夢はでっかく!二柱の決意
「い、今『ゴブリンを好きになった』って、聞こえたんだけど……」
泥を吐き出したクリソックスが、震え声でサラに確認した。
サラは恥ずかしそうに手で顔を覆った。
「そ、そうなんです……!」
ドロンズは不思議そうに聞いた。
「わしが読んだ書物では、人間はゴブリンを忌み嫌い、ゴブリンは人間の女を襲うと聞いたが。お主は違うのかの?」
「そ、そうだよ!彼ら、緑色だし、結婚=苗床だよ?いいの?!」
クリソックスが興奮して迫った。
サラは、決意を秘めた眼で二柱を見た。
「ゴブリンがどんな存在かは、知っています。あのまま連れていかれたら、どんな目にあったのかも」
「それなのに、なんで?!」
「彼、私をしっかり捕まえていてくれたんです」
「は?」
「ドラゴンにゴブリンさんごと掴まれて持ち上げられた時、彼は私が落ちないように、しっかり捕まえてくれたんです!自分だって食べられてしまうかもしれないのに」
「いや、あやつにとっても、お主は獲物じゃからの?落とさぬように捕まえるだろ?」
しかし、ドロンズの言葉はサラの耳には届いていない。
「ゴブリンさんの逞しい腕が私の腰を力強く抱き抱えていて、間近で見た背中の筋肉が引き締まって……お父さんのだぶっとした背中とは全然違う、男の人の体……」
「サ、サラさん?」
「去り際のゴブリンさんの切なそうな優しい眼差し。私と同じ気持ちなのかしら……。あの人、もしかしたら今ごろ別の女を苗床にしようと拐っているのかも。嫌よ!あの人の苗床になるのは、私よ!!」
「お、落ち着け、娘!お主、苗床志望なのか!?」
ドロンズはサラの肩を揺さぶった。
サラは、やっと妄想から帰って来たようだ。
「ごめんなさい……。なんだか、焦ってしまって」
サラは、赤くなってうつむいた。
クリソックスはサラを観察した。
肩まで伸ばしたゆるふわの栗色の髪を持つ、明るい緑色の目がくりっとした、可愛い少女だ。
「サラよ、年はいくつなのかい?」
クリソックスの質問に、サラは「14歳です」と答えた。
「14歳……」
クリソックスは、唸った。
「日本なら、苗床禁止の年ではないかの?」
「ドロンズ、それを言うなら淫行禁止だよ」
「何にせよ、成人はまだであろう。今すぐの苗床は、シモンズが認めまい」
「普通、人間の親なら、成人したってゴブリンの苗床は認めないと思うよ」
「そ、そんな……」
サラは悲しげな声を出した。
クリソックスは聞いた。
「この国の成人は、いくつなんだい?」
「16歳です」
サラは答える。
クリソックスは、頷いた。
「ならば16歳になったら、シモンズを説得するんだ、サラ。説得できた暁には、私達があのゴブリンの所に連れていってあげよう」
サラは不満そうに呟いた。
「16歳……」
「私達はその間、あのゴブリン達の集落を探して、保護するよ。たぶんだけど、ゴブリンは駆除対象なのではないか?」
クリソックスに言われて、サラは青くなった。
会いに行っても、この世にいなくなっているかもしれない。
今になって、それにようやく気づいたのだ。
サラは懇願し、二柱に祈った。
「あのっ、お願いします!あの人と生きて会いたいの!守ってあげて!神様!!」
クリソックスとドロンズの体に祈りが届く。
二柱は、顔を見合わせた。
「ダイレクトに来たね、ドロンズ」
「うむ。みなぎってきたわい、クリソックス」
二柱の肌艶が、なんとなく良くなった。
「我らに祈りを捧げる者よ、私のダイレクト信者として、どこでも神託グッズを授けよう」
クリソックスは、靴下を召喚し、サラに渡した。
「離れていても、これに祈るがよい、サラよ。そうすれば、私が神託を授けよう。後、お供えは、この靴下に入れて下さい。すぐに私に届きます」
「あ、はい……」
サラは半信半疑で、靴下を受け取った。
ドロンズが羨ましそうに靴下を見ている。
「お主の神具、お供え配達機能なんぞ付けて、ズルいのう!」
「仕方ないだろう?私の神性的に、最初から私の神託グッズはこういうものなんだから。ほら、そっちもグッズを渡しなよ」
クリソックスに促され、ドロンズはサラの額に手をかざした。
「今からお主に、わしの神託を受け取れる泥団子作りの秘術を授ける。わしからのアドバイスを授かりたい時は、この泥団子を作り、祈るがよい」
クリソックスが口を滑らした。
「え、何それ……いちいち作るの!?めんどくさ!!」
「泥団子カモン!!」
「もがっ!」
クリソックスは、泥団子を強制的に食らわされた。
クリソックスがもがもがしているのを無視して、ドロンズがサラに秘術を授ける。
ドロンズのむちっとした肉厚の手のひらから、白い光が放たれ、サラの額に吸い込まれた。
「これで、お主は泥団子の巫女となった。秘術と共に泥団子の技術も授けたから、泥団子の普及に努めるがいい」
サラは、茫然としながら、コクコクと頷いた。
ドロンズに勝手に巫女にされた瞬間、真に理解してしまったのだ。
彼らが本当に、人ではない事。
神様、と呼ばれる存在である事に。
「か、神様……、私、大変失礼な事を……」
今さら慌てるサラに、クリソックスは、泥を召喚した靴下に吐き出しながら言った。
「気にする事はない、サラよ。ぺっ、ぺっ、我らは、人に親しき神だから」
「うむ。主らには世話になったからの」
ドロンズも頷いた。
二柱はこの異世界で、ゴブリン以外に、やっと人間の信者を一人、獲得したのである。
その後、シモンズからドラゴンの買取り金を受け取った二柱は、サラの希望もあり、その夜はシモンズの家に泊まらせてもらう事になった。
二柱は本来、特に寝る必要も無い。
そこで、今後について互いの考えを確認した。
まずは、冒険者になる。
依頼をこなしながら、旅をする。
旅の中で、クリソックスはテンプレを踏襲し、ドロンズは、異世界のあらゆる泥で泥団子を作る。
それに加え、クリソックスは提案した。
「信者を増やそう!」
「信者を?」
ドロンズは思わずおうむ返しをしてしまった。
クリソックスは、語った。
「今日のサラの祈り、とても純粋な良い祈りだった。そこで思ったんだ。ここで、私達が以前みたいに多くの祈りを捧げられる事ができるだろうか、と」
ドロンズは答えた。
「ここには、泥団子やクリスマスの文化はない。無理だろう」
「ならば、私達が作ろう!」
「え?」
クリソックスにドロンズは聞き返した。
神自身が教祖となるつもりなのか。
だが、思い直した。
ここに自分のアイデンティティがないなら、自身が作っていくのも面白いかもしれぬ、と。
それに、泥団子は美しい。
ドロンズは、泥団子を普及したい気持ちを持っているのだ。
ドロンズの腹は決まった。
「面白い。やろう!」
「そう来なくっちゃ!」
クリソックスは、嬉しそうに笑った。
「異世界もののテンプレ。『成り上がり』だよ!今は信者も少ないけど、ドロンズは泥団子、私はクリスマス……は、キリストがいないから難しいか。じゃあ、靴下ラッピングでの贈り物にしよう!二人でこの文化を広めてさ、信者をいっぱい増やして、異世界のメジャー神目指そうよ!」
ドロンズが、ごくりと喉を鳴らした。
「メジャー神……仏とか、キリストとか、化け物級の神ばかりの総称だぞ?わしらマイナー神に、メジャー昇格など……」
「できるよ、ドロンズ!」
クリソックスが力強く言った。
「ここは、異世界。ファンタジー小説を元に考えると、日本みたいに、八百万も神はいないはず。新規参入の余地はある!」
「クリソックス……」
「やろうよ、ドロンズ。一柱なら無理でも、二柱の力を合わせれば、きっとメジャーに上がれるよ」
ドロンズは、差し出されたクリソックスの手をとった。
この夜、話の流れがやっとあらすじに追いついたのであった。