ハゲット公爵
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「ふうむ……。それで、あの老いた冒険者達は、冒険者登録をした翌日にはE級に仮昇格。その後の実力試験でオーガをテイムした、というわけか」
「はい。現在は実力試験をクリアし、二人ともE級に本昇格しております」
「ふん、冒険者なぞはどうでもよい。問題はオーガ。オーガなのだ……」
ハビット公爵邸。
王宮にこそ劣るが、町の中心にある高台に建てられた豪奢な造りの城屋敷である。
城のような外観ではあるが、王城ほどの高さはない。
その邸内の書斎で、金の髪をオールバックにした四十絡みの大柄な男が、仕立ての良い衣をまとい、桃色の髪をぴしりと一つに束ねた妙齢の女と話している。
金の髪のその男、トールノア王国の副都とも言われるシャリアータとその周辺の広大な領地を治める大貴族、ルイドート・ハビットは、気難しげな風貌を歪めて、桃色の髪を持つ秘書のマリエールを見た。
「オーガがテイムされた。前代未聞の事態だ。必ずそれを聞きつけた王族が、そのオーガを我が物にしようとこの領にやってくるだろう」
「では、王族の方を迎える準備を」
「そういう事ではない!いや、それも必要になるかもしれんが……」
ルイドートはため息を吐いた。
「そのオーガがもし王族を傷つけようものなら、面倒な事になる。ロードランドめ、必ず私の監督不行き届きだとかなんとか難癖をつけてくるに違いない。それどころか、オーガに王族を襲わせたなどと冤罪をかけられん。あの陰険宰相め、私を失脚させたがっているからな」
貴族の世界は、まさに伏魔殿だ。
庶民からすれば、貴族は悠々自適に暮らしていると思われているが、その実は足の引っ張り合いは当たり前、下手を打てば些細なミスをライバル達に膨らませられ、結果、領地没収、一家離散、最悪処刑も有り得るシーソーゲームだ。
権力は持つものではない。
知謀を駆使して全力で維持するものだ。
生まれた時からこの世界で生きてきたルイドートは、生粋の貴族人であった。
「まずは、そのオーガを私が手に入れなければならん!そして、王族の手に渡らぬように、万が一渡っても私のせいにならぬように、あらゆる手を講じるのだ!!」
貴族。
思いの外、ストレスフルな職業であった。
こうして、クリソックスとドロンズは、日本では既に絶滅した『貴族』のお宅にお呼ばれされる事になったのである。
さて、そんなこんなで、二柱と一頭は、ギルマスのナックとともにハビット公爵邸を訪れていた。
執事に促され、応接間までの長い廊下を歩く。
ドロンズとクリソックスは、キョロキョロと辺りを見回しながら、時々立ち止まってはインテリア鑑賞にいそしんでいた。
恐らく、訪れた客に見せるための一流品なのだろう。
執事は慣れた様子で、時々立ち止まるクリソックス達を待っている。飾ってある美術品についてナックに説明を求められると答えているので、執事は美術品に造詣が深くないといけないのかもしれない。
ドロンズはというと、彫刻に興味があるようだ。
先ほどから彫刻作品ばかりに目を奪われている。
「流石に貴族じゃのう。見てみよ、この彫刻。良い土を使っておるわい」
いや、興味があるのは、どちらかといえば原材料の方だった。
「彫刻も凄いけど、あそこの絵とかそっちの甲冑を見てよ!『俺は貴族なんだぜ?』みたいなアピール感を感じるよ。あ、ドロンズ、何してるの?」
ゴソゴソと怪しい動きをするドロンズに気付いたクリソックスが声をかける。
ドロンズはニヤリとクリソックスに笑んだ。
「いやの、ここの所が寂しいから、わしの作品(泥団子)を飾っておこうとな……」
「ちょっ、勝手に!?……ドロンズよ。私もひと口、乗せてもらおう」
クリソックスは、泥団子の横に、そっと靴下を召喚した。
『ガアッガッガッ!ウガッウガッガッ!』
オーガのニックは『厳かなる神父』という題名の絵画の前で、爆笑している。
ただ単に、つるりとハゲた神父が胸の前で手を交差して斜め上を見上げているだけの絵だ。
一体何がそんなにおかしいのか。
おや?後光の差す頭のあたりを指差しながら、時折ドロンズの頭部を見ている。
そんな風にゆっくりと進みながら、応接間にたどり着いたクリソックス達は、ルイドート・ハビット公爵に迎えられた。
クリソックス達だけを迎えるには広い部屋だ。
しかし、扉が大きく天井は高い。
ニックの大きさを考えて、この部屋で迎える事にしたのだろう。
「ようこそ、我が屋敷へ。私のコレクションは楽しんでもらえたかな?君達が今見てきたものは、私の目に敵った選りすぐりのものでな。全て国宝級のものばかりだ」
ルイドートがさらりと自慢を入れた。
ドロンズは「うむ」と頷いた。
「素晴らしいものばかりだった。特に、あの泥団子は美しい」
勝手に設置した泥団子をアピールしている。
クリソックスも追従した。
「その隣にあった靴下もなかなかの逸品だったよ」
「そんなものあったか?」と訝しげなルイドートに、ニックも意見を述べた。
「ガアーッガッガッ、ウカウガウガアッ」
「ニックは『ハゲた人間の頭が最高だった』と」
クリソックスがドロンズを見ながら通訳した。
「おい、何故今、わしを見ておるのじゃ」
「ねえ、ドロンズ。オーガはむやみやたらに頭髪が変化しないんだって」
「だから、何なんじゃ!わし等とてそうだろうが!」
「去年、居酒屋『喜んで』で、福禄寿先輩と布袋先輩が『神の頭は呪われている』って、管を巻いてたよ……」
「あの先輩方が妙にわしに優しいのは、そういう事じゃったか……」
大貴族の前で雑談に入った二柱に、ナックが雷を落とした。
「おい、いい加減にしろ!ハゲット公爵の前だぞ!……あっ」
「ほ、ほう……。お前は確か、ケラーニ辺境伯の所の五男だったな。父親のケラーニ伯の事はよく知っているぞ?いや、愉快な息子だとよく伝えておこう」
「もももも、申し訳ございませんでしたあっ!!」
顔をひきつらせながらナックの肩に手を置くルイドートに、ナックはすかさず土下座をかました。
ルイドートとて、四十代。
生え際が気になるお年頃なのだ。
「まあよい。座れ」
ルイドートは金の刺繍の入ったフカフカなソファに客を促した。
ニックが興味深げに真っ先に座る。
クリソックス達の座るスペースが無くなってしまった。
「……なるほど、オーガもソファに座るのか」
ルイドートは眉間を揉みながら、他の客人が座る椅子を執事に取りに行かせた。
なんとか全員着席し、挨拶と自己紹介も済んだ所で、ルイドートが切り出した。
「単刀直入に言おう。そこのオーガを譲ってほしい」
「ニックを?」
「ガアッ?」
クリソックスとニックが驚きの声を上げた。
ナックは渋い顔をしているが特別反応はしなかった。
ルイドートに呼ばれた時から、予想はしていたのだろう。
「なるほどのう。それでわしらを呼んだのか」
ドロンズが声を出した。
「じゃが、決めるのはわしらではない。ニックじゃ」
クリソックスも同意してニックに声をかける。
「そうだね。ニックはどうしたい?ここなら今のボロ屋より天井も高いし、高級肉も食べ放題っぽいけど」
「ボロ屋で悪かったな!追い出すぞ!」
ナックを怒らせてしまった。
現在ニックは泊まれる宿屋が無く、冒険者ギルドで預かってもらっている。
本来テイムされた魔物は、宿屋に設置された専用の厩舎で過ごすのだが、知性派のオーガニックは厩舎で過ごす事を好まなかった。
だが、普通の宿屋にニックが泊まれる部屋はない。
そこで、クリソックスとドロンズは家を持つ事にし、現在良さそうな土地を探している最中だったのだ。
ルイドートと共にいれば、衣食住の心配は無い。
しかしーー。
「ガア」
ニックは首を横に振った。
数日クリソックス達と共に過ごして、この二人の事が好きになったのだ。
仲間として共に過ごしたい。
クリソックスの靴下を色違いで毎日まといたい。
ドロンズと、ツルツル輝く泥団子を作りたい。
ドロンズのツルツル輝く頭部を毎日眺めていたい。
ドロンズの光輝く……
「ガッガッガッ!」
それが、オーガニックの今の願いであった。
ニックは既にクリソックスとドロンズの信者として加護を受ける身であったが、彼の信仰心はドロンズに関してだけ斜め上に花開いたようだ。
「そうか。それは残念だ」
ルイドートが表情を感じさせぬ眼でクリソックス達を見た。
次の瞬間、突然扉が開き、大勢の衛兵と魔法士らしき者達がニックを取り囲むや、捕縛の陣を発動させたのである。




