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仕立てあげられた謀反

無事、恐ろしきホオークの群れを撃破し、ホオーク以外のB級以上の魔物達を物凄い勢いで仕留めまくったクリソックスとドロンズ、そしてラングレイは、あたりの魔物の数が目に見えて減り、スタンピードが収束しつつあることを感じていた。


「神よ、この周囲の強い魔物は、粗方駆逐できましたから、一度本部に戻りませんか?」

ラングレイがドロンズ達に声をかけた。


ドロンズがそれに答えた。

「ああ、構わぬぞ。人は、ずっとは動き続けられぬからのう」

ニードルボアの棘に全身を貫かれたままのクリソックスが、ニードルボアと共にドロンズの横を通り過ぎていった。

ドロンズから遠ざかりながら、クリソックスは声をかけた。

「そういえば、もうすぐ日も暮れそうだよー。戻りながら、苦戦している他の人達を助けていこうー!」

「お主、何を遊んでおるのじゃ……」

ドロンズが泥カッターでフェンリルもどきのフェソソルを両断しなから、胡乱な目で友神を見送る。


「か、神様こそ、助けがいるのでは!?」

ラングレイが慌ててクリソックスに駆け寄ろうとしたが、ニードルボアはクリソックスを貫いたまま、靴下を撒き散らしながら、爆発四散した。


クリソックスは、何事もなかったかのように、立ち上がると、てくてくとドロンズやラングレイ向かって歩き出す。


こうして、二柱と一人は、城壁にいるルイドートの元へ戻ることにしたのである。




一方、城壁の上のルイドートも、眼下に見える魔物の数がずいぶん減っていることに気づいていた。

兵や冒険者達もよく働き、魔物の数を減らしている。

特に、米粒のようにしか見えぬ最前線で、ほとんどの魔物が食い止められ、屠られているのは、遠目ながらに把握していた。


「恐らく、ドロンズ様達のお力に違いない」


そう思いながら、ルイドートは「左舷、弾幕薄いぞ!」など叱咤しつつ、部隊を指揮した。

そうして、日も暮れかけ、スタンピードの収束も目に見えてきた頃、ドロンズ達が戻ってきたのである。



「おお、神よ。お疲れ様で御座いました!おかげ様で、早くもスタンピードが収束してまいりました」

ルイドートが城壁の上に上がってきた二柱に声をかける。

そして、神と共にやってきた一人の騎士に目を留め、「おや?」と片眉を上げた。

その騎士が、ドロンズ達を邪神と決め付け攻撃した、フッツメーンの護衛騎士にして、ルイドートもよく知る王宮直属騎士団の副団長を務める人物だったからである。


騎士ラングレイ。

ラングレイ・ミミガー。ミミガー伯爵家の三男である。

二十七歳という若さで副団長に任じられたのは、家柄だけが原因ではない。

B級の魔物なら、一人で倒してしまえる、『剣豪』のスキルを持つ剣術の達人でもあり、統率力にも頭脳面でも優れていたからだ。


ラングレイは、真面目な男であるとも聞いている。

その彼が、フッツメーンを放って、しかも主が邪神と忌み嫌うドロンズ達と、ここにやってくる。


何かがあったに違いない。


ルイドートは、厄介事の予感に憂鬱な気分になりながら、ラングレイに尋ねた。

「どうして、ラングレイ殿がお一人でここに?フッツメーン様は、どうなされました?」


ラングレイは、苦しそうな表情を滲ませて答えた。

「フッツメーン様は、一人で王宮に帰還されました。『悪魔のエンゲージリング』を使って……」

「『悪魔のエンゲージリング』……!まさか!あれはその特性から、王族の緊急脱出用の最後の手段で……」

驚くルイドートに、クリソックスらは一部始終を説明した。



全てを聞いたルイドートは、嫌悪の色を隠す事なく吐き捨てた。

「権威を笠にきた糞ガキめっ!護衛騎士の命を生け贄にして、一人逃げるとは……!」


ラングレイは憔悴した表情で、ルイドートに告げた。

「私は、わからなくなりました。騎士として王家に命を捧げるのを厭うたことはありません。しかし、あの方に、変わらぬ忠誠を、命を捧げられるか、正直揺れています。騎士が主を守るために命を散らすのは職務のうちです。しかし、仲間達のあの死に様は、決して納得できない!」

ルイドートは、ラングレイに聞いた。

「これから、どうするつもりかね?王都トールノアールに戻るなら、その前に、こちらのスタンピードの処理をもう少し手伝っていってもらえると助かるのだが」

「……それは、構いません。まだ、王太子からはぐれて『悪魔のエンゲージリング』から逃れた仲間が数名生き残っておりましたので、彼らと共にこちらで働いてから、一旦王都に戻ろうかと。その後は……、正直わかりません。本当は、このままこちらに残りたいくらいです」


自嘲するように力なく笑んだラングレイの肩を、ルイドートはパシパシと叩いた。

「感謝する、騎士ラングレイよ。お前のような騎士なら、うちは大歓迎で迎える。よければ、また戻ってくるといい」

「ありがとうございます。ハビット公……」

ラングレイは、涙ぐんでいるようである。

ドロンズとクリソックスも、ラングレイを力づけるように声をかけた。

「人の子よ。お主らの時間は短い。好きに生きよ。戻ってきたければ、戻ってくればよいのよ」

「そうさ、新たな信者よ。私達は、いつでもあなたを歓迎しよう」


「うっ、うう~っ、ありがどうございばず~!!」

ラングレイは、手で顔を覆ってひざまづいた。

皆の暖かな言葉に、涙腺は決壊したようだ。


おじさん達は、若者の涙に「しようのないやつだ」と笑みをこぼした。

ルイドートは、ラングレイの背中をさすってやっている。

傾きかけたオレンジの光が、レオタード姿のおじさんと、レオタードおじさんに慰められる若者を優しく包んだ。


スタンピードはシャリアータの町を蹂躙することなく、もうほとんど鎮圧されようとしていた。




一方、王宮では、フッツメーンが父王にシャリアータでのことを報告していた。


「父上、シャリアータはもうダメです。ルイドート・ハビットは既に邪神の手先となり、邪神によって大量の魔物が町へと呼び寄せられていました!」

「な、なんと!フッツメーンよ、お前、怪我は!?大丈夫だったのか!?」

心配する王に、フッツメーンは胸を張って言った。

「私なら、問題ありません!邪神め、私を殺すつもりで、魔物と戦う我らの所に参ってきたのです。しかし、私は閃きました。『悪魔のエンゲージリング』を使えば、その効果で邪神の命を奪えるはずだ、と!」

「おおっ、なんと賢いのじゃ!」

「はははっ!私は、邪神の傍で、『悪魔のエンゲージリング』を使いました。途端に黒き蔦が指輪から放たれ、周囲の生き物達に襲いかかるのが見えました。そうして気がつけば、私は王宮に戻ってきていたのです」

「そ、それでは、そなたが邪神を退治したのか!流石はわしの子よ!今代の勇者よ!」

王は、興奮したように、手を叩いて喜んでいる。

周囲の者達は、フッツメーンを誉めそやした。

フッツメーンは、どや顔で賛辞を受けている。


そんな中、宰相が進言した。

「王よ、シャリアータとルイドート・ハビットのことですが」

「何じゃ?」

「邪神が滅んだとはいっても、シャリアータはスタンピードで打撃を受けているに違いありません。さらに、邪神を引き入れ手先となっています。まさに、王国に仇なす大罪。謀反と同義!私は、かの者を謀反の罪で厳罰に処すべきと考えます!」


宰相の言に、トールノア王は少し考えた。

「ふむ。道理であるな。だが、あれが処刑にしろ追放にしろ、おとなしく従うかのう。兵を出してきて、反抗しかねんぞ」

宰相は、懸念を示す王に言った。

「問題ありませんぞ。今なら、奴め、スタンピードで疲弊して、兵もまともに出せますまい。我らが進軍して囲めば、今のシャリアータはすぐにでも陥落しましょうぞ!」

「そうだの!確かにその通りじゃ。よし、この機会にシャリアータを直轄領にしてしまおう」

「それはよい考えかと」

王と宰相は笑い合った。



ここに、ルイドート・ハビットの謀反罪は仕立てあげられた。

王は、近隣の諸侯に呼びかけ、三日のうちに五千からなる軍勢をなんとか用意した。

宰相は、直轄領と近隣の諸侯から、兵だけでなく物資も徴収している。


こうして一週間で、なんとか進軍の準備を終えた王国軍は、シャリアータの復興が成る前に、と慌てて王都を出発したのである。





さて、勇者の剣『性剣エクスカリバー』であるが、フッツメーンから効果を聞いた王の愛用の品となった。


それ以来、王宮お抱えのお針子は、毎夜失われる()()()()を仕立てるのに、過労で何度も倒れたという。

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