女神は勇者を抹殺す
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さてさて、この世界の神様の登場です。
二柱との絡みは……、一瞬、かな。
この世界『オーベラス』で最も気高き神、世界の主神、メジャー戦タイトル歴代保持者にして永久欠番の神といえば、『創世の女神アインクーガ』である。
かの女神は数多の神々の頂点に立ち、世界の調整を指揮している。
要はバランスだ。
この世界の生きとし生ける者全てが極端に偏ることなく、世界が多様に続いていくよう導くのが彼女の生業である。
極端な偏りは、世界を不毛の大地に変える事に繋がりかねない。
その事を、アインクーガは理解していたのだ。
この『オーベラス』という世界の全ては、物質と魔素の循環で成り立っているのだが、その魔素の流動的な特性から、おおむね千年で魔素溜まりが最大値になる。
それが邪神を生み出し魔物を活性化させ、他の生き物の生態に影響を与えるのだが、その事がアインクーガの知るところとなった時、人の王にその危難を振り払う知恵を授けたのは、アインクーガ自身である。
即ち、魔素の影響を受けぬ異世界人を勇者として召喚し、魔素を溜め込んだ邪神や魔物を倒す事で、生態系の偏りを防ぐのだ。
魔素の影響を受けないということは、魔素を使う攻撃や魔法が効きにくいということだ。
異世界人は、そういった意味で『オーベラス』の人間に比べ、大きなアドバンテージがあるのだ。
そして、勇者がどんどん魔物を殺すことで、魔物の中に集まり固まった魔素をほぐし散らして世界に還元させる。
要は、『魔素ロンダリング』を行おうというわけだ。
その目論見は、アインクーガが異世界の勇者に特別な力を与える事で、見事に成功を収めた。
結果、この『魔素ロンダリング』は、千年ごとに行われる、世界の大掃除イベントとなったのである。
今回も、アインクーガは千年ぶりの大掃除イベントに着手した。
前回の勇者の子孫である某王家が、千年間コツコツと貯金してきた力を使い、異世界にゲートを繋げるのである。
ゲートといっても、端的に言うと、無理矢理向こうに、『オーベラス』と繋がる落とし穴を掘る。
ちなみにどんな人物がはまるかは、アインクーガにもわからない。
「さあて、今回の勇者はどんなのが来るのかしら♪前回の勇者は、ちょっと人間達に不評だったのよねえ」
アインクーガは千年前の勇者を思い返した。
前回、異世界に設置した落とし穴にはまったのは、ニチャアとした笑顔が印象的な、自称無職(30代 神奈川県在住)のナイスガイだった。
落とし穴にはまって落ちて来たニチャア氏の巨体を、「どっせいっ!」と両腕で受け止め、『対魔無双』、『絶対防御』という創世神の加護を付与。
その後、召喚特典として何か一つ既存のスキルをプレゼントすると言った時、ニチャア氏が選んだのはインキュバスのスキル『魅了』であった。
その後、『オーベラス』の地上まで送り届けたアインクーガは、うまく事が運ぶか見守っていた。
ニチャア氏はまずハーレムを作り、邪神退治の旅に出かけた。
そして、旅先でハーレムを育て拡大させながら邪神を倒した後、ハーレム内の姫と結婚し王となった。
それが、トールノア王国である。
ニチャア王の側室は百をゆうに越え、今も歴代の王の中でこの記録を抜いた者はいない。
「彼、見境なしに『魅了』しまくって、婚約者や恋人、果ては奥さんまで奪われた男達に恨まれまくって、とばっちりで男信者の私への信仰心が駄々下がりしたのよ……。もう、『魅了』だけは召喚特典から外さなくっちゃ!」
アインクーガは、『オーベラス』と異世界の間で、落とし穴トンネルを「えっさ、えっさ」と掘り進めながら、一人ごちた。
けっこう重労働なのである。
最初の異世界召喚の時は、王族の千年貯金がなかったので、一週間は筋肉痛に襲われた。
そのうち、落とし穴トンネルが開通し、アインクーガはトンネルの中間地点で、腰を落として勇者となる異世界人をキャッチする構えをとった。
その時である。
「アインクーガ様ぁー、ユカンシ大陸のガスタン火山、沸かしっぱなしになってますよー!さっきから、ぐつぐつ煮え立って、もう今にも吹き上がりそうですー」
火を司る神『マガホ』が親切に教えにきてくれたのだ。
「キャー!忘れてたわあっ」
アインクーガは一旦構えを解いて、マガホに対処をお願いする。
アインクーガは、そちらに気を取られて、気がつかなかった。
遥か遠く、異世界側のゲートが発動し、二柱の神が落ちてきたことに。
振り向いた時には、F1レーサー並みに高速で通り過ぎていく丸い何かが一瞬見え、「え?」と思った時には、何かは『オーベラス』のどこかに落ちていった。
完全に見失った。
異世界人の体内に魔素は存在しない。
だから、『オーベラス』の生き物なら魔素の構成で指紋認証のように判別、追跡できるアインクーガも、異世界人は見失えば終わりである。
本来なら途中でアインクーガが受け止め、加護を付与した時にアインクーガが追跡できるよう印をつけるのだ。
そうして、トールノア王国の王宮にあるゲートまでアインクーガが送り届ける。
だが、今通り過ぎた丸い何かは、ノー加護ノー印で落ちていき、多分地上に激突した。
完全に死んでる。
間違いない。
「ヤバ……」
アインクーガは、異世界のゲートを確認した。
完全に閉じている。
もう、異世界人を召喚できない。
一応、それらしき墜落死体がないか地上も探してみたが、よくわからなかった。
魔物が闊歩する世界だ。『オーベラス』全土に、人の数どころか死体の数も多すぎるのだ。
砂漠の中から、一粒の米を探すようなものだ。
「うん、今回は、勇者なし!最初から勇者なんて、いなかった!」
アインクーガは、色々無かった事にした。
ちょっと人間の数が減り過ぎるかもしれないが、後で時間をかけて増やしていけばよい。
まずは、攻撃系の加護を与えられる神に、加護の大盤振る舞いを通告しよう。
そうやってみんなで邪神や魔物に対抗する。
ダンジョンには、強い武器をたくさん設置だ。
それに、出生率を上げたり、回復系のスキル持ちを増やしたりして、人類が生き残る確率を上げなくてはならない。
アインクーガは、勇者が来なかった体で、邪神対策に奔走し始めた。
そんなこととは露知らず、クリソックスとドロンズは、創世の女神『アインクーガ』神殿の隣に建てられつつある自分達の神殿を、気まずげに眺めている。
「アインクーガさん、気を悪くしないかな」
「なに、わしらが公爵にねだったわけでなし。どうせ、そんな雲の上のメジャー神と会うことはないじゃろ」
『アインクーガ』神殿よりも大きな神殿が建とうとしているのだ。
己れが葬り去った勇者候補が『お隣さん』として案外身近にいることを、邪神対策でハードワークなアインクーガが知るよしもなかった。




