ふしぎなおどりを踊ったら
金の巻き毛にくりんとした灰色の目をした、年の頃十五くらいの少年が、巌のような厳めしい大男の騎士に羽交い締めにされている。
この情景描写で、腐った女子の妄想が爆発しそうなものだが、決してこれはBLではない。
大事なことだから、もう一度言う。
ここから、BL展開は始まらない!
何故なら、少年は、真っ当にピンチだからだ。
彼の首筋には、剣の刃が当てられ、少し血が滲んでいる。
騎士の男、騎士団団長のグレッグは、彼を粗雑に扱ったのだろう。少年の体には、所々青アザが出来ている。
それに、今もグレッグのその眼は、この少年の命を虫けら同様に見ている。
何せこの少年の尻は、グレッグの好みではないのだ。
どちらにしろ、少年の親であるルイドートは衝撃を受けた。
子どもが今にも殺されそうだ。
城壁の上から自分に【視覚強化】をかけてその状況を見ていたルイドートは、思わず足を前に踏み出し、しかし踏み留まった。
今すぐにでも我が子を助けに行きたい。
しかし、ルイドートは貴族として、領主として、将として、多くの命の上に立つ身だ。
戦争が始まった今、総大将であるルイドートの命は、部下と民の命に直結する。
情を優先するわけにはいかない。
「旦那様、ミシャ坊ちゃまが!」
皮鎧を着けた秘書のマリエールが、驚慌の声をあげる。
十の年から公爵家に勤め始めたマリエールにとって、ハビット公爵家嫡男のミシャは、守るべき主筋でもあり、弟のように慈しんできた存在でもある。
動揺するマリエールに、ルイドートは奥歯を噛み締めながら、冷静な顔で「落ち着け」と嗜めた。
「私もあの子も、貴族だ。何を優先させるべきかは、ミシャも理解している」
「そんな……!まさか助けに行かないおつもりですか!?」
非難の眼差しでルイドートを見るマリエールを、ルイドートは冷たく見返した。
その眼の奥に、血を吐くほどの口惜しさを閉じ込めて。
そこへ「なんじゃ、お主、行かぬのか?」とルイドートに声をかけた者がいる。
ドロンズである。
「困ってるなら、願いを言うがよい、人の子。むしろなんか言って。待つのに飽きた。暇なんだよー」
クリソックスが、身も蓋もないことを言い放った。
ルイドートはドロンズの言葉に、思わずカッとなった。
「私だって行きたいんだ!!でも私が行くわけには……」と激昂しかけて、はたとクリソックスに向き直す。
「あ、あの、もしかして、あそこに捕まっている者を助けて欲しいと願えば、助けてもらえますか?」
クリソックスとドロンズは、敵騎士に抱きつかれている少年を見た。
ドロンズが答えた。
「あそこに一瞬で移動する事はできるし、移動した後にすぐ泥カッターで攻撃することはできるぞ。もしくは、ラングレイにしたように、泥団子爆弾で二人とも吹っ飛ばすという手も……」
「あの子どもまで吹っ飛ばしたら、助けたことにならないんじゃない?」
ドロンズはクリソックスにツッコまれた。
そこへ口を挟んだ者がいる。
「騎士団の者は皆、【身体強化】が使えます。恐らく、あの騎士、グレッグも【身体強化】を使用しているでしょう。【身体強化】は、素早さも上がる。だから、目の前に現れたドロンズ様の姿を見て、ドロンズ様の攻撃が当たる前にグレッグがご子息を殺してしまうかもしれませんよ?」
ラングレイだ。彼も城壁に上がってきたようである。
「あと、あれ、泥団子爆弾という神業は、やめて差し上げてください。私やグレッグは鎧もあるし鍛えているので、あれで済んだのです。ご子息だと、骨折くらいはしそうです」
「そうか?泥団子爆弾だと、タイムラグがないからあの子どもに危害を与えることもできぬのだがのう」
「絶対やめて!?うちの息子、吹っ飛ばさないで!」
ルイドートがドロンズにすがりついた。
「ふむ、ならばどうするかのう」
ドロンズが、顎を撫でながら考える。
「やはり、グレッグの言う通り、ハビット公爵が一人で行くしかないのか……」
ラングレイが呻く。
だが、その言葉を聞いて、ドロンズは閃いた。
「そうじゃ!影武者に行かせればよかろう!」
「おいっ!ルイドート・ハビットはまだか!」
両軍のど真ん中で、グレッグは声を張り上げていた。
恐らく、ルイドートは迷っているのだろう。もしくは一人で来ようとして、部下に止められているのかもしれない。
そうグレッグは考えていた。
来るか来ないかは五分五分。
来れば、簡単にルイドートを殺せるし、来なければ見せしめに息子を殺して、臆病者よと攻めかかればよい。
グレッグにとって、フッツメーンの提案したこの策はその程度のものである。
その時、公爵軍の方から、一人の変態が歩いてくるのが見えた。
派手な靴下を頭で被り、足と腕を剥き出しにした靴下レオタードの男が、胸にどこぞの爺の顔を引っ提げて歩いてくるのである。
「な、なんという格好をしておるんだ……」
グレッグは度肝を抜かれた。
だが、その変態の顔をよく見ると、己れの待ち望んでいたルイドート・ハビットである。
「ルイドート・ハビットオオオ!お前に何があったあああ!!?」
グレッグは、心の底から叫んだ。
さて、ルイドートの方は何も答えない。
グレッグを睨み付けたまま、真っ直ぐこちらにやってくる。
グレッグは、(なるほど、息子を人質にされて怒り狂っておるな?)と判断し、ルイドートの変態的なスタイルから目を逸らすことにした。
「ふ、息子を助けに、一人でのこのことやってきたか。馬鹿め。だが、これでこの戦争は終わりだ。お前の死をもってな!」
ルイドートは沈黙したまま、どんどん近寄り、グレッグの間合いギリギリの所まで来ると、息子に目を向け、訝しげな顔をして立ち止まった。
「どうした?命が惜しいか?やはり、息子を見捨てるか?」
グレッグの挑発に、ルイドートは応じない。
何かを怪しむように、息子のミシャを観察している。
突然、グレッグの腕の中にいるミシャがガクガクと震え始めた。
「おい、なんだ!?……うわああっ!!」
ミシャの体が茶色く変化し、ドロリと崩れた。思わず後退りしたグレッグの前には、泥山ができていたが、その泥はまた動き出し、あっという間に泥人形へと姿を変えた。
「な、泥人形!??」
驚くグレッグの前で、ルイドートも目を見開いている。
そして、おもむろにそのルイドートの姿も崩れた。
「うわああっ!!」
後に現れたのは、やはり泥人形。
「こっちもおお!!?」
二体の泥人形達は、お互いに指を指して、腹を抱えて笑っている。
そうして、ひとしきり笑った後、何やら不思議な躍りをしながら、高速で逃げ去っていった。
残されたのは、呆然としたグレッグと、ぽかんと口を開けたままフリーズしている、傍に控えていた王国軍騎士達だ。
「な、なんじゃぁ、こりゃあああああ!!!?」
少しして、グレッグの怒号が平原に響き渡った。
一方、本物のルイドート達も、まさかの展開に唖然としていた。
「ど、泥人形?なんで??」
「あ……」
ルイドートの疑問に、ドロンズが何かを思い出したようだ。
クリソックスが尋ねる。
「ドロンズ、あれ、君の仕業?」
皆の視線が集まる中、ドロンズは気まずそうに頭をかいた。
「そういえば、ラングレイを逃がすのに、泥人形を使ったわい。あの後、すっかり忘れてほったらかしたままじゃったが……」
「ちょっと待って下さい。つまり、あの泥人形がご子息に化けていたという事は、ご子息は確かに王国軍にいた、ということです。では、一体、どこに行ってしまわれたのか?」
「ミ、ミシャぁぁぁ!!」
「落ち着け、ルイドート。泥人形は、確かに魔物じゃが、死体を喰らうタイプじゃし、わしはあやつに『敵を引きつけよ』としか命じておらんから、人を襲ってはおらんじゃろう」
「ほ、本当ですか!!?」
「真も真じゃ。まあ、王国軍の人間が襲っておるかもしれんがな」
ルイドートは、絶望的な顔になる。
ドロンズはルイドートを慰めた。
「なに、さっきはお主も、助けに行かぬつもりであったのだろう?一度諦めた命じゃないか。生きておれば、御の字よ」
ルイドートは、崩れ落ち、膝を抱えてしまった。
「神様、それ以上抉るのはもう……」
「旦那様の心が死んじゃいます!」
ラングレイとマリエールがドロンズに懇願する。
「なんだかわからないけど、ルイドートのライフはゼロだよ、ドロンズ」
「そうか。人の心の機微は理解しがたいのう」
神様は、所詮神様であった。
そこへ兵士Aが駆け込んだ。
「ルイドート様!ミシャ様がお戻りになりました!!」
「何!?無事か?無事なのか!?」
復活して立ち上がったルイドートに、兵士Aの陰から金髪巻き毛の少年がふらつきながら歩み寄った。
「父上!ご迷惑をおかけし、申し訳も……」
「いや、よい!お前が無事なら、それでよい……!!」
ルイドートは、一時は諦めた息子を強く抱きしめる。
「坊ちゃま、ご無事でよう御座いました!」
マリエールも泣いている。
ルイドートは、息子の顔をよく見ようと体を離し、元気そうな顔を確認して、疑問を投げかけた。
「それにしても、あの泥人形はどうしてお前に化けていたのだ?」
「実は、捕らわれていた所へ、鍵のかかった扉をぶち破って全裸の男が現れまして……。私の前で妙な腰振りダンスを……」
「「「……」」」
「何をやっておるんじゃ、あの魔物……」
「もしかしたら、私の性的嗜好は今日で変化させられてしまうのかもしれないと、半ば覚悟を決めていたのですが、彼は尻を振るだけで何もしなかったのです。裏で『ハゲット公爵の息子』『今は良いが、いつかはハゲット……』などと呼ばれる自分には、やはり魅力がないのかと少し悔しくなりまして」
「おい!誰だ、そんなこと言うやつは!公爵の権力にものを言わせて、国外追放にしてやる!!」
「落ち着いて、旦那様!あなた、私利私欲で権力を使わない冷静沈着さが唯一の取り柄でしょ!!思い出してっ」
「ご子息の話の続きを聞きましょう、公爵!」
マリエールとラングレイが、いきり立つルイドートを宥めている。
ミシャは、ラングレイを見て驚いている。全裸の腰振り男とは、ラングレイに化けた泥人形だったのだろう。
ミシャは話し始めた。
「私は、段々と対抗心がわき上がりました。私は父のような頭にならないかもしれないし、よしんばなったとしても、私には私の魅力があるはずだ。ダンスだって、私の方が魅力的な腰振りダンスができる、逆に惹き付けてやる!と」
「何故、そんなケツ論に……」
「私は彼の真似をして、腰振りを始めました。彼も私に見せつけるように腰振りを。私達はいつしかヒートアップし、腰振りダンスバトルが、いつしか息を合わせたコラボレーションに」
「敵地で何をやっとるんじゃ……」
「彼は、私の腰振りを認めたようで、私に握手を求めました。私も彼の手をしっかりと握り返したのです。すると、彼の姿が私に変化を!驚く私に、彼は握った手を通して思念で語りかけてきました。『オマエノダンス、魅力テキ。ワタシ、オマエニナル。敵、ヒキツケル』と。敵を引きつけてくれるならばと、私はその隙に逃げることに。外で、外れたドアの下敷きになっていた兵士の服を借りて、逃げ出してきました」
「なるほど、あの泥人形、わしの『敵を引きつけよ』という命令を遂行し続けておったのか」
「つまりは、全てあなた様のお導き!ああ、神よ、ありがとうございます!!」
ルイドートが、ドロンズの足元に身を投げ出して拝み伏したその時、城壁の上の兵士達が騒ぎ始めた。
「敵軍、騎士団を先頭に、動き出しました!」
「迎撃、迎撃だっ」
にわかに慌ただしくなる公爵軍陣営。
ルイドートは立ち上がり、鬼のような形相で城壁の上から、敵軍を見渡した。
「私の息子をよくも捕らえてくれたなあっ!王族がなんだ、簒奪上等だ……。奴らを叩き潰してくれるわ!」
ルイドートは、魔力で声の音量を最大にした。
「総員、全力をもって、迎撃せよおおっ!!!」
「「「「「うおおおおおおおお!!!!」」」」」
公爵軍に、『ガンガンいこうぜ』の命令が下された。




