ドロンズが産み出すもの
明けましておめでとうございます!
旧年中は、皆様の温かい応援をたくさんいただき、本当に支えてもらいました。大変お世話になりました。
良ければ、本年も、鋼鉄のざる作品を楽しんでいただけると嬉しいです。
よろしくお願いいたします。
「ダンジョンコアを泥団子に……?いや、何を言ってるのかよくわからないです。神様」
ルイドートは、真顔で答えた。
ダンジョンコアの破壊に向かったチームが戻ってきたのが少し前のこと。
その報告にタローウとラングレイ、そしてクリソックスとドロンズが、城門に備え付けられた門兵の詰所にいるルイドートのもとにやってきたのである。
そして、「ダンジョンコアは無事破壊できたのか」と聞くルイドートにドロンズが告げたのは、次の言葉であった。
「ダンジョンコアは、破壊せんかった。その代わり、泥団子にしておいたぞ!」
『何を言ってるのかよくわからねえ』という顔のルイドートに、タローウがありのまま起こったことを話し始めた。
「説明しますと、ダンジョンコアが歪み、ひびが入っているのを確かに確認しました。ですが、ドロンズ様が修復を試みられ、コアに手を突っ込まれた所、コアが泥団子になり、ダンジョンが正常に機能し始めました」
「いや、まず、コアって泥団子になるのか?それも、泥団子になったらもうそれは泥団子であって、ダンジョンコアじゃないじゃないか?」
ルイドートの疑問に、ドロンズは答えた。
「わしは土に由来するものなら大体泥団子にできるからのう。その時に土の特性を変えねば良いだけのことじゃ」
「え、ダンジョンコアって、土でできてたの!?」
「土といっても様々じゃ。それに、純粋に土のみで構成されていたわけではなさそうだったがの。ただ、何らかの土が含まれておったのは確かじゃ。泥団子にできたし。知らんかったのか?」
「知りませんよっ!ダンジョンコアは、触れれば体内の魔素を全て取り込まれて吸収され、コアの一部になってしまうのですよ!そのダンジョンコアを破壊できる素材が、唯一『オルハリコン』でできた武器だということしかわかってないのです!」
ルイドートは新事実に興奮して唾を飛ばしている。
「『オルハリコン』……。なんか、どっかで聞いたことあるなあ……?」
サブカルチャー大好き神の暇神クリソックスが何かぶつぶつ言っている横で、ドロンズが懐からひょいと漆黒に艶めく泥団子を取り出した。
「これが、そんなに謎の物体であったか。貴重な泥団子を手に入れたのう」
ドロンズは、その泥団子を眺めながら、ニヤニヤしている。
そこにいる人間達は、その漆黒の泥団子を目にするや、フリーズした。
タローウが絞り出すように言葉を発した。
「ド、ドロンズ様……?もしやそれは、まさかのまさかなのですが、ダ、ダンジョンコ……」
ドロンズは人間達の様子を見て少し考えた後、手の中の黒団子に目線を戻し、
「ん?何のことじゃ?これはただの黒い泥団子じゃぞ?」
と嘯いた。
さしものドロンズも、ダンジョンコアの持ち出しがまずかったことに気づいたようだ。
だが、自身の欲しいものを諦めてまで、人間の事情に忖度してやるような神経は持ち合わせていないのが神様クオリティーだった。
ルイドートは、静かにドロンズの前に進み出た。
「神よ、それは、ダンジョンコアですよね?」
ドロンズは、黒団子を後ろ手にして、カサカサと壁際まで後退った。
「いや、これはただの黒い泥団子……」
その時、ドロンズの股の間から何か手のひらサイズの小さなものがポトリと落ちた。
それは、「キイキイ」と鳴きながらランドレイの元までやってきて、ランドレイの足に体当たりしている。
ランドレイはそれをつまんで持ち上げた。
「……小さなゴーレム?」
「ええ?!国産みの神!いや、魔物産みの神!いつの間にそんな能力を?!」
クリソックスが興奮している。
ドロンズは、ぶんぶんと首を横に振った。
「いや、わしは何もしておらんぞ!こんな爺神のどこから産まれるというんじゃ!」
「尻?」
「尻じゃないか?」
「なんと!神は尻穴から魔物を産めるのか!」
タローウとラングレイが同時に『尻疑惑』を呈し、それにルイドートが反応する。
ドロンズは慌てて声を上げた。
「やめよ!わしらは人の信仰から生まれておるのじゃぞ!わしに『尻穴から魔物を産む』という設定がついてしまうであろうがっ」
そうなれば、この物語的に大変な事態である。
そうこうしているうちに、ミニ魔物がもう一匹産まれた。
泥でできた二本足だけの魔物だ。犬神さん家の人の足のように、逆立ちするように地面から一対の足が突き出ている。
「この魔物はぬかるみから発生する『泥フット』だな……」
「ほらっ、ミニゴーレムといい、土系の魔物ばかりじゃないか!やっぱりドロンズから産まれてるんだよ!」
「そ、そんな馬鹿な……。まさかわしが尻から魔物を……。いや、それより、わしに排泄機能などあるはずがないのに、尻穴ができるとは……!」
ドロンズは愕然としている。
力が抜けて後ろ手にしていた手がだらんと落ちた。
その手の中から、ミニ魔物がこぼれ落ちた。
「「「「あ!」」」」
スタンピードの収束宣言を出したルイドートは、現場をハビット公爵家騎士団長のタローウに任せて、ハビット城の屋敷に戻った。
シャリアータの住民を家に帰した後で、その夜、冒険者ギルドのギルマスであるナックを執務室に呼んで、報告を受けた。
その時に、ダンジョンコアの話になったのである。
ナックは、ローストされた苦味が香ばしい最高級のトコを口に含み、二口ほど飲んだ後で、カップをソファの前のテーブルに置いた。
「結局そのミニ魔物は、ドロンズ様が持ち帰ったダンジョンコアが原因だったのですか?」
ナックの問いに、ルイドートが答える。
「ああ。確かに観察していると、ミニ魔物が産まれていた。それも、ドロンズ様の言うことを聞くのだ。恐らく、ダンジョンコアをドロンズ様がいじったことで、コアがドロンズ様の眷属になってしまったのだろう」
「そんなことが……。ということは、大元のダンジョンコアの方も?」
「だろうな。全く、神という存在は、どこまでもはかり知れぬものだ」
ルイドートがため息を吐く。
そこには、呆れよりも感嘆の色が混じっている。
反対にナックは、難しい顔をしていた。
「ハビット公爵。私には懸念が二つあります。まず、ダンジョンコアは魔素を含んだものを取り込み糧にする性質がある。だからか、コアはダンジョンの中で浮いた状態で存在している。ドロンズ様が何故取り込まれないのかは知りませんが、もしうっかり転がり落ちでもしたら……」
ルイドートは、表情を引き締めて頷いた。
「うむ。それについてはドロンズ様が『体内に保管する』と仰せになった」
「た、体内に?」
「……出し入れ自由なのだそうな」
「そ、そうなのですか……」
((神様だから、そういうのアリなんだろ!))
ドロンズ達の非常識さを知る二人は、互いに深く追求するのを諦めた。
だがナックはもう一つの懸念を口にした。
「ですが、ダンジョンコアがミニとはいえ、ひっきりなしに魔物を産み出しては、シャリアータがダンジョン化してしまうのでは?」
ルイドートはちろりとナックに目線をやった。
「ナック・ケラーニ。私は先ほど言ったはずだ。ダンジョンコアは、ドロンズ様の眷属となった、と」
「ま、まさか!」
ルイドートは頷いた。
「ドロンズ様が『これ以上魔物を産み出すな』と命じられてからは、コアは沈黙している。それが答えだ」
「ならば、何故ダンジョンコアは、その時急に魔物を産み出したのでしょう?」
「推測だが、あの時我々はドロンズ様を追い詰めようとしていた。ドロンズ様は後退りされ、コアを守ろうとお隠しになられていたのだ。コアもまた、主であるドロンズ様をお守りせんと、魔物を産み出したのではないだろうか」
「なるほど……」
ルイドートは、息を吐きながらソファの背もたれに体を預けた。
「何にしても、疲れた。スタンピードとダンジョンコアはなんとかなったが、馬鹿王太子の動きも気になる。思った以上の愚物だった。正直、このまま王都でおとなしくしてくれるとは思えん」
「フッツメーン様ですね」
「異母とはいえ、今の王は兄だ。その兄を通じてあの王太子と血が繋がっておると思うと、全く呪わしいことだ」
吐き捨てるように言うルイドートに、ナックは、
「王都からの冒険者や商人から情報を得ます。動きがあれば、お知らせしますよ」
となだめている。
この嫌な空気をなんとかしようと、ナックは話を変えることにした。
「そういえば、ドロンズ様達はいずこに?もう神殿に戻られたので?」
「いや、確かお前にダンジョンコアを見せておこうと、向こうの部屋で過ごしてもらっておる」
「では、挨拶に」
「ふむ。私も行こう」
その部屋でドロンズは、クリソックスに尻を向けていた。
「ど、どうかの?尻穴らしきものができておるか?」
クリソックスはドロンズの尻を両手で掴み、顔を近づける。
「特に穴はできてないよ?流石にあの程度の疑心で、神に追加設定はできないって」
「ならよいのじゃが」
「失礼します」
そこへ、突然ドアが開いた。
部屋に入ったルイドートとナックが目撃したのは、壁に手をついて尻を突き出すドロンズと、その尻を両手で鷲掴みにし、今にもその尻に顔を埋めんとするクリソックスの姿だった。
「「う、うわああああああ!!!?」」
ドロンズの尻は、魔物の代わりに、恐ろしい誤解を産み出そうとしていた。




