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冒険者とはらぺこドラゴン

作者: 本間□□

ウィザードは機兵を駆ると同じ世界のお話です。

 俺は両親が不在の間任された家で頭を抱える。

 やっかいな冒険者としての依頼を終えて、久しぶりの休暇で積んでいた本を消化していた。そんな時にバカの起こす奇行の苦情が、なぜか俺に来た。

「――――お前ら、これはなんだ」

「ごめんなさい、ごめんなさい」

「リューナはいい、謝るな。あの食い意地ドラゴンに無理やり連れていかれたんだろ」

 俺の怒気に気弱なエルフの少女が必死に謝罪する。この短い期間で彼女の役回りは理解している。俺は涙目なリューナの肩を大丈夫だと優しく叩く。生真面目な彼女はそれでもストレートの金髪が乱れるのもお構いなしに頭を下げた。

「だいじょうぶ?」

 ショートヘアーの猫族、メイが大量な素材の前で難しい顔をする俺を純粋に心配している。心配するくらいなら、この大量の素材と初心者用のダンジョンを占有していた苦情はどういうつもりだと問い詰めたい。

「お前らがこれの使い道を真面に考えていればな。あと管理局から俺に苦情も来てるからな」

 不透明なタンクの中を確認していくと青、赤、黄と色取り取りなゼリー状の素材が詰まっている。

「スライムだ! 見ればわかるだろう」

「加減を考えろ! 加減を!」

 俺の前に並々に、というよりぎゅうぎゅうに押し込まれたスライムの亡骸が保存用容器10リットルタンクで一人二本を持ち計6本が並んでいる。

 ドラゴンの角を生やす女性――ルシアは意気揚々に胸を張って自慢する。大きな胸がこれでもかと主張しているが、ポンコツなこいつだと考えると俺の目に入っても特に思う事もない。むしろ、ウェーブがかった赤い髪を思いっきり引っ張れたらどれだけスカッとするか。

「とっとと管理局の買取所に引き取ってもらえ!」

「何を言う! バランスボール大の大きさとはいえ、飛散して綺麗な部分だけ集めるのにどれだけ苦労したと思う!」

「ワタシはがんばった。ルシアはみてただけ」

 ルシアがふんすかと怒っているが、怒りたいのは俺の方だ。隣で無表情のメイがピースで自分の努力を自慢する。ポンコツドラゴンの影響を受けていないかと不安になってくる。

「……あのグレン様、こちらを」

「ああ? 懐かしいな昔書いたレシピ帳か。――で? なぜリューナがって……ルシアか」

 ラクガキ帳に書いたレシピ。小さい頃に書いたメモは今見ると解読するのも一苦労だな。そういえばこの家に勝手に居座ってる代価に、ルシア達に物置の掃除をやらせたか。

「ルシアが勝手に持ち出したのか」

「見つけたのはメイだがな」

 俺が昔のラクガキを懐かしく眺める横で、ルシア達が戦利品を家に運び入れる。俺が家に傷を付けるなよと注意すると「そんな不器用ではないわ!」とルシアの声が返ってきた。

「それでスライム狩りに行ってきたと……。懐かしいなスライムゼリーを使ったオヤツね」

 両親共に冒険者の俺は小さい頃から母親に料理を作らされていた。おそらく自分たちに何かあった時の備えの一つだろう。一流と呼ばれる両親からは、いつ一人になっても大丈夫なように炊事洗濯などの家事にお金の管理の仕方など教え込まれた。冒険者の知識を教わったのはそのずっと後だが。

「これが食べたくてスライムを狩ってきたのはいいだろう。お前にしては殊勝なことだ」

「そうであろう」

 いつものルシアなら食べたいと駄々をこねて、俺かリューナに買い出しからさせるだろう。買い物音痴を自覚するルシアであるから正しいと言えば正しいのが憎らしい。

「量と人の迷惑を考えればな! スライムゼリーは加工次第で何にでも化ける。需要は高い、新人にとっては貴重な稼ぎなんだよ! お前らオープンのダンジョンで占有してただろ! 鬼気迫る竜人がスライムを狩りつくしてるって俺に言われても困るんだよ!」

 誇りある竜人にあるまじき醜態だったと今更思い至ったのか、ルシアは俺から顔を背けている。

「おーいクリス、仕事だ」

「どうかしましたか」

 俺が呼ぶとクリスが来た。こいつは親父達がダンジョンで見つけてきた、アーティファクトと言われる魔具の残骸を修復したロボットだ。高性能なAIを積んでおり、軍のロボット兵器に搭載される機兵AIより優れた性能だそうだ。

 本人? 曰く、番犬用ロボットAIだったそうな。それを聞いた親父が上位冒険者の伝手で機能てんこ盛りな犬型ロボットを作った。

「成分分析をたのむ」

「用途は?」

「いつも通り食用だ」

「了解しました」

 俺は耐腐食製の皿を用意してスライムゼリーを注いでいく。どのスライムを狩ってきたのかルシアに聞いてわかればいいのだが、知識面で彼女に命を預けるバカはしない。

 そもそも一番安全なブルースライムだけでなく、なぜ赤と黄のスライムまで狩ってきたのだろうか。ポイズン種が多い緑系統のスライムを狩ってこなかったのは褒めるべき――――。俺も毒されて来たかもしれん。

「まずは青いゼリーから、管理局のデータベースよりブルースライムと一致しました。毒性は無し、食用可能です」

「それなら調理方法はわかってる。次は?」

 ルシアの持ってきたレシピに書かれているのもおそらくブルーだ。古い思い出だが、親父に頼んで取ってきてもらったゼリーはブルーのはず。子供が料理に使う創作料理。変な成分や耐性のあるスライムを選ぶはずがない。

「少々お待ちを……。はい、こちらはレッドスライムの上位種ファイアスライムです。体内の可燃性物質と組み合わせて火を噴くスライムです」

「面倒くせえ。レッドと違って耐火性が高くてどちらかというと工業用の素材だろ。売却決定」

 熱に強いがそれを上回る熱か化学的に加工すれば問題ない。むしろ熱に強いからこそ用途の広い素材で人気もある。食べるには向かないこれは売る以外に選択肢はない。

「最後は……。パラライズスライムです――――」

「聞くまでもなし! やっぱり毒持ちが混ざってるじゃねえか!」

「へぎゃ――――」

 俺はスライムで作られたゴム手袋を嵌めて黄色のゼリーを掴み、ルシアに投げつけた。

 ソファーでうきうきと待っていたルシアは、顔面からスライムゼリーを被り床でピクピクしている。

「スライムの麻痺毒なんぞたかが知れてる。しばらく体が動かせないだけで健康に害はない。大勢に迷惑をかけた罰だと思ってしばらくそのままにしとけ!」

 毒持ちはよほどの理由かつ毒抜き方法が分かった物しか食べない。毒抜きしてまでスライムなんぞ食うか。

「あばばばばば。ぐりぇん、ごめんにゃしゃい」

 後々管理局への謝罪の手土産として、床で無様にビタンビタンしているルシアの写真を撮っておく。

「リューナは悪いが鍋とここに書いたメモの物を用意しておいてくれ」

「わかりました。グレン様はどうなされますか?」

 床でじっとしているルシアとソファーでうたた寝しているメイに毛布を掛けてあげているリューナに料理の準備を頼む。料理の前に仲間が迷惑を掛けた相手に一言謝っておくのが筋だろう。たとえいつの間にかパーティ扱いされた居候であろうと。

「俺は管理局に謝罪の通話だ。あと食用に向かない40リットルを買い取ってもらえないか聞いておく。金はリューナに預けておくぞ」

「よろしいのでしょうか」

「ルシアに金の管理なんてさせたかねえだろ」

 俺に後始末を任せるのが心苦しいのだろう、顔を曇らせてメモを受け取るリューナ。彼女を安心させるために冗談めかして話す。冗談抜きであいつに金を任せたくないが。

「いえ、グレン様にです」

「俺? 俺は狩りに参加してないだろ」

「けれど家賃や食費が」

「あー。うん、気にすんな。親父の教えでな、困ってる女が居たらとりあえず助けとけってな」

 そう言った親父は母さんに折檻を受けるといういつものオチが待っていた。その後に母さんに聞こえないように母さんを見て俺に言う。

「……特に美人のな」

 俺の呟きが届いたのか、リューナは長い耳を先まで真っ赤にしてキッチンへ走っていった。

「じー」

 後ろで転がるルシアが睨んでいる。意識して言ったわけではなく、ただ昔の事を思い出して出た言葉に居た堪れなくなって俺も部屋を逃げ出した。



 俺は騒がしいリビングを離れて私室に戻ってきた。あまり時間をかけるとルシアが乗り込んでくる気がする。あるいはキッチンで何かやらかすのが先か。

 ポケットに入れっぱなしだった端末を取り出し、顔馴染みのダンジョン管理局職員に通話を入れる。

「ルシアちゃん達は帰ってきましたか?」

「今帰ってきましたよ」

「あらそうでしたか。それで何だったんですか? 管理局経由ではない依頼でも受けていましたか」

 冒険者の依頼は一般的に管理局を経由して行われる。それが以外が法に触れるわけではないが、モラルとトラブル対策に管理局を通す事が推奨されている。

「さすがにそれはないですよ。管理局の立ち合いがない依頼は危険だから、絶対受けるなって最初に言い聞かせてありますよ」

「うふふ、あの人達の教育が行き届いているみたいですね」

 ベッドに腰掛けて彼女の話を聞く。俺が冒険者として管理局に登録した時から見守ってきた受付嬢である彼女には今も頭が上がらない。

「そりゃどうも。目的ですが、スライム料理ですよ」

「えっ?」

「スライム料理が食べてみたかったそうです」

 いつもお姉さんとして落ち着いた口調で接する彼女が、珍しく驚いて聞き返す。たしかに食用にスライムを何十リットルも狩猟してるとは思わないだろう。

「たしか10リットルの容器をいくつも抱えていたそうですが」

「それですが買い取ってもらえませんか」

 俺は申し訳なく思いながらお願いする。この都市でスライムが大量に狩れるダンジョンは一つしかない。それもオープンと言われる複数のパーティが進入できる場所である。そういった場所は占有や横狩りなどのトラブルの温床となりやすく管理局も頭を抱えている。

 ルシアの乱獲も場合によっては管理局から注意が入る可能性もあった。

「ルシアさんは特に直接迷惑行為を行った訳ではないので大丈夫ですよ。内訳はどうなっていますか」

 俺の心配を察した彼女が先に無罪であることを伝えてくれた。あくまで鬼気迫るルシアに何事かという苦情が管理局に届けられただけだからだ。

「あー、まだ完全に確定したわけではないですが。ファイアが20リットル、パラライズが20リットルです」

「グレン君」

「なんでしょう」

「ルシアちゃん達は食用にスライムを狩っていたのですよね」

 通話越しでも彼女の困惑する顔が思い浮かぶ。なぜ食用より工業、医療用のスライム素材が多くなるのか頭を悩ませているだろう。

「目についたモノを片っ端から集めたんでしょう。さすがに違うスライムを混ぜるような暴挙に出ませんでしたが」

「そういうところをもう少し直してくれれば、知識Cランクに上がって正式にBランクに昇格できますのに」

「それは無理な話ですよ。あいつが勉強してるイメージができませんよ」

 冒険者のランクは戦闘ランクと知識ランクに分けられ、総合ランクの比重は戦闘面が大きくはある。だが知識がない者は知らないが故に危険を起こす。場合によっては自分だけでなく他人を巻き込んでだ。過去にそういった事件があったので筆記試験も行われ、冒険者を信用できるかの目安の一つとなっている。

「それもそうですか」

「はい」

 俺は明日、素材を持ち込むことを伝えて通話を切った。身体強化の機能を持つ魔導具であるアーマーを着ていても面倒な重労働にため息も出る。


「管理局の方はなんと仰っていましたか?」

「問題無し。ただ般若が居た事の問い合わせが来ただけだ」

「うぅ、ごめんなさい」

 俺もリューナがオロオロしているのもそろそろ慣れてきた。フォローするよりも仕事を頼んだ方が回復が早いと、一ヵ月の付き合いで学んだ。

「とりあえずさっさと調理を済ませるか。リューナは夕食頼むわ」

「分かりました。メニューはどうしますか?」

「あー、冷蔵庫にあるモノで適当に頼む。肉でも焼いとけばあいつらは満足するだろ」

「了解しました」

 リューナが冷蔵庫の中身を確認してる間に、こちらも作業を進めるか。

 スライムゼリーをボウルに移し丁寧に洗う。まずはスライムの持つ臭みを消さなくては話にならない。

 リューナと並んで淡々と調理を進める。俺の鍋でゼリーをぐつぐつ煮込む音とリューナの包丁で食材を切る音がキッチンに小気味よくリズムを刻む。

「ぐれーん。ご飯まだー?」

 麻痺から復活したルシアがメイを連れてキッチンに顔を出す。今日一日動き回った二人は腹を押さえて空腹だと訴えかけている。

「夕食はリューナに聞け。俺のは食後だ」

「ルシア様。あと三十分、お待ちください」

 30分と聞いたルシアが「りゅーなー」と悲哀に満ちた声を出す。

「ルシアルシア。冷蔵庫にソーセージ入ってた!」

「でかしたぞ、メイ。肉だ肉だー」

 小さな子供と大きな子供が戦利品を片手にリビングに走り去っていった。俺は仕方ないと笑うがリューナは親友の言動を見ないふりにした。怒りか恥ずかしさかどちらかわからない手の震えで包丁の動きが止まっている。


 賑やかな夕食後。暴食の暴徒と化した三人から逃げてきた俺は一人、バルコニーのベンチで懐かしい味を楽しんでいた。

「一人で何してるの?」

「あー? 喧しいから静かな場所に避難してきただけだ」

 まだ肌寒い春の夜風に身を委ねているとルシアが顔を出す。ルシアは食べかけのゼリーが入った器を手に持ってグレンの隣に座った。

「スイーツ美味しかったよ。ありがとう、グレン」

「どういたしまして。だが市販のゼリーと変わらん味だろ」

「自分で取ってきてグレンが作ってくれたんだぞ! 美味しいに決まってるだろ」

「そうか」

 無邪気でまっすぐな笑顔を向けるルシアに俺は顔を逸らす。照れ隠しにぶっきらぼうな返事で答えるが、彼女が気にする様子はない。 

「ねえねえ、グレンのだけ色が違わない? 一口ちょうだい!」

「――おいばか」

 止める声も聞かずにルシアは俺のゼリーを掻っ攫う。――ゼリーを口に入れた直後、ルシアは咽ながらそれを吐き出した。

「まっずい! ペッペッ」

「吐き出すなよ」

「にゃにこれ。まだ口の中が渋い……」

「子供の時に作ったのがこっちだ。お前らが食べたのはちゃんとしたレシピで作ったやつだよ」

 舌を出して悲鳴を上げるルシアに俺は水の入ったペットボトルを差し出す。

 俺が持っていたゼリーは子供の頃に初めて作ったモノと同じモノだ。なんとなくどんな味だったか気になって少しだけ分けておいた。

「こっちがグレンの思い出の味?」

 涙目で尋ねるルシアに俺は「そうだ」と頷くと、懲りずにまたまずいゼリーに手を出す。

 ああ、なるほど。こいつは俺の思い出の味を知りたかっただけか。入口から覗く幼いころからの友人であるエリスを見て、俺は騒動を起こしたルシアの理由を悟った。



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