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スカイストーン  作者: サーナベル
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第2章

幼い頃から、ミナトとその妹のシズクは村の長老のナギに<無重力の木>に近寄るなと言われ続けていた。

「出るのだ。逆さまオバケが」

バカバカしい。

湊の家は暖かい両親に恵まれ、食べることに別段困ることはなかった。父親は屈強な〝戦士〟だったし、母親は村で重要な役割りを担っていた。

湊の母は〝式神様〟と呼ばれ、水憩いの舞を披露することによって、青く光り輝く湖の輝きを維持させる力を持っているとされていた。式神様は女性にしかなれない。雫が次期式神様候補として未だ13歳で期待の眼差しを向けられていた。

湊が狩りに行こうと木で出来た小さな小屋から出ると雫が大急ぎで走り寄る。

「お兄ちゃん、私も一緒に行くぅ!!」

湊の黒いボサボサの髪が困ったように垂れ下がる。

「雫、お前は村にとって命も同然だ。ついて来たら兄ちゃん、怒るからな」

雫が無邪気に笑った。黒い長い髪の毛が次の式神様の威厳を微かに帯びている。赤いルビーのような瞳は湊と同様、母似だった。

雫の頭を撫でながら湊は言った。

「お前は臆病者だからな。連れて行く訳には行かないんだよ、兄ちゃん」

「えー」と雫が駄々をこねた。

「お兄ちゃんが守ってくれるなら大丈夫だよ!だって無敵のお兄ちゃんだもん」

湊が腕の服の裾を捲り上げ、自慢げにはち切れんばかりの筋肉を見せつける。ニヤニヤ笑いながら雫の反応を伺った。

雫の紅い目が輝く。

「やっぱり最年少の剛腕男ってお兄ちゃんのことでしょ?」

「さーてね」

「お兄ちゃん、ちょっとでいいから村の外を探検させて」

ちょっとってな…。

湊は困り顔で雫の暇つぶしに良さげな物を求めて視線を彷徨わせた。蝶の柄の付いた花札が目に入る。

「雫、花札の言葉を全部暗記したら、ついて来てもいいぞ」

雫は嬉嬉としてイタズラっぽくニタリと笑った。

「本当?」

「まさか、お前…」

尻込みする湊に満面の笑みを雫は向けた。

「そのまさかだよ。じゃあ、お兄ちゃん、ついて行っていい?」

湊はヤケになってガサツに髪を掻きむしった。

「父さんや母さんには内緒だぞ」

どうしてこんなに自分は妹に弱いのだろう、とぼんやり湊は考える。産まれつき雫は体が弱かった。それでも湊と同じことをしないと気が済まないと言わんばかりに湊に着いて来る。それはそれで可愛いのだが、心配し過ぎてこっちが病気になりそうだ、と湊は思った。

シスコーンでも何でも御座れだ。

困った顔で笑い、軽く頬を掻きながら、喜んでいる妹を優しい目で見守る。

父は東の山の方へ行った。1週間は帰って来ないだろう。母はお勤めで神社で式神を作っている。式神に命を吹き込むのに3日間水だけで生活するのだ。家にも戻らない。

雫は花札を全て暗記する程暇を持て余しているのだ。少し外に出て、怖い思いをすれば、もう二度とせがんで来ないだろう。

それに俺がいる。

湊はしたり顔で腕を組み頷いた。

雫が身長の高い湊の腕に手を伸ばして、「お兄ちゃん、大好き!」と甘えて来る。

春の太陽が照り付け、日常を見事に描いていた。

木の小屋から出て来た村の人々は皆、湊に集まり「よお、ボウズ」やら「あら、湊君じゃない」やらワイワイ騒ぐ。

持ち前の気前の良さで湊は手を挙げて応えた。

「オヤッサン、姉ちゃん、兄坊、バッチャン、今日はすぐ帰って来るから」

雫に目で合図する。いつも狩りの出発の最後の占めは雫と決まっていた。

「お兄ちゃん、気を付けてね」

人の見えない所で雫が人懐っこく小さく舌を出しウインクする。

しばらくして、湊は雫の身長に合わせて屈んで誰も見ていないか確認した後、囁いた。

悟浄林ゴジョウバヤシの入り口で待ち合わせな。誰にも見られるんじゃないぞ、雫」

雫の声は微かながら凛としていた。

「はーい」

腕を回転させながら気合いを入れて、湊は大声を上げる。雫をそっと後ろに追いやった。

「うっしゃあ!行って来るぞ!!!野郎共」


悟浄林は悟りの神が作った林だと言われている。そこに住む魔物達は大きな裂けた口とギロリとした黄金の瞳を持っていて、神から罰を受けている罪人の末路と言い伝えられていた。

まだ午後近くの朝だと言うのに真夜中のように薄暗い。

この林では木々が笑ったり、動いたりしているという噂が立っていた。実際、昔、村の掟に背いた者はここで鉈で首を切り落とされたと言う。その罪人の魂が木に乗り移ったと主張する者と魔物になったと主張する者とで酒の席で度々口論になっていた。

湊は林の入り口で太陽に手を伸ばしながら、雫を待っていた。雫の匂いがする。だが、一向に姿を現さない。

雫の匂いやオーラは分かりやすい。色で言えば淡い水色だ。一滴の水の小さな波紋のような優しさに包まれた匂いだ。雫は不思議と夏でも汗臭いことはなかった。これが式神様の力なのかもしれない。

雫…。大丈夫か?

「兄ちゃん、心配だ」

どんなことにも屈しない熱血漢の湊だが、妹のことになるとたちまち弱くなる。モンシロチョウとモンキチョウが戯れる様子を見ていると、緊張の汗が大分マシになった。

湊は頭を片手で抱え、「仕方ないな」と溜息を吐いた。

雫の匂いを辿ろう。村を出て、悟浄林にいるのは確実だ。魔物に襲われている可能性も充分に有り得る。

歩き出した湊の耳に女の子の悲鳴が届いた。

雫だ。

先程の歩調とは打って変わって湊は林の中を夢中で駆け出した。足の速さには自信がある。

待ってろよ、雫…!

足に葉や蔦が絡み付く。湊はゴリ押しで蹴飛ばし、ちぎっていった。

林の道の開けた所で小さくて黒い沼のような魔物が雫をのっぺりとした木に縛り付けている。目玉がやたらと大きく触手をヌルヌルと雫の身体に這わせていた。

雫が目に涙を浮かべ湊を呼んだ。

「お兄ちゃん……ッ」

湊はボサボサの髪を掻き、言う。

「分かっただろ?雫。村の外は危ないんだ」

「ごめんなさい…お兄ちゃん、私…」

「反省は後でいくらでも聴くぜ」

湊の目付きが変わる。魔物に焦点を当て、鋭く光る槍を構えた。獣の唸るような声で魔物を脅す。

「お前!!分かってるんだろうな?俺の妹に手出したらどうなるか」

湊の眉間の皺と逆立った黒髪が魔物に対する殺意を物語っていた。

だが、魔物は大人しく雫に張り付くばかりで何の感情も顕にしない。しばらくして、物々しい喋り方で語り始めた。

『式神様、娘、欲しい。我、裁きを与えし者』

湊の怒りが混乱に変わる。喋る魔物は初めてだ。

湊は紅い瞳を見開いて〝裁きを与えし者〟を凝視した。黒い沼のような体のどこに言葉を操る脳があるのだろう。もしあるとすればそこが弱点だ。

湊が考えていると、ふと〝裁きを与えし者〟が雫を手放した。

『罪人が舞っている』

雫が激しく咳き込んだ。地べたに這いつくばって、辛そうな顔で兄を見る。少女の顔面は涙と鼻水と涎でぐちゃぐちゃだった。

ジリジリと湊は雫に近付く。

「いいか、雫。お前は俺の来た方向から真っ直ぐ走って帰れ。俺はアイツの相手をする。なーに、最年少の剛腕男は伊達じゃねえ。もし、アイツが村に入って来たらパニックだ」

雫が湊の服の袖を引っ張った。小声で泣きながら喋る。

「…行かないで…お兄ちゃん…」

湊はハッとしたように雫を見つめる。自信満々にニタリと笑って3歳年下の妹の頭を乱暴に撫で回した。

「あんなヤツ相手に俺は死なねーよ」

緊迫した空気の中、走り出したのは2人と1体同時だった。

大きな目玉の魔物が跳ねるように山の方面に向かう。それを湊が追う。雫は反対の方向に駆け出していた。

湊は些かホッとした。〝裁きを与えし者〟の走る速度は思ったより遅い。

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