グレートケツプリとクリソックスの愛
「う、うう……」
吹っ飛ばされたラングレイ。
「「「目が、目があ~!!」」」
目を押さえて後退りする騎士達。
「じゃ、邪神……生きて……!?あわわわ」
へっぴり腰に四つん這いで逃げようとするフッツメーン。
拳を突き上げ、顕現した尻の……ではなく、泥団子の神。
王国軍の本陣は、カオスの様相を呈していた。
泥団子の神ドロンズは、周囲の人間達を睥睨すると、ラングレイの襟首をひっつかみ、立たせた。
「ドロンズ様、どうして私まで!」
と抗議するラングレイに、ドロンズは、
「わしを尻の神などと言った罰をくらわせたのじゃ」
と睨んだ。
ラングレイは、
「申し訳ありません……。ご自分の口からカミングアウトしたかったですよね」
とあさってな謝罪をしている。
フッツメーンは、陣幕の外に四つん這いで這って逃げていたが、ドロンズはそんなフッツメーンにスタスタと近寄り、その尻を蹴った。
フッツメーンは、「ひいっ」と尻を押さえて体の向きを変え、ドロンズを見上げて言った。
「ああっ!わ、私の尻を狙っているのか!?やめてくれえっ。確かに私の尻は、よくグレッグに『引き締まった上に愛らしさもある最高に魅力的な尻』だと誉められるほどだが、私は女の方が好きなんだ!」
「狙ってないわっ!それより、お前の尻はわしではなく、別の者に狙われておるのではないかの?」
ドロンズは、グレッグなる人間がそんな言葉を吐いた心境が気になったが、「まあいいか」と、そのどうでもよい考えを放棄して、フッツメーンに告げた。
「とにかく、わしはこやつを連れて帰る。攻めてくるなら、わしはわしの信者達を守るためにお前達を物理的に祟るからな。わしに人間の事情は通じぬ。攻めるなら、覚悟せよ」
そう吐き捨てたドロンズは、フッツメーンの横を通り過ぎ、ラングレイを連れて陣幕の出口に向かう。
しかしドロンズの背に、
「待てい!!」
という言葉と共に、ミスリルの剣が凄まじい力で突き入れられる。
「ドロンズ様!」
「よくやった、グレッグ!!」
ドロンズに渾身の一撃を与えたグレッグは、
「私が忠誠を捧げるフッツメーン様の尻を足蹴にするとは、万死に値する!」
とドロンズの背に肉薄したまま、剣の柄にギリ……と力を込めた。
だがドロンズは、ぐりんと首を後ろに回してグレッグを見ると、呆れた声でツッコんだ。
「お主の忠誠は、尻に捧げておるのかよ」
グレッグが驚愕に目を見張る。
神殿の巫女により邪を祓う祝福を受けたミスリルの剣は、確かに相手の心臓の位置を貫いている。
しかし、断末魔の悲鳴も、血すらも出ず、貫かれた当人は平気な顔で己れを見ている。
思わずグレッグの手は、騎士の命たる剣を離した。
「なんじゃ?この剣、くれるのか?」
ドロンズは体から尽き出た剣の刃を掴むと、ずるりと体から引き抜いた。
背に生えたままの剣の柄が、鍔も含めてドロンズの体に吸い込まれ、前面の胸部分から引き出されていく。
その様を見て、グレッグの思考は停止した。
目の前で起きたことが理解できなかったからだ。
ドロンズは、そんなグレッグを一瞥して、目線を陣幕の出口に戻す。
視界の端に、地面に生暖かい水溜まりを作っているフッツメーンの姿が見えた。
そしてラングレイを連れて、さっさと出ていったのである。
外に出たドロンズ達は、あれほどの騒ぎがあったのに、騎士や兵達が呑気に突っ立っているのを見て、安堵した。
司令中枢の陣幕の中は、基本的に機密漏洩阻止のために、音を遮断する魔法がかけられているせいだ。外の騎士や兵達は、陣幕の中で何が起きたかをまだ知らない。
だが、フッツメーンやグレッグが出てきて「侵入者を捕らえよ」と号令をかけたら、面倒だ。
ラングレイは、ドロンズに「今のうちに急ぎましょう」と声をかけるや、少し小柄なドロンズを小脇に抱えて早足で、近くに繋いであった馬に近づいた。
緊急伝令用の足の速い馬である。
もちろん、馬の傍には伝令役が待機しているのだが、ラングレイは彼に近づくと目立たず静かに、しかし容赦なく、命を奪った。
そのあたりの割りきりっぷりは、やはり軍人である。
伝令役の男が悲鳴を漏らさぬように、口をふさいで抱きかかえたまま、強化魔法をかけた短剣で胸を貫く。
そして、さも気分の悪くなった同僚を介抱するように、動かなくなったその男を馬を繋いでいた木の根もとに座らせた。
ラングレイは辺りを見渡し、誰も異変に気づいてないことを確認すると、馬の手綱を木から外すと、ひらりと馬に乗った。
「ドロンズ様もお早く!」
だがドロンズは首を横に振った。
「わしまで馬に乗ったら、目立つであろう。わしは『神は遍在する』で一瞬で戻れるから、一人で戻れ。お主が無事にここを抜けたら、わしも戻る」
「わかりました!では、ドロンズ様、後で!」
ラングレイは当たり前のように王国軍の馬を操り、走り去ってしまった。
ドロンズはそれを見送った後、体内からダンジョンコアを取り出す。
ドロンズがコアに何事か告げると、コアは泥人形の魔物を生んだ。
ドロンズがコアを体内にしまう間に、泥人形はラングレイの姿になる。
この魔物は、ダンジョンで冒険者の姿になり、他の冒険者を惑わせて襲う性質を持つ。
泥人形がラングレイの姿をとった途端、ようやく我に返ったのだろう、グレッグが陣幕から出てきて騎士や兵達を呼び寄せた。
そして、ラングレイ(泥)とドロンズに気づく。
ドロンズはラングレイ(泥)に指示する。
「できるだけ、敵を引き付けながら逃げ惑えよ」
ラングレイ(泥)は、コクリと頷いた。
グレッグを始めとした騎士や兵が、こちらに迫ってくる。
ラングレイ(泥)は、鎧(泥)を脱ぎ、グレッグ達王国兵に投げつけ、逃げ出した。
王国兵はいきり立ってラングレイ(泥)を追いかける。
ラングレイ(泥)は、時々止まっては着ているものを脱ぎ、投げつけては逃げる。
王国兵達は、追う。
そのうち、脱ぐものがなくなったラングレイ(泥)は、ムキムキの裸体を惜しげもなく晒し、尻を艶かしく振った不思議な躍りで、挑発しては逃げるという方法に切り替えたようだ。
「ふおおおおおう!!」
「キレてるっ、キレてるううーー!!」
「ナイスマッチョ!!グレートケツプリぃ!!」
追う王国兵達は、ドロンズが目に入らぬほど、激しくいきり立っている。
「なんじゃろう。わしは何を見せられておるんじゃ……」
ドロンズは、この場をラングレイ(泥)に任せて、シャリアータに戻ることにした。
「ドロンズ、おかえりー」
戻ったドロンズの目に飛び込んできたのは、泥ソックス神殿でご婦人方に囲まれて、何か縫い物をしているクリソックスの姿であった。
「何をしておるんじゃ、お主達は……」
「こっちの世界のお守り作り?千人針みたいなもの?ハンカチとかに刺繍をして、戦争に向かう夫や恋人に渡すんだって」
「それはわかったが、何故お主までやっておるのじゃ」
訝しむドロンズに、クリソックスが何かを手渡した。
「はい、これ。ドロンズに」
靴下である。
赤鼻のトナカイをモチーフにした靴下だが、赤鼻の所が茶色い。
泥団子の刺繍がしてある。
「これを、わしに……?」
きゅん……っ!
「『きゅん……っ!』じゃないわあっ!!!」
ドロンズが靴下を遠くへ放り投げた。
「ええ!?何するの、ドロンズ!!」
「まあっ、酷いわ、ドロンズ様っ」
「亭主公爵っ、亭主公爵なのね!?」
「黙らんか!なんじゃ、『亭主公爵』って!?」
「亭主関白みたいなもの?」
「正気に戻れ、クリソックス!わしはお主の亭主でも、公爵でも、関白でもないぞ!言うなら、『亭主神』じゃ!!」
「そうだね、私達、神だから、ドロンズは『亭主神』だよっ」
「いや、違う!間違い!わしは『亭主神』なんかじゃない!ああっ、なんでわしはこんなことを口走ったのじゃ……」
「落ち着いて、ドロンズ!」
「お主に言われとうない……。大体なんで、お主がわしにそのお守りを作るんじゃ!」
「あれ……?確かに。何故か、ドロンズにこれを作らないといけない気がして……」
おかしいなあ、と首をひねるクリソックス。
わかってくれたか、と安堵のため息を吐くドロンズである。
ドロンズは真面目な顔でクリソックスに言った。
「何かが起こっておるぞ、クリソックス。わしらの属性を揺るがす何かが。ラングレイも、何か妙なことを言っておった。わしが『尻を愛する』とかなんとか……」
「え?ドロンズ、尻が好きなの?」
「違う!そんな不浄な所、どうして好きになれようか!」
「私達は排泄しないから、尻は不浄じゃないけど」
「ならば、わしとお主の尻だけは嫌いじゃない……じゃないっ!なんか、さっきから、いちいちセリフがおかしい!!?」
ドロンズは頭をかきむしった。
そこへ、公爵家の兵士が飛び込んできた。
「ノーラ様、ラングレイ殿が戻ってこられました!」
ノーラが、すくりと立ち上がった。
「そうですか。すぐに参ります」
ドロンズは、クリソックスに言った。
「わしらも行こう。ラングレイがどうしてあのようなことを言ったのか、確かめねばならん」
「了解」
神殿を出るノーラと兵士に続いて、ドロンズとクリソックスも出口に向かう。
だが、ドロンズはふと足を止めて振り向き、神殿の奥を見ると、そちらへ歩いていった。
そして、向こうの方で何かを拾うと体内にしまい、クリソックスの元へ戻ってきた。
「ドロンズ、どうしたの?」
不思議そうに訊ねるクリソックスに、ドロンズは「なんでもない。行くぞ」
と促してさっさと歩き出す。
ドロンズの体内には、クリソックスからプレゼントされた、愛?のクリスマスソックスが大事に納められている。
それを見ていたご婦人達は、微笑ましそうに二柱を見送った。
自分とクリソックスに関わるとんでもない誤解が、シャリアータに蔓延しまくっていることにようやく気づいたのは、その後すぐ、ラングレイの話を聞いてからのことである。




