ファーストタウン『シャリアータ』
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クリソックスとドロンズが、商人一行と町に向かって三日目の午前中。
とうとう、念願の町が見えてきた事で、二柱は興奮のあまり声をあげた。
「すごいよ!城塞都市だ!まるで中世のヨーロッパに来たみたいだよ!」
「ヨーロッパといえば、クリスマスの本家じゃないか。お主には、懐かしい景観なのではないか?」
ドロンズの言葉に、クリソックスはきょとんとした顔をした。
「何言ってるの?私は、日本人の祈りから生まれた、日本育ちの日本神だよ?ヨーロッパの景観なんて、知るわけないだろう?」
「いや、だってお主の顔、完全に白人の……」
「知らないよ、それは!生まれた時にはもう、白人顔の白髪白髭おじさんだったんだから。大体ヨーロッパだと、何があろうと既存の神様にしか祈らないじゃないか。私達みたいなのが生まれる余地があるのは、アニミズムの日本くらいだよ」
「確かに……」
ドロンズは唸った。
日本では、もし世にも美しい泥団子をみつけたら、泥団子そのものに、神性を感じる者が多い。
だがヨーロッパなどのキリスト教圏は、美しい泥団子を造りたもうた神に祈るだろう。
日本が八百万の神の国であるのは、そういった宗教感が大いに関係しているかもしれない。
ドロンズは同情的な眼でクリソックスを見た。
「お主、心底呑気そうに見えるが、案外複雑な過程環境で生まれたのだな」
「ドロンズが私の事をどう思っているのか、一度よく話し合った方が良さそうだね」
クリソックスはジト目になった。
その時だ。
「おい、神さん達、あれがトールノア王国で二番目に大きな町、『シャリアータ』だ。あの町の中心の少し小高い所にそびえ立つのが、トールノア王国の中で最も力のあるハビット公爵の城だよ」
旅の中ですっかり仲良くなった用心棒のおじさん、ヤミーが教えてくれた。
この用心棒のおじさんは、元々トールノアで冒険者をしていたようだ。
だが、シモンズの旅に同行する用心棒の依頼を見て応募し、見事合格したらしい。
他の三名も依頼を受けた冒険者だと、ヤミーは語った。
それを聞き、冒険者という存在がいる事に大興奮したクリソックスは、次の町でやる事を即決した。
もちろん、冒険者登録である。
これにはドロンズも意外に乗り気だった。
彼は、この世界の未知の泥を求めて旅に出たいと考えていたからだ。冒険者ならばその希望に沿った仕事が出来そうだという事で、見事二柱の意見は一致したのである。
「『シャリアータ』。私達が初めて冒険者登録をする町……。胸熱!!」
「冒険者になって、わしはこの世界の全ての泥を手に入れる!くくく……どんな輝きを放つ泥団子ができるのか。胸熱!!」
なんだかんだいって、二柱は似た者同士である。
そこへシモンズが声をかけた。
「町に入るには身分証がいるのですが、お二方は持ってないので、代わりに大銅貨5枚を支払わないといけないんです。もちろん、持ってないんですよね?」
「ああ、無いのう。まあ、多少組成は違うがそっくりなのは泥でいくらでも作れるぞ」
ドロンズがしれっと犯罪行為をほのめかした。
シモンズは青くなって言った。
「偽造はやめて下さいよ!!バレたら死刑なんですからね!」
クリソックスがシモンズに助け船を出した。
「私達は死なないけど、彼らに迷惑がかかるといけないから、偽造はやめとこうよ、ドロンズ」
「完璧に再現できるのじゃがのう」
ドロンズは渋々偽造を諦めた。
シモンズは、ほっとした表情で二柱に告げた。
「そんな事しなくても、お二人が倒したドラゴンの素材を私達が買い取りますから、そのお金でしばらくは遊んで暮らせますよ。偽造はダメですからね!」
そうこうしているうちに、町の入り口に着いたようだ。
大きな門扉は開け放たれており、十組ほどの馬車隊が待っている。その脇には徒歩の人向けの列ができており、そちらも二十人ほどが並んで待っていた。
門の内側からは、ひっきりなしに人やら馬車やらが出ていく。
きっと内側も、出る人用の列があるのだろう。
「午前中だからか、そんなに混んでないですねえ」
シモンズの従者であるピエトが、御者台からのんびりとこちらに話しかけた。
彼は、御者も兼ねているのだ。
「けっこう並んでるように見えるけど、これで混んでないのか。大きな町なんだねえ」
用心棒冒険者の紅一点、ミラーナが鍛え上げた硬そうな胸を張って言った。
「ここは、『シャリアータ』。人とものが集まる第二の都だよ!あたしはここの出身でね、久々の里帰りも兼ねた仕事なのさ」
「へぇー、どれぐらいぶりの帰省なの?」
「三年くらいになるかねえ……三十も半ばを過ぎて、まだ結婚しないのか、とうるさく言われるもんだから、ついつい足が遠のいちまってさ」
「いい人はいないのかい?」
クリソックスの質問に、ミラーナは豪快に笑った。
「いたら、こんな稼業とっくに引退してるって!なんだったら、あんたらのどっちか、あたしをもらってくれていいんだよ!あっはっはっ」
クリソックスとドロンズは、顔を見合わせた。
「人間と恋愛か……考えた事もなかったのう」
「そもそも、恋愛なんて感情、私達に必要ないよね。見た目の性別すら、ただのイメージなんだし」
「そういえば、どっかの神は昔、毎年人間の娘が嫁に来るもんだから、とんでもないハーレムになってたのう」
「ああ、生け贄の娘達ね。確かに生身じゃ私達の住む神域に入れないしねえ」
ドロンズは、ミラーナに聞いた。
「というわけで、そのままだと我らと過ごす事ができぬでな。どうしてもと言うなら、まずは死んでくれないかの?」
「今まで散々フラれてきたけど、そんな断り文句、初めてだよ……」
ミラーナは呆れたようにドロンズを見て、「失礼しちゃうねえ!」ともう一人の用心棒冒険者と話し始めた。
ヤミーが頬をひきつらせながら呟いた。
「あんた、なかなか毒舌だねえ。あの、男よりも男らしいミラーナに『いっぺん死んでから出直してこい』なんて……」
「ヤミー!あんた!誰が男よりも男らしいだ!」
バゴッ
口は災いの門である。
くだらぬ話をしているうちに、シモンズの馬車はどんどん進んでおり、いつの間にやら手続きも済んだようで町の中に入っていた。
中世の町並みを彷彿とさせるような石造りの建物に挟まれた道を、馬車がガタゴトと進んでいく。
シモンズは、
「ドラゴン素材の買い取りの事もあるので、まずはこちらに出店している私の商会に寄らせて下さい」
とクリソックスとドロンズに伝え、二柱は了解した。
その後、外の景色は町の中心部、店々が建ち並ぶ賑やかな通りへと移り、ピエトは馬車を一軒の大きな建物の裏につけた。
「表はお客様が多いですからね。我々は通常裏口から入るんですよ。社長は表からも入りますけど」
ピエトが説明する。
それを聞きながら、クリソックス等はシモンズを先頭に裏門から庭の中を横切り、裏口の扉を通って建物内に入った。
廊下ですれ違う従業員達が「お帰りなさいませ」と頭を下げる。
社員教育は徹底しているようだ。
シモンズは、途中用心棒冒険者達を従業員に預けると、サラと名乗ったシモンズの娘にクリソックスとドロンズを応接室に案内するように頼み、ピエトや他の従業員とどこかに行ってしまった。
多分、荷物の搬入や商売に関する報告など、色々忙しいのだろう。
「父はいつもあんな風に忙しいのです。でも、また後から買い取り金額を計算してこちらに来ますから、お茶を飲んでゆっくりしていて下さいね」
サラは二柱を応接室のソファに座らせると、向かいの椅子に座った。
少ししてノックの音が聞こえ、「失礼します」と扉が開き、ティーセットを持った女性従業員が入ってきた。
上品な白のカップに、薄赤い液体が注がれる。
「最上級のコト茶です。お口に合いますか?」
ドロンズは、コト茶を少し口に含んだ。
紅茶を少しフルーティーにしたような、爽やかな風味のお茶だ。
隣でクリソックスが、「美味しい!」と漏らした。
サラは何か言い出したそうな様子で、お茶を楽しむ二柱を見ていたが、意を決したように切り出した。
「あ、あの、お二人は、冒険者になるとか……」
「そうだよ」
クリソックスが、答えた。
サラはなんだか食い気味に言った。
「だったら、冒険者になった時の初依頼は、私がしてもいいですか!?」
「いいぞ。何が望みじゃ。叶えてやろう」
「わあ、ドロンズ、すごく神様っぽいよ。その言い方!」
「黙っとれ、クリソックスよ。泥団子カモン!」
ドロンズはクリソックスの口の中に泥団子を召喚した。
「もがっ!もごもがっ」
「それで、何を依頼したいのじゃ?」
サラは逡巡した後、恥ずかしそうに伝えた。
「あの時の、私を拐おうとしたゴブリンさんを探したいの……!す、好きになっちゃったみたいなの!!」
「「ぶぼばっっ!!」」
ドロンズはコト茶を、クリソックスは泥を、口から吐き出した。