1話 和也と明
「和也。前見て歩かないと、危ないぞ。」
小学校5年生の和也は、好奇心旺盛でいつも周りをきょろきょろ見て歩いている。今も、土手沿いを飛ぶ蝶に気を取られてふらついていた。
「兄ちゃん、モンシロチョウだ。」
帰り道。毎日見ている風景なのに、和也は何か見つけて報告してくる。
「おお、本当だな。よし、前見て歩け。」
明は和也の顔を前に向けた。10歳差の弟はそれが面白かったのか、にやにや笑っている。反省の色はない。それどころか、体より少し大きいランドセルを振り回しながら、明の方を向いた。そして、思いついたように喋りだす。
「そう言えば、兄ちゃん。あの、犬のロボットいつ出来るの?」
「それお前、一週間前にも答えただろ?来年の春予定だよ。」
「そうだっけ??春って事は・・・」和也は指を折って数えた。
「・・・月、2月、3月、4月。えーまだまだ先じゃん!兄ちゃん大学卒業しちゃうじゃん!」
「しないよ!俺はまだ20歳。来年の春で大学3年生だっ!」
明は和也の頭をポンっと叩いた。和也は嬉しいのか、けらけらと笑い出す。兄を年寄り扱いするのが弟のマイブームらしく、明に頭を叩かれるまでが何時もの流れだった。
笑う和也を見て、明の頬がゆるむ。
「和也は?学校どうだった?」
「ん?楽しかったよ。あ、そう。俺ね、今日作文で兄ちゃんの事、書いたよ!」
「え、俺の事?」
「うん!夢を書きなさい。って言われたから、俺、兄ちゃんみたいなロボット作る人になりたいって書いたの!」
「そ、そうか・・・」
恥ずかしいやら、嬉しいやらで、明は思わず目線をそらして、
川を見る。真っ赤な夕日が、向こう側の町に沈んでいくところだった。
「兄ちゃんは、すごいんだ!って言ったの。将来は人みたいなロボット作るって!それで・・・」
ファァァァァァァン!!!
明がクラクションに気が付いて、顔を上げた時、和也はT字路の真ん中に立っていた。住宅の陰になって車が見えにくい場所だ。いつも気を付けているのに。
「かずや!!!!!」
明は、叫ぶと同時に和也を思いっきり突き飛ばした。
車のが、大きな怪物のように唸りをあげて、明に向かってきた。怪物は止まる気配はない。
(――ああ、俺死かも。)
「にいちゃぁぁぁぁん!!!!」
和也の声をバックに、明の視界はブラックアウトした。
〇●〇●〇●
「兄ちゃん!すげー!!これ、どうやって作ったの?」
和也の手のひらには、ミニサイズのネズミ型ロボットが乗っている。光センサーで、周りの動きを感知して動くタイプで、まるで意思があるように見える。
「本物みたいに動いてるよ!!兄ちゃん!」
和也はネズミロボットを自作の迷路ボックスに入れて、観察し始めた。
「作り方は、お前がもう少し大きくなってから教えてやるよ。」
「うん!絶対ね!約束!」
そう言って、無邪気に笑う和也。その隣で弟の頭をくしゃくしゃにする明 (あきら)。
その姿を、なぜか上から明は見ている。これは夢なのか、それとも記憶を漂っているのか。何が現実で、何が夢なのか、わからない。
痛みも感じない。
何の感覚もない。
ただ、ふわふわと漂っているような、そんな感覚。
――確か、あの時、車に・・・そう、車にはねられて・・・。
――何でだっけ?何で・・・。
――和也!
――そうだ、和也!和也を助けて俺は!!
次の瞬間、あたりは暗くなった。そして真っ暗闇に突然、黄色い二つの大きな光が現れた。
光は低く響く声で話し始める。
『・・・勇者よ、世界を救いし、勇者よ。』
まるで地の底から響くような声だったが、明は自然と怖くなかった。それどころか、ふっと力が抜けて目をあけていられなくなった。
『・・・地の汚れを清めよ。・・・我が祠に眠る剣を・・・授けようぞ・・・』
低い声がしゃべり終わるのと同時に、明は深い闇の中に落ちていった。