神の采配
馬車が行き交い、人で賑わうシャリアータのメインストリートを、二柱の神が会話しながら歩いていた。
「石貨なんて、十円玉みたいなもんじゃろ?棟上げ式で餅といっしょに金を撒くみたいなもんじゃないか。何故ルイドートはあんなに怒るかのう」
「少額だろうと、お金の偽造はダメだよ、ドロンズ。だいいち、ドロンズが撒いた石貨の総額は、白金貨分はいってたよ。しかも空から降らすから、みんな石貨に打たれて打撲だらけになってたし」
「ううむ。確かに、這いつくばって石貨を拾う者、一枚の石貨を巡って争う者、人の欲望がさらけ出されておったのう」
家を建てた時の餅撒きや、祭で行われる菓子撒きでは、よくある光景である。
さて、ドロンズとクリソックスが泥ソックス神殿で暮らし始めて、数日が経った。
神殿内は、意外に人で賑わっていた。
クリソックスの方は、教主ノーラがおかん仲間を連れてきては、クリスマス柄手芸教室を開き、ドロンズの方は、ルイドートの指導のもと、子供達が、いや大人達も交じって泥団子作りに精を出している。
神殿には時々シモンズの娘のサラがやって来ては、『ゴブリンの苗床生活』への夢を語って帰っていく。
なかなか人に話せぬ夢だ。
神殿で、告解をするようなものなのかもしれない。
オーガニックは、ルイドートの所の騎士団に頼まれて、騎士や兵士を鍛えに行っている。
なんせ、元将軍なのだ。
部下を鍛えるのは慣れているようで、ビシバシしごいているのだとか。
笑い上戸のニックは、すんなりハビット公爵軍の中に馴染み、毎日楽しそうだ。
そんな中、することがないのは当の神様達だけである。
泥団子や靴下を司るといっても、人がそれに関して祈るだけで彼らは存在し得るのだし、たまに気が向けば奇跡だの叡知だのインスピレーションだのを与えるが、基本的に人の活動に関しては放置である。
しかも、この世界の神のように、世界を維持するための役割があるわけでもない。
つまりは、暇であった。
以前は退屈しのぎに、人々に交じり、ネカフェに入り浸ったり、居酒屋『喜んで』で友神とくだを巻いたりしていたのだが、なんせ、この世界、ネカフェがないのだ。
ラノベも、漫画も、動画チャンネルもない。
すっかり現代人の生活に慣れてしまった二柱は、何もしない時間に耐えられなくなった。
「ねえ、ドロンズ。そういえば、私達、冒険者だったよね」
「おお、そうじゃ。冒険に出かけようぞ!」
こうして、ドロンズとクリソックスは、冒険者ギルドに面白い依頼を求めて、シャリアータの町中を歩いていた。
冒険者ギルドの建物の前に着いた。
扉を開けて中に入る。
午前中の忙しい時間帯を過ぎた頃だからだろう。
人の数は少ない。
それでも十人ほどの冒険者が依頼票を見ていたのだが、入ってきたのがクリソックス達だと気づくなり、人々の話し声がざわりと揺れた。
「おいおいー、神様の登場じゃねえか」
「神様ったって、泥団子や靴下の神だろう?戦闘力なんてねえだろ」
「ちょっとランクが上がったからって、高ランクの依頼は止めとけよー!神様だって、怪我しちゃうぜ?」
「爺の神なんだから、無理すんなよなあ!」
ギャハハハハ!!
「あやつら、相変わらず優しい言葉を……」
「彼らの仕事は、新人冒険者への『声援』なんじゃないかと思えてきたよ」
正直、彼ら野次冒険者隊は、依頼をこなしているのかさえ怪しい。
二柱の神はそんな温かい野次に応えて手を振り、依頼票が貼り付けてあるボードに目を向けた。
「わしらはE級以上の依頼を受けられるんじゃったの」
「そうそう。『どうせ死なないから、好きなのを受けていい』って、ナックが言ってたよ」
そんな事を話しながら依頼票を見ていたクリソックスは、ある依頼に目を留めた。
「あれ?このあたりの依頼票は全部受けられてなくなってるに、なんかこの依頼票だけ、ポツンと残ってるよ」
「本当じゃの」
ドロンズもその依頼票に目をやった。
確かに、何も残っていないボードにその依頼票一枚だけが、小島のように残っていた。
ギルド内で依頼を探している冒険者も、このボードの前には誰も立っていない。
「どれどれ……、ん?これは……!」
「あ……」
『結婚してくれる男冒険者求む!
結婚しても仕事を続けさせてくれる人。
年齢問わず。
当方、C級冒険者、剣士スキル持ち。
ミラーナ(37歳)』
「ミラーナといえば、シモンズの用心棒で雇われておった冒険者ではないか」
「へえ、こんな依頼もあるんだ」
ぞわわ……
依頼票を見ながら話をしていたドロンズとクリソックスは、何やら絡みつくような禍々しい念を感じた。
「その依頼を受けてくれるのかい……?」
二柱は振り向いた。
そこには、ムキムキの女冒険者ミラーナが満面の笑みをたたえて立っている。
何故だろう。その笑顔が怖い。
周囲の冒険者達、ギルド職員まで固唾を飲んで見守っている。
ドロンズがミラーナに尋ねた。
「ふむ。結婚か。依頼というからには、結婚相手に依頼料を支払うのか?」
ミラーナは、顔を赤くしてモジモジしながら答えた。
「ああ。依頼料は、あたしのは、初めてを……」
「ならば、無理じゃの!」
(((((バッサリいったーーー!!!)))))
「ドロンズ、そんなあっさり断るもんじゃないよ」
「クリソックス……、あんた……」
ミラーナが涙目でクリソックスに期待の目を向けている。
「じゃが、クリソックスよ。我らは、生殖行為は」
「うん。でも、依頼料をお金でもらえば、結婚自体は出来るんじゃないかな。ねえ、ミラーナ」
クリソックスはミラーナに確認した。
「私達に人と結婚という概念はないから、もしするならば、ミラーナを眷属にしなければならないんだ」
「眷属って?」
「本来は神に仕える動物が多いんだよね。何でも言うことを聞く、使いっ走りみたいな?」
「我らに隷属する者じゃの」
ミラーナは、何やら青い顔で呟いている。
「何でも言うことを聞く……隷属……ど、奴隷……?」
「でも眷属にするには、基本的に生身じゃいけないから……」
クリソックスは、いい笑顔でミラーナに告げた。
「まずは、死のうか!」
ミラーナは「どチクショーー!!」と叫びながら、走り去っていった。
「何なんじゃ……?」
「さあ?」
「「まあ、いいか」」
二柱は、何事もなかったように依頼を探し始めた。
その日以来、冒険者達は畏敬の念を込めて、二柱を『勇者』と呼び始めた。
いつしか、『勇者』の呼び名はシャリアータの町全体に広まり、その後、シャリアータの町を訪れた旅人や商人によって、トールノア王国全土に広まっていく。
そして、シャリアータの『新しき神』と『勇者』の噂は、いつしか複雑にこんがらがり、意味不明な事態になるのだが、それはもう少し先のお話。
ちなみにミラーナだが、泣きながら町を爆走しているのを見かけた元用心棒仲間の冒険者ヤミーが、荒れるミラーナを宥めようと、その日、飯と酒を奢った。
そのまま二人は良い気分で二件目に行き、三件目に行き……。
夜通し飲み続けた結果、ヤミーが朝目覚めた時には、ミラーナのベッドに全裸で、同じく裸のミラーナに腕枕されていた。
「キ、キャアアアアア!!!」
ミラーナの部屋から聞こえた悲鳴は、男の声だったという。
その後、二人はトントン拍子で結婚。
ミラーナは、誰かにヤミーとのなれ初めを聞かれると、必ずこう答えた。
「神様のご縁よ。ドロンズ様とクリソックス様。この神様達が、私達を結びつけてくれたの」
二柱は、知らぬ所で『縁結びの神』としての信仰を集め始めた。
そして、知らぬうちに『縁結び』系の能力を獲得したのであった。




