多脚ハリネズミ』と出る。
見た目はエグイし、結構ホラーだけど隣には頼もしい相棒がいるし。ライダーのバイクも元のサイズになっている。
「来るぞ」
「迎撃か?」
「最初は様子見の回避だ」
「了解だ」
顔を合わせずに会話する。
ハリネズミは体を丸めて転がる。背中の針が鋭く光り、棘ボールになる。比喩無しに火花を散らして床を転がるハリネズミは脅威に値する。速度も今の俺よりも数倍速い。
眼前まで迫った時にサイドステップで大幅に回避する。ライダーはドリフト染みた動きで滑っている。
高い、俊敏力で跳ね過ぎたと思ったが正解だった。
針が目の前をかすめて行く。棘だらけの壁に刺さるかと思ったがハリネズミは壁の棘の間に針を食い込ませて壁を縦横無尽に転げまわる。
半球のエリア内に金属同士がぶつかる音がする。やっぱり針の強度は鉄並と考えてもよさそうだ。
ハリネズミはライダーの真上まで来ると自然落下で落ちて来る。だが、当たり前に加速して回避するライダー。そして回避したままの速度でこちらに来る。
腕を伸ばして来た。掴む。
お互いに引っ張り合って俺が後ろ座席に着地する。惨酷峠を下っている時より速度が出ている。それだけ警戒しているって事だ。
「さすがにあの壁を走れたりはしねえよな」
「ワリィが流石のオレ様も棘の上を走るのは無理だな」
ハリネズミの転がり攻撃を避けながら作戦会議をする。ライダーは先程よりも余裕の無さが伺え、運転が荒い。俺は足裏で踏ん張って耐えている。
ともなれば、俺の作戦を実行に移すとするか。
「じゃあ、ライダーは地上で落ちて来たハリネズミを足止めか、攻撃してくれ。できればでいい」
「そんじゃ、相棒は?」
「壁に張り付いてるのを落とす。俺が壁歩いてたの見たろ?」
ライダーは一瞬振り返る。顔には不安と書いてあった。確かに、棘の生えた壁を歩くなんて言い出したら俺も心配する。
「安心しろよ、相棒」
「…!おう!任せたぞ!」
相棒、と言った瞬間に露骨に嬉しそうにするライダー。なんとなくコイツの扱い方が分かって来た気がする。
意気揚々とするライダーを尻目に壁にジャンプする。
ちゃんと意識して棘に立つ。俺は今、棘の先端に立っている。
平面走行の効果は壁でも棘でも、足場、平面と捉えることで立つことが出来る様だ。これならダメージも受けない。
足を踏み出して次の棘の先端へと踏み込む。
次から次へと足場を蹴って跳ぶようにして棘から棘へと移動する。度々、速度を上げて天井を転げているハリネズミに接近する。
ここまで接敵してくるのは考えて無かったのか、ハリネズミの回転量が減り、減速する。
取り敢えずは一発だな。
減速したところへ加速して近づく。
横を抜け際に抜刀。
「Giiyaaaaaa!?」
耳障りを超えて、不快な鳴き声で苦悶するハリネズミ。HPは五割削れている。ダメージ倍率的にかなり硬めの敵だって事が理解できたが余程痛かったんだろう。だって落ちてるもん。
だけど敵ながら可哀そうに思う。だって、下には相棒がいるから。
「よくやった相棒!」
ピースを向けるライダーに俺もピースを返す。
刹那で表情を変えたライダーは速度を急激に上げて落下に合わせてバイクの先端突起でどつく。
重苦しい音を立てて、吹き飛ぶハリネズミ。今度こそ背中に棘が刺さる。これにより、HPバーの一本目を削り切り、二本目の六割も削りきる。
だが俺も黙って見てたわけじゃない。吹き飛んだ先に全速力で駆けて、現在進行形で急接近。
「イィィィァア!」―――Critical!
周り込みながら、大声を上げて、タイミングを計る。最後の文字で大太刀を思いっきり力を込めての抜刀。ハリネズミが吹き飛んでいたことで後頭部が見える。まあ、要は首が狙える訳だ。それに加えて、クリティカル。
百八十倍に加えて、流転無窮の二連撃中。70パーセントのダメージ上昇。
合計で百八十倍と70パーセントのダメージ上昇。
「―――ッッ!!??」
声すら出させずに一閃。
猛速で二本目のHPバーはすぐに尽きて、三本目も尽きる。四本目も尽きて、五本目に突入する。じわじわと減っていき…尽きる。
ハリネズミの首は胴から離れて、ほどなくして落ちる。後はポリゴンの塊になって消えるだけ。
ライダーはハリネズミの傍にいる俺の傍に笑顔で来て、俺も笑顔で迎え、ハイタッチを交わす。
「やったな!」
「応とも。やってやったぜ!」
それから視界内に大量にウィンドウが現れる。
今は休みたいんだがな。
《レベルが10上がりました。ステータスポイントを100振り分けてください》
《新スキル『両断』を取得しました》
《新スキル『空破斬』を取得しました》
《新スキル『複数帯剣許可証』を取得しました》
《ダンジョン名:【惨酷峠】の初回クリアを確認しました。クリア者名:バツ/ライダー に初回クリア特典武具が授与されます。…インベントリ内に送られました》




