勘違いの連鎖
下ネタ封印したはずなのに……
王道のハイファン書くと決めてたはずなのに……!!
王国軍六千は、森を抜け、草原をシャリアータに向けて一直線に進んでいた。
昨夜、急に降った雨で、足元はぬかるんでいる。
それを六千もの人間が、重い防具をつけて歩いているのだ。
遠くから見ると、彼らが通った後は草が踏み倒され、泥でぐしゃぐしゃになっている。まるで、なめくじが這った後のようだ。
「フッツメーン様、シャリアータが見えてきましたな」
王国騎士団団長のグレッグ・ナリアーダは、山のように大きな体を屈めて、フッツメーンに視線を合わせた。
フッツメーンは、鷹揚に頷いた。
「うむ。それにしても、スタンピードは収束したようだな。現れる魔物の数が、予測より少ない」
「ですが、スタンピードです。収束したとはいえ、シャリアータは兵を失い、疲弊しているでしょう」
「もしかしたら、シャリアータは魔物だらけになっておるのではないか?」
「いえ、そのようなことは無さそうです。先ほど斥候が戻ってきましたが、シャリアータの城門は閉じられていたものの、城壁の上には何人か人の姿が見えたとか」
「まあ、邪神は私の計略にはまって命を落としたはずだから、町が魔物に支配されているということはないか……。あまり準備の時間もなかったし、何故か近隣の領に謎の疫病が流行していて、合わせても五千ほどしか兵を徴集できなかったが、なに、兵や男達をほとんど失ったボロボロの相手には充分な戦力であろう」
「真に。ところでフッツメーン様、どのあたりまで軍を進めましょうか?」
「ふむ……。とりあえずこの辺りに陣幕を張ろう。兵達に休憩を取らせる。その後、手筈通り一斉に攻撃だ」
「御意」
グレッグが部下達に陣屋の設営を指示し、伝令に休憩を伝えさせる。
王国軍は歩みを止めて、兵達はそれぞれに弁当を使い始めたのだった。
そんな王国軍の様子を、城壁の上から視ている男がいる。
頭に『Merry Christmas!』と書かれた靴下を被り、胸元のサンタクロースの笑顔が眩しい靴下レオタードを着こなした、ルイドート・ハビット公爵その人である。
なぜ白髭の爺が描かれているのかルイドートには理解できなかったが、ドロンズのパートナー(尻)であるクリソックスのことだ。
恐らく、クリソックスの好みのタイプが描かれているのだろう、そうルイドートはケツ論付けていた。
ルイドートはおのれの目にかけた【強化】の支援魔法を解除し、傍らに侍るハビット公爵家騎士団長のタローウに告げた。
「奴ら、陣を張って弁当を使うようだ。恐らく、その後すぐに攻めてこよう。迎撃の準備は問題ないか?」
「は。既に兵、並びに冒険者達の準備は済んでおります。……今なら、こちらから仕掛ければ簡単に蹴散らせますが」
ルイドートは眉間に皺を寄せて、タローウを見た。
「馬鹿を言うな。私は反逆者になるつもりはない。攻めてこられたら、容赦はせんがな」
「それは、反撃の際にフッツメーン様を弑する覚悟がある、ということですか?」
城壁の上に上がり、ルイドートに近づいてきたラングレイだった。
『悪魔のエンゲージリング』の悲劇から難を逃れたラングレイ達王国騎士団の生き残りは、スタンピードが収束した後、討伐を逃れてシャリアータ周辺に散った魔物達の駆除を手伝っていた。
そして、そのまま今回の騒動を受け、王都に戻るのを見合わせたのだ。
彼らは王国に忠誠を誓った騎士である。
だが、その忠誠がフッツメーンの裏切りにより、揺らいでいたのである。
ルイドートはラングレイの問いに答えずに、逆に問い返した。
「あなたは、どうなのだ?」
ラングレイ達は王国騎士団に所属する身でありながら、今回、王国軍からシャリアータを守る側に身を投じていた。
それは、生き残りの皆で話し合って決めたことだ。
シャリアータには、国から攻められる謂れなどない。
忠誠も揺らいだ今、王国軍に戻ってシャリアータに攻め入る気にはなれなかったのだ。
だが、クズとはいえフッツメーンは王国の王太子だ。
反撃とはいえ、騎士として、王国民として、その判断が迫られた時にフッツメーンを殺せるのか。
その迷いが晴れぬのは、ルイドートもラングレイも同じであった。
そして、できれば誤解を解いて穏便に済ませたいと思っていたのである。
そこで、ラングレイが王国軍に向かう交渉役として名乗りを上げたのである。
ルイドートはラングレイに言った。
「頼む、ラングレイ殿。あれらがどういう名目で出兵したのかわからぬが、私は国に楯突くつもりも王族に仇なすつもりもない。王達は愚かだが、私の親族なのだ。私がはっきりと物申すのが気に入らぬのであろうが、私が言わねば誰が彼らの間違いを指摘できるのか。ただ、国のためを思っておるだけなのだが、恐らく王達は目の上のたんこぶの私を排除したいのだろう。だが、そのために、王国民の血を流すわけにはいかぬ」
ラングレイは頷いた。
「わかっております。私自身、フッツメーン様に怒りや失望はありますが、国への忠誠を失ったわけじゃない」
そう言ってラングレイは、王国軍の元へと向かっていった。
草原を行くラングレイの姿が小さくなっていく。
そんなラングレイの背を、しかめ面のルイドートと笑顔のサンタクロースが見つめ続けている。
城壁の際に腰かけて、ドロンズと景色を眺めていたクリソックスがルイドートを見て呟いた。
「シリアスだねえ」
大変だ。神のセリフに何かが起こっている。
もしかしたら、シャリアータの信者達の信仰が高まりすぎて、二柱に新たな属性が付与されつつあるのかもしれない。
このままいくと、ドロンズに尻穴が発生する可能性もある。
危険な兆候であった。
一方、王国軍の陣営にたどり着いたラングレイは、フッツメーンに面会を求めた。
ラングレイは、王国騎士団副団長である。
王国兵や騎士達の信用もあるため、すんなりとフッツメーンのいる陣幕内に通され、今やラングレイはフッツメーンに大袈裟に抱きしめられていた。
「おお、よくぞ戻った、ラングレイ!魔物にやられて死んでしまったかと思ったぞ!」
茶番である。ラングレイは呆れると同時に、心の奥底で怒りの炎がたぎるのを感じていた。
(何が『よくぞ戻った』だ!いけしゃあしゃあと!
私がたまたま範囲外にいたからお前に殺されずに済んだのだ。この裏切り者め!)
ラングレイが言葉を発さないのを不審に思った騎士団団長のグレッグが、ラングレイを叱咤した。
「フッツメーン様のお言葉に礼を言わぬか、馬鹿者!」
ラングレイはそれでも、無言だ。
フッツメーンは体を離して、ラングレイを見た。
ラングレイは、能面のような表情で、フッツメーンを見ていた。
怒りを表に出さぬように、必死だったのだ。
フッツメーンは、気まずそうにラングレイから離れた。
「それで、今までどうしていたのだ、ラングレイ。何故すぐに王都へ戻らなかった?」
フッツメーンの言葉に、ラングレイは答えた。
「シャリアータで魔物の討伐を。スタンピードが収束したとはいえ、溢れた魔物をそのままにしておけませんから」
「そ、そうか。真面目よな、ラングレイは」
(あなたに言われたくない!)
騎士の命を贄にして、真っ先に逃げたフッツメーンである。何を言われても、腹が立つ。
ラングレイは怒りをこらえ、フッツメーンに問うた。
「ところで、この軍勢は何事ですか。何故シャリアータを攻めようというのです!」
フッツメーンは、意気揚々と答えた。
「それよ!お前も見ただろう?あの神を自称する者達を!私にはすぐにわかった。あれが邪神であるとな!」
「邪神……。ドロンズ様とクリソックス様のことですか?」
(邪神……。邪な神……。確かに尻を使った邪な行為を行っているらしいが、ホオークのように我々にソレを強要するわけではないし。そういえば、ダンジョンコアを従えて魔物を操っていたな。……待てよ、邪神とは、邪な行為をする神ということで邪神なのか?生殖行為も邪といえば邪だが、子を作る聖なる行為でもある。ハッ、そうか。生殖行為の対として、『不浄の穴を使う行為』を邪な行為とするのか。だとしたら、邪神というのは、つまり……!)
ラングレイの中の邪神像が固まった。
とんでもない結論に達したラングレイの心中なぞ知らぬフッツメーンは、語り始めた。
「『様』?お前も騙されておるのだな。あれが、邪神よ。幸いにも私の機転によって邪神の命は奪ってやったがな。だが、ルイドート・ハビットは邪神を領内に引き入れ、多くの民を惑わせた邪神の徒だ。私を殺そうと、魔物まで呼び寄せた。よって謀反罪で処刑する」
「なんですって!?」
「まあ、あやつのことだ。なけなしの兵を出して見苦しく足掻くだろうからな。そのために軍勢を率いてきたのだ。……それに、ルイドート・ハビットが滅べば、この私がシャリアータを統治せねばならんしな」
「まさか、それが目的で!」
ラングレイは失望した。
武辺一辺倒の団長はともかく、王も、恐らくはルイドートと犬猿の仲の宰相も、この計画をわかっていて軍勢を出したのだろう。
なんのことはない。ルイドート・ハビットが邪魔なので、罪をでっち上げて排除し、彼の築き上げてきたものを全て奪おうというのだ。
(この国は、終わっている……)
ラングレイの気持ちは固まった。
ラングレイは、膝をついた。
「フッツメーン様、私は今をもって、王国騎士団を辞します。これまで、お世話になりました」
「な、何故だ!」
「どういうことだ、ラングレイ!」
フッツメーンとグレッグが驚愕する。
ラングレイは、言った。
「私は国のために戦ってきた。だが、このままだと、国は腐り落ちてしまうだろう。王と次代の王が、これではな!」
「ぶ、無礼な!」
フッツメーンは顔を真っ赤にして吠える。ラングレイはそんなフッツメーンを見て言い放った。
「ルイドート・ハビット公爵は、真に国を思う忠義の人だ!それに、ドロンズ様とクリソックス様は邪神かもしれない。いや、邪神だろう。だが、それがなんだ!」
「お前、邪神を擁護するのか!?」
「あなたこそ、邪神を誤解している!邪神とは、邪な行為をする神だろう。でもあの方達が、我々にそれを強要したことなどないぞ。ならば、ドロンズ様とクリソックス様が愛し合ったって、いいじゃないか!『尻を愛する神』がいたって、いいんじゃないか!!」
「な、何を言ってるんだ!?あの爺達、そういう関係だったのか?!ええい、何でもいいわ!この男を捕らえろ!邪神の徒だ、殺しても構わん!!」
すかさず、グレッグとラングレイの背後に控えていた騎士がラングレイに飛びかかった。
だがその瞬間、ラングレイの立っている地面が盛り上がり、破裂した。
騎士達は、目に土礫をくらって怯み、後退する。
当然、ラングレイも下から礫を浴びて、吹っ飛んだ。
フッツメーンは、腰を抜かしている。
「だ、誰が『尻を愛する神』じゃあ!!?」
そこには、疑惑の神ドロンズが、憤怒の形相で顕現していた。




